第61話 姉妹同盟
オレが目覚めてすぐにジークリンデはそれまでの間に何が起きたのかかいつまんで説明してくれた。
ジークリンデは言葉の少ないお方だが、オレならば彼女の意図を100%察することができるのでなんの問題もない。
その説明によれば、オレをここに運び込んだのはトモエとメロディだったとのこと。
気絶する直前と変わらずメロディは動揺がひどかったようだが、トモエは終始対照的に落ち着いていて騎士たちもまとめ上げていたそうだ。
しかも、そんなトモエの一喝によってメロディも冷静さを取り戻してくれたようで、すでにこの後のことのために動いてくれているとのこと。帝都各地にある教会の施設を接収するにはやはり直接兵を差し向ける必要がある。
トモエにはあとで礼をしないとな、オレの意を汲んだメロディを本来の彼女に立ち戻らせてくれたのだろう。
リーヴァもオレの容体が落ち着くのと同時に次の任務に動いている。
すでに帝城に出頭したバルドの護衛だ。第三皇統派とは取引を終えているが、不測の事態もありうる。そんな時に見つからないように彼を護衛できるのはリーヴァだけだ。
くわえて、なんともありがたいことにオレが運び込まれた時点ですぐに治療が始められるようにジークリンデが手配をしてくれていた。
帝城にいたフレインを呼び戻し、最優先でオレの負傷を治してくれたというわけだ。
なんて素晴らしい判断だろうか。先見の明どころではない、まさしく英明。並ぶもののない聡明さの表れであり、君主たるものの見本そのものな行いにオレのような小人はただただ平伏する他ない。
他のみなにしてもそうだ。気絶する直前はどうなることかと思ったが、皆、自分の役割を全うしてくれている。
何より、ジークリンデが最善を尽くしてくれた。オレもこんな程度の負傷にかまけている暇はない。
そう思ったんだが……、
「シグヴァルト卿には、休養を命じます。今日一日はこの部屋から出てはなりません」
と、ジークリンデに命じられてしまった。
オレとしてこんな時に休んではいられないし、重要なのはここからどう教会の権益を削り、こちらに取り込むかだと主張したのだが、主命と言われてはどうしようもなかった。
幸い、今後のことは先に指示しておいたから問題は起きていない。
なので、今日のところは寝てるしかない。ないのだが、眠れない。おもにベッド脇でオレをじーっと見ているジークリンデのために。
「あの、ジークリンデ様?」
「…………どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないのですが……」
横になったまま頭だけ持ち上げて、ジークリンデの様子を確認する。
椅子に座ったままオレの顔をじっと見ている。第三者には、いつもの無表情のように見えてもオレには彼女が心からオレの心配をしていることが分かった。
それだけに申し訳なさが爆発する。
臣下であるオレが主君であるジークリンデに心労を掛けてしまうなんて本末転倒だ。責任取って腹を切れと言われても反論できない。
「……言葉遣いが、違います」
「は、はい、ああいえ、おう」
おまけに2人きりの時はくだけるという約束も忘れていた。
慣れない上に不敬さに身が引き締まるが、一度約束してしまった以上は騎士として自分の言葉は違えられない。
しかし、情けない。この程度の負傷で動けなくなるなんて忠誠心不足だ。もっと鍛えて例え手足を無くしても次の日には飛んだり跳ねたりできるようにならないといけないな……、
「……眠れませんか?」
「まあ、そうだな」
聞かれたので素直に答える。余計悲しそうな顔をさせてしまった。
こちらとしてはますます眠れないわけだが、悪いのはオレだ。こんなんじゃいっそ本当に寝てしまった方がまだマシかもしれない。
だが、眠気が来ない。逆に寝ようとすればするほど意識がさえる始末だ。
……実を言えば、眠れないのはジークリンデだけが要因ではない。
事前に指示はしてあるし、皆きちんと動いてくれているのは分かっているが、自分の眼でそれを確認できないことがこんなにも不安なものだとは思ってもみなかった。
これがゲームならそれこそ命令を実行してしまえば、あとは能力値や適性を参照にして判定を行うだけでいいんだが、現実はそうもいかない。
どんなに優秀な人物でもミスやうっかりというのは発生しうるものだ。
……みんなのことを信じていないわけじゃない。それでもこういう時は不安になる。
なるほど。確かにこれはゲームでは味わえない感覚だ。実際に組織を運営するのはかなり疲れる。もっとも、その分、やりがいはあるのだが。
「…………なぜ、動いたのでしょうか」
不意にジークリンデが言った。
主語が省かれてはいるものの、オレには彼女の言わんとすることが理解できる。
『教会』だ。
今回の事件において暗躍した『九界樹教会』の動機。それだけは事件が解決した今となっても不明なままで、ジークリンデと同じ疑問をオレも抱えていた。
「仮説ならいくつかある。話しても?」
「……構いません」
宗教関係はデリケートなので一応、許可を取ってから話し出す。
ジークリンデは個人的に教会との付き合いがあったはずだからな。あしざまに言いすぎて悲しませないように気を付けてはなさいとな。
「第一に政治的な理由が考えられます。第一皇統派と第二皇統派の同盟を壊したかった、もしくは、第一皇統派が第三皇統派に勝つことだけは阻止したかった。そんなところかと」
「……なぜ?」
「教会としてはどこかの派閥が一人勝ちするという事態は避けたいのです。特に我々が勝ちすぎると彼らとしては損をしますので」
オレの言葉に、ジークリンデはほんの少しだけ眉をひそめた。わずかゼロコンマ数ミリ程度ではあるが、オレには分かる。
ジークリンデとしては清貧を志し、衆生を救おうとする現場の僧侶たちとオレの口にした『利益』という単語が結びつかないのだろう。
「『九界樹教会』のすべてが世俗に堕ちた、とは申しません。ですが、その上層部、特に帝都に巣食うものたちがどのような輩かは今回の一件でも明らかでしょう」
「……そうですね。貴方に傷を負わせたというだけでも万死に値します」
「あ、ありがとうございます」
今回の一件は腹立たしいことがいくつもあるが、ジークリンデがもっとも許しがたいと思っていることがオレの負傷であることは間違いない。
実際、ジークリンデはこの話題になった瞬間に部屋の温度が5度は下がったのではないかと思えるほどの冷たい殺気を放っている。
……ここまでの感情を向けてもらえるのは、ありがたくはあるのだが、あまりよくない傾向ではあるか。
今回の場合は下手人が『自律天使』というある種の機械でよかったかもしれない。これが生きた人間だったら余計な心配が増えていた。
無論、ジークリンデがそんな非道に手を染めるとは思っていない。
だが、誰かが彼女の怒りに忖度するということは十分にありうる。
オレ如きのためにジークリンデの名誉が汚されるなんてことはあってはならない。
…………ようは、傷を負わなければいいのだ。そのためには今よりもっと強くなる必要があるが、そこはトモエを頼るとするか。
あとは人材だな。主君におもねるのではなく耳に痛い忠言を口にできるものはもっと増やさないと。
「ともかく、我々第一皇統派の目指すところは先帝の志を継ぎ、皇帝親政を復古することです。それが成就すれば、教会が蠢動するような隙間はなくなります」
「…………それを警戒しての凶行ですか」
ジークリンデが頷く。
オレもこの理屈が一番もっともらしく思えるとは考えている。
なにせ原作と現行の世界においての最大の違いは、第一皇統派の勢力の大きさだ。そして、第一皇統派の最終目的は女帝ジークリンデによる皇帝親政だ。
それが不都合であるからこそ原作では表舞台に立たなかった教会が暗躍し始めたと考えるのが一番自然ではあるだろう。
ほかの派閥、特に第三皇統派の場合は政治体制は有力諸侯の合議制になるのは目に見えている。
合議制であれば教会が入り込む余地はいくらでもある。だから、教会は第三皇統派に協力を申し出たのだろうし、他方彼らが早くに勝ちすぎれば自分たちの浸食する時間が無くなる。ゆえにこそ、あえてウルヴらを妨害することで同士討ちを狙ったのだろう。
一方、それだけでは説明できない事実もいくつかある。
「ほかには宗教的な背景もあるかと。『槍の冠』は『九界樹』から生じたものではなく、神々の『遺物』です。冠の発見により帝権が強まるのを恐れた、というのも動機ではあるのでしょう。でなければ冠を盗む理由がありません」
「…………なるほど」
槍の冠には『未来視』の効果があるが、教会がそれを目当てに強奪した、というのは考えづらい。
なぜなら、槍の冠の由来とされる貴族の神話体系と教会の九界樹の理は似ているようで実のところは対立しているがためだ。
具体的には神々が九界樹を創造したとするか、九解樹から神々を生まれたとするかが最大の違いなわけだが、宗教家ではないオレからするとどうでもいい。
理解しておくべきなのは、この宗教的な違いがそれを信じる者たちにとっては殺人を犯すにたる動機であるという点だ。
「幸い、冠は再び国庫に納められましたし、宰相殿も回復に向かっています。教会の企てはくじかれた、と言ってもいいでしょう」
「……あくまで、今回は、ですね」
さすがはジークリンデだ。よくわかっておられる。
確かに今回の事件では我々は教会を糾弾し、彼らの権益を削ぐ機会を得た。
だが、それで九界樹教会がこの世界からすっぱりと消え去るわけじゃない。
彼らの影響力は強大かつ広範囲に浸透している。
帝都や帝国領内は言うに及ばず、諸外国に商人連、一般市民にまで彼らの信徒は存在している。第一皇統派の内部とてその例外ではない以上、それらを完全に排除することはまず不可能だ。
大事なのはバランスだ。
宗教勢力を完全に排除できない以上、それを利用する以外に道はない。かといって、着けあがらせてもいけない。必要な時には利用し、必要でない時には掣肘する。そういうしたたかさが為政者には必須となる。
……やはり、権力の座なんてろくなもんじゃない。苦労して登り詰めてもそこにあるのは孤独と人間不信のみ。天上の地獄と言い換えても差し支えない場所だ。
オレは、そんなところにジークリンデを押し上げようとしている。
皇帝となることは彼女の夢であり、理想だ。だが、いいのか? 真に彼女のことを想うなら、オレは――、
「――ジークリンデ様?」
突然、ジークリンデの両手がオレの右手に重なる。彼女の黄金の瞳がオレをまっすぐに見ていた。
そのまっすぐさに、迷いが霧散する。彼女の心は未だに純粋であり、高潔だと改めて理解できたからだ。
この輝きはどんな汚濁にも汚せない。オレが、汚させない。そのためにオレの命はある。
「…………大丈夫です、キリアン。わたしには貴方がいます。わたしには、それだけでいいのです」
そうして、ジークリンデはまたもやオレのすべてに報いてくれる。
ああ、なんて過分な報酬だ。我が忠誠は永遠に貴方のもとにある、ジークリンデ……!
◇
『皇国ミナトガワ邸にて発見された文書(真偽鑑定中)』
第一回姉妹同盟会議覚書
参加者、侍乙女
騎士娘(筆記担当)
使用人
ご主君によるあの方への接見禁止令に際して、侍乙女殿より『あの方』に関しての提言があり、今回この秘密同盟の設立されました。
提言の内容は、あの方のお心が常に忠誠にのみあり(それこそがあの方の数多い美徳の最たるものの一つなのですが)、この金城鉄壁を突破するに各自一人一人では難しいのではないかというものです。
これに関しては同盟各員の衆目の一致するところでありましたので、とりあえずはあの方にご主君への忠誠以外の想いを抱いていただくまでは協力の余地があるのではないかという提案に関しても意見の一致を見ました。
驚くべきことではありますが、それゆえ効果的であるとわたくし個人も愚考する次第です。
ですが、同盟と言っても相容れないものもなかにはいます(誰とは言いませんが分をわきまえない使用人とか)。
なので、互いに最低限の信頼を担保するため同盟として三つの禁を設けることとなりました。
一つ、抜け駆けすべからず。
お心を変えるためにも、あの方への接近、接触、誘惑等に制限はありませんが、その際は自分以外の同盟員への事前の通告を義務とします。違反者には凄絶な罰則を課します。
二つ、互いを妨げるべからず。
同盟員間で互いの活動は前項に接触しない限りは武力行使等々のあらゆる方法を用いての妨害を禁止します。正直、互いに邪魔をしていてはご主君に利するだけですので。
三つ、同盟のことをみだりに口にするべからず。
言うまでもありますが同盟のことをご主君が知られてはいけません。そもそこの同盟はご主君によるあの方の独占を防ぐためにあるのだと忘れないように。
その他、こまごまとした約束事項は次回以降の会合に持ち込します。
また次回からはお茶菓子の調達はその会合の書記担当が行うものとします。どこかの使用人に茶菓子の選択についてブチブチと文句を言われるのはごめんですので。
(この真偽不明の文書の執筆者、および同盟の参加者については諸説ありますが、著名な歴史家の多くは後世の創作であるという立場をとっています。
ですが、当館といたしましては輝ける『熱愛女帝』の時代を振り返る際に、創作であったとしてもかの有名な『姉妹同盟』は当時の時代背景および人間関係を知るには欠かせぬ資料と考えて公開に踏み切りました。
またこの場をお借りして本展示に際して資料を貸出していただいた友好国『皇国』ミナトガワ家当主『キリツナ・ミナトガワ』氏に感謝御礼申し上げます)




