第60話 七度生まれ変わっても
オレは『九解樹教会』の遣わした暗殺者『自律天使』を倒した。
正確には生命体ではないので暗殺機械とか、凶器とか呼ぶべきなんだろうが、今はどうでもいい。
今大事なのは、オレが絶賛落下中ってことだ。
自律天使を倒すために足場の屋根をぶっ壊したせいだ。
……いつもの考えなしのせいだ。
あの時は自律天使を倒すことしか頭になかったので、完全にそのあとのことを考えてなかった。
この高さは、さすがに足くらいは折れてしまうか……?
治るまでは二週間くらいか。この情勢でオレが前線に出られないというのはかなりまずい。
…………というか、体が動かん。爆炎の流れを変えるのに力を使いすぎた? あるいは毒のせいか? なんにせよ、頭から落ちるとさすがにまずい――!
「キリアン!」
「キリアン殿!」
地上から名前を呼ばれる。視界も霞んでいるが、誰かは分かる。
トモエにメロディだ。2人とも別の個所を担当しているはずなのに、どうしてここに――、
「――っ!?」
落ちてきたオレの身体をトモエとメロディが2人がかりで受け止める。
それでも交通事故めいた音と衝撃があったが、どうにか頭をぶつけずに済んだ。
さすがは2人だ。どうにか死なずに済んだ。
「だ、大丈夫ですか、キリアン殿……! どうして上から落ちてこられたのですか……!?」
「それより酷いやけど! 手当てしないと!」
心配をしてくれるのはありがたいが、今は確認しないといけないことがある。
「《《メロディ》》、『槍の冠』は……?」
「っはい! 確保しました!」
「そうか……よかった……」
安堵のあまり意識を手放しそうになるが、まだそういうわけにはいかない。
しかし、そうか。『槍の冠』は確保出来たか。
これで今回の作戦は成功と胸を張って言える。いい加減気絶したい欲求に負けそうだが、まだだ。
「トモエ……そこらへんに倒した敵がいるはずだ……確保してくれ、頼む……」
「わかった! 任せて!」
自律天使の確保はトモエに任せる。駆けていく背中が頼もしく思えた。
胴体を砕いた感触はあったし、さすがに機能は停止していると思うが、相手は機械だ。頭だけで転がって逃げるなんて芸当もやってのけるかもしれない。
きちんと確保しないと安心はできないが、トモエなら対処できるはずだ。
…………いかんな。意識が朦朧としてきた。
毒は致死性のものじゃないと思うんだが……どちらかというと疲労のせいか……?
「キリアン殿! キリアン殿、お気を確かに! 速く医者を連れてこい! 聖女殿を呼べ!」
瞼を閉じかけているとメロディに体をゆすられる。
痛い。でも、おかげで意識ははっきりしてきた。
「死なないで! いや! いやです! キリアン殿!」
メロディは今にも泣きだしそうな顔でオレに縋りついている。これまでにないほどに取り乱していて、今にも消え失せてしまいそうだ。
怪我しているのはこっちなのになんだか申し訳ない気持ちになってくる。
ここまで慕われているのだったら、オレも簡単には死ねないな。元よりジークリンデが皇帝に即位するその日まではたとえ太陽に落ちたとしてもはい出てくるつもりではあるのだが。
「いや、大丈夫だ、むしろ痛いからやめてくれ……」
「キリアン殿……! キリアン殿……!」
聞こえていないらしい。
どうしよう……このまま気絶したらオレが死んだと勘違いしてとんでもないことになりかねないぞ……!
「キリアン殿、貴方がいらっしゃらないと私は、私はダメなのです! どうか、どうか……!」
「だ、だから、生きているぞ、メロディ。れ、冷静になれ」
「キリアン殿! キリアン殿……! しっかりして、ください……!」
いろんな意味でダメかもしれん。たすけてく
れ、誰か。もう意識を保つのも限界かもしれない……、
というか、あれだ。原作のメロヴィくんからは想像できないほどの動揺っぷりだな。
……かなり心配になってきた。能力値的にも人格的にも信用できるのだが、オレが負傷するたびにこれではいろいろと困る。彼女には将来的に一つ軍団を率いるくらいはやってもらわないといけないんだからな……!
「お、落ち着け、メロディ。君は将だ、将たるもの、兵に動揺を悟られては――」
「――死なないで、キリアンどの! お慕い申し上げております!」
と思ってたら、メロディがとんでもないことを叫んだ。
どんなタイミングで、どんな告白だ! 嬉しいとか嬉しくないとか、そんなのを論じるより先に絶対に今じゃない!
いや逆に今なのか!? オレが死にかけてるから!?
……オレだって別に木石の類ではないし、流石にメロディがそういう感情を向けてきているのはわかっていた。
でも、こう言ってはなんだが、色恋沙汰にかまけているような暇も余裕もオレにはないのだ。
それにトモエにも再三言っているが、オレの婚姻はオレの一存では決められない。ジークリンデの最大の利益とするためにできる限り活用せねばならないからだ。
その点で言えば、メロディと関係を持つのはジークリンデのためにも、メロディ自身のためにもならない。
だって、オレとそういう関係になったら彼女の秘密は一発でバレてしまう。それではラインゴッズ家の跡取りではいられないし、第一皇統派は優秀な騎士を失う。
それは、避けねばならない。
オレだって心拍数が激増して毒の効果が薄れるくらいには嬉しいのだが、この際、オレの感情などどうでもいい。
愛やら恋やらなど、忠誠の前では吹けば飛ぶものでしかない。
オレはジークリンデの従者だ。他の人生にもあり方にも興味はない。
「どうか……! キリアンどの……!」
しかし、ここまで聞いてしまった以上は何も言わないというのも無理がある。
かといって、なんか気まずい感じになっても今後の騎士団の運営に支障をきたしかねない。
………ここは卑劣極まりないが、気を失ったフリをするか。
返事は後日する、きちんとする。オレとて男だ。ジークリンデのためなら汚い真似もするが、そのままにはしない。
ふ、これでとりあえずこの場は乗り切れ――た?
「あ」
視線が合う。合ってしまった。
こちらを見つめる四つの瞳。トモエとリーヴァ、二人が見ていた。
トモエは右脇に生首もとい自立天使の頭を抱え、リーヴァは頭くらいの大きさの包を両手で持っていた。リーヴァが持っているのがたぶん『槍の冠』だ。
よし、作戦は完璧に成功した。
もう気絶しても大丈夫、そう大丈夫だ。目覚めたら味方が相打ちしてたなんてことは起きてないと信じよう……!
◇
自律天使、およびに槍の冠の確保の成功を確認した瞬間、オレは今度こそ意識を失った。
毒と火傷、そして極度の疲労の合わせ技による昏倒だ。幸いすぐに解毒できたし、火傷も重度じゃなかったので命に障りはなかったが、なんにせよ、気絶はした。
そうして目覚めたのは、それから数時間後のことだ。
場所は『赫灼剣騎士団』の駐屯地の一室。窓からは朝の光が差し込んでいた。
痛みは、ある。というか、気絶する前よりも超痛い。
おそらく貴族としての身体機能が治癒を促進しているせいだ。怒りと戦意でドバドバ出まくっていたアドレナリンも切れてる。
だが、そんなことは些細なことだ。
なぜなら今オレの目の前には、ジークリンデがいる。ベッドの右隣に椅子を置いて座っていらっしゃった。
ジークリンデは眠っている。まさか寝顔を目にする日が来るなんて思ってもみなかった。
おそらくオレが運び込まれたと聞いて、こうして見守ってくださることにしたのだろう。慈悲の女神も脱帽する慈悲深さだ。
それにジークリンデのことだ。オレの容体が落ち着くまでは起きていらして、それからうたた寝をしてしまったと見て間違いない。そういう責任感のある人なのだ、この人は。
しかし、それにしても、なんて、なんて愛らしいんだ……!
安心しきって、警戒も厳格さも手放した表情。きっといい夢を見てるのだろう。幸せそうでさえあった。
まさしく天使……! いや、天使以上だ! この安らぎを守るためならオレは魂さえ喜んで差し出すぞ!
あー、本当最高だ。なんで原作でこの一枚絵なかったんだ? ゲームクリエイターってのは節穴の集まりか? オレなら他の全キャラの容量削ってでもジークリンデの寝顔の一枚絵を実装するのに。
やはり世の中は間違っている。このオレが変えてやる。目指すはジークリンデによる、ジークリンデのための、ジークリンデの世界だ……!
「……んっ」
おお! 少し表情が変わったぞ! 寝苦しいのだろうか!? であれば、このベッドをお譲りせねば……!
しかし、オレがベッドから飛び出すより先にジークリンデが瞼を開けてしまう。
彼女は何度か目を擦り、それからぼんやりとした顔でオレの方を見た。
「キリアン……?」
「はい、あなたの騎士です、ジークリンデ様」
慌てて上半身を起こして、そう答える。
一瞬、ジークリンデの顔に喜びの表情が浮かんだのをオレは見逃さなかった。
今目にしたものを、オレは七度生まれ変わっても忘れることはないだろう。
ジークリンデが、オレの無事を喜んでくれている。その事実だけで、オレは永遠にだって戦える……!




