第58話 罰当たり無双
『九解樹教会』は決して清廉潔白で非暴力の宗教団体ではない。
強大な権力基盤を持つ圧力団体であり、帝都の外では自らの権益を自衛できるだけの戦力を有する暴力団体でもある。
つまりは、貴族や蛮族と大差のない存在ということだ。
だから、こういうことも起きる。いつの間にか自前の戦力を帝都内に引き込んでいるなんてこともありえるわけだ。
「ネズミは一匹見れば百匹はいるというが、まさしくその通りだな」
居並んだ僧兵を前に、オレはあえて挑発を口にする。
その程度で足並みを乱すことはないだろうが、こうして間を置くことでこちらが情報を整理する時間ができる。
……僧兵の数は全部で50人ほどか。
九界樹教会の僧兵は精強で有名だ。まあ、貴族と違って公務がないので鍛える時間が長いからというのが主な理由なわけだが……強力なことに代わりはない。
一人につき武勇70ほどはあるとみていい。
こちらの騎士の数はちょうど100名。今の赫奕剣騎士団が正面からぶつかって勝てるかは正直確信は持てない。
なので、騎士たちを信じることにする。
この一件において騎士たちは見事な働きをしている。オレなんかよりもよほど優秀かもしれない。だから、大丈夫だ。
それに、だ。かくいうオレも、いい加減我慢の限界だ。
こいつらはジークリンデをおとしめようとした輩。たとえ数値で負けてようが、聖職者を殴るのは罰当たりだろうが、知ったことか。この命に代えても、全身の骨を粉砕してくれる。
「全軍、前進!」
意気揚々と命を下す。
戦列を組んだ騎士たちは整然と押し進み、僧兵どもと正面から対峙した。
その先頭を歩くのは当然、オレとメロディだ。
いかに精鋭を選りすぐったとはいえ騎士たちの中には教会の僧兵と戦うことに抵抗感を持つものもいる。そんな彼らの心を奮い立たせるには指揮官たるオレたちがまずもって最前線に立つのが一番だ。
士気も上がるし、なにより騎士たちを必死にさせられる。オレとメロディが倒れたら彼らのキャリアも人生もそれで終わりかねないからな……!
「手向かうものは標的と司祭以外は殺して構わん! 踏みつぶせ!」
邪さを闘志に変えて、一歩踏み出す。聖堂の床を踏み抜く勢いで僧兵たちへと吶喊した。
接触の一瞬で僧兵三人を吹き飛ばす。骨を砕いた確かな感触がある。これで残りは67人ほど。
「う、うおおおおおおおおおお!」
騎士たちが吠える。オレの突貫につられるようにして僧兵たちに切り掛かっていく。
勢いに圧されて僧兵たちの反応は鈍い。その間に5人が倒れた。
これで機先は制した。あとは数の利を活かして押しつぶすだけだ。
問題は、標的の位置。事前の情報収集の通り、大広間の奥には階段が2つある。1つは昇りで、もう1つは下りだ。
二手に分かれる。判断は一瞬。ここは事前の計画通りにいく。
「オレは2階に上がる! 下は任せるぞ!」
「はい! キリアン殿もお気をつけて!」
戦闘でテンションが上がりすぎたのか呼び方が変わっているメロディ。まあ激しい戦闘の最中だ。気付いたとしても気に留める者はいないだろう。
確率は半々。どちらかが当たりを引けばすぐに合流できるように動きは決めてある。
階段では10名ほどの僧兵が行く手を阻んだが、30秒と掛からずに排除できた。
2階には聖堂に務めている修行僧たちが避難しており、彼らは部屋の隅により固まって怯えた目でこちらを見ていた。
「関係ないならさっさと逃げろ!」
戦闘力もない彼らまで制圧する必要はないので、逃がしてやる。
修行僧たちは一目散に階下に殺到していくが、その中に1人だけ逃がしてやるわけにはいかないものがいた。
メロディには悪いが、当たりを引いたのはオレの方だったようだ。
「そこのお前、動くな」
修行僧の中に紛れていた一人を呼び止める。
頭からローブを被り気配も溶け込ませているが、明らかにほかの修行僧とは違う。
そもそもただ一人だけ足音がないんだ、さして知力の高くないオレでもこの程度は気付く。
「――拙僧に、なにか?」
中性的な声だが、それで誤魔化されはしない。メロディの時は先入観がありすぎただけだ。
オレの後ろ手でのハンドサインに同行していた騎士たちが反応する。退路を塞ぎ、五人で修行僧の周囲を取り囲んだ。
相手は不意打ちとはいえメロディを倒した相手だ。これでも戦力的には不安だが、その分はオレが怒りと根性で補うしかない。
「今更とぼける気か? まあ、そちらの自由ではあるがな」
大盾を構えたままじりじりと距離を詰める。
先手必勝。なにか奥の手を持っているのは確定事項なのだから、それを出す前に制圧するのがベストだ。
「なんのことをおっしゃっているのかまるでわかりませんが――」
間合いに入った瞬間に、床を蹴ってのシールドバッシュ。いまや乗用車の正面衝突程度の威力はあるそれに対して、修行僧は、
「――っ!」
後方への軽やかな跳躍で対応した。
完全に衝撃を殺されてしまった。これでは骨を砕くどころか、ダメージはほとんどない。
修行僧はそのまま背後をとっていた騎士の頭上を越えて、部屋の反対側に降り立った。
まるで羽毛か、蝶だ。身のこなしは見事というほかない。だが、これで確定事項になった。ただの修行僧にこんな真似はできない。
「……お前たちは手を出すな」
「はい、副団長……!」
戦慄している騎士たちを一歩下がらせ、オレは再び間合いを詰める。
武勇という点ではオレと赫奕剣騎士団の面々に大きな差はないのだが、得物の差はある。
オレのメインウェポンはこの大盾。防御には自信があるし、この女のような得体のしれない相手には有用だ。
それにオレがすべきことは時間稼ぎであって、こいつを倒すのは努力目標だ。メロディとトモエが合流するまで足止めできればそれでいいのだ。
「――やはり、聞いていた話と違うな」
修行僧、否、女が言った。
ローブのフードが外れ、顔が見えた。
美しい女だ。
白磁のような肌に、額の辺りで切りそろえられた紺色の髪。鈍色の瞳には世を嘲るような嘲笑的な輝きが灯っていた。
……見覚えは、やはりない。これほどの強者でありながら原作世界では影に潜んでいたのは間違いない。
「うん、すごく面倒くさい。だいたいそんなでかい盾持ちの癖に、よく動く」
得物を取り出すような様子はない。だというのに、女の発する気配の圧にオレは動けずにいる。
……徒手空拳の使い手? 素手で鋼鉄製の鎧の胸甲を陥没させられるものか……? いや、どれだけ物語が変化しても舞台設定は変わっていないんだ。この大陸を探せばそのくらいの技術はあるのかもしれない。
「筋力が優れている? それとも、《《あたしらと同じ》》?」
この追い詰められた状況にもかかわらず、女にはどこか余裕がある。
どうやらオレくらいなら容易く倒せると踏んでいるらしい。なめやがってと思わなくもないが、それ以上に肝が冷えた。
しかし、あたしらと同じとはどういう意味だ……?
「いや、違うな。すごいね、貴方、その重さに慣れたんだ。どこをどう持って、どう振れば重さを最大限利用できるか、骨身に刻んだんだね」
ふいに、女が言った。
内心の驚愕を表情になる前にかみ殺す。
こいつ、オレが何を目指して鍛えてきたのかを見抜いてやがる。
オレはキリアン・シグヴァルトに転生した時からジークリンデのためには何が最善かを考えて武芸を磨いてきた。
その方向性が、この肉体にとって最適の武器を最大限に使いこなすというもの。
具体的には原作のマスクデータの中で一番適性の高かった大盾をひたすら振るい、理解することに努めた。
そんなオレの十二年間をこの女は一合で見抜いた。トモエも武の天才だが、別の才能をこいつは持ち合わせているのかもしれない。
「だから、残念。そんな人を殺すのは趣味じゃないのだけど」
その刹那、女の姿がブレる。
直後、背筋に冷たい予感が走る。首筋に短剣を突き付けられたかのような死の感触に、身体が自然と動いた。
正面に構えていた大盾を傾ける。
角度は斜め四十五度。衝撃を上方向に逃がすための構えだ。両足をしっかりと踏ん張り、覚悟を決めた。
「――っ!?」
そうして骨身を砕くような衝撃が全身に走る。
何かがオレの盾に直撃、そのまま斜めになった盾の表面を滑るようにして聖堂の天井の一部を損壊した。
手足がしびれる。トモエの攻撃に慣れていなかったら、今の接触で盾壁に叩きつけられていただろう。
もう二度と受けたくない、そう思わせられるほどの攻撃だ。だが、そのおかげでメロディを負傷させた攻撃の正体が分かった。
空気だ。超圧縮した空気の塊が、不可視の砲弾となって襲来したのだ。
直接見てはいないが、盾で受け止めた感触で分かる。先ほどの攻撃には実体がない。それゆえに凄まじい力があった。
「――驚いた。まさか受け流すなんて」
女が言った。
大盾から顔を出して、相手の姿を見る。その瞬間、オレはようやく相手の正体を理解した。
オレに向けられているのは、伽藍洞の左腕。
手首はブランと垂れ下がり、骨と肉の関節があるべき場所には大砲の砲門のごとき空洞があった。
大砲を仕込んだ義手、ではない。目のまえのこいつにとってはこれこそが生まれ持った生身の腕なのだ。
「――まさか、『自律天使』か……!?」
思わず確信が声に出る。
この女の正体は『自律天使』。魔導技術の粋を集めて製造される自我を持つ殺戮人形だ。
くそう、設定資料集の末尾の方にあった没案とまさかこんなところで遭遇することになるなんて……! 帝国物語のファンとして少し喜んでしまっている自分が嫌になるというものだ……!




