第49話 膝の温かみ
オレの知る限り、メロヴィくんとリーヴァの間に接点と言えるほどの接点はない。
前回リーヴァが初めて駐屯地に来た時に互いに顔くらいは見たかもしれないが、翌日にはリーヴァは帝都を出立していたから会話を交わす暇もなかったはずだ。
だから、この門前での遭遇が2人の初対面になる。
それもおそらくだが出会ってから数分と経っていない。にもかかわらず、こんなに殺気むき出しとは一体何があったんだ? そんなに相性が悪かったのか、この2人。
「いいから退いてくださいませ。それと貴方が部下の身分でありながら私情のみを理由にキリアン様の身内に無礼を働いたことは報告させていただきますから。ああ、貴方の『秘密』に関してもついでにご忠告しませんと。どうせ、いやしい理由で隠しているのでしょうし」
「……シグヴァルト卿は褒めてくださるさ。私は任務に忠実だったとな。それより、お前のような下賤な輩があのお方の身内を名乗るな。下女の分際で。ましてや讒言をしようなど、まずは礼儀をおしえてやるよ」
と、いかん。メロヴィくんは剣の柄に手を掛けているし、リーヴァもスカートの下の短剣に指を添えている。このままでは殺し合いになりかねない。
理由を考えるのは後だ。ともかくやめさせないと。
「2人ともそこまでだ。味方同士で争うのは無意味だぞ」
馬車から離れて2人の間に割って入る。
何で争っているかは知らないが、2人ともオレを配下として、あるいは部下として慕ってくれていることは確かだ。そのオレの言葉なら、まあ、聞いてくれるはずだ。
「……はい、シグヴァルト卿」
「キリアン様の仰せとあらば」
予想通り、2人とも矛を収めてくれる。
しかし、出会って数分でこのありさまとはな。今までは分からなかったが、2人の相性は最悪らしい。運用上の要注意点だな、よほどの必要性がない限りは同席させないようにしよう。
「メロヴィくん、任務ご苦労。誰も通すなという命令、よく守り通した」
「もったいないお言葉……!」
オレの労いに、さっきまでとは打って変って子犬のような笑顔を浮かべる。尻尾が生えていたらぶんぶんと振りまわしているのが見えていただろう。
といっても、一瞬、リーヴァの方を勝ち誇った顔で一瞥していたからあんまり切り替えてはいないのかもしれない。
……こんなキャラだったか、メロヴィくん。一体どうした?
「リーヴァもよく来てくれた。予想よりも早いぞ。さすがだ」
「……キリアン様」
一方で、リーヴァの方は短く褒めつつ彼女の頭をガシガシと撫でる。
淑女相手は無礼だし、現代社会ではセクハラで訴えられたらまず敗訴だが、相手がリーヴァならむしろ最善手となる。
実際、撫でられたリーヴァは猫のように目を細めて心地よさそうにしている。
オレとしてもどうかと思うのだが、働きに対してなにか褒美を与えようとしても毎度毎度こっちの方がいいと言ってくるのでこういう時も有効だ。
…………両手に花ならぬ両手に愛玩動物と言った感じだな。
若干の優越感がないでもないが、それよりも、この愛玩動物たちはいつでも飼い主をかみ殺せるくらいには猛獣でもあるのでヒヤヒヤするというのが正直なところではあった。
「ともかく、中に入るぞ。客もいるからな」
なんにせよ、場を収めることには成功したのでジークリンデとバルドを馬車ごと駐屯地に運び込む。
ここはすでに第一皇統派の勢力圏だが、できるかぎりバルドの存在は隠しておきたい。人の口に戸は立てられぬもの、秘密を知る人員は常に最小限に、だ。
事態は複雑で、かつ混乱の最中にある。
だが、こちらの準備はできている。人員も揃った。あとは、しかるべき手を打つのみだ。
◇
「――まずは休め。動くのはそれからだ」
自分の執務室でリーヴァからの報告を受けた後、オレはまず彼女にそう命じた。
リーヴァは意外そうな顔でこっちを見つめ返している。どうやらオレが即諜報活動を命じるものと思い込んでいたらしい。失礼な、流石にそこまでブラックじゃない。
「お前の報告通り、帝都は今封鎖されてる。封鎖してるのは第一皇統派でも第三皇統派でもなく近衛の連中だ。あいつらはヘタレだが、流石にこの状況では必死にならざるをえない。まあ、すぐには連中も逃げられんよ」
そう口にしながらオレ自身の思考も整理する。焦りがないわけじゃないが、こういう時こそ一旦足を止めるべきだと経験が告げていた。
リーヴァの到着が一日早まったのは、オレが手紙を出した時点で彼女が任務を終えて領地に帰還していたおかげだ。
つまり、彼女の帯びていた『さらわれた石の爪の人々の救助』は完了したということ。シグヴァルトの騎士たちとリーヴァは無事囚われていた彼らを助け出し、居留地へと送り届けたのだ。
オレからの手紙が届いたのはその矢先のことで、休憩もそこそこにリーヴァは帝都に向けて走った。
そのついでに帝都が封鎖されていることを確認し、オレへと報告してくれたのだ。
おかげでこうしてあらためて考える余裕ができた。さすがはリーヴァ。必ず指示した以上の成果を出してくれる。
「それに怪我人がいるならその治療には時間が掛かる。バルド殿下の話が本当なら腹を切りつけたそうだからな。状態を落ち着けるだけとしても明日の朝までは動けないはずだ。だから、今はこちらも体勢を整える。反撃に出るのはそれからだ」
「恐れながら、キリアン様。拙のことを慮ってくださっているのなら、それは無用のこととお考えくださいまし」
そんなオレの期待に応えるようにリーヴァが片膝をついて言った。
見事な忠誠と褒めてやりたいところではあるが、よくない癖でもある。あえて命を捨てることで開ける活路もあるが、今はその時じゃない。
「拙はキリアン様の道具でございます。いかようにも使い潰していただくことこそ道具の本懐でございますれば。どうか」
身を捧ぐという言葉を体現するかのようにリーヴァはさらに深くこうべを垂れる。
リーヴァはオレが死ねと命じれば迷いなくそうする。
それはオレへの揺るぎなき忠誠の証でもあるが、同時に彼女の置かれていた環境そのものでもある。
リーヴァは南方のとある異民族の出身だ。
その氏族では男も女も氏族全体に奉仕する道具として育てられる。時には戦士として、時には暗殺者として、時にはいけにえとして、だ。
そんな『道具』としての自我がリーヴァの根底にはある。
だからこそ、優秀な諜報員であり、工作員にもなりうる。
だが、そこまでだ。オレが彼女に望むのはそんな単純な役目じゃない。もっと過酷で、もっと困難で、もっと有用な役をリーヴァには用意してある。
「前にも言ったはずだ。オレは役に立つ道具を安易に使い捨てるような間抜けじゃない」
「ですが……」
「それに、お前をおもんばかっていっているわけでもない。お前の役目は帝城への潜入と情報収集だ。それには夜を待つ必要がある。だから、それまでの時間を活かして休めとオレは言っているのだ」
なおも食い下がろうとするリーヴァに対して、オレは淡々と事実を述べて詰めていく。
リーヴァは隠しているつもりだろうが、オレには分かっている。
さすがのリーヴァも今日ばかりは強行軍で疲弊している。いつもより少し呼吸が早いし、スカートの裾が整っていないのがその証拠だ。
帝城の警備は厳重だ。例えオレが裏口の存在を教えても、簡単には侵入できないし、捕まるようなリスクは犯せない。
一方で、帝城内に侵入して状況を探れるのはリーヴァだけだ。
だから、休ませる。任務成功の確実性を上げるためだ。決して情に流されたわけではない。
「それに、お前は替えがきかん。こんなところで死なれてはオレが困る」
「……はい、キリアン様」
反論の余地がないと悟ったのか、伏したまま頷くリーヴァ。
小刻みに震えているのは感動ゆえにだと信じたい。
……メロヴィくんもそうだが、若干、オレへの忠誠心が暴走しがちな傾向があるからな。
いや、慕われているのはそれでいいんだが、あんまり妄信されるとそれはそれで重いというかなんというか……、
そういう意味では、やはり、リーヴァとウルヴは似ている。
リーヴァ同様暗殺者としての自己しか持たなかったウルヴは『帝国物語』本編において『聖女』との触れ合いによって少しずつ暗殺者として以外の自分を取り戻していく。
それに倣うわけではないが、オレもリーヴァを導きたいものだ。将来的には、オレ直属の諜報部隊の長をやってもらうわけだしな。
「オレも少し休む。不眠不休ではさすがにどうにもならん」
行儀が悪いが執務室の机の上に足を乗せて、伸びをする。
ジークリンデとメロヴィくんにも少しでも休息をとるように言ってある。こういうときこそ睡眠が大事だ。
こちらが第一容疑者であるバルドを抑えている以上、第三皇統派も迂闊には動けない。
指揮に関しても休んでいたコドール卿に任せておける。
動くのは日が傾き始めてからだ。そのころになれば、オレの情報源からも連絡があるだろう。
今は昼過ぎだからか一応まとまった睡眠時間は確保できる。
「でしたら、キリアン様。このリーヴァの膝をお使いくださいませ。ささ、ささ、お早く」
目にもとまらぬ速さで来客用のソファーの端っこにスタンバイするリーヴァ。リズムよく膝をポンポンと叩き、早く来いと急かしてくる。
……こいつ、本当に疲れてるのか?
いや、疲れてるのは疲れてるんだろうが、これに関しては別腹らしい。
「拙のことはお気になさらず! むしろ、キリアン様のお顔を眺めながらであれば、拙も極上の眠りを得られますとも!」
オレが動かずにいるとリーヴァが攻勢を仕掛けてくる。こいつのことだからオレに膝枕した状態でも平気でぐっすり眠りそうではある。
………………リーヴァの膝枕ねえ。
そういえば、一度だけしてもらったことがあったな。
あれは祖父に頼んで城攻めに参加した時だった。
さすがに疲れ切っていたオレはリーヴァに言わるまま、彼女の膝を借りた。その時は確かによく眠れた、と思う。
……今必要なのは睡眠の質か。
「分かった。少し膝を借りる。お前もそのまま寝ろ」
「え? ほ、本当ですか!? よろしいのですか!? 拙の膝に、キリアン様が!?」
座ったまま器用に跳び跳ねるリーヴァ。その様子を微笑ましく思いつつも、オレは堂々と彼女の膝に頭を預けた。
リーヴァの太ももは千里を掛ける健脚とは思えないほどの柔らかく、暖かい。
確かに枕という意味ではこれ以上の品はそうそうないだろう。
「あ。一応厳命しておくが、変なことはするなよ。したらお仕置きとしてナデナデは当分なしだ」
「そんな殺生な!?」
リーヴァの悲鳴を聞き流しつつ、瞼を閉じる。
何だか懐かしい心地よさのせいか、意識を手放すのには数分と掛からなかった。
目を覚ましたのはそれから5時間後の午後17時半ごろ。日は傾き始め、暗躍するにはちょうどよい頃合いだ。
反撃開始といこう。




