第43話 晩餐会の修羅場
晩餐会というのは基本的に形式で構築された儀式のようなもので、そこにパーティーとか宴会とかいう言葉から連想される楽しさは一切ない。
窮屈な服を着て、好きでもないどころか嫌いな相手とにこやかに会話し、冷めきってしまった料理を酒で流し込むのが晩餐会というものなのだ。
といっても、幸か不幸か今日のオレにそういった晩餐会のだいご味を味わう余裕はない。
警備の責任者として招待客の一挙手一投足を監視しなければならないのだからな。
例えばそう、ちょうど今オレとジークリンデのいるポイントにワイン片手に近づいてくる貴族がいる。第三皇統派の下っ端貴族だ。
明らかに酔っている。主賓の到着前から強かに酔うほど酒を飲むとはいい度胸だ。しかも、そんな状態でジークリンデに近づいてこようとは。ここが晩餐会の場でなかったら二度と足腰立たないようにしているところだぞ。
だが、そうするわけにもいかないので会場の警備の騎士にこっそりと合図を出す。
すると、騎士の1人が上手いこと間に割って入り、酔っ払いを別の場所に誘導していった。
すばらしいぞ。やはり細かい部分まで事前に詰めておいて正解だった。
とまあ、こんな具合にジークリンデと宰相のグスタブの安全を守るため、少しでも怪しい素振りのある人物は近づいてきた段階で排除する段取りになっている。
相手が貴族なので一定の配慮は必要だし、通さざるをえない相手は通すが、露骨なのはこの際かまわない。事件を起こさないことが最優先だ。
……一方、優先警戒対象たちにも動きはない。
こちらを警戒しての事か、あるいは、取り越し苦労か。なんにせよ、三人目の対象が遅れて会場に到着した様子もないというのはやはり気になる。
と、そんなことを考えていると通さざるを得ない相手が来たな。
「ジークリンデ様、ドルウェナ辺境伯です」
ジークリンデに耳打ちして、背後に控える。少しの緊張に彼女が息を呑むが分かった。
やはり、どれだけ練習しても苦手なものは苦手か。
「殿下ぁ! ご機嫌麗しゅうございますか!」
大音声と共に現れたのは傷だらけの顔に髭と笑顔を携えた大丈夫だ。
礼服を軍服のように着こなしている。すでに五十歳もすぎているというのに、厚い胸板とがっちりした肩幅は彼が歴戦の『冥界騎士』であることを伝えていた。
隣にいるのは、娘でありジークリンデの友人でもあるイリアナだ。黄色のドレスがよく似合っているが、なんとも遠慮がちなのは父親同伴だからだろう。
「ドルウェナ伯。息災そうですね」
「無論ですとも! それより殿下! 娘の名誉を守っていただいたとお聞きしました! だというのに、今日までお礼にも伺わず! 面目ない!」
単刀直入すぎる。おまけに声がでかすぎる。
一応、バルドとドルウェナ伯の娘イリアナとの婚約破棄の件はなかったことになってるんだけど……まあ、この人に文句を言える相手はそうはいないから大丈夫か。
ちなみに、今日の宴席には第二皇子バルドも招かれている。というか、さっきから視界の端でこっちをチラチラ見ているのが目につく。あれか、オレたちに話しかけたいがイリアナとドルウェナ伯の手前、遠慮もといビビり倒しているのか。
まあ、イリアナはともかくドルウェナ伯がここにいるのはバルドには不意打ちのようなものだろうしな。
たまたま帝都に用事あって逗留していたタイミングで招待状が届かなければ彼の出席は叶わなかっただろうし。
オレとしてはドルウェナ伯が帝都にいるというのはかなり心強い。この世界線の伯は第一皇統派を見限るどころか、感謝しているくらいだからな。協力も期待できる。
「…………イリアナの友人として当然のことをしたまでです」
「何とももったいなきお言葉か! 聞いたか、イリアナよ! 殿下のなんと友情に篤きことか!」
「お、お父様……! お声が大きすぎます! 殿下は静かな方がお好きだと何度も申したでしょう!」
「おお! そうであったそうであった! と、そこにいるのが噂のシグヴァルト卿だな! そんなところにおらんでよう顔を見せてくれ!」
慣例を無視して直接オレに声を掛けてくるドルウェナ伯。
しかし、そうした行いにも不快感どころか一種の爽快さを感じさせるのは彼の人柄ゆえだろう。
「はい、ドルウェナ伯。お初にお目にかかります、ジークリンデ様の従者、キリアン・シグヴァルトと申します」
「おお! オルグレン・ヴェル・ドルウェナである! しかし、おぬし、爺様によく似ておるな! 気に入ったぞ!」
むんずとオレの肩を掴み、すごい力で揺さぶってくるドルウェナ伯。うーん、なんとも心地いい辺境貴族仕草だ。すごく懐かしい。
しかし、爺様というとオレの、というか、キリアンの祖父の事か。
「何を隠そうそなたの爺様、バルガス殿とは共に外征軍で戦った戦友でな! おぬしを見ていると血の滾りがよみがえるわい!」
オレの肩に手を置いたままガハハと呵々大笑するドルウェナ伯。
……そういえば、そうか。亡くなった爺様とドルウェナ伯とは爺様の方が年上だが、出征する先で出会っていてもおかしくないのか。
「あのバルガス殿に似た騎士が殿下の傍におるのなら第一皇統派も安泰よ! いい騎士を選ばれましたな、殿下!」
「はい。まことにそう思います」
う、うれしい……! なんてもったいないお言葉なんだろうか……! ジークリンデに仕えて以来、過分な褒美を戴いてばかりだが、この言葉の価値は帝国の土地全てを加増されるのに匹敵する……!
ふ、ふふふ、わかる、わかるぞ。ジークリンデに褒められるだけで、オレの能力値がメキメキ上がっているのが! 今のオレならばトモエだって戦える……気がする!
「では、殿下! ワシはいきますが娘は置いていきますゆえ! また後日、ご機嫌伺いに参りますぞ!」
それだけ言ってどたどたと足音をさせて去っていくドルウェナ伯。なんというか嵐のような御仁だが、それでいて快晴の空ような爽やかな人物だった。
残されたイリアナはそんな父親の背をため息交じりに見送ると、ジークリンデと談笑し始める。
主賓としての出番まではまだもう少しあるし、ジークリンデも楽しそうだ。
やっぱり友人は大事だ。ましてやジークリンデの友人は少ない。だからこそ、一人一人を大事にしなくてはならない。オレにそのサポートができるのなら身を粉にして尽くすつもりだ。
といっても、今は他にもすべきことがある。現在のところ、会場内で問題は起きていないようだが――、
「――キリアン」
ふいに背後から声を掛けられる。
深い穴の底から響くような暗い声だ。足を掴まれ、引きずり込まれるような錯覚に、反射的に振り返った。
そこでようやくオレは声の正体がトモエであることに気付いた。
「き、君か、トモエ」
「? トモエ以外にいないだろう?」
おもわずの確認に不思議そうな表情をするトモエ。
……本人に自覚がない? というか、オレの勘違いか? 緊張のせいでありもしない気配を感じてしまっている?
いかんな、しっかりしないと。オレともあろうものが場にあてられているのかもしれない。
「それより、どうだ?」
「どうだって……ああ、警備のことなら問題はないぞ。外のコドール卿からも特段の報告はないしな。君の方はどうだ、何か気付いたことはないか?」
「……特には。そもそもほとんどが丸腰。この国の貴族は暢気ね」
「…………まあ、そうとも言えるな」
一応、ここは衆人環境だ。要人にはそれぞれ護衛がついているし、この場で完全武装しているのは我が赫奕剣騎士団だけだが、その赫奕剣騎士団にしても護衛以上の意図はない。
帝国の歴史において個人単位の暗殺はともかくとして大人数での政治的虐殺の例は少ない。それこそ『流血帝』が酒宴に見せかけて親族50人をまとめて始末した一件くらいのものだ。
特にここ100年では一度もない。権力構造が複雑化するにつれて大量の殺人はリターンとリスクが釣り合わないようになっており、実行されなくなった。
もっとも、そういうリスクなど気にもかけない人種も確かにいる。
例えば、トモエの故郷の侍たちとか。まあ、彼らもそう言ったリスクを加味しても殺した方が早い、もしくは確実だと判断しての行動なのだろうが。
…………ここで真に恐れるべきなのは、やはり、その思考体系そのものといえる。
自らの、そして他者の血を流すことへの戸惑いのなさ。あるいは、リスクの全てを切り伏せてしまえばいいと割り切れる一種の合理性。そういった精神性は世界が違っても侍の根底には確かに存在しているのだ。
オレにもそういう傾向はある。自分が侍だとうぬぼれる気はないが、血を流すことをいとわないという意味ではオレも同類だろう。
それがどうにか、曲がりなりにも騎士なんてものをやれているのはやはり、ジークリンデのおかげだ。彼女というたがが無ければオレはきっともっとよくないものになっていた。
「…………それだけ?」
オレの内心を見透かしたように、ずいっと体を近づけてくるトモエ。
彼女の瞳が近づいてきて、キラキラとした輝きがオレを捉えた。
視線を逸らせない。美しい輝きの奥にある不安と恐怖を見てしまったからだ。
これを見過ごしてはオレは騎士を、ジークリンデの従者を名乗れなくなる。道義に反することだ。
しかし、トモエとこういう感情とは無縁だと思っていたが、おそらくオレのせいだ。
そう考えれば、彼女がなにに不安を抱いているのかも何となく察しが付く。なるほど、確かによろしくない。騎士として礼を失していた。
「――よく似合っている。今日の君には、美の女神とてたじろぐに違いない」
我ながら臭いセリフで正直、どうかと思う。
よく婦人をほめそやすのは騎士としての礼儀だなどという貴族もいるが、慣れないとこのざまだ。
でも、そんなセリフでも効果はあったらしく、トモエがぱっと笑顔を咲かせた。
冬の寒ささえも吹き飛ばしてしまいそうな、明るい笑みだった。
「そうかそうか。当然だな、キリアンの好みのドレスなんだからな!」
心底嬉しそうで、その上自慢気なトモエにオレもまた頬が緩む。
………おかげでだいぶ平常心を取り戻した。妙にマイナス思考になったり、ない気配を感じたり、神経質になりすぎていたか。
やはり、トモエには助けられている。ジークリンデがたがなら、トモエはよすがだ。単なる強さだけではなくて、彼女の人柄や言動がどうしてだかオレを引き戻してくれるのだ。
「――シグヴァルト卿」
だが、再び、背筋を寒気が襲う。今度の相手は分かっている。まず間違いなくメロヴィくんだ。2度目なので覚えがある。
「メ、メロヴィくん? どうかしたか?」
振り返るとそこにいるのは普段通りのメロヴィくん。礼服の着こなしが素晴らしい。あれだな、オレなんかとはモノが違うな。
……どうなってんだオレの感覚は? 復調したかと思えば鈍るし、誤作動起こすし、こんなんで大丈夫か……?
「いえ、そろそろ例のお披露目のお時間ですので」
「そうか。ありがとう、メロヴィくん。殿下にお伝えする」
歓談中のジークリンデには悪いが、そっと時間だと耳打ちする。すると、彼女は観念するようにため息を吐いて、それから頷いた。
グスタブ卿がお立ち台に上がり全員の視線を集めたのは、その時のことだった。
「お集まりのお歴々、紳士淑女の皆々様! 宴もたけなわというとことではあるが、一時お目とお耳を借り受けたい!」
よく通る威厳のある声だ。この声にはどんなひねくれたはねっかえりも脚を止め、耳を傾けてしまうに違いない。
例外があるとすれば、何かを企むものだ。みずからの目的に意識を集中し、視野が狭まり、耳を塞いだものだけがゆっくりと動いている。
「此度の戦槌の間の解放には疑問を抱かれている諸氏もおられることだろう! ゆえにこそ、その所以を皆様に今日ここでお見せいたしましょう!」
オレの感覚も捨てたもんじゃないな。演説を耳に入れつつも、その動きを掴めている。
動きの場所は、《《オレの真後ろ》》。真っすぐにこちらに近づく気配は、確かに殺意と悪意を身に帯びていた。
大穴ではある。だが、想定内だ。想定内であるならば対処もできるし、利用もできる!
「今お目に掛けるは失われた帝国の宝! 未来を示す『遺物』! その名も『槍の――」
演説のボルテージが最高潮に達した瞬間、気配が床を蹴る。
それとほぼ同時に、オレは体を翻し、正面から気配と向かい合った。
眼前にあるのは驚きに歪んだ見知らぬ下級貴族の顔。だが、今重要なのは彼の出自ではなく、彼の手にした短剣だ。
そこにしたたるのは何らかの液体。まず間違いなく毒だ。であるならば――、
「――ふっ!」
ジークリンデから贈り物である緋色羆のマントを大きく翻す。
瞬間、視界を覆われた暗殺者はその脚を止めてしまった。
甘い。その上にぬるい。これがもしリーヴァなら足を止めるどころか、迷いなく突っ込んできていたぞ。
そうしてオレは動きを止めた暗殺者の横顔に右のハイキックを叩き込む。脛が顔面にめり込み、暗殺者は隣のテーブルにむけてもんどりうって吹き飛んだ。
「貴様っ! 貴様ああああああああ!」
すぐさまメロヴィくんが飛び掛かって、取り押さえる。オレの隣ではトモエがテーブルの脚を引きちぎり、棍棒代わりにしていた。
さすがは我が信頼する臣下たちだ。打ち合わせ通りの動きとその迅速さには感心するほかない。ただ、あれだ、やりすぎないようにしてほしい。生け捕りにしたいし。
「きゃああああああああああああああ!」
遅れて誰かが悲鳴を上げた。
やれやれ、またオレの風聞が悪化しそうだが、とりあえず自分の身を守れたからよしとすべきか。
宰相の方も、無事だ。こちらを驚愕した顔で眺めているが、既に周囲を赫奕騎士団が固めているから大事は起きない。
というわけで、退屈な晩餐会は終わりだ。ここから趣味と実益を兼ねて尋問タイムと行こうじゃないか。
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