第41話 ジークリンデの贈り物
六の月の最初の『雷の日』、晩餐会当日がとうとうやってきた。
現在は午後17時過ぎ、晩餐会の開始は2時間後の午後19時だ。日が完全に沈み、『戦槌』が輝きだすのを待ってから晩餐会は始まる。
広々としたダンスホールとその中心に鎮座する巨大な『戦槌』。普段なら原作通りの光景に心を躍らせるのだが、今日ばかりはその余裕はない。
すでに騎士団の配置は終えている。会場内のチェックももう3回行った。
できるかぎりのことはした。人員も含めて水も漏らさぬと言い切ってもいい。
だというのに、どうも落ち着かない。大抵の場合はやることさえきちんとやっておけば本番には緊張しない質なのだが、今回に限ってはどうにも例外のようだ。
……やはり、ボディチェックを妥協すべきではなかったか。そこが不安要素になっているから腰を落ち着けられない……?
「シグヴァルト卿」
バルコニーでそんなことを考えていると、メロヴィくんに声を掛けられる。
オレと同じ黒の礼服。右胸には『赫奕剣騎士団』の紋章である赤い剣を模したブローチが存在を主張していた。
さすがの万能王子も今日ばかりは少し疲れた顔をしている。あるいは、がっかりしているような気もするが……まあ、本格的な任務はこれが初めてだ。拍子抜けするの無理はない。
「宰相閣下からようやく招待客の目録をいただけました。ご覧になりますか?」
「ああ。閣下にも困ったものだな。いくら招待客が貴き方ばかりとはいえ今日の今日まで目録を見せていただけぬとは思わなかったよ」
メロヴィくんからリストを受け取り、すぐさま目を通す。
同時に、前世の記憶を呼び覚まし、原作内で描写された招待客の面子と実際のリストとの比較を始める。
「――これは」
そうしてすぐに違和感のある名前を3つほど見つけた。
まず第一に、ゴーマン・フレズライン子爵。
第三皇統派に所属するうだつの上がらない辺境貴族。ということになっているが、これが第三皇統派の抱える隠密集団の一員『ウルヴ・モーデカイン』の偽名であることをオレは知っている。
原作における主人公『聖女フレイン』が攻略する対象の一人だ。
だが、原作においては唯一この晩餐会に招待されていなかった人物でもある。
それが出席者のリストにある、というのは見過ごせない。誰がねじ込んだのかは分からないが、最大限に警戒すべきだ。
次は、『クレイグ・ボーレカイト男爵』。あの腹黒眼鏡だ。
いや、正確にはあの眼鏡野郎本人ではなく第7皇女であるエイラ殿下が出席者に名を連ねているのが、おかしい。
原作におけるエイラ殿下は体調が整わず、この晩餐会を欠席されていたはず。なのに、クレイグを同伴する形で出席が確約されている。
クレイグの思惑か、あるいは何かのバタフライエフェクトか……どちらにせよ要注意だ。
そして、最後は、『イーライ・ヴェル・ヨルドバーン公爵令息』。
ある意味ではこのクソバカが来るのが一番意外かもしれない。いや、原作でもこいつはこの場にいたんだが、ジークリンデがしかたなく同伴者として選んだ形だった。
だが、この世界ではオレがいる。ジークリンデの供はオレが務めるし、なにより、イーライにとってオレは天敵。尻尾を巻いて帝都の隅でガタガタ震えているものと思っていたが……、
「シグヴァルト卿。それともう一つ、お渡しするものがあるのですが」
「あ、ああ、そうか。なんだ?」
メロヴィくんに声を掛けられて思考を中断する。要注意人物についてはあとできちんと情報共有をしておかねばなるまい。
「こちらです」
メロヴィくんが取り出したのは何かの包み。貴重な紙を使って包装がされており、それだけで高級な品だと分かった。
……そのせいかメロヴィくんの手が震えている。誰からの贈り物か分かった気がする。
「ジークリンデ様からの、贈り物です。晩餐会においてはこれを纏われるように、と」
「……そうか。あとで直接御礼申し上げねばならんな」
思わず天につき上がりそうになる右腕をぐっと押さえつける。
本当ならこの贈り物を両手で頭上に掲げ、この戦槌の間を走り回りながら絶叫し、城にいる全員に自慢して回りたいところだが、どうにか堪えた。これで副団長としての威厳は守られた。
「……シグヴァルト卿。お顔が引きつっておられますが」
「お、おう、そのようだな」
しかし、メロヴィくんに言われて頬を触ると確かににやけている。オレのポーカーフェイスもまだまだだ。
でも、仕方がないと許してほしい。
なにしろ、あのジークリンデがオレへの労いとして贈り物をしてくれたのだ。これが喜ばずにいられようか。むしろ、喜ばないものがこの世に、いや、ありとあらゆる並行世界の人類史を辿ったといるはずがない! いたとしたらそいつはオレに不倶戴天の敵だ、万死に値する。
だって、ジークリンデからの贈り物だぜ? あの口下手で感情表現が苦手な彼女が、オレのために贈り物を選んでくれたんだ。これ以上の宝物は存在しえない。そうだ、家宝にしよう。子々孫々に受け継ぐぞ。
「……おあけになられては?」
「だな。さて――」
おっといかん。メロヴィくんが言ってくれなかったら柄にもなくこの包装のすばらしさを称える詩を奏上してしまうところだった。
だが、この包装もまた宝。ゆっくりと慎重にはがしていくと――、
「マント、ですね」
メロヴィくんが言った。真剣なまなざしで贈り物を覗き込んでいる。なるほど、彼も興味があるらしい。無理もないことだ。
贈り物の中身はメロヴィくんの言う通り、確かに毛皮のマントだ。
艶やかだが太く、荒々しい毛並み。色は黒だが、中には緋色が散っている。中心には赫奕剣騎士団の赫い剣の紋章が、金の糸で縫い付けてあった。
しつらえの見事さは見るからに明らかだが、何より今にも息遣いが聞こえてきそうな猛々しい生命力を宿していた。
試しに右手の掌で触れてみる。炎を内包したような熱と鋭い刃のような感触に、この毛皮の正体を理解した。
「緋色羆……! なんて見事な……!」
遅れてメロヴィくんが言った。驚きに目を見開いていた。
緋色熊とは九界樹大陸の北側に生息する猛獣、あるいは魔獣とも呼ばれる生物だ。
通常の熊の二倍近い体躯と鉄の刃をはね返す毛皮を持つこの怪物は超人でもあるこの世界の貴族さえも圧倒し、討伐には個人ではなく軍隊が必要とされる。
武勇に換算すれば80は固い。つまり、トモエなら一人で倒せてしまうわけだが、彼女を基準にするとすべてがおかしくなるのでやめておこう。
ともかく、緋色羆は簡単には狩れない。当然その毛皮は高価であり、簡単には手に入らない。皇族であってもこの毛皮を纏う機会はそうそうないだろう。
そんな品をオレのためにジークリンデが用意してくれた……? あ、やばい、走り出して叫びそう。叫んでもいいかな?
「…………おめでとうございます、シグヴァルト卿」
「う、うむ。畏れ多いことだ、本当に……」
このマント一枚で帝都に屋敷が建つ。それだけのものをオレはジークリンデからいただいてしまった。
その事実だけで七度人生をやり直しても報いるにたる恩賞だ。これはいっそう身を引き締めて、犬馬の労をいとわずに尽くすほかない。
覚悟を持ってマントを羽織る。最高級の緋色羆の毛皮は見た目からは想像できないほどに通気性が良く、比類ないほどの誇らしさをもたらしてくれた。
「……お似合いです、シグヴァルト卿」
「ああ。自分でもそう思う」
メロヴィくんの褒め言葉にそう応じる。これはジークリンデがオレに選んでくれたマントだ。それがオレに似合わないなんてことはありえないし、もしそうだとしたら間違っているのは世界の方だと断言できた。
しかし、ジークリンデにおかれては知らぬ間にユーモアの才も身に着けておられたか。
オレの異名は『凶戦士』だが、ベルセルクとはもともと熊の毛皮を被って獣のごとく戦う戦士たちのことを指す言葉だ。
そんなオレに熊の毛皮のマントを着せるなんて洒落が効いている。この毛皮があるならオレ自身、凶戦士と呼ばれることにむしろ誇りさえ感じてしまう……!
それに加えて見た目での示威効果も抜群。オレの役目が一目でわかるし、馬鹿どもがジークリンデをなめるようなことも少なくなるはずだ……!
さすがは我が主ジークリンデ……! この贈り物の意味と価値、このキリアンはしかと理解しておりますぞ!
◇
『ジークリンデの日記から抜粋 晩餐会前日』
明日はとうとう戦槌の間での晩餐会だ。
キリアンは警備に力を入れて頑張ってくれているけど、わたしにとっても明日は負けられない戦いになる。
だって、明日はわたしと、キリアンの晴れの日だ。
2人で戦槌の間の中央で踊り、帝国のあまねくすべて一木一草にいたるまでにわたしたちの絆を見せつける……!
しかもその時キリアンが纏っているのはわたしの贈った緋色羆のマントだ。背に刻まれた紋章とそのいわれが彼が何者であり、わたしとの関係性をしめしてくれる。
あのマント、しつらえや紋章は新しいけれど実はかなりの年代物なのだ。
最初の所持者は400年前の女帝『征服女帝』ことエルフリーデ1世、その皇配であった『羆のガルムン』だとされている。
この『羆のガルムン』についての詳細は失伝してしまってひさしいが、『羆の』とある通り羆の、それも緋色羆の毛皮を纏う騎士だったいうことだけは有名だ。
……まあ、女帝ということもあってエルフリーデ1世の治世についての記録はほとんど残ってなくて、その逸話を知るのものはそういないのだけれど。
…………ともかく、購入を仲介してくれたエイラ曰くマントは400年前の遺跡から発掘されたもので、保存されていた宝箱にはエルフリーデ1世の紋章があったそうだから、まず間違いはない。
エイラが美術品だけじゃなくて『遺物』の収集もしているとは意外だったけど、おかげで格安であのマントを手に入れられたからエイラには感謝しかない。この恩は必ず返す。あの子の望みをかなえるためにもわたしはキリアンと玉座、両方を手に入れる……!
あの毛皮のマントのおかげで晩餐会でわたしとキリアンが踊ることには、また別の意味が生じる。
あのマントはかつての皇配のもの、であるならば、キリアンは皇配であり、それと踊るわたしは何ものか。
賢い者ならば、すぐに気付く。これはわたしの宣戦布告であり、勝利宣言なのだ、と!
その時が今から楽しみだ。自分がこんな策略を巡らせるようになるとは思ってもみなかったけれど、少しだけ、ブリュンヒルデの気持ちが分かった、かも。
追伸
背中の刺繍をわたしの紋章にしようとおもったけど、それはやめておいた。あまりに露骨すぎるとキリアンに品がないと思われるかもしれないし。
あと、トモエがキリアンにドレスを選ばせたらしい。
ずるい、ずるいずるいずるい……! わたしもそうしたかった……! なんでそんなことも思いつかなった、この愚か者……!
(本日記の公開にあたり、シグヴァルト公爵家より皇配のマントの貸与が許されました。歴戦と大恋愛、そして修羅場の証拠品ともいえるマントの展示は今回が初です。観覧の皆様に置かれてはぜひお楽しみください。帝国万歳)
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