第40話 ドレスコードと戦装束
警備の準備を整えているうちに、晩餐会前日は瞬く間にやってきた。
会場となるのは、当然、件の『戦槌の間』だ。
この戦槌の間はアーリア城最大の大広間であり、その名の通り、中心の台座にはある『戦槌』が鎮座している。
見上げるような戦槌こそは神話の時代、雷神が振るったとされる『雷鳴を鳴らすもの《トーリオン》』という名を持つ神器だ。
この神器の凄いところはただの謂れ付きの置物ではなく、今でも夜になると青白い光を帯びて大広間を照らす点にある。その光に照らされて踊ることは全貴族の夢とも言われていた。
…………言ってしまえば、超絶高価なミラーボールだな。どんなにすごい武器でも、あんなサイズだと動かせないし、使えないし。
という、うんちくはおいておいて、重要なのは警備体制だ。
今回の警備を主に担うのは我が赫奕剣騎士団。帝城の警護をする近衛兵団もいるにはいるが、指揮系統が違ううえにヘタレなので役には立たない。
今回動員する兵力は約150名の騎士。全員がオレとトモエで選別した精鋭だ。そのうち100名が戦槌の間の外を警護し、会場内に50名を配置した。
くわえて、毒殺、呪殺の可能性を考慮し、会場および厨房、運び込む食料を二重、三重にチェックした。
だが、これで完璧かと言われれば、断腸の思いで否と言わざるをえない。
なにせ、招待客に対するボディチェックは結局呑んでもらえなかった。ちくせうが。
……招待リストにはジークリンデ以外の皇族の名前も載っているし、検閲を行うということ自体が彼らを疑っているということを意味する。
警備を行うこちらの観点から見れば当然のことでも、される側からしてみれば失礼以外の何物でもないということだ。ましてや相手は封建領主そのもの。強行すれば余計な恨みを買いかねない。
無論、想定していた事態ではある。こういう時のためにトモエを幕下に加え、会場内に配置しているのだ。
彼女の武勇をもってすれば不埒な輩がいても対処は容易だ。
なので、晩餐会前日である今日はゆっくり腰を落ち着けて英気を養うつもりだったのだが――、
「これもダメだ。色味が気に食わない」
トモエがまたドレスを突っ返している。黒色の生地と上品な仕立ては彼女によく似合っていると思ったんだが、何かが気に食わなかったらしい。
すでに十二着目だ。仕立て屋の店員の顔がいい加減引きっつていた。
帝都にある第一皇統派御用達の仕立て屋でのことだ。
トモエにドレスを用意すると約束しておきながら今日の今日まで忘れていたので、慌てて彼女を連れてこの店に駆け込んだのだが、すでに半日近く籠城戦が続いていた。
「むぅ……」
壁に掛けられたドレスを見て、トモエがうめく。
白、黒、黄色に緑、紺もあれば紫色もある。皇族にのみ許される赤色以外のほとんどのドレスがここに居並んでいた。
本当なら生地から選んでトモエのために一から仕立てるつもりだったのだが、今回は時間がなさ過ぎたため、仕立て屋が収蔵しているドレスの中から気に入るものを選ぶことにした。
せめてものこと、店にある中でも最高級の品を出してもらっているのだが――、
「……これではいざという時に足を取られるし、こっちはこっちで色が良くない。むぅぅぅぅ」
トモエのお気に召すものがなかなか見つからない。
オレとしてはトモエ自身が美人かつスタイルが良すぎるくらいなので何を着ても似合うし、ほかの貴族に見劣りするどころか圧倒するくらいだと思うのだが、本人はそうでもないらしい。
…………こういう時、男は形式が決まっているから楽でいい。それに、オレの礼服は亡き祖父が贈ってくれたものだから格式もしっかりしていて見劣りもしない。
難点があるとすれば、暗器を隠すスペースが少ないことだが……、
と、オレのことはどうでもいい。トモエのドレスが決まらないとこの仕立て屋で夜を明かすことになりかねないぞ。
「何が気に食わないんだ? どれも悪くないと思うが」
仕方ないので、口を開く。
オレの少ない人生経験でもこういう時には黙っておくべきだとは知っているものの、事態の打開を図ったのである。
「いろいろある。でも、これは戦装束も同然。吟味すべき」
「……なるほど」
ドレスが戦装束、ね。トモエらしい物言いだが、あながち間違いでもない。
貴族にとり舞踏会というものは一種の戦場だ。一挙手一投足を観察されて息は詰まるし、そこでの振る舞いが社交界全体での風聞に直結する。
「……当日だけど、本当になにもしないの?」
オレの考えを察したかのようなタイミングで、トモエがそんなことを聞いてくる。
凄まじい直感だ。野生の肉食獣とてここまでではあるまい。
「なにって、なんの話だ?」
とぼけつつも周囲に視線を走らせる。ここは元々プライベートな空間だ。オレたちを接客している店員も奥に他のドレスを取りに行っているので、好都合だ。
「当日のこと。警備は分かるけど、それだけでいいの?
トモエの言いたいことは、よくわかる。
晩餐会の警備を担当するのが赫奕剣騎士団ということは、その場の主導権がオレとジークリンデにあるということだ。
つまり、生かすも殺すも胸先三寸。その場に集った貴族の中からジークリンデの邪魔者だけを始末することもできてしまうわけだ。
事を起こした後の追及に関しても心配は無用だ。
証拠や目撃者はどうとでも握りつぶせる。いくら第三皇統派の勢力が大きいとはいえ、帝都の政治中枢を掌握してしまえば勝算はある。ジークリンデを玉座に押し上げるという点においては最短ルートでさえあるかもしれない。
だが、今は――、
「今は、その手は使わない、もっと余裕を得るか、あるいはもっと追いつめられるまでは、な」
「なるほど。姫御に気を遣っているのね」
………鋭すぎて怖いぞ、トモエ。
姫御とはジークリンデのことであり、オレが強硬策を執らないのはジークリンデがそれを望まないというのが最大の理由だ。
ほかにもリスクやこれから先の展開なども天秤には乗っているが……やはり、必要性がジークリンデの意向を上回るほどではないというのが一番だ。
…………つくづく、オレの根本は『凶戦士』なのだろう。
礼儀作法や社交界に関してその必要性を頭や理屈で理解できても根本的には尊重していないし、大事にも思えない。
その一方で、殺人や謀略を手段として用いるのに何の抵抗もない。ジークリンデというタガがなく、オレに野心があればまさしく異名通りのことを平気でやっていたに違いないだろう。
「しかし、君からそういう問いがあるとは思わなかったぞ。正面切って勝負が趣味だとばかり」
「そっちの方が好きなのは好き。でも、故郷でも宴会場での闇討ちはよくあった。防いだことも、やったこともある」
「…………なるほど。君らしい」
「それ、褒めてる?」
「褒めてるさ。戦の申し子だ」
「むぅ……」
もう一度ドレスを比較検討し始めるトモエ。どこか背中が拗ねているように見えるのは気のせいではないとみた。
いや、流石は鎌倉武士マインドと思っただけなんだが、よくなかったか。
「キリアンは、トモエを戦だけの女だと思っている。心外だ」
こちらに背中を向けたままトモエが言った。
なるほど。確かにそう捉えられても仕方のない物言いだった。
「そういうわけじゃないさ。君は頼りになりすぎる。それにオレが甘えすぎていた。許してくれ」
「……では、ほかにトモエをどう思っている?」
「美しく思慮深い。それと、踊りの名手だ」
これに関しては本音なので即答できる。
この世界に転生してから美少女、美男子にはよく遭遇するが、ジークリンデを除いてナンバーワンは間違いなくトモエだ。まあ、このジャッジにはオレの好みの成分が大いに含まれるので公平ではないが、完全に公平な基準などありえないので構わないだろう。
「………美しい、について詳しく」
「……動きはもちろんだが、やはり髪、だな」
少し考えて、一番印象に残っている部分を答える。
顔も声も無論、美しい。原作でも玲瓏にして美麗と表現されていたが、実物はそれ以上だ。
でも、夜闇色の髪がなびく姿があれほどに美しいとはオレは知らなかった。
「君の髪は綺麗だ。オレに詩の才能があれば、もう少しいい言葉が出てくるんだろうが、それしか言えん」
こういう時ばかりは芸術方面に興味の薄いのが惜しくなる。
決して口説きたいとか下心があるわけじゃないが、自分の感動を人に100%伝えたいという欲求は誰にでもあるものだ。
「…………『美髪公』」
だが、そんなオレの拙い賞賛にもトモエは感動してくれているようだ。
珍しく耳まで赤くして照れているのが、その証拠。何か琴線に触れるもの要素がオレの言葉にあったらしい。
というか、あれだな。こういうギャップはなんだ、ずるい。心が揺れるとはまさにこのことだ。
「こちらをお持ちしました……!」
動揺するオレに助け舟が現れたのはその時だ。
奥に行っていた店員が青色のドレスを手に現れたのだ。
目を引く青だ。夜の海のような深みのある色合いで、それでいて星のような輝きが生地の中に散っていた。
……青か。帝国では珍しい色だ。その分、目立つが、トモエはそこに関しては気にしないはずだ。
このドレスなら似合うんじゃないだろうか?
「どうだ?」
「………どう思う?」
トモエにドレスを見せると、尋ね返されてしまう。
「似合うと思うが」
「それだけ?」
「君の髪にふさわしい色だと思う。それに、綺麗だ」
「……好きってこと?」
ドレスを手に正面からのアタック。あまりにも逃げ場がなくて、本音が喉元までせり上がっていた。
抵抗は、無意味らしい。
「……まあ、そういうことだな」
思わず赤面してそう漏らしてしまう。
まったく武人としてあるまじきことだ。この程度で心を乱して、表情に出してしまうようではまだまだ未熟ものだ。
「では、これにしよう! 直してくる! 鑑賞は当日までお預けだ!」
そんな隙をトモエは的確に突いてくる。満面の笑みと上機嫌で駆けていく背中には、文句のつけようがなかった。
……まあ、いいか。気に入るものがあっただけで今日は良しとしよう。いいものを見られたしな……!
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