第39話 ジークリンデのわがまま
槍の冠をどうするか、政敵をどうするかは脇においておくとしても、戦鎚の間での晩餐会の警護には万全を期さないといけない。
赫奕剣騎士団が警備を担当する以上は暗殺未遂など絶対に起こさせない。鉄壁の警備を敷いて宰相を守らなくては第一皇統派の、ひいてはジークリンデの責任にされてしまうからな。
原作通りの展開とタイミングであれば、あえて暗殺未遂を起こさせて犯人を捕らえることで第一皇統派の名望を高めるという手もあったのだが……ここはきっぱり諦めるべきだ。
……そもそも原作においてこの事件が第一皇統派にとっての災厄になったのは、事件の捜査を担当していた赫奕剣騎士団がさる貴族の子息を誤認逮捕したせいだ。
結果として犯人を捕縛したのは主人公である『聖女フレイン』。つまり、手柄を立てられないどころか名誉を失い、おまけに有力貴族と敵対するという踏んだり蹴ったりなありさまだった。
本来の世界線では第一皇統派は直前にドルウェナ辺境伯という重鎮を失っている。くわえて、この一件があったことでますます第一皇統派は人心を失い、帝都での地盤を本格的に切り崩されていくことになる。
だが、この世界線においてはドルヴェナ辺境伯の離脱も防いだし、宰相の暗殺未遂も起こさせない。
それができるだけの戦力は揃えた。あとはその戦力をどのように配置して、運用するかのみなのだが――、
「――以上が当日の警備体制となります、ジークリンデ様」
オレが説明を終えると、ジークリンデは静かに頷く。
彼女の離宮である『ミズガド離宮』でのこと。昼食を終えて、今はアフタヌーンティーの時間だ。
宰相府での会談から2日後、晩餐会での警備についてはすでに手をまわしている。
あとは、ジークリンデの裁可を得るだけで兵は動かせる。
計画自体は、完璧とはいかずとも最善だと自負している。
当日出される酒や食事に関しても検閲を掛けるし、招待客と使用人に関しても素性を抑えてある。
加えてオレには原作知識がある。原作時点での容疑者を事前にマークできるうえに、決行のタイミングもある程度予期できる。犯行そのものを抑止するのはそう難しくはないのだ。
「……貴方は、どこにいるのですか?」
少し考えこんでから、ジークリンデがそう尋ねてくる。
当日のオレの居場所、か。説明し忘れていた。いかんな、オレもまだまだ言葉足らずだ。
「会場の外で警備の指揮をする予定です。当日になって判断を要する問題が起きないとは限りませんので」
ジークリンデが主賓でなく、警備の担当が赫奕剣騎士団でないのならオレも会場内でジークリンデを守るつもりだったが、こうなっては外にいた方がいいと判断した。
トモエや特訓してくれたメロヴィくんには悪いが、万全な警備体制には代えられない。
「……承服できません。貴方は、中に」
だが、そのジークリンデに却下される。なぜだ。
「ですが、ジークリンデ様。そうなると全体の指揮が……」
「ラインゴッズ卿とコドール卿がいるでしょう」
食い下がると、即座に負い討たれる。さ、さすがはジークリンデ。秘めたる才能が目覚めたか……!
確かに、オレもその手は考えた。メロヴィくんやコドール卿ならば能力的に不足するということはないし、信用もできる。
だが、オレは赫奕剣騎士団の副団長だ。その立場でしか動けないこと、考えられないこともある。そこも含めてオレは外にいた方がいいと判断したんだが……、
しかして、そんなオレの理屈は次のジークリンデの一言で跡形もなく吹き飛ばされてしまった。
「キリアン。わたしは、貴方がいないと、立ち行きません」
切実な告白だ。
偽りのない心情だ
なによりも、心からの懇願だった。
であれば、ジークリンデの騎士たるオレが応えないということはありえない。
「わかりました。会場内に、いえ、ジークリンデ様のお傍に控えております」
そう答えると、ジークリンデは少し驚いてそれから満足げに頷く。口角が3ミリほど上がっており、オレが騎士として彼女の意に沿えたことを意味していた。
感無量だ。主君の心により添えているのなら、騎士としての本懐と言える。
それになにより、ジークリンデが心からオレを頼ってくれているという事実は臣下として何よりもうれしい。
無論、オレだけに頼りきりではいけないし、権力と実務を集中させすぎる危険性も理解しているが、嬉しいものは嬉しい。
それに、この一言はオレの今までの行動がジークリンデの信頼に値するものであったことも意味する。
衆人環境という彼女の最も苦手とする領域でほかならぬこのオレこそを最も頼りにしてくれているという証拠なんだからな。オレとの練習でだいぶ苦手を克服してきたとはいえ、まだまだ不安なのだろう。
……考えてみれば、オレが会場内にいることのメリットもある。
招待客に目を光らせられるのはもちろんのこと、原作知識を活かしてその場にいる容疑者を直接マークできる。何か起きたとしても真っ先にジークリンデを守ることが可能だ。
「……指揮はどうするのですか?」
「コドール卿に委任します。あの方は経験豊富ですからどんな状況でも対応できるでしょう」
「…………わたしとしてはラインゴッズ卿が適任かと思いましたが」
さすがはジークリンデ。言葉はほとんど交わしていなくても本人の適正や才能についてはよく見抜かれている。
だが、残念ながらオレの適正に関しては見落としがある。
「ラインゴッズ卿は優秀です。ご慧眼通り指揮者は務まりますが、彼には自分の補助を担ってもらわねばなりません」
「……補助、ですか」
「はい。ご存じの通り、自分は礼儀作法についてときどき我を忘れる傾向にありますから」
我ながら控えめすぎる過大評価だな。だが、事実でもある。
なにせ、学生時代をのぞいても、すでに前科2犯だ。ジークリンデになめた真似をする奴がいたらマジでキレて晩餐会の会場をオレが血染めにしかねない。自分で自分を捕縛してれば世話がないというものだ。
そういうわけでメロヴィくんにはオレの傍にいてもらわないといけない。彼なら礼儀作法にも通じているし、なによりも、オレより武勇が高いからな。最悪オレを締め落として止めてくれるだろ、頼むぞメロヴィくん。
「……それはわかりましたが、トモエまで会場に入れる必要が、あるのですか?」
「はい。彼女の武勇は必要です。自分やメロヴィ卿に万が一不測の事態が起きても、トモエがいれば御身は無事です」
「…………そうですか」
オレの答えに、難しい顔をするジークリンデ。
彼女がトモエの出席に難色を示すとは思ってなかったが、気持ちは分かる。だって、オレよりめちゃくちゃしそうではあるし。
だが、トモエは武の人だが決してただの蛮人ではない。強いて言うなら、教養と分別のある蛮人だ。
……なんか矛盾しているうえに逆に厄介度が上がった感はあるが、礼節と蛮勇が両立するのは歴史が証明している。ほら、サムライって基本そんな感じだし、すごい茶道の達人で師匠としての認可までもらってるのにやってることは野蛮人そのものな戦国武将もいるし。
実際、トモエはそのサムライだ。なので意外と空気も読めるし、公の場での振る舞いも心得ている。ただただ時々そこら辺の常識を意識的に無視するだけだ。
…………言っていて、不安になってきたな。
「…………シグヴァルト卿、あらためてあなたに一任します。よしなに」
「はい、ジークリンデ様。我が名誉と命に懸けて、貴方様に栄光を」
よかった。ジークリンデも納得してくれた。
ジークリンデのためになるならば彼女が望まないことでもやる覚悟はあるが、納得して後押ししてくれるのなら百万の援軍を得た思いだ。
晩餐会までは後五日。そろそろオレ達以外の貴族や別の派閥の連中にも招待状が届いているはず。できることならリーヴァの到着を待ちたいが……全てが思い通りというわけにはいかないのが、世の道理だ。
「……キリアン」
うお、びっくりした。いきなりジークリンデに上の名前を呼ばれて、昇天するかと思った。
「……なんだろうか、ジークリンデ様」
しかし、呆けてもいられない。あの魔石鉱山での一夜以降、ジークリンデがオレの名を呼ぶときはこれからはプライベートの時間という合図だ。そして、プライベートの時は少し砕けた口調で話すと約束してしまっていた。
……やっぱり慣れないな。オレはあくまで彼女の一臣下。親しんでくれるのは望外の喜びだが、君臣の別は守るべきだと思うんだが……、
「…………貴方が踊りの特訓をしたと聞きました」
「え? あ、ああ。正直、踊りは苦手でして。貴方に恥をかかせるわけにはいかないと、メロヴィくんに頼りましたが」
「…………そうですか」
一瞬、どうしてだか不穏な空気を感じたが、すぐに霧散する。
もしかして、オレのジークリンデセンサーが不調をきたしている……? な、なぜだ……!? 帝都の空気が悪いせいか……!?
「……であれば、次からはわたしにまず相談するように」
「え、あ、はい。そういうことでしたら、遠慮なく」
こくりと頷くジークリンデ。満足げな表情にようやく理解が追い付いた。
なんて、なんて可愛らしい理由で拗ねておられるんだ……!? こんな魅力をも隠していたとは、恐るべしジークリンデ・トールヴェル!
ジークリンデは意外と踊り好きで、名手でもあられる。
だというのに、オレが真っ先に自分を頼らなかったことにお怒りなのだ。
まったく失点だった……! 不遜なことを承知しつつも彼女に依頼するべきだった! くそう、オレよ、なぜあの時、思いつかなかった。
「…………機会はすぐに訪れるでしょう。楽しみです」
だが、本当に楽し気なジークリンデに、オレもワクワクしてくる。彼女もきっとこの先に待つ第一皇統派の躍進、そして、自らが皇位につく瞬間を思い描いておられるに違いない!
……ふっ。戦槌の間の解放が早まった時は肝が冷えたが、これはこれでチャンスだ。
死中に活あり。この晩餐会を無事に終えることでジークリンデの名望は飛躍的に高まるのだからな……!
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