第38話 ヤンデレによるヤンデレのための争奪戦
『槍の冠』はただ王権を示す冠というだけではなく、いわゆるマジックアイテムでもある。
被ったものに未来を見通す『瞳』を授けるという伝説は伝説ではなく事実なのだ。
ゆえに、この槍の冠が帝都にあるうちは帝国は一度たりとて戦に負けなかった。当然だ、皇帝が未来を見ている以上負けようがない。
そんなチートアイテムだが、原作においても、この世界においても、今から二百年前に失われたとされている。
『美顔帝』あるいは俗に『失地帝』とも呼ばれる『ウドガル四世』の御世のことだ。
異名からわかる通りこのウドガル四世は顔しか褒めるところのない暗愚だった。それゆえ槍の冠を戴きながらも未来の解釈を誤り、戦に敗れた。それだけでは飽き足らず、撤退戦の途中、川のど真ん中で冠を落としたのだ。
それ以来、幾度となく槍の冠の捜索が行われたがその行方はようとして知れず、いつしか槍の冠は失われた『異物』の代表格となった。
……原作『帝国物語』でも槍の冠は登場する。
主人公『聖女フレイン』がとあるルートに進み、その上で条件を満たした場合のみ低確率で発生するイベントにおいてのみ、アイテムとして入手できる。
アイテムとしての性能も破格であらゆる行動の成功判定を常に50%プラスしてくれる。
つまり、どんなに分の悪い賭けでも最低でも二分の一の勝負にしてくれるというわけだ。
もっとも、これだけ強力なアイテムなので入手できるのはシナリオの終盤。使いどころは限られる。そうすることでゲームの難易度のバランスを調整していた。
だというのに、こんな序盤に槍の冠が発見された……?
それも、よりによって宰相の手で……?
なにがどうなってるんだ? オレの知らないところで天変地異でも起きたのか……?
「――今年は日照り続きでございました。火の神の思しめしでしょう。おかげで大陸中でいくつもの川が干上がり、収穫もかなり落ち込みました」
オレが驚きをひた隠しにしていると、神妙な表情のままグスタブ卿が言った。
実際、去年の日照りはひどかった。夏の間に一月半も雨が降らず、シグヴァルト領でも残された水の供給と采配で随分と苦労した、とユリアが言っていた。
帝都でも暑さのあまりに北の避暑地に相当な数の貴族が移り住んだほどだ。
……この気象異常が原作の世界線でもあったことなのか、そうでないことなのかはオレにも分からない。
だが、蝶の羽ばたきがはるか遠くで嵐を巻き起こすように、わずかな変化が予想もしない結果を生むというのはありうることだ。
「ですが、あの暑さにも恵みがございました。ヴァフス河の一部が干上がったのです」
「あの大河が、ですか」
ジークリンデの顔に驚きの表情があらわになる。無理からぬことだ。
ヴァフス河といえば九界樹大陸でも有数の大河川であり、「あらゆる川の水はヴァフスの大河にいきつく」という格言が残されている。
そのヴァフス河が、一部とはいえ干上がったというのはここ100年はなかった一大事だ。
そして、今まで一度たりとて日を浴びていない川底があらわになったということは、そこには――、
「その渇いた川底で、地元の農民が見つけたのです。鈍く輝く王冠を」
グスタブ卿の威厳に満ちた語り口には確かな説得力がある。
……確か、グスタブ卿の領地の一部はヴァフス河の流域だ。
そこで王冠が発見されたと考えれば筋は通っている。
…………王冠の発見そのものが何らかのブラフである、というのはやはり考えすぎだろうか。
実物をこの目で見られれば話が早いんだが、従者の立場でそれを要求するのは難しい。
くそ、オレの失策だ。探りを入れる前にある程度当たりをつけてジークリンデと談合しておけばよかった。
だが、過ぎたことを言っても仕方ない。グスタブ卿が槍の冠を発見したと言うならば、それを前提として今後の展開を想定するほかないか。
「……わかりました。その理由であれば、父祖の霊も頷かれるでしょう」
美しい顎に手を添えながら、そう言葉を紡ぐジークリンデ。
さすがだ、オレなんかよりもはるかに落ち着いておられる。
「……『栄明帝』の御世に、『癒しの泉』の発見を祝して、戦槌の間で晩餐会を催したことがありました。先例にも、かないます」
「おお。それをお聞きし、安堵いたしました。感謝に堪えませぬ、ジークリンデ殿下」
そうして出された結論に、グスタブ卿はしきりに頷く。
仕草や表情に嘘は見えない。少なくともジークリンデの口添えが欲しかったという点に嘘はないとみていいだろう。
こちらとしても口添えだけであれば政治的リスクは少ないし、帝国宰相に借りを作れるというのは悪くない。
扱いかねるのは『槍の冠』そのものだ。
帝国の帝権の象徴でもあり、未来予知を可能にするチートアイテム。手に入れられるものならジークリンデに献上したいが、それがはたしてよい結果を導くかというと正直疑問だ。もし争奪戦になれば被害はまぬがれないしな。
一方で、ほかの勢力には渡せない。未来予知なんてされてこっちの策が筒抜けになる。それでも対処のしようはあるんだが……、
いや待て、そういうことか。読めたぞ、グスタブ卿の腹の内が。
「では、予定通り来月の初めの『雷の日』に『戦槌の間』を開き、祝賀の晩餐会を執り行うといたしましょう」
「…………それがよいでしょう」
とんとん拍子に日取りが決まる。
もはや会場も決まり、晩餐会の名目も整い、期日も定まった。あとは、その場に誰が出席し、どんな役割を担うか、だ。
「つきましてはジークリンデ殿下。その晩餐会におかれては、殿下を主賓としてお招きいたしたく。ぜひ殿下の騎士をお従えとなり、戦鎚の間の中央に立っていただきたいのです」
やはりそうきたか……!
グスタブ卿は第一皇統派を共犯にするつもりなのだ……!
晩餐会の主賓がジークリンデということであれば、当然、オレも含めた彼女の配下が晩餐会へと招待される。それだけではなく第一皇統派の関係者もまた多く集まるだろう。
そうなれば自然とジークリンデの護衛だけではなく会場全体の警備を赫奕剣騎士団が担うことになる。
つまり、晩餐会で何かトラブルが起きたとしてその責任もまた赫奕剣騎士団、ひいてはジークリンデに帰するということ。宰相と宰相府は単独で責を受けずにすむ。
たぬきジジイめ。やけに簡単に槍の冠の発見なんて重要情報を教えると思ったが、こちらに断らせないための策だったか……!
おまけに主賓として招かれるとなれば、なおさら断りづらい……!
「……話は、わかりました。少し考えさせて、ください。戦鎚の間の主賓となれば、大役ですので」
オレの動揺を察してくれたのか、ジークリンデは何も言わずとも考える時間を作ってくれる。
なんて慈悲深く英明なお方なんだろう。やはり、俺の主君はこの人しかいない! この人以外の誰が皇帝に相応しい? 断言しよう、そんな奴はいない!
……オレも臣下として、相応しくならねば。少なくともジークリンデが作ってくれたわずかな時間を活かして、従者として結論を出さねば。
……今回の件、リスクはある。リスクはあるが、リターンもある。
まず、槍の冠がお披露目される晩餐会の主賓を務め、無事やり遂げたとなればジークリンデの名声は大いに高まる。
宰相との繋がりをアピールすることは内外への牽制にもなるし、槍の冠を被り、あるいは所有することができずとも帝権の象徴に近づくということは他の皇族に先んじるということでもある。
……それに、だ。警備をこちらで担当できるなら宰相の暗殺未遂事件そのものを防ぐことができるし、なにより、取れる選択肢の幅が大きく広がる。
槍の冠を密かに盗むか、あるいはこの際政敵を排除するか……いっそ、ジークリンデの対立候補が揃うなら全員を捕らえることも可能だ。
……いや、欲張りすぎか。強硬策は玉座への最短ルートではあるが、それはそれで予後が悪い。
ともあれ、結論は出た。
想定外の事態ではあるが、ここは虎の穴に飛び込むべきときだ。
ちょうどジークリンデが自分の膝を軽く2度叩いた。
2人で事前に決めておいた意見を求めるという秘密のサインだ。
「お受けすべきかと」
ジークリンデの耳元に顔を寄せ、そう声を潜める。
彼女はそれに応えてゆっくりと息を吐いた。心なしか、その吐息に喜びの音が混じる。オレの目でえればわかる程度に、つまり、かなりの上機嫌でジークリンドはオレの進言を入れた。
「宰相殿、自らのお誘い、断っては無礼というもの。主賓の件、お受けいたします」
ジークリンデの少しだけ上擦った声が、貴賓室に響く。
それに応えてグスタブ卿は椅子から降りて膝をつき、臣下として首を垂れた。
……これで後戻りはできない。ジークリンデのために粉骨砕身、最初の災厄を打ち砕くまでだ。
しかし、なんだ、なぜジークリンデはあそこまで機嫌を良くされたんだ? じつは踊り好きだから、踊るのが嬉しいとか? でも、誰と踊るんだろ?
◇
ジークリンデの日記より抜粋
今日、宰相殿より槍の冠の披露宴での主賓を頼まれた。
名誉なことだ。
悦ばしいことだ。
誇らしいことだ。
そう思わねばならない。皇族としてのわたしは父祖の宝を再び招くことに畏まりて、ことほぐべきだ。
でも、女としてのわたしは違うことに歓喜している。頬を綻ばせ、心弾ませ、魂を震わせている。
だって、主賓たるもの、晩餐会においては最初の踊り手を務めるのが決まりだ。
ましてや、戦鎚の間で主賓を許されるのは皇帝のみで、相手として立つのはその配偶者。皇帝不在時の代理として許されるのも皇族とその皇族が選んだ相手のみだ。
また戦鎚の間は古来から皇族の結婚式の会場として用いられていた。なので代理として踊る皇族もまた未来の皇帝とその后であることが大半だった。
だから、暗黙の了解として、戦鎚の間で主賓として踊るということは、二人が将来結ばれる恋仲であることを意味する。
当然、わたしは我が騎士キリアンを指名する。それ以外の男など絶対にあり得ない。彼と共に戦鎚の間で主賓として踊るのだ。
つまり、その夜、キリアンとわたしは互いに互いの、絆を皆に見せつける。集ったすべてのものが、わたしが誰を愛しているのか、知るのだ。
……キリアンは、おそらくこの謂れを知らない。
彼が辺境の貴族であるがゆえだ。致し方ないこと、というより、わたしの喜びようが理解できないと悩む彼の顔にたまらぬほどの愛しさを感じたくらいだ。
エイラから戦鎚の間のことを聞いた時から、このことを期待していた。宰相殿が言い出してくれねば、自分から言い出していたかもしれない。
エイラのくれた策でもある。いずれキリアンが騎士として分別の持ち出したとしてもそれを封じられるように、囲い込むための、策。
でも、一つ、一つだけ怖い。
キリアンを囲い込んでも、彼がわたしを愛してくれなかったら? それどころか、卑劣な策略家だと蔑み心が離れてしまったら? 忠誠が消えてしまったら?
考えるだけで、喉元に短剣を突き立てたくなる。いっそこのも想いを胸の奥に秘してしまえば、騎士と主のまま、幸せに溺れていられるのではないだろうかと毎夜、思う。
だけど、彼が他の誰かのものになるのも耐え難い。胸を掻きむしり、心臓を引き摺り出してしまいたくなる。
だから、戦う。我が先祖は戦神、欲しいものは戦って手に入れる。キリアンの心も、彼自身も。
そのためにも、彼に贈り物を用意した。彼が私のものだと分かる、彼を象徴する品を。きっと喜んでくれる。
追伸
キリアンに踊りの特訓をさせたほうがいいかもしれない。本人も苦手だと言っているし、踊りならわたしも教えられる。どうせなら帝国の歴史に残る美しい二人になりたい。それにきっと、戸惑う彼に教えるのは楽しい。
あと、贈り物と一緒に日記に掛ける鍵と錠を購入した。
なんでも南方の職人が作った逸品でどんな凄腕の盗賊にも開けられないとのこと。ありがたい。
(鍵の開錠にあたっては帝都技術省の特別班が動員された。これも本日記を寄贈されたオルトリンデ殿下の支援あってこそである。帝国万歳)
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