第33話 同期との再会って気まずかったりする
メロヴィくんから報告を受けたオレは午前中の時間を使ってたまっていた書類仕事を片付けた。
といっても、メロヴィくんと元帝国図書館司書のローレルが事前に書類を分類、要約しておいてくれたからオレはハンコ押しマシーンになっているだけでよかった。
あれだな。メロヴィくんが優秀なのは分かっていたが、ローレルもかなり能力値だ。
政治と知略の値が80代後半くらいか。それだけじゃなくて『能吏』とか『内政名人』とかそういう技能を持っているかもしれない。
すばらしい。瓢箪から駒とはこのことか。
メロヴィくんだけでなくこんなに優秀な内政要員を確保できるとはな。
確かに自分の仕事をさっさと終えてあとの時間を読書しているのは勤務態度としては問題なんだろうが、仕事はしてくれているからオレ的には無問題だ。この人材をくだらない理由で手放すことはない。
とまあ、そんなわけで仕事が午前中で終わり、オレは暇を持て余した。
そこで昼食をどうしようかなどとやくたいないことを考えているとジークリンデが使いを送ってきた。
一瞬、すわ一大事かと身構えたが、使者に慌てた様子がないのですぐに違うと分かった。
じゃあ、用件が何だったかという第7皇女殿下からのお茶会へのお招きだった。
……普段ならジークリンデ以外とのお茶会なんて公務に優先することはないんだが、今回は相手が相手だ。断るわけにはいかない。ちょうど暇だったしな。
そういうわけで、オレは馬車に飛び乗り、第七皇女殿下、つまり、ジークリンデの妹『エイラ・トールヴェル・オーディンソア』のもとへと向かった。
エイラ殿下のおわすのは帝都の南側にある『ニザヴェル離宮』。赫奕騎士団の駐屯地からは馬車で一時間ほどの距離にある。
白い大理石で建造されたこの離宮は別名『白の離宮』と呼ばれており、周囲を人工的に造られた森と湖に囲まれている。元来は皇帝や皇族の療養所として設けられた離宮なのだが、エイラ殿下が生まれてからは彼女のための離宮として用いられていた。
……前世では背景として一枚絵を何度も目にしてきたが、こうしてじかに訪れるのはこれが初めてだ。
確かに美しい宮殿だ。200年ほど前の人々が美しいものを目にし、美しいものと過ごせば病が治ると信じたのも頷ける。
門の前で待っていると、白いメイド服を着た侍女がオレを出迎えてくれる。
招かれたのだから当然ではあるが、一応歓迎されているらしい。少なくとも誰にも警戒されていないというのはオレにしては珍しい。
「――キリアン・シグヴァルト! キリアンじゃないか!」
そのまま中庭へと案内してもらっていると、そう呼び止められる。
知っているイケメンボイスだ。声の方に振り替えると、そこには予想通りの人物がこちらに手を振っていた。
「ボーレカイト卿。騎士学校以来か」
茶色の髪を短く切りそろえ、紳士然とした眼鏡イケメン。その名を『クレイグ・ボーレカイト』。
帝国西部に大きな勢力を持つボーレカイト伯爵家の跡取りにして、帝都随一の『紳士』として知られる人物だ。オレとは一応、騎士学校での同期でもある。といっても、傍から見ればそうは見えないだろうが。
なにせオレは『凶戦士』でむこうは『紳士』だ。
纏う雰囲気からして柔和で、包容力のありそうなクレイグ。それに対して、熊の毛皮を被ってないとイメージと違うと言われるようなオレでは比較にもならない。
まあ、このクレイグという男は温和なだけではないのだが。
「クレイグでいいと言っているじゃないか。相変わらずだな、君は。でも元気そうでよかった」
握手を交わすとクレイグはにこやかに人のよい笑みを浮かべる。
変わってないのはそちらもだな、という言葉は心中に秘めておく。
「騎士学校の卒業式以来か。君がジークリンデ殿下の従者に選ばれたと聞いた時は驚いたが、相変わらずのようだね」
よくよく観察すると分かるが、クレイグは表情こそ笑っているが、目の奥では笑っていないのが分かる。
むしろ、そこにあるのはこちらを値踏みするような冷ややかな光。
いつも通りだ。こいつはオレの価値を見極めたうえで、利用するつもりなのだ。
「聞いたよ、第二皇子殿下の件。君ならやりかねないと皆が言っている」
「あまり噂を真に受けないほうがいい。真実だとすれば、オレがここにいるのはありえないことだしな」
事実、こうして揺さぶりをかけてきている。
無論、この程度は予想済みだ。切り返すのはそう難しくはない。
「そうか。そうだね、確かにそうだ」
オレの返答にクレイグの瞳がかすかに揺らぐ。オレが動じなかったことで、彼としてはこれ以上は無駄だと判断したのだろう。
このやり取りからも明らかなように、クレイグ・ボーレカイトはただの紳士などではない。
『腹黒紳士』もしくは『野心眼鏡』。それが『帝国物語』のファンがクレイグに付けたあだ名だ。
クレイグ・ボーレカイト。原作『帝国物語』において攻略対象となるキャラの一人であり、作中でも指折りの謀略家兼野心家だ。
彼が目指すのは『帝国宰相』の座であり、そのためならば血をすすり、泥を呑む覚悟がある。
実際、原作におけるクレイグは立身出世が目的で主人公『聖女フレイン』へと接触を図る。聖女という特殊な立場をもつ彼女を篭絡することで出世の糸口を掴もうとしていた。
だが、フレインと交流するうち、ある事件をきっかけにクレイグの本性が露見する。さらにそこからクレイグを追うことで聖女はクレイグがなぜ出世に固執するのかを知ることになるのだが……、
まあ、そこら辺のことは今はどうでもいい。
重要なのは、クレイグが油断ならぬ相手であるということだ。
しかし、オレには前世の知識がある。情報アドバンテージがある以上、脅威は半減だ。
といっても、油断はできない。
攻略キャラだけあって能力値も高水準でまとまっているし、こいつが第七皇女の従者になったのももちろん企みがあってのこと。エイラ殿下であれば取り入りやすいと考えてのことだが、オレに言わせれば甘い考えだ。知力86が泣くぜ、腹黒眼鏡。
「いやはや、すまない。僕が軽率だった。噂に惑わされるなんてまだまだ未熟だ」
「そうだな。エイラ殿下はジークリンデ様と親しい。そんなお方の従者がこれではオレも気が休まらない」
面目ないと後ろ頭をかくクレイグ。こういう仕草も計算でやってるが、少しぎこちない。オレの言葉がそれなりに効いたようだ。
だいたい、いつまでも値踏みしてくる態度が気に食わないのでこっちも遠慮はしない。
というか、クレイグ相手にはこれが効果的だ。なにせ、原作での苦手なものが『実直な物言い』だからな。
「しかし、君がご夫人とのお茶会に素直に顔を出すなんて珍しいこともあるものだ。同期の皆が聞いたらきっと謀神の悪戯を疑うぞ」
「ジークリンデ様のお誘いだからな。であれば、北の氷海の果てからでも駆けつける。それがオレだ」
「な、なるほど、君らしいな……」
……本心と事実を述べただけなのに、クレイグが若干引いている。なぜだ。
だいたい、学生時代に誘いに乗らなかったのは鍛えるのに忙しかったからだ。お茶会で誰かのご機嫌取りをしている暇があるなら、少しでも強くなる必要があった。ジークリンデのために。
それに比べたら優先すべきことなどこの世にはそうそうない。実際、法事を2つほどすっぽかしてユリアにめちゃくちゃ怒られた。これに関しては完全にオレが悪い。
「ボーレカイト卿、シグヴァルト卿。両殿下がお待ちです。お早く」
「あ、ああ、すまない。友人との再会で少しはしゃぎすぎた」
そんなことをしているとしびれを切らしたメイドさんがオレ達を呼ぶ。
確かにこんな話をしている場合じゃない。ジークリンデを待たせるなんて万死に値する罪だ。早く行かないと。
「――来ましたよ、エイラ」
「はい。あの方ですね、お姉さま。まあ、おっしゃられていた通りの立派な騎士様ですこと!」
中庭にたどり着くと、ティーテーブルに着座したジークリンデとエイラが出迎えてくれる。
原作通り、エイラは毛先だけ赤い白髪に濁った金色の瞳の美少女だ。生まれつき病弱ではかなげという言葉がこれ以上なく似合う。
初めて会うが原作通りの姿でかなり感動的だ。
それはそれとして、ジークリンデの新品のドレスが素晴らしい!
紺色の生地と銀色の刺繍が、ジークリンデの赤い髪と黄金の瞳に映えていてどんな名コンビよりもベストマッチだ。
と言うか、完璧とか美とかそういう言葉は彼女のためにこそあるのでは?
この光景を見られただけでここに来た甲斐が、いや、ここまで生きてきた甲斐があるというものだ。
◇
ジークリンデの日記より
明日は、エイラに会う。エイラに会ってわたしとわたしの騎士、キリアンのことを話す。
わたしが従者を選ぶと告げた時からエイラもキリアンに会いたがっていたから、いい機会だった。
エイラは、離宮から出られない。
わたしとしてもあの子には外の世界のことをできるだけのことを教えてあげたい。だから、機会があればいつでもあの子とは話すし、多くのことを伝えたいと思っている。
一方で、姉として恥ずかしいけれど、こういうことにはエイラの方が詳しい。あの子の書棚には古今東西の恋物語が並んでいるし。
だから、エイラになら全てを話してもわたしとキリアンの愛を受け入れて、良い助言をくれるのではないかとそう思った。
それに、エイラなら、わたしを手伝ってくれるとそう期待してもいる。
これがわたしがキリアンを手に入れるために最初に考えた策だ。
『王を討つにはまず供回りを討つべし』、その言葉に従ってまずは妹であるエイラにわたしとキリアンのことを知ってもらって少しずつわたしと彼の仲を公然の事実にしていく。そうなっていけば自然と彼の周りに寄り付く令嬢も減っていくはず。
今はキリアンは『凶戦士』なんて言われて避けられているけど、本当の彼が知られたら婚姻の申し込みは絶え間なく届くはず。それくらい彼は素敵だもの。
相反する気持ちがわたしの中にある。
キリアンの素敵さを天下万民に知らしめたいという気持ちと、彼の魅力はわたしだけが知っていればいいという気持ち。この二つを両立させたいけど、させたくない。矛盾した気持ちに押しつぶされしまいそうだ。
でも、はっきりしてることが一つある。
それは、わたしがどうしようもなくキリアンを欲しているということ。彼を手に入れるためなら大事な妹でも、利用する、それが今のわたしだ。
ごめんね、エイラ。ダメな姉上をゆるして。
追記
この日記はこれからわたしにとってはただの日記じゃない。軍学書であり、告白文であり、自白の文書だ。
であれば、わたしが死んだ後も隠し通さないといけない。もし手元から離れるようなことがあれば恥ずかしさのあまり、血を吐いて死んでしまう。
なので、わたしが自分の意志で手放す時以外はどうにかして処分できるようにしないと……、
(この日記の収納されていた文机には幾重もの仕掛けがされていたが、子孫の手により解除され日記は無事保護された)
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