第32話 世はこともなし、というわけにはいかない
『石の爪』の一件を一区切りつけるまでには五日ほど要した。
これでも超特急で急いだほうだ。なにせことは蛮族絡み。周辺住民や臣下にも周知しておかないとパニックが起きかねないが、広く喧伝してしまっては他の貴族や『九界樹教会』の生臭坊主に目を付けられる。
そういうわけで、ユリアの代わりに今回の戦に参加しなかったうるさ方の親戚筋に話を通すのがオレの主な仕事だった。
その役目自体はそう難儀ではなかった。というのも、普段のユリアの振る舞いが百点満点なおかげだ。
ユリアは親戚筋に好かれている。無理な要求はしないし、付き合いもよく、要望も聞いてくれる。当主としてこれ以上の人材はそう望めない。
それに対して本来正式な当主であるオレはというと年寄りからはろくでなしと思われ、若い連中からは魔物の類だと思われている。本来なら、家の乗っ取りを警戒すべき関係性だが、正直ジークリンデに忠誠を尽くせるなら家督はさっさとユリアに譲ってもいいので問題はない。
ともかく、役目をこなすにあたっては、早く身を固めて領地にとどまるべきと耳にタコができそうなほどに聞かされるか、相手が顔を合わせた瞬間に固まってしまうかの二択だった。
なので、呼びつけるにしても、会いに行くにしても、本題に入るのになかなか時間がかかってしまった。年寄りの話は長いし、若者の警戒心を解くにも手間はかかる。人によっては自分のところの若い娘を引き合わせようとしてくるので、それもそれで面倒だった。
というかあれだ、警戒されてる理由はオレが第二皇子を殴ったという話がここまでおひれはひれ付きで広まっているせいだ。おかげで、若い親戚の脳内でオレと会う=何がしかの理由で殴られるという図式が完成していた。
……このままだと死んだ後とかにとんでもなく盛られた暴力伝説がまことしやかに語られかねないな……、
しかし、その甲斐あってか、蛮族でもある『石の爪』の居留地を築く件に関しては話を通しやすかった。どうやら皇族をぶん殴る暴挙に比べれば蛮族を保護して利用する程度はよくある悪行だと皆考えたようだ。悪評も使い道次第とはよく言ったもんだ。
残りの石の爪の救出を任せたリーヴァからもよい報告を受けている。
捕虜から得た情報をもとに偵察した結果、囚われていた石の爪の人々の一部を発見。すでに救出したとのこと。さすがはリーヴァだ。ここまでやってくれた以上、あいつにも褒美をやらないとな……、
さて。その五日の間だが、我が主ジークリンデには我が故郷を存分に楽しんでいただけた。
何せ睡眠時間を削って、数少ない観光地を最大限に満喫できるように最高の観光ツアーを立案、実行したからな……!
ツアーガイド役はもちろんオレ。ジークリンデだけではなくトモエも同行していたが、彼女にしてもそれなりに楽しんではいたようなので安心した。
五日間で巡ったのは館近くの『湖』に、見晴らしのよい『山』。さらには街の市場やオレが住人たちに金を渡して開催させた季節の祭りなど。ジークリンデの口角を3ミリほど上げることができたのは我がことながら自分を褒めたくなる出来事だった。
逆転の発想だ。オレには見慣れた日常でもジークリンデにとっては違う。そう考えてこのツアープランを立てたのだ。
いやー、よかった。本当に良かった。魔石のことがうまくいったのもそうだが、なにより、ジークリンデにこの旅を楽しんでもらえたのがよかった。
ジークリンデの口角3ミリというどんな宝よりも尊いものを得られた以上、今生に悔いはない。まあ、まだまだ忠誠を尽くし足りないから死ぬことはないが。
あと、ユリアがジークリンデ、トモエと親しくなってくれたようなのもオレ的には素晴らしいことだった。あいつ、優秀すぎるせいで同年代の友達が少ないからな。しかも、その友達が最推しと最強なら兄としては一安心だ。
そんなこんなで魔石窟発見に端を発する騒動は幕を閉じ、オレとジークリンデ、トモエは帝都へと帰還した。
帝都は魔境だ。不在にしていたのは全部で10日程度ではあるが、その間に城が焼け落ちていても不思議じゃない。
オレの予想では政変の一つや二つは起きてる。どうせなら他派閥の邪魔者が不審な病死とかしてくれていると手間が省け……ああいや、それはそれで面倒だな。
さて、そんなオレの予想がどうなったかというと――、
「シグヴァルト卿! お帰りなさいませ!」
どうやら外れた。帰還の翌日、騎士団駐屯所の出入り口まで出迎えに来てくれたメロヴィくんの満面の笑みがそれを証明していた。
朝から元気いっぱいだ。原作通りの健康優良王子っぷりがまぶしい。
しかし、やっぱり何度考えても納得できない。どうしてあの清廉潔白な万能王子がオレなんかを慕ってんだ? 今さら忠誠心に疑いはないが、疑問は疑問だ。
「ご苦労、メロヴィくん。留守の間、変わりはないか?」
「はい! 平穏無事でございます! ただ第二皇子殿下が二度尋ねてこられたのと、取引を打ち切った商人が直訴に来ましたがお言いつけ通りに追い払っておきました!」
「すばらしいぞ、メロヴィくん。尻は蹴り上げたか?」
「はい! なめられる前に殺れ、ですね! シグヴァルト卿のお言葉は一つ残らず胸に刻んでおります!」
そして、オレのやり方にもだいぶ馴染んでいる。いや、『留守中は遠慮なしにやれ、容赦は無用』と伝言しておいたのはオレなんだけども。
ちなみに、取引を打ち切った商人というのは赫奕剣騎士団のどんぶり勘定に付け込んで高値で不良品を売りつけて来ていたような輩なのでケツを蹴り上げても問題はない。むしろオレだったら縄で括って帝都中を引きまわしていたかもな。
……そう考えると、オレのせいで純朴なイケメンが悪に染まってきているわけか。
いかんな、妙な気分になってきた。こういう悪役ムーブは自制しないと原作のキリアンみたいになりかねない。
数か月前に比べて、駐屯所は活気に満ちている。
トモエの手で鍛えられた騎士たちは彼女の指導がなくても自主的に訓練をしている。戦闘能力は日々めきめきと向上中だ。
この調子なら来る第一の災厄『帝国宰相暗殺事件』のころには十分な戦力として育っているはず。
少し、安心だ。この世界結局最後に頼れるのは武力。シグヴァルト家の兵は強いが、帝都からは遠い。帝都で活躍するのは、やはり、赫奕剣騎士団だ。
それに騎士団の勇名が広まればジークリンデの名声も高まり、敵も手出しがしにくくなり、ジークリンデ本人も喜ぶ。一石三鳥だ。
ちなみにジークリンデは不在だ。今日は妹君に会いに行っている。できることならオレも着いて行ってお守りしたかったんだが、さすがに副団長として騎士団に顔を出さないわけにはいかなかった。
仕方なく代わりにトモエに行ってもらったが、まあ、大丈夫だろう。安心安全の武力100だ。
「し、シグヴァルト卿! そ、その、お願いがあるのですが!」
突然、上ずった声でメロヴィくんが言った。中性的な声だが、やっぱり原作より少し高い。
一応、原作では男性声優だったはずだが、この世界のメロヴィくんは少年の声を出すのが上手い女性声優という感じだ。
……まさか、あれか、女体化的な?
いや、ないない、そんなのは。原作の設定にもそういうのはないし。
「君には無茶を頼んだ、オレにできる事なら応えよう」
「は、はい! そ、その、シグヴァルト卿が第二皇子殿下と行われている特訓に、じ、自分も混ぜてほしいのであります!」
……なるほど。なにが望みかと思ったが、そんなことか。
オレとしては困らない。というか、助かる。
バルドとの10日に一度の特訓はバルドのためにはなっているが、オレにとってはせいぜいがストレッチだ。
そこに武力80のメロヴィくんが加われば、オレとしてはいい鍛錬になるし、学ぶことも多い。なんなら、そのままバルドを鍛える役目をメロヴィくんに押し付け……というのはさすがに駄目だな。オレにも責任感はある。
「承知した。殿下にはオレから話を通しておこう。だが、こんなことでいいのか?」
「はい! むしろ、自分にとってこれ以上の望みはありません!」
本当に嬉しそうなメロヴィくん。やった! と両手でガッツポーズしてくれるのはこちらとしても気分がいい。
ふ、さすがは万能子犬系イケメン。ジークリンデの鋼の忠誠を捧げるオレ以外なら同性でも魅了できるだろう。
しかし、ここまで慕われているとやはり理由が気になる。いい機会だし聞いてみるか。
「メロヴィくん。オレからも一ついいか」
「は、はい! シグヴァルト卿!」
「そうかしこまるな。君はオレに憧れていると言っていたが、何に憧れているのか知りたくてな。なにせ、オレの風聞はお世辞にもよろしいとは言えまい?」
そう自虐的に微笑んで見せると、メロヴィくんは意外な反応をした。
怒っている。歯を食いしばり、拳を握って、ここにいない誰かに明確に怒っていた。
「メロヴィくん?」
「シグヴァルト卿について、よくない噂を流すものなどみな死ねばよいのです。彼奴等にはなんの見る目もなければ、最低限の誇りもないのですから。そんな輩は死ぬべきなんです。それが、世のため人のためです」
「お、おう?」
ぞくりとするような殺気だ。原作ではこんな姿は見たことがない。ゲスな裏切り者がその裏切りを自分の主君のせいにしたのを見た時でもこんなに怒っていなかった。その裏切り者っていうのはキリアンなわけだが、ともかくこれじゃ爽やかイケメンというより遊女と心中寸前の若武者だ。
なんとかせねばなるまい。メロヴィくんの最大の特徴はその根明っぷりだ。じめじめ系イケメンになられては他の攻略対象とキャラが被るし、何より、オレが困る。
「本当なら自分が、シグヴァルト卿に代わって……でも、1人じゃ……」
「メ、メロヴィくん? 悪評の件は脇に置くとして、質問の答えを聞きたいんだが……」
「は、はい! すいません、つい……」
オレが改めて問うと、メロヴィくんは急に正気に戻る。目に輝きが戻ってこっちとしては一安心だ。
「そ、それで、シグヴァルト卿に、憧れている理由ですが……」
「ああ、それだ。気恥ずかしいが聞かせてくれ」
再度の質問。いつも闊達なメロヴィくんだが、今回ばかりはなにやら考え込んでいる。
というか、困っている? もしくは、恥ずかしがってる?
「…………みつです」
「うん?」
「ひ、秘密にさせてください! ま、まだ秘密に!」
そうして悩みに悩んだ末、メロヴィくんが叫んだ。
あまりにも必死そうなのでこちらとしてもそれ以上の追及はできなかった。まあ、それ自体はいい。興味本位で尋ねただけだし、藪の中の蛇をわざわざつつく必要はない。
…………しかし、さっきのあれはなんだ?
メロヴィくんらしくない。ああいや、オレの中の彼のイメージを押し付けてはいけないのは承知の上だが、あれは彼らしくない。
………警戒する必要はないだろうが、考慮に入れておくか。メロヴィくんにオレの陰口の話題は禁止、と。
「ほかになにか気になることは?」
話題を変えるべく歩きながらメロヴィくんにそう尋ねる。
曖昧な問いだが、直感というのはバカにできない。なにかで読んだが、直感とは無意識からの警告なのだそうだし。
ましてや、メロヴィくんは原作における攻略対称の一人だ。
「気になること、ですか?」
「そうだ、君の直感は信用できる。なんでもいいから言ってみてくれ」
「は、はい! シグヴァルト卿のご期待であれば、このメロヴィ! 全力で!」
オレの言葉にメロヴィくんが足を止める。蒼い瞳がキラキラと輝いて、宝石みたいだ。
これが、イケメンか。なるほど、オレなんかとは格が違う。原作よりはなんだか幼いというか、少年っぽい感じだが……まあ、これはこれで需要はあるのだろう。
「そうですね……本当になんとなく、なんとなくですが、少し静かすぎると思います」
「ほう。どのように静かなんだ?」
顎に手を当てて、むむむと眉をひそめるメロヴィくん。
あざとい、あざといぞ、メロヴィくん。さすがは公式人気投票5位だ。最下位としては爪の垢を煎じて飲まないとな!
「何と申せばいいのでしょうか……その、雨が降る前の空気といえばいいのでしょうか。ああいえ、違いますね……森の中で急に鳥の声が聞こえなくなった、と言うのが近いかもしれません」
「ふむ。言いえて妙だな。留意せねばなるまい」
「あ、ありがとうございます!」
自信無さげだったメロヴィくんだが、オレの答えに再び目を輝かせる。
よかった。でも、慰めを言ったつもりはない。
実際、今の帝都の空気は静かすぎる。
常に諍いが起き、火のないところにでも煙が立つのがこの場所だ。それがこうも静かなのは不気味でしかない。
何かの事件の前、まさしく嵐の前の静けさだ。
だが、原作においてこの時期に大規模な事件は起きていない。だとすれば、一体何が起こるって言うんだ?
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