第30話 凶戦士たちの戦
リーヴァの報告によれば、敵の総数は約120。
騎兵を中心とした騎士の一団で、装備の質や統率の取れた動きからしてただの傭兵の類でないことは確実だ。
オレの推測通り、『石の爪』の氏族を捕縛するように密命を受けたどこぞの騎士団だと見ていい。
できればどこから来たのか、命令を下した主が何ものであるかを尋問したいところだが、想定よりも少し数が多い。生け捕りはあくまで可能であればということにしておくか。
敵の一団は現在、眼下の間道をゆっくりと進んでいる。道幅が狭いせいで敵の隊列は伸び切っていた。
オレとジークリンデの位置は街道沿いの崖の上だ。ここからなら敵の配置が丸見え。軍の指揮を執るにはベストの地形だ。
「――見つけた。敵の中段、定石通りの位置。やはり騎士だな」
敵の隊列の中ほど辺り、その地点の動きが明らかに鈍い。そこの守りが他の場所よりも強固だからだ。
つまり、敵の本陣、あの一団を率いる指揮官がいるのはそこだ。
敵はどこぞの騎士団だ。だから、その指揮ぶりは定石通りのものになる。
対応力はないが、手堅くて隙は少ない。
例え奇襲攻撃が成功したとしても一撃では足りない。すぐに態勢を立て直して反撃に出てくるはずだ。
それでもこちらの戦力を考えれば勝利は揺るがないが、どうせ勝つなら犠牲は最小限に戦果は最大にすべきだ。反撃などさせるものか。
「全軍に厳命。作戦通り、合図を待て。それとトモエには中段だと伝えろ」
「御意」
油断なく敵の配置を確認しながら傍に控えるリーヴァに伝令を任せる。
もともと暗殺者として優秀な彼女であれば闇にまぎれて分散した我が騎士たちに命令を伝えるのは容易い。それこそ音も気配もないせいで味方の方がびっくりするくらいだ。
リーヴァによる迅速かつ正確な命令伝達。これも我が騎士団にしかない強みだ。
リーヴァを酷使することにはなっているが、その分、特別手当をやっているのでそれでよしとしよう。
「――シグヴァルト卿」
「はい、お嬢様」
「貴方の戦いぶり、ここで見ています」
ジークリンデの言葉、こちらを見つめる瞳に全身が総毛だつ。
獣じみていた戦意が、騎士としての誇りに変換されるのが分かった。
なるほど。これこそが、身に余る光栄だ。この言葉を受けて奮い立たないものなどこの世にはいない。
「身命を賭して、貴方に勝利の栄光を」
ジークリンデに見送られて崖に背を向けたまま地面を蹴った。
最後の瞬間に見えたのは驚愕に目を見開いたジークリンデの顔。どうやらオレが飛び降りるとは思ってなかったらしい。
『テンション上がってかっこつけすぎたな』などと思いつつ五点着地、大盾を構え勢いのままに走り出す。
20メートルの垂直落下だが、貴族の身体能力なら問題はない。おまけにこの程度の高さならなんども修行中に落っこちた。今や痛みの一つない。
「ふっ!」
姿勢を低くし、獣のように騎兵の一人に躍りかかる。
「ぐお!?」
大盾での突撃。砲弾のように正確に着弾し、騎馬の上から騎士の1人を叩き落とした。
ちょうどいいので騎馬を奪う。これで準備万端だ。
敵は混乱状態。
蹄で踏みつけ、大盾で殴り、敵陣を中段に向けて駆けていく。
目的は敵の数を減らすことじゃない。混乱と恐怖を敵全体に伝播させることだ。
「灯りに集まれ! 背中合わせになるんだ! 同士討ちを避けろ!」
案の定、すぐに数人の指揮官が定石通りの指示を飛ばし始める。
奇襲を受けた際にもっとも警戒すべきは味方が混乱することによる同士討ちだ。
その点こいつらは優秀だ。
奇襲を受けてすぐに等間隔に配置された分隊長たちが部下をまとめている。これで同士討ちを避けられてしまったが、灯りのせいで位置が丸わかりだ。
「敵は少ない! このまま押し包んで――」
またもや真っ当な指示。ゆえに読みやすい。
すでに合図は味方に伝わっている。視界の端で敵に襲い掛かるシグヴァルトの騎士たちを捉えた。
味方の騎士たちには夜闇でもよく見える赤い腕章を身に付けさせてある。
敵からもよく見えるが、これは夜襲による短期決戦。相手が気付くのは死んだ後だ。
これが奇襲の第二段階。この段階で敵がある程度の指揮官であるなら襲撃が組織立ったものだと気づいたはず。だからこそ、動きは読みやすい。
「東か。最後の最後で読みが外れたな」
騎馬で敵を蹴散らしながら、松明の動きを見極める。
重要なのはまとまりつつある方の動きではなく遠ざかりつつある方の動きだ。
ただ逃げているわけじゃない。戦況を掌握できる位置に移動しようとしている。やみくもに抗戦しても勝ち目なしと見て指揮統制を回復しようとしているのだ。
これに関しては予想通りだ。まっとうな指揮官であればこう動くという教科書通りに動いている。
予想外だったのは、敵の本陣が移動した方角。
西側に逃げると思っていたのだが、逆だったか。これではトモエの位置からでは本陣が狙えない。
……仕方ない。ここはオレが本陣を狙う。トモエには事前の打ち合わせ通り第二目標である護送されている捕虜、『石の爪』の人々の救出を任せる。
「続け!」
「応!」
赤い腕章の騎士たち、その一団を率いて本陣へと吶喊する。
本陣の守りについている騎士は30人ほど。こちらは15人と半数だが、士気も勢いもこちらにある。勝機は今だ。
騎馬に鞭を入れ、さらに速度を上げる。騎馬突撃の要はとかく『勢い』。一度走り出したならば決して足を止めず、一心不乱に敵陣を踏み荒らす。
「怯むな! 止まれば死ぬぞ!」
これだけまっすぐに駆けていれば敵将もこちらに勘付く。
すぐに矢で迎撃してくるがオレの大盾には通じない。瞬く間に間合いが詰まった。
「くそっ! 守りを固めろ! 近づけるな!」
――見つけた。
敵本陣の中心、鋼鉄製の甲冑を身に纏った騎士。出自を示す紋章や飾りは外しているが、装備の質と動きで分かる。こいつが総大将だ。
「はっ――!」
オレを先頭にして騎士たちが敵の本陣に突入する
護衛を蹴散らしてそのまま総大将のもとへ迫っていく。
騎馬の速度と体の動きを連動させた渾身の一撃。総大将はそれを受け止めるが、大きく吹き飛ばされた。
態勢は崩れこそしたが致命傷には程遠い。
逃がすわけにはいかない。オレは馬を乗り捨てると、総大将へと走り寄った。
周囲の護衛の相手は我が騎士たちに任せる。個々の戦力ではこちらが上回っている以上、時間は稼げる。
「きさまっ!」
距離を詰めてくるオレに総大将は剣を抜いて反撃する。
大盾で防ぐが、なかなかの膂力。少なくとも第二皇子なんかとは比較にならない。
だが、トモエとも比較にならない。この程度なら100発受けところで骨には響かない。
こう考えるとオレも強くなったもんだ。10年以上鍛え続けた甲斐があったというものだ。
「その大盾……キリアン・シグヴァルト、あの凶戦士か……!」
「……不本意だが、そうだ」
反撃を警戒して飛び退いた騎士がオレの大盾を見てそんな反応をする。
……オレの不名誉な異名は国境を越えて広まっているらしい。
…………自業自得とはいえ、涙が出そうだ。
けれど、くじけない。ジークリンデのためなら汚名の一つや二つ何のことやあらん。
「まさか領主自ら出てくるとは……俺も年貢の収め時か……」
この世界でもそうそう起こりえない総大将同士の一騎打ちに、敵将はゆっくりと剣を構えなおす。
覚悟を決めて向かってくるつもりだ。
この潔さからしてもどこぞの貴族に仕えているきちんとした騎士なのだろう。
哀れではある。
主に汚れ仕事を命じられ、名誉もなく戦うというのは騎士の誉れからは最も遠い行い。ましてや、こうして一騎打ちをしても堂々と名乗りを上げることさえできない。その無念さ、虚しさには察するものがある。
だが、それだけだ。戦場で相対した以上、ただ倒すのみ。同情は殺した後でもできる。
「――参る!」
騎士が吠える。
大上段に構えての吶喊。狙いは明白だ。こちらの防御を一撃で崩し、そのまま頭をかち割るつもりだ。
オレの反撃で相打ちになる可能性も高いが、そんなことは当然織り込み済み。
せめて勇敢に戦ったのだとそう自分を慰めようというわけだ。
騎士としての情けだ。その願いは受け止めてやろう。
「おおっ!」
渾身の一撃に大盾が軋む。全身に衝撃が走るが、構えは崩れない。
そのまま大盾を引いて騎士の態勢を崩し、カウンターを放った。
騎士の胸部に盾を思いきり叩きつける。
蒼鉄鋼の縁は鋼鉄の鎧を貫通し、騎士の肺にまで達した。
何度もやったことだ。感触で分かる。
「み、見事……」
騎士の口からゴボリとどす黒い血が零れる。
両の瞳から光が消えて虚ろになる。血がにじむほど強く握っていた柄から指が離れ、剣が地面に落ちた。
決着だ。
一騎打ちも戦もこれで終わる。
オレたちの、シグヴァルトの勝利だ。
◇
『第一皇女ジークリンデの日記から抜粋』
初めて本物の戦を見た。
今も興奮が冷めてくれない。羽ペンを持つ手が震えるのも初めてのことだ。
シグヴァルト卿は、わたしの騎士は、キリアンは、戦に勝った。
見事な戦ぶりだった、と思う。いや、正直にいえばわからない。わたしにブリュンヒルデの10分の1でも戦の才能があればよかったのに。
でも、わかっていることもある。
それは、わたしの目が間違っていなかったことだ。
わたしは、シグヴァルト卿に武力を望んでいた。わたしに欠けているものを補ってくれるのは『凶戦士』と呼ばれる彼だとそう思っていた。
その期待にシグヴァルト卿は応えてくれた。軍を率いる手腕、奇襲にいたるまで段取り、実際の戦場での戦いぶり。その何かもがわたしのようなものの眼から見ても完ぺきだった。
なによりこの戦は囚われ、虐げられた人々を解放するための義の戦だ。その義をシグヴァルト卿はわたしに代わって果たしてくれた。
それだけじゃない。いえ、違う。強さや将としての器なんて、本当はどうでもいい。
キリアンは、彼はやっぱりわたしのことをわかってくれている。わたしの考えを、気持ちを、心を理解して戦ってくれた。
皇女としては許されないことだけど、正しくはないけれど、それが一番、わたしには幸せなことだった。
鱗人たちとの和睦にしてもそうだ。彼はわたしの意思を尊重してくれた。わたしの言葉を信じて、わたしのために命を懸けてくれた。これまで誰も、お母さま以外誰もしてくれなかったことだ。
ああ、ああ、もう認めてしまおう。信じてしまおう。彼こそが、キリアン・シグヴァルトこそがわたしの運命なのだ、と。
戦いの激情にあてられたわけじゃない。そんな一時のものじゃない。
キリアンの名を口にすると頬が緩む。
キリアンのことを考えると胸が熱くなる。
キリアンのことを思うと気持ちが晴れる。
ああ、これが、これがきっと、恋なのだろう。
もうバルドや恋に身を滅ぼしていった先祖たちに何も言えない。いえ、むしろ、彼ら彼女らの側にわたしは立ってしまった。
キリアン・シグヴァルトは最高の騎士で、わたしの恋しき人。わたしのだけの、キリアン。
彼となら、わたしの理想を遂げられる。玉座に登り、冠をいただき、皇帝になる。多くの人を、救える……! その時にわたしの傍らに立つのは、キリアン以外にはいない! いいえ、彼以外の人がわたしのとなりに立つのなんて想像するのもいやだ!
運命の三女神が織った糸が、わたしたちを繋ぎ合わせたんだ……!
彼さえ、キリアンさえいれば、わたしは……!
ああ、キリアン。キリアン。キリアン。わたしの、キリアン。
貴方が欲しい。貴方を渡したくない。だけど、どうすればいい。
キリアンは忠義の人だ。わたしが彼を求めても臣下として固辞するだろうし、無理やり命令で従えても心が離れてしまうかもしれない。それは、嫌だ。
だけど、このままだと彼はいずれ誰かとむつみあう。トモエかもしれないし、あのメイドかもしれなし、他の誰かかもしれない。いやだ、いやだ、絶対いやだ。彼の隣はわたしのものなのに、どうして他の女に譲れよう。ようやく見つけたのに、ようやく手に入るのに。ただ見ているなんて絶対にいやだ。彼の瞳に映るのは、わたしだけじゃないといけないのに……!
どうすれば、どうすればいい。考えないと、考えないとーーそうだ、同じだ。戦も恋も。
王を殺すにはまず供回りを討つべし。『常勝帝』が残された言葉の通りだ。
わたしも戦う時だ。そう思うと心が躍り、活力が湧いてくる。次から次へとキリアンを攻略するための策が思いつく……!
ああ、そうか、これが戦いの喜び。ブリュンヒルデの言っていたことがようやく理解できる。この恋だけは絶対に負けられない。




