第29話 領主の務め
群れ長曰く彼らは『鱗人』の中でも『石の爪』という氏族に属している。
この『石の爪』という名前は彼らが石を掘る、とくに洞窟を掘るのに特化した一族であるがゆえについたもので、彼らはその特技を生かし冬の寒い時期を自分たちで掘った洞穴で過ごすのだそうだ。
魔石の扱いが上手いのもそのためで、彼らの言語では常に熱を発している魔石を『太陽の石』と呼ぶこともわかった。
また魔石窟のことを『夏の穴』と呼び、特に寒さの厳しい年にはこの魔石窟で冬を越すこともあるということだった。
くわえて、『石の爪』の氏族は器用に動く爪と温度変化を感知できる感覚器官のおかげで熟練の魔石鉱夫以上の能率で魔石採掘が可能だ。
……まさしく天恵。神々がジークリンデの天下を後押ししているとしか思えない。
それはともかくとして、彼ら『石の爪』の本来の居留地はシグヴァルド領から南に7日ほど下った山岳地帯なのだという。
彼らは去年の冬までその場所で平穏に暮らしていたのだが、春の始まりの日に襲撃を受けた。
敵は突如として現れ、氏族の若い戦士たちを殺した。残ったものは北方へと逃げたが、敵は追ってきた。
この時点で石の爪たちは敵が同じ蛮族ではないことに気付いた。
蛮族同士の争いは基本的に土地争いだ。
なわばりの奪い合いと言い換えてもいい。なので、目当ては土地であり敵対氏族を皆殺しにしたり、わざわざ逃げる敵を追ったりはしない。土地を奪えさえすればそれでいい。
ここまで情報を得たことでオレは『石の爪』たちと同じ結論に達した。
襲撃者の正体は『人間』だ。
それも密命を帯びたどこぞの騎士団で間違いない。でなければ、逃げ続ける氏族の群れを的確に襲撃し続けることなどできるはずがない。
目的は明白。『石の爪』の人々の持つ魔石の採掘能力だ。でなければ子供たちをさらう理由がない。教育するなら幼い方がいいし、人質にするにしても子供の方が使える。
『石の爪』の有用性を知るのがこの世界でオレ達だけだと考えるのは愚かだ。同じことに気付いたどこかの貴族が鉱夫として彼らを確保しようとしてもなんら不思議ではない。
もっとも、そのやり方には雲泥の差があるが。懐柔策を試みるでもなくいきなり襲撃して拉致とはどっちか蛮族だが分からないな。
ともかく幾度も襲撃を受けながら『石の爪』はこの魔石窟にまで逃げ延びた。
飲まず食わずの逃避行だ。爬虫類に近い生態を持つ『鱗人』はその体温を維持するために熱源と多くの食料を必要とするため、その消耗具合は普通の人間とは比較にならない。
オレたちが魔石窟に到着した時、『石の爪』が白旗を上げていたのはそのためだ。
この地に逃げ延びた段階で『石の爪』たちは疲弊しきっていた。抗戦どころかこれ以上逃げることさえ難しい状態であった時に、たまたま魔石窟の調査に来ていたシグヴァルトの騎士と遭遇。万事休し『石の爪』は人間の風習にならい白旗を上げることでどうにか一族の存続を図ろうとした。
苦肉の策だ。オレたちが襲撃してきた相手と同じような論理で動けば一族の存続は危うかっただろう。
その意味でも『石の爪』は賭けに勝利したといえる。少なくとも我ら、シグヴァルト家は彼らを領民として受け入れる腹積もりだ。
しかし、根本的な問題は解決していない。
『襲撃者』による追跡は今も続いている。国境を越えてまで追ってきた以上、今さら諦めるということはありえない。
なので、オレたちが相手をする。領民の保護、安全保障は領主たるものの義務だ。
いや、むしろ、すべてと言ってもいい。歴史を見ても明らかなように治安維持もできない君主は追い落とされるだけだ。
それに、やるなら徹底的にだ。この世界には法の不遡及なんて概念は存在しないからな。我が領地では領民に手を出した賊は皆殺しと決まっている。
「――それで、なぜここなのです?」
深い闇の中、ジークリンデが言った。
彼女の涼やかな声は夜風の音に紛れて、隣で伏せているオレの耳にだけ届いた。
周囲に人影はない。そんな状況で二人きりというのはロマンチックなシチュエーションを連想させるが、実際の今のオレたちの状態にはロマンスの一欠けらもない。
なぜなら、今のオレたちはいわゆる待ち伏せ中。街道の崖にある茂みに伏して身を隠し、敵の到来を今か今かと待ち受けているのだから。
「群れ長曰く最後の襲撃は三日前で、敵は騎馬で移動しているとのことです。前回はどうにか森で撒いたということだったので、そろそろ追いついてくるとみていいでしょう。
くわえて、この辺りは騎馬で進むには面倒な地形が多い。敵は100人規模。であれば、進める道は自ずと限られます。ましてや、人目を避けるとなると数えるほどです」
「……なるほど。それで、この旧アルバ街道だと推測したのですね」
オレの理屈に得心してジークリンデが頷く。
こうして鎧を汚して周囲に溶け込んでいても彼女の美しさは際立っている。そういう意味でもここに連れてきたのは失敗だったかもしれない。
今目の前にある旧アルバ街道はその名の通り今は使われていない古い街道だ。
道が敷かれたのは今から200年前。50年ほど前に少し東にさらに道幅の広い街道ができたことで主要街道からは外れたが、道としての機能は残っており地元の人間は時折ここを利用していた。
秘密裏に部隊を動かすにはうってつけの道だ。まっとうな指揮官ならばここを使わないということはありえない。
一方、ほかにも可能性のある道もあるが、そちらには総兵力のうち3分の1である100名ほどを配置し、さらにこちらの警戒網をすり抜けた時の安全策として魔石窟にも騎士たちを120名ほど残してある。
なのでここにいるのは騎士80名のみだが、トモエも含めて精鋭揃いだ。戦力としては十二分といえる。
懸念点としては騎士たちの士気だが、うちの騎士たちは良くも悪くも他所とは違う。蛮族と戦ができないと凹んでいたのが、蛮族相手ではなくとも戦ができるとなった瞬間に元気いっぱいになっていた。あの調子ならどうとでもなる。
「やはり、手馴れているのですね」
「外征軍とまではいきませんが、田舎はこんなものですよ。国境の小競り合いに、賊の類や蛮族。戦は恒例行事です」
「…………なるほど」
オレの返答に、神妙な顔をするジークリンデ。その横顔だけで辺境領のことを我が事として真剣に考えていることが分かる。
普通の皇族であれば帝都の外で起きることなど所詮は他人事だ。気に留めるどころか、意識することさえないだろう。
だが、実際問題、辺境領域の治安悪化は統一帝国の経済に大きな打撃を与えている。
宰相府辺りはそこら辺を把握しているのだろうが、そもそも大きな権力を持っていないので動けていないのが現状だ。
これをただすには権力がいる。それも誰にも侵せない絶対の権力が。
この戦いはそのための一歩。ジークリンデの同行を承認したのは彼女に実際の戦を感じさせておきたかったからだ。
彼女自身が望んだことでもある。だが、望んだことだからと言って緊張や恐怖が消えてくれるわけではない。
「ご安心を、ジークリンデ様。ここにはこのキリアンがおりますれば」
だから、オレは笑ってみせる。凶犬の異名に相応しく獰猛に、そして、頼もしく見えるように。
「ええ。あなたは私の従者。勝つのは当然です」
優しいジークリンデはオレに応えるように、少しだけ微笑む。
ただのやせ我慢で、強がりだが、オレにはこの微笑みが何よりのエールだ。
ふ、今回の敵には同情すべきかもな。今のオレなら敵軍全員を一人で相手取っても勝てる、気がする……!
「――キリアン様。敵軍、発見いたしました」
そんなオレの背中を押すように、闇から現れたリーヴァが報告を上げる。
オレの直感が的中した。ここからはお楽しみの時間だ。




