第27話 彼女のように
『蛮族登用』とは原作ゲーム『帝国物語シリーズ』において約1000分の1の確率で発生する超レアイベントだ。
イベントの内容はイベント名の通り蛮族を臣下として登用できるというもので、このイベントが起こると通常であれば殲滅するしかない蛮族を自軍のユニットとして運用できるようになる。
そもそも超低確率でしか入手できないだけあって蛮族ユニットは非常に優秀な性能をしており、いきなり最前線に送り込んでも大活躍できるだけのポテンシャルがある。
それだけではなく、この蛮族ユニットは種族ごとに特殊な適性を持っており、内政において専門分野に特化した運用をするとゲームバランスに影響が出るほどの有能さを発揮するのだ。
例えば『エルフ』であれば林業、狩猟業に大幅なボーナスが掛かり、『ドワーフ』であれば鉄鋼業、及び領内の土木工事の効率が大幅にブーストされる。
その効果たるや帝国物語におけるRTAにおける最高記録を出すためにはひたすら蛮族イベントが起きるまでリセットを繰り返す必要があったくらいだ。
そして、肝心の『鱗人』の特殊適性は『鉱山』と『輸送』。まさしく魔石採掘業を開業しようとしているオレ達にとって必要なすべてを彼らは持ち合わせているのだ……!
夢が、夢が広がる……! 鱗人たちさえ登用できれば、あとは魔導士を探すだけでいい! 勝ったな、ガハハハ!
「――そううまくいく?」
トモエの一言に夢が醒める。
魔石窟に降伏勧告の使者として向かう道中のことである。周囲はうっそうとした山道。もし奇襲を仕掛けるならこういう場所はうってつけ。なので、最大限気を張って周囲を警戒しているが、今のところ、その予兆はない。
降伏勧告の使者には罠の危険性に加え政治的な判断が必要であるため、オレ自身が赴くことにした。
護衛にはトモエと精鋭の騎士が三名。この面子ならばたとえ包囲されたとしても突破は容易いはずだ。
無論、ジークリンデとユリアには反対されたが、こればかりは他のものには任せられないとオレが押しきった。
「…………正直、わからん」
トモエにしか聞こえない声量で本音を漏らす。
蛮族登用には心が躍るが、魔石採掘業と同じでゲームのようにワンボタンでコマンド実行というわけにはいかない。
交渉が成立するかはオレの腕次第。人間相手ならまだ経験があるが、蛮族相手は初めてのことだ。
「自信がない? 珍しい」
「オレもそういう時くらいある。幻滅したか?」
「いえ、夫を支えるのも妻の役目。むしろ、私にだけ本音を漏らすなんて乙女心をわかっている」
…………まあ、本音を漏らしたという点は否定しない。
トモエにはなんというか頼りがいがある。
武力100のせいか、女性にしては身長が高いせいか、あるいは豊満な胸部が母性を醸し出しているのか。なんにせよ、どうにも彼女が相手だとつい素になってしまう。
それに、主であるジークリンデには当然こんなところは見せられないし、普段から負担をかけているユリアも同じく。使用人であるリーヴァも問題外だ。
こうして考えると消去法でも、オレが本音を漏らせるのはトモエくらいしかいない……友達とか作っておくべきだったか……?
「なんにせよ、ここからはお前が頼みだ。いざという時は頼むぞ」
「当然。こんなところで死なせない。祝言もまだだし」
力強く頷くトモエ。これからなにがあったとしても彼女がいればどうにかなると思える。
……オレも見習うべきだな。原作の外伝小説で彼女がなんやかんやで周囲から慕われるのが頷ける。
おかげで変に重くなっていた肩が軽くなった。
「――キリアン様」
件の魔石窟の入り口を視界に捉えたところで偵察に出ていたリーヴァが物陰から姿を現す。見事な隠れ身に隣のトモエが「ほう」と息を漏らした。
リーヴァは普段のメイド服ではなく黒い装束を身に纏い、口元をスカーフで隠している。彼女の斥候としての仕事着だ。元は暗殺者としての装束だが、オレに仕えるようになって以来その用途で使ったことは一度もない。
「再度確認しましたが、周囲に伏兵はいません。洞窟の入り口、内部も同じく。奥に気配はありますが、動く様子はなく」
「うむ。ご苦労だった。待機しておいてくれ」
「御意」
そして、この衣装の時のリーヴァは普段とは打って変わって寡黙な仕事人になる。
なんでも意識を切り替えることで身体機能や思考回路までもを役割に特化させているらしい。なんでも一族の秘伝だそうだ。オレにだけは特別に話すとか言っていたのを思い出す。
これで安全確認は終わりだ。
あとは、覚悟を決めて踏み込むだけ。迷いを振り捨てて、オレは洞窟の前に立った。
「――我こそモビウス・シグヴァルドが一子、キリアン・シグヴァルト! 戦神の裔にして、この地の領主である!」
大きく息を吸ってからの、大音声での名乗り上げ。
こんな古式ゆかしいことをするのは騎士学校以来だが、思っていたよりうまくこなせた。
こう言ってしまうとバカみたいだが、誰よりも大声を出すのは指揮官の大事な仕事だ。
戦場はとにかくうるさいしな。というか、戦場じゃなくてもうるさいからな、軍隊というのは。
さて、そんなオレの名乗りは無事魔石窟の奥深くまで響き渡ったようで、数分後、まずは三人の『鱗人』が姿を現した。
「――おお」
彼らの姿を目にした瞬間、オレは思わず感嘆の息を漏らしていた。
原作の立ち絵通りの人と蜥蜴の中間のすがたかたち。背中や腕は赤い鱗で覆われているが、そうでない部分は人間とそう変わらない。
顔立ちは蜥蜴が3、人間が7といった具合か。インターネットで見たケモノ度合いでは5段階中2,5と言った感じだ。
実に原作通りでファンとしては安心すると同時に嬉しくなる。
一方、イメージと違う部分もある。
狂暴とまで言われる鱗人にしてはどこか元気がない。というか、なんだ、痩せているし、顔色が悪い……?
「――グル」
そんな風に鱗人たちを観察していると一人が歩み出る。オレも彼に応えて前に出た。
すると、鱗人の男は牙を剥きながら右手で心臓の辺りをバンバンと大きく叩く。案の定、護衛の騎士たちが剣の柄に手を掛けるが、オレは片手を上げて彼らを制した。
鱗人達に戦意はない。いや、そもそも敵意さえない。だが、こちらに対して友好的なわけでなくその気力さえないというのが実情だろう。
それはともかくとして挨拶をされた以上、こちらも返さねば非礼になる。オレ個人がどう思われても構わないが、ジークリンデに恥をかかせるわけにもいかない。
先ほど見たようにオレも牙を剥くように笑い、甲冑の左胸の辺りを二度大きく叩く。
すると、鱗人の男は驚いたようにまねじりを上げて、それから満足げに頷いた。
よしよし、コミュニケーション成立だな。
「君らの降伏を受け入れる。群れの長と話がしたいが連れて行ってくれるか?」
口では帝国共通語を話しながら鱗人たちの『言語』でこちらの意図を伝える。最初は通じるか不安だったが、どうやら理解してくれたらしく『ついてこい』と答えが返ってきた。
そのまま鱗人達の案内に従って魔石窟に踏み入る。オレには罠でないという確信があるので平気だが、護衛の騎士たちの顔は緊張でこわばっていた。
まあ、むしろ群れの長を呼び出してもよかったのだが、ここは信用を得たいので自ら乗り込むことにした。無論、もし万が一のことがあってもこの状態の鱗人たちならばどうとでもなるという打算込みではあるが。
というか、あれだな、さすがはトモエだな。この状況下で落ち着き払っている。隣にいるからわかるが呼吸一つ乱れてないぞ。
「彼らの言葉、分かるの?」
いつもの調子でトモエがそう聞いてくる。
「ああ。勉強したのがかなり昔だから通じるかは正直微妙だったけどな」
「ほうほう。博学でもあると。さすがは我が夫」
褒められるのは嬉しいが、この場合はオレが反則をしているので少し罪悪感もある。
オレがこの世界の蛮族に共通する肉体言語について学んだのは実は今世ではなく前世でのことだ。
高校三年生の春先のことだ。早々に志望校に合格したオレはともかく暇だった。あと、失恋で傷心中だった。
それでふと思い立って公式が発売した攻略本の付録『大陸言語録』を隅々まで読み込んで暗記することにしたのだが、そこには蛮族たちの使うボディランゲージについても記載されていた。
暗記した理由は、特にない。気を紛らわしたかっただけかもしれない。
でも、それがこんな形で役に立つことになるとは思ってもみなかった。
「そっちこそ、全然動じてなかったが」
「殺気がない。覇気もない。ならば、敵にあらず。それに――」
彼女らしい答えの後、トモエは一度言葉を切る。
そうして、オレの顔を見つめて微笑んだ。
「貴方が動じてなかった。なら、私が動じる理由はどこにもない」
その瞬間、オレは自分がどこにいるのか、何をすべきかさえ忘れてしまった。
トモエの笑みがどんなものより美しく思えて、ただただその刹那に心を奪われていた。
ジークリンデに忠誠を誓った身でありながら別の誰かに見惚れるなんてあってはならない。
あってはならないというのに、オレは――、
「どうした、夫。ぼうっとして」
「え、あ、ああ、大丈夫だ。うん」
ふいに開けた場所に出たので、すぐに動揺を飲み下す。
……これから大事な交渉だ。自分を戒めるのはそのあとでもいい。
ちょうど案内も終わる。
鱗人たちの群れの長が陣取っていたのは魔石窟の中にある広場のような場所だ。
「――シグヴァルド、殿」
オレの姿を確認すると、長と思しき髭を生やした鱗人が立ち上がる。
帝国語を発したことに驚きはない。蛮族の多くは帝国の言葉を発話可能だが、あえてそうしないものが多い。誇りの問題だ。
彼の周囲には30人近い鱗人たち。老若男女問わずに地面に横たわっていた。
辛うじて生きてはいる。彼ら彼女らは恐れと驚きの入り混じった眼でこちらを見ていた。
「群れの長よ。敬意を表する。だが、まずは食事が必要なようだな」
ジェスチャーでそう伝えると、群れの長が目を見開く。オレの合図に騎士の一人が入り口に走っていった。
……オレとしてはこいつらが飢えている方が交渉はやりやすいんだが、ジークリンデはそんなことは許さないだろう。
だから、兵糧の一部を提供する。飢えた民を我が主は見過ごしはしない、例えその民が蛮族だったとしても。ジークリンデはそういう人だ。
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