第26話 蛮族『登用』イベント
この『帝国物語』の世界でも白旗は停戦、もしくは降伏を意味する。
といってもこれは人間の間での戦争で共有された概念であり、いわゆる蛮族が人間相手に白旗を振るなんてことは聞いたことがない。
その聞いたことがない事態が今目の前で起こっている。
300名の軍勢を率いて行軍すること二日、そうしてたどり着いた魔石鉱山の周辺には無数の白旗が風にたなびいていた。
ただでさえ辺境にあるシグヴァルト領のさらに僻地の山中でのことだ。
早朝にもかかわらず周囲はうっそうとして霧が立ち込めている。白旗と相まってこの世のものとは思えない不気味な雰囲気だ。
さしものシグヴァルドの騎士たちもこの異様な光景にはたじろいでいる。これがこちらの士気を減退させるための策ならば敵の軍師は相当なやり手だな。
……魔石窟の周囲に争った跡はない。
急使の話では蛮族の姿を確認した時点で見張りの兵を連れて即座に引き上げたという話だから、それ自体におかしなところはない。
だが、労せず洞窟を乗っ取ったというのに降伏の白旗を上げているというのは道理に合わない。
それに情報が正しければ蛮族の正体は好戦的かつ名誉を重んじる『蜥蜴人』だ。そんな連中が戦わずして降伏などするか……?
「罠ですね。蛮族の考えそうなことです」
山のふもとに布陣して軍議を開いたところ、開口一番ユリアが言った。
目の前の状況に困惑しつつも、己の経験に従って答えを出している。やはりしばらく会わない間に指揮官としても成長している。頼もしいことだ。
「わたしも罠だと思う。降伏した敵が匕首を忍ばせてたなんてよくある話」
続いてトモエが口を開く。
これからの戦いに備えて陣幕の端の方で金砕棒の手入れをしている。
ユリアと違いトモエの声には一切の躊躇がない。
罠であったとしても正面から叩き潰せばいいと腹をくくっているからだ。
実にすばらしい鎌倉武士脳。この単刀直入さは戦においても、普段の生活においても見習うべきだな。
「蜥蜴人どもは名誉を重んじる。それが、こんな品のない罠を仕掛けるか……? そこがどうにも引っかかっている」
2人の考えを聞いたうえで、オレも思考を言葉に出して確認する。
これは蛮族だけではなく人間全般にあてはまることだが、 好むと好まざるに関わらず人は育った環境に縛られて生きている。所属している集団の倫理規範から抜け出すことはそう簡単じゃない。
……今回の場合はいっそ罠であってくれた方が考えることが減って楽だ。あの白旗にはこちらの油断と心理的動揺を誘う以上の効果はない。
敵は寡兵だ。
斥候として動いているリーヴァからの報告なのでまず間違いない。そもそも狭い魔石窟の中に潜める数は限られているし、大軍であれば小癪な策を弄しはしないだろう。
数こそ最大の力。これは原作ゲームにおいてもこの世界においても普遍の真理だ。
今ならば騎士たちに突撃を命じるだけでことがすむ。二時間ほどでけりが着くだろう。
…………うちの騎士たちは戦においては優秀だ。
仮に特別強力な個人がいたとしてもこっちにはトモエがいる。楽に勝てる相手だ。
……………戦としては何の見どころもない。
雑に戦って雑に勝つだけ。ジークリンデの前で恥をかかずに済むのはありがたいが、皇族への見世物としては落第点といえる。
だが、なにか引っかかる。戦の勝敗とは別に、軽々に出陣を命ずべきではないと後ろ髪を引かれていた。
そして、どうやらオレと同じ状態のものがこの場にもう一人いる。
「…………あ」
我が主ジークリンデである。
今回の戦ではあくまで総大将はオレであり自分は見物人でしかないということで陣幕の端っこにちょこんと座っている。
むちゃくちゃ可愛らしい……ではなく、先ほどから何かを言いたそうにしながらも言い出せずになんども言葉を引っ込めている。そんな奥ゆかしさも彼女らしくて、実に――と、いかん、見惚れている場合じゃない。
「お嬢様。なにかお言葉を戴いてもよろしいでしょうか。このキリアン、決めあぐねているのです。どうか」
ジークリンデが話しやすいように臣下として膝を突き、こいねがう。
すると、彼女は少し驚いたような顔し、一度のまばたきの間熟慮してこう答えた。
「…………まずは降伏の使者を送るべきです」
ジークリンデらしい端的かつ真っ当な答えだ。
なるほど。オレが何かを忘れている気がしていたのは、それか。
確かに道理だ。戦においていの一番にすべきことを完全に失念していた。
「お待ちください。相手は蛮族ですよ? そんな悠長な真似をする意味、あります?」
その失念の理由をユリアが提示する。
一般的な帝国貴族、あるいは帝国臣民にとって蛮族は『人』ではない。彼らにとって蛮族は対等ではないどころか、農作物を荒らし同胞を殺す獣と同じなのだ。
獣相手に言葉は通じない、ゆえに、降伏を勧告する意味もない。そう考える。
ユリアが間違っているわけじゃない。正しいとは言わないが、オレが但し書きを付けられるのはオレが転生者であるからでしかない。
「…………道義の話です」
だからこそ、蛮族相手でも道義を重んじることのできるジークリンデの在り方は異端であり、尊い。
「――あ、そういうことか」
その尊さに触れた瞬間、オレは大事なことを思い出す。
あまりの尊さにオレの脳みそが限界を超えて稼働し、原作のある出来事を記憶の底から引っ張り出したのだ。
現状は原作のその出来事が起きた状況と酷似している。もしそうなら、そうだったとしたら……あれ、もしかして、何もかもうまくいっちゃう……?
……まずはジークリンデの言葉を翻訳して皆に伝えねば。どんないいアイデアもオレ一人では実現できない。
「白旗を上げている相手を一方的に攻め滅ぼすのは戦士としての道に反する、そういうことですね?」
ジークリンデの意図は100%伝わっているが、トモエとユリアには理解できていないのでそう翻訳して、確認する。
ジークリンデがゆっくりと頷いてくれたので、オレもうれしくなる。従者として主の意図を理解するのは当然のことだが、やはり、うまくコミュニケーションできると達成感があるな。
帝国の根底にあるのはやはり名誉を重んじる戦士文化だ。
抵抗できないもの、力なきものを殺すことは戦士にとっては不名誉。そして、帝国の祖となった戦士たちは蛮族と人間をいちいち区別などしていなかった。
「それは、そうですが……相手は蛮族ですよ?」
「だからといって道義を曲げる理由にはならん。皆が顧みない決まり事であるのなら、なおさら上に立つものが範を示さねばな」
「……理解はできますけど」
ユリアの心理的な抵抗感はよく理解できる。
辺境地において蛮族の存在は身近であり、その襲撃も他人事ではない。情を掛けて見逃すようなことをすればその行為がどんな惨事を引き起こす可能性があるのかも熟慮している。
「それに、だ。オレにいい考えがある。ユリア、問題が解決するかもしれないぞ」
しかし、今回はオレの道理を優先させてもらう。
単に、オレが主であるジークリンデに忖度しているというだけの話ではない。
降伏勧告には実利がある。しかも、この実利はオレ達が抱えている問題を一気に解決してくれるかもしれない。
その奇跡のような実利とは、『蛮族登用』なる超レアイベント。つまり、熱に耐性があり手先の器用な『鱗人』に鉱山夫として働いてもらう……! しかも格安で!
無論、か細い希望。発生確率小数点以下の超レアイベントではあるのだが、やってみるのはなにごとも無料だ。
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