第24話 持つべきものは第二皇子
第一皇統派の主な支持勢力は長い歴史を持つ門閥貴族だ。
彼らの大半は帝国勃興から存在する名家であり、そのアイデンティを支えているのはオーディン帝国の黎明期から存在する帝国人としての倫理規範だ。
すなわち『戦場に生まれ、戦場に生き、戦場に死す』という理想の通りに生きること。
もとより帝国は戦士の国。そのため戦場での力こそが貴族の価値であり、全てだ。
それこそ商工業によって戦わずして利益と繁栄を得ようなんてのは彼にとってはもってのほか。
帝国成立から500年が経ち、戦士文化もだいぶ軟化してきたとはいえ、歴史の長い貴族の家では未だに商人や芸術家の類をおおっぴらに蔑んでいるほどだ。
そんなわけで第一皇統派は国内国外問わず商人に対して大したコネを持っていない。
そんなありさまでもより武闘派である第三皇統派に比べればまだマシなのだから、我らが帝国に商業主義が根付くことはあと100年はないだろう。
一方、そんな蛮族すれすれの皇族や貴族の中で異彩を放っているのが、あの第二皇子バルドを旗頭とした第二皇統派だ。
第二皇統派の支持基盤は商人、それも御用商人でしかない帝都の商人ではなく辺境域や外国との交易を生業とする商人たちが第二皇統派を支えている。
つまり、第二皇統派であれば鉱山ギルドや他の商工組合ともコネクションがある。第一皇統派だけでは無理でも、第二皇統派の力を借りれば魔石鉱山の開発も可能になる。それも、独力でやるよりもはるかにリーズナブルに。
しかも、原作と違って今の第一皇統派と第二皇統派は依然として同盟関係にある。
その伝手をたどるのはそう難しくない。特にちょろい第二皇子を動かすには適任の人物がこの旅には同行してくれているしな。
「――つまり、弟を利用するわけですか」
「有体に言えば、そうなります」
昼食の席でオレが考えを話すとジークリンデがそう要約してくれた。端的過ぎる理解ではあるが、間違いはない。
会場は我がシグヴァルト館の中庭。皇族を迎えての昼食会の場所としてはあまりにもお粗末だが、ジークリンデ本人の希望なので他にどうしようもなかった。
それに対して料理の方は短い時間で最大限の努力がされている。食材の質や幅では帝都にはかなわないが、それゆえ新鮮さや調理の手間、あとはご当地感で勝負している。
特にオレの好物である角突き鮭の包み焼が素晴らしい。我が領地には自慢の一つもないと言ったが、料理の味だけは誇ってもいい。
ゲストであるジークリンデとトモエも料理には満足してくれている。トモエはもうバケットを3つも食べたし、ジークリンデの口角が普段より2ミリほど上がっているので間違いない。
「……よいと思います。さっそく文を認めておきましょう」
「ありがとうございます、お嬢様」
頷いてから満足げにティーカップを傾けるジークリンデ。
優雅な仕草に思わず見惚れる。指先から髪の毛一本に至るまで彼女を構成するすべてに気品が満ち溢れ、皇族たるものの鑑とも言うべき姿だ。
やはり、これほど美しいジークリンデを裏切るなんて原作のキリアンは正気じゃない。いや、品性下劣で意志薄弱、ついでに無知無能の三拍子そろった史上最高のカスだ。救いようがない。
そんなやつと自分が同一人物だと思うと虫唾が走るが、今は考えないようにしよう。ジークリンデの美に水を差したくないしな。
一方、ジークリンデに感心しているのはオレだけではない。隣に座っている我が妹ユリアもジークリンデの所作に見入っている。
ユリアも帝都の貴族とそん色ない、いや、それ以上の教育を受けているが、それでもジークリンデからは学ぶことが多いのだろう。勉強熱心なのはよいことだ。それに妹と主が仲良くしてくれるならこれにすぐる歓びはそうそうない。
「バルド殿下の協力を得られれば、経費を半分以下に抑えられます。お兄様のお望みも叶うのでは? 無論、我が家にも多少は分けていただかなければなりませんが」
思わず息をのんでいたユリアが、はっとしてそう言った。
皮肉めいた物言いはやはりオレに対して向けられたものだ。
「もちろんだ。利益分配はきちんと考えてある」
「……ええ。臣下を富ませられぬものに上に立つ資格はありませんから」
「…………光栄の至りでございます、お嬢様」
オレに対しては皮肉まみれのユリアもジークリンデの高貴さの前では素直に頷くしかない。
実際、ジークリンドが皇族として一般的な感性、常識の持ち主であれば臣下の財など取り上げて当然のもの。それどころか、そもそも自分の財と区別さえしない。領地で魔石の鉱山が見つかったともなれば即座に直轄領として取り上げるか、最悪、その臣下を取り潰して領地そのものを奪うということもありうる。
それに実際問題、特別非道な行いというわけでもない。この時代、この世界においては力あるものこそが法であり、道理であり、正義なのだから。
ゆえにこそ、オレはジークリンデの『徳』を至上のものだと考える。
現代日本であればただのありふれた善良さかもしれない。だが、こんな世界でそれを貫く難しさ、苦しさはオレが転生者であるからこそより強く理解できる。
「魔石鉱山が期待通りに稼働できれば第一皇統派の資金問題は解決します。長老がたもこれまでよりは静かになるでしょう。そうなれば、こちらもより好きに動けるようなるかと」
といっても、徳だけがあっても何もできないのは原作が証明してしまっている。金はあるだけあればよい。
第二皇子と第二皇統派のコネをうまく使えば、もろもろの手数料を払っても儲けのうち5割近くは手元に残る。そこから2割をシグヴァルト家に、3割を第一皇統派に分配しても十分な利益だ。
具体的には食堂メニューを追加しつつ、騎士団の装備をアップグレードできる。夢の魔動式破城槌ゲットの日も近い。
「……ええ、わかっています」
ふいにジークリンデの瞳が輝く。オレでなければ見逃してしまうであろう微かなものだが、彼女がワクワクしているのは明らかだ。
それもそのはず。第一皇統派が資金面で潤えばジークリンデが『趣味』として自費でやっている慈善事業に回せる資金も増える。
今はオレとメロヴィくんの財政改革でだいぶ健全化したが、それ以前はジークリンデの持ち出しでどうにか成り立ってたからな、赫奕剣騎士団……、
そう考えるとマジで滅んでも仕方がなかったじゃないか、うちの派閥。
それはともかく、おそらくジークリンデは原作でも建てようとしていた孤児院のことを考えている。嫌味なく人助けに生きがいを見出すことができるのはやはりジークリンデの人徳だ。
このように第二皇子の手を借りれば全てが上手くいく。いや、全てが上手く行き過ぎている……?
「――そううまくいく?」
そんなオレの心中を代弁するかのようにトモエが言った。
彼女らしい単刀直入かつ芯を食った一言だった。
事実、浮かれモードだった空気が一瞬で引き締まる。雰囲気を読めていないといえばそこまでだが、こういう人材は必ず一人は必要だ。
というか、本来は従者であるオレがやるべきことだ。それをトモエにやらせてしまったのは申し訳ない。少し気を抜きすぎていたか……、
「…………確かに。都合よく鉱夫と魔導士が見つかるとは限らないか」
我が第一皇統派に比べて第二皇統派は商人たちに深いコネクションを持つが、だからといってすぐに必要な人材を確保できるとは限らない。
熟練の鉱夫もそうだが、魔導士は大陸全体で希少だ。いかに広い人材網があったとしても多少の時間は掛かるとみるべきだろう。
「鉱山の即時稼働は難しいか。となると、しばらくは隠しておくべきだな……」
「ですが、お兄様。前線がきな臭くなっていると報告を受けています。あまり待っていては機を逃しますよ」
ユリアが言った。
声色も表情ももたらされた情報に真実味を持たせている。
もとよりユリアはこんな時に冗談を言ったり、茶々を入れたりするようなことは決してしない。
となれば、前線がきな臭くなっているというのは事実だ。敵が大規模な反撃を企図しているのか、あるいは味方が再侵攻を計画しているのかは分からないが、どちらにせよ、事態が動けば厄介なことになる。
魔石鉱山から前線基地まではわずか一日半。一旦ことが始まってしまえば採掘は困難になる。
物理的に難しくなるだけじゃない。戦場が近いとなれば経費も跳ね上がるし、輸送のための護衛を雇うのも難しくなってしまう。
…………そうなっては元の木阿弥。ああいや、自力でギルドを頼るよりも安くはすむんだが、孤児院や夢のニュー破城槌とはいかない。
……第二皇子を頼るところまではベストのアイデアではあったんだがな。現実は甘くないということか。
「…………そうですね。致し方ないでしょう」
ああ! せっかく2ミリほど上がっていたジークリンデの口角が下がってしまった……!
オレは、自分の至らなさが悔しい……!
「お兄様……? お腹でもいたいのですか……?」
さらに情けないことにユリアにまで落ち込んでいるのを悟らせてしまう。
妹にまで心配をかけるなんて駄目な兄貴だ。
「いや、大丈夫だ。すこし、己の不甲斐なさをなげいていた」
「はぁ……?」
こうなったらなんとしても挽回してみせる。
具体的には鉱山権益を確保してジークリンデの望みをかなえるのだ。
やるべきことはシンプル。
先んじて動いて準備を済ませておく。人材の確保に時間が掛かったとしてもこちらのできることをやっておけば後で手間が少なくなる。
そうと決まれば話は早い。早速、家の兵に指示を出して――、
「――ユリア様! ユリア様! 急使でございます!」
風雲急を告げる声が響いたのはその時のことだった。
中庭に駆け込んできたのは疲労困憊の兵士。息も絶え絶えの彼はこちらが誰何するより先に、こう叫んだ。
「『蛮族』です! 鉱山に『蛮族』襲来!」
思わずユリアが立ち上がり、オレの方を見つめる。ハシバミ色の瞳はオレに助けを求めていた。
考えるより先に『任せておけ』と大きく頷く。 それがオレが領主として、兄として今すべきことだった。
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