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悪役貴族に転生した戦略ゲーオタクは推しのヤンデレ悪役令嬢を支えるようです  作者: ビッグベアー
第一章 悪役令嬢が(ヤン)デレるまで

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第23話 物売るって大変

 統一帝国東方辺境領域に属する我がシグヴァルト領ゲーデラントは現代日本における長野県ほどの面積を持つ典型的な山間地域だ。


 領地の6割には平坦な野原が広がり、おもな産業は農業と畜産業の2つ。ちなみにこの2つは帝国内でもっともメジャーかつ地味な産業2つと断言してもよい。

 人口も平均的で、文化的にも他所の地域に自慢できるようなものはない。観光スポットも豊かな自然と答えるしかないくらいにはなにもない。


 しかし、そんな片田舎もこれからは素晴らしい発展を遂げる。

 そう、天がこの地に与えた魔石バブルによって!


 と、原作の汚点ことキリアンならばはしゃぐのだろうが、あいにくオレはそこまでバカじゃない。

 前にも述べた通り、魔石を利益化するのにはその価値に見合った手間暇がかかる。それこそ猫の手でも借りたいほどには大変だ。


 その大変さを少しでも解決するためにオレは故郷であるシグヴァルト家の館に帰ってきた。

 帰ってきたのだが…………、


「……思った以上に厄介だな」


 館に帰還し、ユリアから手紙には書けなかった細かい報告を受けたオレはそううめいた。


 シグヴァルド家の館にある執務室でのこと。つまり、オレの執務室でのことだ。

 長く留守にしているが普段はユリアが使っているおかげできちんと手入れされている。


 内装や装飾品、備品に関してもそっくりそのままだ。

 まったくもう実質ユリアの執務室なのだから好きに改装してくれていいのに。そういうところにもユリアの生真面目さが出ている。


 一方、ジークリンデとトモエは館の中や周辺を見て回っている。

 ただの田舎の貴族の屋敷でしかないんだが、2人とも随分と楽しそうだった。こればかりはよく分からない。


「ええ。わたしも頭を抱えていたんですよ。ですから頼れるお兄様にお帰りいただいて、感謝感激ですの」


 心底楽しそうなユリア。プレゼントに積んできた高級ビスケットをさっそく上品につまんでいた。

 面倒ごとを分かち合う相手ができたのが愉快で仕方ないのだろう。気持ちは大いにわかる。


「山の中。それも想定より前線が近い。掘り始めたら気付かれるな……」


 辺境領域に属するシグヴァルト領から帝国外征軍が戦っているいわゆる前線までは三日ほどの距離だ。

 この距離感は帝国の辺境領域であればどこでもそう変わらないのだが、問題は件の魔石窟が領地の端っこの山中にあるという点だ。


 魔石窟から前線までは目と鼻の先。幸い山中であることで視覚的には隠されているが、採掘作業が大掛かりであることを考慮すればプラスマイナスでマイナスだ。

 つまり、こっそりと採掘して輸出するような都合のいい真似はできない。いや、もとから税金逃れのようなことはする気は一切ないのだが、物が物だ。他勢力からの干渉を避けるためにもできる限り内緒にしておきたかった。


「こうなったらいっそおおやけにしてしまうか……?」


「開発はよそに任せるんですか? それだと実入りが減りますけど」


 横からそう補足してくるユリア。さすがは我が妹だ。実務経験もあるのおかげでオレの思考を先読みしてくれている。おかげでブレインストーミングがやりやすい。


「どうにか鉱山ギルドに渡りを付けたとして、それで儲けの何割だと思う?」


「3割は取ってきますね。そもそも帝国内での料金は基本2割増しですから、どれだけ交渉してもそれくらいは必要でしょう」


「魔導士を借りたらそれだけで1割は要求してくるだろうな。おまけに、税金が3割、前線との距離的に護衛にも金が掛かる。となると、残りは2割強ってところか?」


「あら、お兄様がそんなに楽観的な方だとは存じ上げませんでした。どうせ外征軍が文句を付けてきますわ。儲けの1割が手元に残れば御の字です」


「だよなぁ……」


 つまり、採掘から加工、輸出それら全てを外注化した場合、シグヴァルト家の得られる儲けは全体の10パーセント程度ということだ。

これはオレとユリアの間で一致した見解だし、多少の誤差はあっても実際の数字もこのくらいに落ち着くだろう。


 それでも金貨数千枚にはなるし、個人であれば一生遊んで暮らせる。

 一方、貴族の収入としては、ましてや、第一皇統派の予算としてはせいぜい駐屯地の食堂のメニューを一品増やす程度の効果しかない。


 なにより、第二の災厄『フィンブルの大恐慌』に備えるにはその程度では焼け石に水だ。

 なにせあいては大陸全体の寒冷化による大凶作とそれに付随する恐慌だ。乗り切るには少なくとも魔石鉱山の利益の内、四割から五割は必要だ。


 これじゃ正直、手間暇をかけて開発する甲斐がない。それでも10年後にはギルドから技術を吸収して内製化できるかもしれないが……気が長すぎて直近の危機には間に合わない。


「……せめて半分、いや、四割はないと割に合わないぞ」


「贅沢ですね。まあ、そこは同感ですが」


 資料をにらんでいるオレに対して、ユリアは心底楽しそうに紅茶を傾けている。

 どうやらオレが当主としての仕事をやっているのもまた気分がいいらしい。問題は山積みだが、ユリアのこの顔を見られただけで帰ってきた価値はあるかもしれない。


「お嬢様は頼れないのですか? 貴きお方ならそういうお知り合いも多いのでは?」


「……いや、無理だな。帝都の商人連中には鉱山経営の経験がない」


 お嬢様とは、ジークリンデのことだ。

 そして、まことに残念ながらジークリンデの人脈は広いとは言えない。懇意にしている貴族は精々が片手で数えられる程度。それも大半が政治的な中枢からは遠い面子ばかりだ。


 ……オレ個人としては誰にでも分け隔てなく誠実なジークリンデの人格を評価したいが、従者としてはもう少し交友関係を有用に広げてほしい。あれだ、原作の主人公みたいに能力値の高いイケメンを拾ってきてくれるとオレとしては助かるんだが……高望みか。


「できて他に鉱山を抱えている貴族に渡りをつけてもらうことくらいだが、第一皇統派にはほかに鉱山を抱えている貴族がいない。手詰まりだ」

 

「……そうですか。帝都には何でもあると思い込んでおりましたが、意外とそうでもないのですね」


「ああ。意外とそんなもんだ。それこそ信用できる人間の数なら領地こっちの方が多い」


 そんなことを言いながら、いったん報告書を置く。

 その内容の険しさはともかくとして報告書そのものは丁寧で体裁もしっかりしている。


 おそらくはユリア本人の仕事だ。簡潔な文章で綴られているが領地への愛情が筆跡の端々から滲んでいる。

 ……なんだろう、目頭が熱くなってきた。我が妹はオレなんかよりもはるかに立派に領主を務めている。貴族としても完璧だ。


「……なんですか、文書を見つめたまま停止して。何か不備でも?」


 怪訝そうな顔のユリア。本当は思いのたけをすべてつまびらかにしたいが、それはそれで妹が嫌がるのは分かっているので三割くらいに抑えておくとしよう。


「いや、不備はない。お前はよくやってくれている。見事に治めてくれているとも」


「……なら、どうされたので?」


「お前の功績を活かせぬ己の不甲斐なさを嘆いているだけだ」


 椅子から立ち上がり伸びをする。

 机の上だけで考えても手づまりなのは変わらない。ここは一つ、発想の転換が必要だ。


 そのためにもまずは気分を変えないと。そう思い、窓の外へと視線を向けた。

 窓から見える中庭では太陽が中天に昇り、ちょうど昼時だ。


 遠目にジークリンデとトモエが二人並んで花壇を見ているのが確認できる。

 2人ともコミュニケーションを積極的に取るほうではないのだが、そのおかげか逆に相性は悪くない。打ち解けているとまではいかなくても、ああして2人で過ごしてもお互いが平気なくらいには関係性はできている。


 ジークリンデが友人を作るのは素晴らしいことだ。


 原作での彼女が不遇な死を迎えてしまったのは、ジークリンデに味方がいなかったからだ。

 この世界線ではオレという絶対の味方がいるが、味方の数は多いに越したことはない。


 特にトモエは強い。武力100の彼女がいれば大抵の脅威は退けられるし、戦でも大いに役に立つ。

 現状はオレを通じてジークリンデに仕えてくれているが、個人的な友誼を結べれば仮にオレがいなくなってもトモエはジークリンデを守護してくれるはずだ。


 ……いや、それだけじゃない。彼女が孤独じゃないという事実だけでオレは嬉しいのだ。


「……結局、お兄様にとって大事なのは外の事なのですね。ユリアは置いてけぼりを食うばかり」


「…………すまん。でも、回りまわって家のためにはなる。少なくとそうなるようにはする」


「どうだか。だいたい、あの方はなんなんですか? お兄さまの妻を自称されるなんて、正気ですか?」


「……一応、正気だ」


 トモエとの経緯についてはユリアに説明済みだ。

 ユリアの感想はまず「またですか」の一言、次は「何かからだからそういう香りでも出ているんですか」というものだった。


 またということは前例があるということだが、心当たりはある。昨夜もオレの寝室に侵入を試みたリーヴァのことだ。

 だが、オレの部屋の鍵は特注品。リーヴァの鍵開け技能でも10分はかかるからオレが気付いて目覚める方が早い。なので問題はない。


「それで、どうされるんですか?」


「どうってなにをどうするんだ?」


「婚姻ですよ、婚姻。お兄様も18歳、いつまでも独り身では父祖がお嘆きになります」


「ああ、それか……」


 オレの婚姻については帰郷の度に話題には上る。

 まあ、シグヴァルト家の存続にも直接かかわる話だ。現在交戦中でもないからこれ以上に重大な案件もないといえばないのかもしれない。


「お兄様がどうしてもあの異民族の方、トモエさんとむつみ合いたいのでしたら、ユリアはお止しません。お好きになされてください」


 ユリアの物言いにはどこか拗ねたような響きがある。

 普段は女性との交際どころかお見合いさえ門前払いする兄が、妻を自称する女を、それも帝国出身者ではない女性を連れてきたのだから、こういう反応になるのも頷けるか。


「今のところ、その気はないよ。オレの婚姻に関しては心配しなくていい。めとるにしてもお前には迷惑を掛けない相手を選ぶさ」


「……余計な気遣いです。お兄様はお兄様らしくなさっていてください」


 痛いところを突かれた。

 オレの行動原理はジークリンデのためになるか、ならないかに基づいているが、保身や家門の存続という考えは零れ落ちがちだ。


「すまん。でも、オレとて家のことは考えている。最終的にはシグヴァルトのためにはなる、はずだ」


「はず、では困ります。それに第二皇子殿下を殴り倒すことがシグヴァルト家のためになるとは到底思えませんが」


 「ぐうのねもでねえ」と返してから、窓の外に視線を戻す。

 ああ、せっかくトモエとジークリンデがくつろいでいるのにリーヴァが近づいていっている。面倒なことにならなきゃいいが……、


 ……しかし、第二皇子バルドか。

 オレだって皇子をぶん殴ることになるなんて思ってもなかった。

 

 あの時は頭に血が昇っていてやっちまったが、今思うと自分の無鉄砲さに頭を抱えたくなる。場合によっては第二皇子どころか、第二皇統派全体を敵に回すことに――ん? 待てよ、第二皇統派……? あ、そうか、その手があった!


「でかしたぞ、ユリア! お前のおかげだ!」


「はい!? なんです!? 突然!?」


 思わぬ天啓に、ついついユリアを抱きしめてしまい、抱えたまま一回転してしまう。


「ちょ、お兄様!? は、離してください! きゅ、急すぎます!」


 それくらいに爽快な思い付きだったし、全ては巡り合わせとそれを思い出させてくれたユリアのおかげだ。

 『運命は自ら血を流すものに味方する』という帝国のことわざが脳裏をよぎる。まさかこの言葉に皇子をぶん殴っておけなんて意味があるとは思ってもみなかったぜ……!


あとがき

新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!

次の更新は明日の18時ごろです!


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