第22話 じわりと嫉妬心
皇女殿下を連れて帰郷したら妹がマジギレで待っていた。
…………こう要約してみるとキレられて当然な気がしてくる。皇族を迎えるとなれば迎える方も相応の準備をしておかないといけないのに猶予は三日しかなかったわけだし。
悲しいことに、妹に怒られる理由は他にも山ほど心当たりがある。
今年だけで二度も法事をすっぽかしているし、めったに手紙も送らないし、高い買い物をするときは毎回シグヴァルト家に付けているし……というか今回の旅の費用も家に付けたし……、
けれど、馬車の中で早く外に出てみたくてそわそわしているジークリンデのためにもいつまでも物怖じしてはいられない。
「よ、よう、ユリア。わざわざ出迎えてくれたのか。ありがとう!」
馬を降りて橋を渡りながらユリアに声を掛ける。
なんだろう、初陣の時よりも緊張する。ユリアは小柄なのだが、いつぞや対峙した山賊の大男よりも威圧感があった。
しかし、こういうときになんだが、ユリアは可憐だ。
腰まで伸びた濡れ羽色の髪に自我の強そうな整った顔立ち。白いドレスの着こなしは完璧で、ゲーム内の立ち絵がそのまま三次元化したようでさえある。
原作のキリアンや今のオレと顔面を構成するパーツはそう変わらないはずだが、どうしてこんなに美少女なんだろう。
佇まいや表情の問題か……? 原作では登場してなかったからユリアの能力値は分からないんだが、魅力値90以上は固いとオレは見ている。
体格は、まあ、トモエやジークリンデと比べると発展途上といった感じだ。
ユリアは今年で14歳。来年で成人だからそろそろ結婚相手のことやそれ以外の進路についても考えないといけない。
……ユリアの婿か。
…………最低限、オレより強くないとダメだな。あと、見た目も釣り合って、財力もあり、頭も性格もよくないといけない。
「お礼なんて、そんな。だってお兄様だけでも大変なのに、お客様をお連れなんですもの。シグヴァルト家の名誉にかけてお出迎えしないわけにはいかないでしょう?」
一方、そんな兄の心は対照的に、妹はぴきぴきという音が聞こえてきそうなほどの作り笑顔だ。
一緒に出迎えに出ている使用人たちは心底気まずそうに視線を逸らしていた。
……まあ、当然か。ジークリンデを迎えるにあたっての準備やら覚悟やらで妹が苦労したのは察するまでもないこと。申し訳なさに胸が締め付けられる思いだ。
「すまん。お前には苦労を掛ける」
「…………事情は理解しているつもりです。けれど、あとで説明はしていただきますから」
素直に謝罪するとユリアも一応溜飲を下げてくれる。
やはり、オレなんかよりもはるかに真面目だ。オレに普段から腹を立てていて、今回の一件で怒髪天に来ていても、素直に謝られるとそれに応じてしまう。
こういう真面目さ、相手への思いやりをオレはユリアの最大の長所だと思っている。
人から恐れられたり、賢いと思われたりするのは実はそう難しくない。本当に難しいのは『この人物は信用できる』と相手に思わせることだ。
その難しいことをユリアは昔から自然にできていた。そんな彼女だからオレも安心して領地を任せておけるし、実際に領地経営をうまくやることができている。
…………これに関してはユリアにすべてを任せきりのオレが言えた義理ではないな。ましてや、その性格に付け込む形で事を収めようとしている時点でオレは兄貴として最低だ。
だが、そう自覚していてもやるべきことは曲げられない。
「うむ。魔石窟についても後で聞く」
「……ええ、ご指示通りに余計なことはしてませんよ」
「助かる。お前には苦労を掛けている。ありがとう、ユリア」
なので、素直に礼も述べておく。ちゃんと馬車を改修しつつも、ユリアのための贈り物も買い集めて積んできた。少しは気に入ってくれればいいんだが……、
「……そうおっしゃるくらいなら少しは肩代わりしていただきたいですね」
そんなオレの思念が通じたのか、口ではそう言いつつもユリアの不機嫌オーラが少し和らぐ。よかった。
騎士として忠義に優先するものはないが、それでもできる限り家族を大事にしたいとは思っている。
特にユリアには普段から負担をかけている。少しでも報いてあげたいし、オレが死んだ場合、オレの財産や称号は妹が引き継ぐようにしてある。せめてもの報酬だ。
「いい面構えだ、これからよろしく」
そんなことを考えていると、背後からツカツカと歩いてきたトモエがそう言い放つ。
「は、はい? お兄様のお連れの方、ですよね……? ユリア・ヴェナ・シグヴァルトと申します。以後、お見知りおきを」
そんなトモエに対してもスカートの端をちょんとつまんで丁寧にあいさつを返す我が妹。
普段であれば帝国式の礼節なんて意にも介さないトモエだが、自分より年下の女子の完璧な所作には思うところがあるのか、丁寧に頭を下げこう名乗った。
「トモエ、ミナトガワトモエと申す。貴方の兄君とは夫婦の契りを結んだ仲だ」
「…………はい?」
油断した。好きに話させておくべきでないやつを放置してしまった。
語弊があるどころの話ではない。オレとトモエの婚姻に関してはトモエが勝手に主張していることで同意した覚えは一切ない。なので、事実無根だとオレは主張したい。
「義妹が優秀そうで安心した。色々大変だったろうが、これからはこの姉を頼ってくれていい」
「…………はぁ?」
困惑そのものな表情を浮かべつつ、ユリアがこっちに視線を送ってくる。
助けを求めているのか、あるいは、オレの正気を疑っているのか。どっちにせよ、引きはがさないと。
「トモエ。妹にそういう冗談は通じない。そこまでだ」
「む。冗談とは心外な」
「いいから荷物を降ろしていてくれ。オレもすぐに手伝う」
どうにか理由をつけてトモエを馬車の方に行かせる。
まさかこういうことになるんだったら、多少面倒でも日々の出来事を逐一手紙で報告しておくべきだったか……、
「お兄様。どういうことですか?」
「…………後で説明する。すまん」
怪訝そのものな表情を浮かべているユリアに、自分の行為の無為さを嘆きつつ、馬車の方へと向かう。
トモエの件は後で説明すればいいとしても、いつまでも主を狭い馬車の中に閉じ込めておくわけにはいかない。
「《《お嬢様》》」
声を掛けてから、その場に膝をついて馬車の扉を開く。
お嬢様という呼び名はジークリンデの身分を隠すためだ。
といっても、ユリアも含めて重要人物には今回の来訪については伝わっている。なので、使用人や民草への情報封鎖でしかないのだが、やらないよりはやったほうがいい。
それに情報というのは完全に隠してしまうよりも嘘と真実を織り交ぜて流布させた方が知られたくない部分を覆い隠してしまえるものだ。
今回の場合、隠しておきたいのはオレが連れてきたのが第一皇女ジークリンデ殿下であるという事実のみ。だから、逆にオレが身分の高い女性を連れてきたということは広まっても構わない。そのことで皆あれこれ噂し憶測はするだろうが、その女性がまさか皇女殿下だと考えるようなやつはそういないだろう。
「こちらへ」
「…………ええ」
ジークリンデの手を取って馬車から降ろす。
彼女の服装は新調した紺色のドレス。派手な宝石などの装飾こそないが、銀の刺繍が入ったそのドレスは最高級の逸品だ。着ている人間と同じで、上品かつ優雅だった。
長時間馬車に揺られていたにもかかわらず、スカートのすそ一つ乱れていないのは淑女の手本というほかない。
「っ!?」
しかし、足の方は違った。
馬車からのタラップを降りていて不意にジークリンデが足を踏み外してしまう。
主の危機にオレの感覚が引き伸ばされ、ジークリンデの動きがスローに見えた。
これは、抱きとめるしかない。皇族に対して、主に対して不遜ではあるが、他に方法がない。
倒れ込んでくるジークリンデの体を正面から受け止める。
最初は細くとも十分すぎるほどに豊かな稜線を持つジークリンデを受け止めるのだから不用意な場所に触れないようにしようとか、そんなことを考えていた。
しかし、そんな不埒な思考は次の瞬間には吹き飛んでいた。
全身に押し付けられる柔らかく、儚い感触。
この細さでどれほどの重圧を背負い、高潔な心を支えているのだろう、そう考えてしまうとほかの思考など吹き飛んでしまった。
抱きしめたい。抱きしめて貴方は一人ではないと、自分がいかなる時でもお支えするとそう伝えたい。
でも、ダメだ。それは臣下としての領分を逸脱している。オレの忠誠はオレの裡に収めておけばよい。
「……シグヴァルト卿? その、もう大丈夫ですよ?」
「…………失礼しました」
名残惜しいが、いつまでもジークリンデを抱えているわけにはいかない。
彼女を離し、1人で立てるように支える。心なしかジークリンデの頬が赤らんでいるように見えるが、たぶん、気のせいだろう。
だってあのジークリンデだぞ? あの高潔な精神が服を着て歩いていると言っても過言ではない彼女がオレに抱き留められた程度で照れたりなんてするはずがない。
でも、なんだろう? この恥じらうように視線を逸らしているジークリンデの表情、どこか新鮮だ。
少なくとも原作ゲームでは一度としてこんな顔をしたことはなかった。原作の表情差分をすべて記憶しているオレが言うんだからまず間違いない。
いい、表情だ。綺麗だし、可憐だし、呼吸も忘れて見惚れてしまう。
心なしか、ジークリンデの方もオレの顔を見ているような……、
「お兄様。そちらのお方をユリアに紹介してくださいます? 早く」
と、完全に機能停止しているとユリアが正気に戻してくれる。
いかんな。オレとしたことが完全に我を忘れていた。
帰郷して一日目でこのありさまではこの先が思いやられるというものだ。
しかし、あの瞬間のジークリンデは本当にきれいだった。今まで見たあらゆるものの中で一番だった。
……この想い出は胸にしまっておこう。いざという時に思い出せば瀕死の重傷を負っていても戦える気がする。
◇
『第一皇女ジークリンデの日記から抜粋』
帝都を出て旅をするのは初めてのことだった。
そんなわたしには目にするもの全てが新鮮で、綺麗で、得難いものに思えた。充実しているという意味では今までの18年でいちばんの三日間と言ってもいい。あれこれ気を使ってくれているシグヴァルト卿には悪いけど、馬車の揺れも野宿の寒さも気にならなかったくらいだ。
そうだ、シグヴァルト卿といえば、彼とこれほど長い時間一緒に過ごしたのはこれが初めてだ。
わかってたことではあるけど、彼はいついかなる時でもわたしのために気を張ってくれている。馬車の中にいる時も、馬車の外にいる時も、野営をしている時も。わたしの、わたしだけのために……、
きっと、お伽話のお姫様もこんな気持ちだ。
頼れて、強くて、理解してくれる理想の誰かに感じる走り出したくなるような衝動。身を任せてはいけないと自分を諌めるけど、そうするほどに衝動は強くなる。
……これに名をつけてはいけない。わたしにはやるべきことが、使命があるのだから。
……………でも、せっかくの旅なんだから二人きりがよかった。トモエは有能かつ信用できる人だけど、それとこれとは話が別だ。
最近、シグヴァルト卿がわたし以外の女性と一緒にいると胃の中に溶けた鉄を流し込まれているような気持ちになる。
たぶん、嫉妬しているのだと思う、彼に関わるわたし以外のすべての人に、あるいは私には向けられない彼の顔を見たあらゆるものに。
嫉妬は怖い。恋物語で読んだそれとは比較にならないほどに強烈な感情で、いつも、唇を噛んでしまう。
どうしても、どうしても我慢できない。だからこうして、シグヴァルト卿に無理を言ってこの旅に同行してしまった。彼の隣に一番長くいるのは、私でなければならない、そんな衝動に逆らえなかった。
正しくないことだ。わたしはシグヴァルト卿の主君だ。であれば、臣下の人間関係に口を挟むようなことはしてはいけない。公と私を混同するなんてことは、皇族として間違っている。
だから、こうして、日記に書いて秘密にしておく。そうすれば行動には移さずにすむ、と思う。
日記は肌身離さずに持ち歩いているし、就寝時も引き出しの二重底に隠しているし、誰かに読まれることはない。安心だ。
………‥そういえば、シグヴァルト卿は留守を任せている妹君とあまりうまくいっていないらしい。
兄妹の不仲は、よくない。わたしでできることがあればいいのだけど……、
(なおこの日記はジークリンデの死から100年後、彼女の子孫によって博物館に寄贈された)
あとがき
新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!
次の更新は明日の18時ごろです!
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