第21話 妹と推しとふるさとと
オレの帰郷に、ジークリンデが同行する。
……天地がひっくり返るような、あるいはオレの脳みそからは絶対に出力されないであろう奇策だ。
…………流石はジークリンデ。オレなんかとは発想力の次元が違う。まさしく王の大器だ。
確かにオレの帰郷にジークリンデが同行してくれれば、オレは彼女がどうしているのか、どこかの無神経な貴族に傷つけられてはしないかと心配せずにすむ。
妙案だ。妙案、か……?
「……いけませんか?」
考え込んでいるとジークリンデが心配そうにオレの顔をのぞき込んでくる。
美しい顔が近づいてくる。ああ、黄金の瞳も、白い肌も、なにもかもがきれいだ。
完璧と言ってもいい。これ以上の美はどんな世界にも存在しない、そう思った。
2人きりで話せるように移動したジークリンデの執務室でのことだ。
すでに日は暮れかかり、夕日が窓から差し込んでいる。そのだいだい色がまたジークリンデの美を引き立てていた。
「シグヴァルト卿?」
「い、いえ、しょ、少々お待ちを」
ふたたび呼び掛けられて、どうにか正体を取り戻す。
いかん、もう慣れたつもりだったが、やはりジークリンデはオレの最推し、敬うべき主だ。こうして面と向かい合ってしまうとその事実に体が震えてしまう。主に恐れ多さと歓喜で。
だが、感情に身を任せている場合じゃない。
ジークリンデ同行してくれたらそりゃ嬉しいが、はいと頷くには考えることが多すぎる。
例えジークリンデが少し上目遣いで「ダメですか……?」とこちらを伺っていても即答はできない。というか、断らないと……!
「殿下、お申し出はありがたく思います。ですが……その……」
「……だめですか?」
はぅ……!
寂しげな瞳で見られると、心が締め付けられる……!
土砂降りの雨の中、段ボールの中にいる子猫を見つけてしまったような気分だ。これを見捨てることは人道に反する……! 万死に値する大罪と言ってもいい……!
だが、だが……! ここは心を鬼にせねば……!
「殿下。殿下が今帝都を空けられれば――あー……」
しかし、その先を口にしようとした瞬間、自分で自分を論破してしまった。
今ジークリンデが帝都を空ければ権力の空白が生じてしまう。そう言おうとしたのだが、現時点のジークリンデに政治的実権はほとんどない。言い方は悪いが事実そうだ。
第二皇子の婚約破棄のような皇族絡みの案件であれば意向が尊重されるし、子飼いの戦力である『赫奕剣騎士団』に関しては自由に差配できるが、第一皇統派全体の方針を決めるのはジークリンデではなく支持者である門閥貴族の長老たちだ。
この老害どもはよくもわるくも日和見主義者で地位に安穏とすること以外に興味がない。原作においてジークリンデが第二皇統派への報復をしないと決めた時に反対しなかったのもそのせいだ。
ようは、争いさえ起こさなければ自分たちの家門は安泰だと思い込んでいるのだ。
バカと言うしかない。そんなことで生き馬の目を抜く戦の時代を生き延びることなどできるものか。原作においても老害どもが日和ってジークリンデの改革の邪魔をしなければ第一皇統派はもう少し生き延びることができていたとオレは見ている。
だが、家が燃えてるのに縁側で空を見ていて焼け死ぬような老人どもでも使い道はある。
何も決断しない、なにも積極性を持たないということは無用な変化を生まないということでもある。だから、ジークリンデが不在であったとしても余計なことをしようとする輩は湧いてこない。その点においては安心はできる。
むろん、他勢力からの干渉は考えられるが、現在の帝都の政治情勢は凪ぎ。どの勢力も地盤固めと裏工作にいそしむばかりで積極的には動いていない。
ジークリンデとオレが第二皇子の婚約破棄を阻止したおかげだ。第一皇統派と第二皇統派の同盟が健在となっていることで敵対勢力はうかつには身動きが取れなくなっている。
……しばらくするとそうもいっていられなくなる。外征軍が帝都に帰還してしまえば政情は急変し、帝都を空けることなど考えられなくなってしまう。第一の災厄『帝国宰相暗殺未遂事件』はそう遠い話じゃない。
…………これがラストチャンスではある。今この機会を逃せばオレはおろか、ジークリンデにも帝都を離れて気を休めるような余裕はないだろう。
「…………誰を連れていくつもりなのですか?」
「留守はメロヴィくんとコドール卿に任せようかと。帰郷にはトモエを同行させます。彼女の場合は勝手についてくるでしょうし……」
「…………そうですか」
オレの返答に、明らかにジークリンデの目つきが厳しさを帯びる。
怒っている……? なぜだ……?
ジークリンデのことは何でも理解できるのがオレだが、今回ばかりはなぜ彼女が機嫌を損ねているのかわからない。
オレがジークリンデの意向に難色を示しているからか? いや、ジークリンデはそんなことで臣下に対して不機嫌になるような人じゃない。
では、なんでだ? わ、わからない。従者であるオレがジークリンデの感情を理解してあげられないなんて、末代までの恥だ……!
「……やはり、ダメですか?」
ぐぅ……!? ここで追撃だと!?
こちらの内心を見透かしているのではないかと思えるほどの的確さに成す術がない。
……確かにジークリンデがオレの帰郷に同行してくれれば彼女が傷ついたり、余計な誤解から政治的問題が発生したりするのを心配しないでいい。
何故ならオレが傍にいられる。バッドコミュニケーションがないというだけでジークリンデの心労は半分以下になる。つまり、オレの心労もなくなる。
……あれ、実は断る理由がない?
ジークリンデの護衛の問題はあるが、ぶっちゃけオレ以上に信頼できる護衛なんてこの大陸全土を探してもいない。
そりゃ実力的に上のものはそれなりいるだろうが、オレ以上にジークリンデのために迷わず命を捨てられるものはいないと断言できる。であれば、オレ以上の護衛はいない。
…………これは仕方ない、か。
「……無理を言いました。忘れなさい。シグヴァルト卿」
そんなことを考えているとオレが困っていると思ったのか、ジークリンデが遠慮してしまう。
いや、困っているのは事実だが、それ以上に彼女に気をつかわせてしまったのがつらい。
……10日程度ならメロヴィくんがどうにかしてくれるだろう。時には誰かを信じて頼ることも大事だ。
「いえ、承りました。ですが、ただのオレの故郷はただの田舎です。過度な期待はなされませんように。それと、道中の快適さはできるだけ配慮しますが……」
「……わたしのことは気にせずともよい」
オレが改めてそう告げると、ジークリンデは少し驚いてから静かに頷く。
些細な動作だが、オレにはジークリンデが相当に喜んでいることがよくわかる。原作でもこんなに喜んでいるのは、彼女の妹である第六皇女エイラの体調が回復の兆しを見せた時だけだ。
……なるほど。そういうことか。
ジークリンデは先日、離宮で療養中にエイラを尋ねている。その際にきっと帝都の外の話をせがまれたのだろう。
しかし、ジークリンデも帝都から出たことはこれまでの人生で片手で数えられるほどの回数しかない。外の話をしようにも経験不足でさぞ困ったはずだ。
そこにオレの帰郷話が出た。それで、めったにくちにしないジークリンデなりの『わがまま』をオレに言ってくれたのだろう。
であれば、オレもはりきらねばなるまい。自然以外何もない我が故郷だが、ジークリンデに最大限満喫してもらえるように……!
◇
そういうわけで、二日後の六ノ月の最初の日、オレとトモエ、そしてジークリンデは帝都を出発した。
目的地は我が領地『シグヴァルト領ゲーデラント』。移動手段は馬車で三日間で到着するという旅程だ。
無論、本来は早馬で三日の距離だ。馬車ではもっと長く掛って当然なのだが、そこはリーヴァに働いてもらった。
最初リーヴァはオレの部屋で全裸で待ち構えていたが、予想していた事態なので問題はなかった。
すぐさま服を着せて、オレの意図を説明。その後、具体的な指示と十分な休息と豪華な食事を与えて送り出した。
指示の内容は領地へと先行し、道中の中継地点に代えの馬を用意するというもの。その中継地点で馬を交換することで昼夜問わずに駆けることを可能にした。
いわゆる伝馬制。一応、帝国領内では採用していた時期もあるんだが、費用の面では廃れて久しい制度だ。
……この制度もいずれは復活させねばなるまい。ジークリンデが皇帝になり拡大路線を改めれば可能だ。今は地方から帝都への連絡はクソみたいに面倒だからな……、
ちなみに、準備が予定より長引いたのは新たに購入したお忍び用の馬車を改造していたためだ。
ジークリンデができるだけ快適に過ごせるようにクッションから内装、車輪にいたるまですべてを改造した。いくら無茶しまくりの強行軍とはいえ主のお尻を危険にさらすことなど許されない。
その甲斐あってか、三日間の旅路の間、ジークリンデの機嫌はよかった。
景色にせよ、道行きそのものや食事にせよ、オレの目から見ても彼女は楽しんでいた。
そんなこんなで、どうにか強行軍をおえてシグヴァルト領にたどり着いたのだが――、
「おかえりなさいませ、お兄様。婚前旅行気分でお帰りとは、このユリア、嬉しく思いますよ」
ラスボスが川向うで待っていた。
オレと同じ黒髪黒目だが、似ても似つかない美少女。妹のユリアがラスボスみたいな笑みを浮かべてそこには立っていた。
なるほど。機嫌が最悪だ。




