第19話 田舎に帰ろう
今オレの目の前にいて、ニコニコとほほ笑んでいるメイドの名前は『リーヴァ』という。
このリーヴァという女は、オレが初めてスカウトした家臣でありシグヴァルト家のメイド兼諜報員でもある。
その特異な経歴もあって有能であるのは間違いないのだが、それを台無しにするくらいにはエキセントリックな言動をしている問題児だ。
例えば一度護衛任務の用に短剣を買い与えたらそれを愛人契約の品だと勘違いして館中で広めたりな! おかげで妹のユリアに冷たい目で見られるし、縁談も一つ潰れた。
ああいや、後者は正直助かったが、ともかくリーヴァという女はそういうことを一切の悪意なくやってしまうのだ。
オレに関することでは特に思い込みが激しく行動力抜群。そのくせ斥候や潜入工作員としての腕は超一流というのがリーヴァという女の評価を難しくしている。
実際、オレも彼女を重用しつつも、帝都には連れてこなかった。オレを侮辱した奴をいちいち刺していたら、それこそ立場がなくなる。
いわゆるヤンデレ、と言われるものにも近いかもしれない。
しかし、彼女がそうなっている責任の一端はオレにあるので放り出すわけにもいかない。
そんなリーヴァが帝都にいる。里帰りから帰ろうとするたびに同行しようとして荷物の中に隠れたり、追跡してきたりするこいつを毎回苦労して追い返してきたが、ついに帝都に辿りついたらしい。なぜだ。
「あ、キリアン様! お会いしとうございました!」
……やっぱり幻覚じゃないか。
ツカツカとこちらに近づいてくる褐色メイドは周囲の奇異の目線など一切気にしていない。
リーヴァは南の辺境領域の出身で彼女の人種は帝国では珍しい。そのためこういう視線にも慣れているのだろうが、こんなので潜入任務ができるのかと心配にもなる。
早歩きだな。速いぞ、かなり速い。というか、走ってる。止まる気がないぞ、こいつ……!
「キリアン様……! ああ、本物のキリアン様……!」
オレの予想通り、リーヴァが突っ込んでくる。オレの胸元目掛けて弾丸のような勢いで……!
回避するという選択肢はない。問題児だろうが何だろうがリーヴァはオレの臣下。主として受け止める義務がオレにはある……!
「キリアン、様ぁぁぁぁぁ!」
「ぐっ……!?」
第二皇子の一撃とは比べ物にならない衝撃。
だが、意地だ。一歩たりとて後ずさるわけにはいかない。
どうにか踏みとどまるが、重い。いろんな意味で。
「ああ、キリアン様、キリアン様……! お会いしとうございました!」
「お、おう、六か月ぶり……か?」
「182日と5時間42秒ぶりでございます! 指折り数えておりました……!」
……数えてたか。さすがと言うべきか、やはりと言うべきかは悩むべきところだ。
あと、周囲からの目線がやばいことになっている。特に、少し遠くに殺気のようなものを感じるが、これはトモエか……?
「その間、お言いつけの通り、妹様をきちんとお守りしておりました……! どうか、リーヴァを、リーヴァをほめてくださいませ……!」
そんな事には構わず、頭を胸板にぐりぐりと押し付けてくるリーヴァ。
前世で飼っていた猫を思い出す。小学生のころ、オレが修学旅行から帰ってくるとこんな感じで甘えてきていた。
であれば、飼い主であるオレの責任か。またヤバい噂が広がりそうだが、致し方あるまい。
……まあ、猫と言うにはいろいろと発達しすぎているのだが、それはこの際横に置いておく。
「よくやった。だから少し離れろ。少し苦しい」
「……はい。申し訳ありませんでした」
仕方なしに頭をなでてやると、リーヴァは名残惜しそうに胸板から頭を離す。相変わらず猫の背中並みに触り心地のよい髪だが、長くなでていたら後でひどい目に合う予感がしたのでやめておく。
「…………シグヴァルト卿?」
そんなことをしていると後ろからジークリンデが話しかけてくる。
……見られたくないという意味では主である彼女にだけは見られたくなかったのだが、もはや後の祭りだ。
「……自分の家の人間です。何分、田舎育ちで礼儀をわきまえておりませんが、どうかご寛恕ください」
ジークリンデに嘘はつけないので、リーヴァとの関係を認める。他人の振りをするのはさすがに心が痛む。
こいつとの付き合いももう三年にもなる。
出会いは、オレが初陣を終えて二度目の戦に臨んだ戦場でのことだ。
その時、リーヴァは敵国の部隊に傭兵として雇われていた。
といっても、実態は一族の子どもを人質に取られ、無理やり戦わされていたのだが、そこは重要じゃない。よくあることだし、オレも場合によっては同じ手を使う。
問題だったのは、相手方がリーヴァの一族の使い方を間違えていたことだ。
脚の速さと隠密行動を得意とする戦力を会戦の場に引っ張り出すのはアホのすることだ。
結果、指揮官が間抜けだったせいで敵部隊は数に劣る我がシグヴァルト軍に惨敗。捕虜となったリーヴァにオレは人質にされていた一族の保護を約束し、その代わりに彼女の忠誠を得た。
オレからすると敵の指揮官とやっていることに大差ないのだが、どうにもリーヴァには違うらしい。よく分からないし、忠誠が重いうえに色々と混じって入るが、こうして信用できる臣下を得られているのだから、それでよしとすべきだろう。
「…………少し話をしてきます。おそらく故郷の妹の使いだと思うので」
「わかりました。応接室を使いなさい」
ああ、なんて優しいんだ、ジークリンデは。この状況でもオレを気遣ってくれている。涙が出そうだ。
「ああ、手を取ってくださるなんて……!」
リーヴァの手を取って応接室に強引に連れ込む。案の定、頬を赤らめて艶やかな息を漏らすが、そんなもので今更動じるオレではない。
それに明らかにそんな悠長なことをしている事態ではない。
妹ユリアがリーヴァを使うのは緊急の連絡が必要な時だ。
リーヴァの最大の長所は早馬よりもなお速く走ることのできる『俊足』だ。
リーヴァの一族は貴族の持つ恩寵と同じ力を持つが、彼女の一族の場合はその力が速度へと振り分けられている。そのため早馬でも二日は掛かる距離でも、リーヴァならば街道以外のあらゆる抜け道も併用することでわずか半日程度で移動が可能なのだ。
シグヴァルト家ではそんなリーヴァを緊急時の連絡要員として重宝している。
逆に言えば緊急の連絡でなければ彼女を使うことはまずない。オレが最初にリーヴァの姿を見た時に嫌な予感を覚えたのはそのためだ。
「誰もいないな。話せ――ってえぇ……」
リーヴァに背中を向けて周囲に野次馬がいないことを確認。それからドアを閉め、振り返ると――、
「――なぜ脱いだ?」
半裸のリーヴァがいた。
上半身には布一枚きていない。羞恥心の欠片はあったのか、右手で両乳房を隠しているが何も隠れてない。ピンク色だ。
下半身は、一応下着を身に着けている。スケスケのやつだけど。褐色の太ももがまぶしい。無茶苦茶な健脚なのにごつごつしてなくて程よい肉付きなのはなんでだろうな、不思議だ。
ちなみに、メイド服は脱ぎ捨てるのではなくきちんと畳んで脇に置いてある。
さすがに教育が行き届いてる。まあ、だったらそもそも脱ぐなって話だが。
「え? し、失礼しました、わたくしったら、こんな粗相を……! キリアン様は着たままの方がお好みなのですね……?」
「…………ともかく服を着ろ。それとオレが聞きたいのは理由だ、理由」
「? 夜伽をお望みなのでは……?」
「…………なるほど」
主人が強引に自分を連れ込んだうえに、人目を気にしている。つまり、秘め事をしたい。
リーヴァの思考回路を読み解くとそんな感じか。
…………多少ピンク色がすぎるとはいえ理解できなくはない。
貴族が使用人に手を付けるなんてのはよくあることだし、オレとリーヴァの関係は間違いなく主従のそれなわけだし。
でも、オレにそのつもりは一切ない。少なくとも、今は。
「話がしたいだけだ。妹の使いで来たんだろう?」
「……はい。それとキリアン様に余計な虫がつかないように監視せよと仰せつかっております。あとは、お手紙をお預かりしておりますれば」
主として命じると不服そうにしながらもリーヴァは頷く。なんだかんだ言っても使用人の分を守る気はあるらしい。油断はできないが。
……ちなみに、余計な虫が寄ってこないというのには少し惹かれた。
原作でもそうだったが、シグヴァルト家は一応伯爵家、東方の貴族の中ではそれなりの名家だ。なので、オレが凶戦士などと呼ばれていても婚姻の申し出はそれなりにいる。
今のところは、それらの申し出はすべて断っている。
理由は単純だ。オレの婚姻はもっと有効に使いたい。例えば他勢力との同盟や第一皇統派内での地盤固め。場合によっては他国との関係性を得るためにオレ自身が相手方に婿入りすることも視野に入れている。
なので、格下の貴族、それも大したコネも持たない相手と婚姻する気はオレにはない。
ないが、いちいち申し出を断って相手との関係性を悪くしかねないよりは妙な噂が立って相手の方から寄ってこない方が楽ではあった。
「ユリア様はキリアン様が第二皇子の顔面に拳をめり込ませて殴り倒し、その上馬乗りになってさらに殴打、挙句の果てには裸に剥いて土下座させたという大変愉快な、もとい、憂慮すべき噂をお知りになり、大変心配なさっておいでで……」
「…………なるほど」
はぁと艶やかなため息を吐きながら、頷くリーヴァ。
噂には尾ひれが付くものだが、オレの武勇伝(?)もその例にもれなかったか。
……さすがにそこまでやっていたらオレは処刑されてる。なので、常識的な大多数の人間は噂を信じていない、と願う。
「正確には、様子を見てこいと仰せでした。ユリア様、普段は『兄のことなど知りません』が口癖ですのに、一度、キリアン様のお名前を聞くといつも心配そうな顔をお浮かべになられます。ユリア様のあのようなお顔を拝見するのは、拙も忍びのうございます」
「……それは、申し訳ないな」
オレの心配というよりはオレのせいでシグヴァルト家に類が及ぶのかを心配しているのだろうが、なんにせよ、妹には苦労を掛けている。
罪悪感で心が痛い。罪滅ぼしをしたくなるが、ジークリンデのためならまだまだ悪評を被る気ではあるのであまり意味はない気がする。
……一応、帝都で流行っている香水とかドレスとか送るか。出費は痛いが、さすがになにもなしではユリアに顔向けできない。
ちなみに、オレに対してほどではないがリーヴァはシグヴァルト家に全体にも忠誠を誓っており、妹ユリアの信任も得ている。
来たばかりの頃はユリアの方からかなり警戒していたが、今は重要な用では積極的にリーヴァを使うようになっているほどだ。
「……僭越ながら、ご懸念は的中かと。まさかキリアン様のお側にあのような猛獣が住み着いているとは想定外でした」
「………トモエの事か? あれは、あれだ、行きがかりだ」
……猛獣でトモエだとすぐに分かったことを本人に知られたら怒られそうだな。口が裂けても本人の前では言わないようにしよう。
「あの黒い髪の方ですね。わたくしがキリアン様をお呼びした瞬間、殺気を放っておられましたからすぐにわかりました。まるで魔獣のごとき気配。ですが、キリアン様がお命じになられるのなら、拙はかならず刺し違えてみせまする」
だろうな。ちなみに、後で弁明することになるであろうオレも冷や汗をかいたぞ。
あと、本当に相打ち狙いなら何とかしそうだからやめてほしい。有能な人材を一度に二人も失うなんてゲームオーバー案件だ。
「でも、あの方だけではありません。他にも2つほど拙を憎む視線を見つけました。不埒な虫の視線。キリアン様がお命じ下されば、今すぐにでも……」
「断言しておくが、オレがお前に暗殺を命じるとしたらそれは他に打つ手がない時だけだ。オレの言葉を忘れたか?」
なおもヤンデいるリーヴァだが、ここはぴしゃりと跳ねのける。
こいつがオレにどんな感情を抱こうが自由だが、オレは主だ。
主として臣下を帰還不能な暗殺任務に従事させるなど恥ずべきことでしかない。上に立つものの矜持として使う人間の命は決して粗末にすべきではないのだ。オレは外道かもしれないが、こればかりは曲げる気は一切ない。
「…………はい。拙の命はキリアン様のもの。主のものを粗末に扱うなどメイドの名折れです」
「分かっているならそれでいい。お前にはまだまだ働いてもらう予定なんだからな」
続くオレの言葉に、リーヴァは顔を伏せる。そこに光るものが見えてオレは黙ってハンカチを差し出した。
感動しているらしい。オレの説教が効いたか。
リーヴァは出自が出自なせいか、自分の命を軽く見ている。オレもジークリンデのためなら命を惜しまないが、命の価値と使いどころはわきまえているつもりだ。
「なんてもったいない……! 家宝にいたします……!」
「…………まあ、好きにしろ」
ハンカチをやるとは言ってないんだが、まあいいか。こんなので喜んでくれるなら経済的だし。
「それで、手紙はどうした?」
「はい。こちらに」
懐からリーヴァが手紙を取り出す。さっきまで裸だったのにどこに隠してんだ……? あれか、裏か……その、乳房の……?
「キリアン様。どうぞ」
すぐにリーヴァが短剣と一緒に手紙を手渡してくるので封を破る。こういうところはメイドと気が効くのがまた質が悪いというか、有能というか……、
ちなみに手紙は生暖かった。人肌の温かさなのはそういうことだろう。
「……ふむ。『拝啓、いつもお忙しい兄上様へ』『便りの一つもないということはお元気にしておられると推察いたしますが、兄上様も同様にユリアは平穏無事だと根拠なく思い込んでおられるのだと思います。おかげさまで、ユリアは元気です』」
手紙の前半部はいつもどおり領地に全然帰らないオレへの賞賛風の嫌味だ。我がことながら申し訳なくなると同時に、妹の相手の心にダメージを与える才能に感心する。外交文書に関してはオレよりすでに上だな……!
そこからは領内の近況についての簡潔かつ明瞭な報告が並んでおり内政手腕の成長をうかがわせる。
しかし、これだけならわざわざリーヴァに託さなくてもよさそうなものだが……、
「――は?」
問題があったのは、手紙の末尾にある追伸部分。
『追伸。領内に魔石窟を発見しました。すでに人をやり入り口は確保しております』
……マジで?
…………マジで?
衝撃に思考が一瞬停止する。これは自分が『帝国物語』の世界に転生したと気付いた時に匹敵する驚きだ。
なにせ、魔石窟だ。魔石窟があるということは魔石鉱脈がある可能性が高い。
簡単に言えば、家の庭から石油があふれ出したようなもの。一夜にして大金持ちだ。




