第18話 メイド、襲来
騎士団員募集とフレインとの食事から一週間はなにごともなく日々が過ぎていった。
ああいや、なにごともなくと言っても忙しくはしていた。
ジークリンデの従者として、赫奕騎士団の副団長として仕事は山積みだ。特に直属の戦力である赫奕騎士団の立て直しに関しては課題が多かった。
だが、富士山のようにそびえていた課題もどうにか近所の裏山くらいには削れてきている。
これも新しく雇い入れた『過労王子』ことメロヴィくんのおかげだ。彼はわずか二日で騎士団員としての仕事を覚えて赫奕騎士団の組織改革にも取り組んでくれた。やっぱり大当たりも大当たり、オレはどうやら人材には恵まれているらしい。
具体的に行ったのはたまった請求書の清算とそこに生じている数多の無駄の洗い出しだ。
というか、貴族が経営する騎士団は基本的にどんぶり勘定で経費を垂れ流している。ある意味ではため込んだ財を浪費することで経済を回しているのだが、経営している側としてはそうマクロなことばかり言っていられない。
そういうわけで赫奕騎士団の武具、防具、兵站の調達ルートを最適化することにした。
これまでの付き合いや相手の面子もあるから即座にとはいかないが、それでもこれから半年間で経費の30パーセントほどをカットできると言う試算が出た。
コストカットとしては十分すぎる成果だろう。我が事ながら自分を褒めたたえたいが、ここはやはり過労王子がなぜ過労になるかをこの眼で確認できたことを喜びたい。
また、元帝国図書館司書のローレルも能力を証明してくれている。
なにせ、適当に積み上げられていた領収書の束をわずか半日で品目ごとに分類しなおし、日付順に並べたのは彼女だ。おかげで他の作業の効率も格段に上がった。
こっちとしては能力を確かめる思惑もあって多少無理な頼みをしたつもりだったのだが、作業量から言っても三日はかかるものを半日でやられてはぐうの音も出ない。あまりの仕事ぶりに職務時間中に分厚い古文書を読み込み始めても文句を言うものは一人もいなかった。
このように新しく雇い入れた2人の貢献もあって赫奕剣騎士団の改革は順調に進んでいる。
戦力面での拡充についてもトモエの活躍で期待以上の成果が上がっており、この調子なら年明けごろにはそれなりの戦闘集団として立て直せるだろう。
ジークリンデの機嫌もいい。
もともとジークリンデ自身も騎士団の現状を憂いてはいたが、なかなか踏み切れずにいたのでオレが積極的に動いていることを喜ばしく思ってくれているのだ。
ジークリンデが喜んでくれているのが、オレとしては最高の報酬だ。改革のためとはいえ従者兼副団長でしかないオレに権限が集中しすぎているのは問題だとは思うが、ジークリンデの『苦労を掛けます』の一言だけで気苦労など吹き飛んでしまった。
……今のところすべて順調に進んでいる。
だからこそ、油断できない。好事魔多しの格言の通り、こういう時こそ気を引き締めていくべきだ。
「こ、これでも通じないか! さすがは義兄上!」
そんなことを考えながら大盾で第二皇子バルドの攻撃を受け止める。
相変わらず子猫の猫パンチの如き一撃。無駄に助走をつけているが、身体の連動が甘いせいで切っ先に力が乗っていないのだ。
……基礎訓練不足だな。素振りでもさせるか。
10日に一度やっている第二皇子バルドへの武術指南の最中だ。いちいち個別指導するのも面倒なので組み手による実践訓練を行っている。
場所は昼過ぎの赫奕剣騎士団の営庭。最初は人目につかないようにジークリンデの離宮の中庭でやろうと思っていたのだが、せっかく手入れをされている庭を荒らすのも申し訳ないので結局この営庭でやることになった。
……おかげで見物人が多い。今日は休みのはずなんだが、ジークリンデとトモエはともかくとして、メロヴィくんやほかの騎士団員までいるのはどういうことだ……?
…………まあいい。このバルドへの訓練は政治的な意味合いもある。第一皇統派と第二皇統派の関係性の深さをアピールするには見物客は多い方がいい。
「うおおおおおおおおっ!」
再び大上段の一撃。うーん、弱い。これではオレどころか一般の兵士でもせいぜい怯むくらいだ。
バルドの武勇の初期値は確か37程度。あれから一応鍛錬はしているようなので、少しは強くなっているはずなんだが……、
「よっと」
「ぐぇっ!?」
頃合いを見てカウンターを叩き込む。
相も変わらずタイミングを読みやすい。いちいち大げさに踏み込むからだ。もっとフェイントを入れたり、別の角度から攻撃したり、武器以外にも環境を活用したりしろよ。
「そこまで――!」
バルドがふっとんだところで審判役の騎士が裁定を下す。
軽いシールドバッシュだが威力が出すぎたな。
……最近うすうす思ってたんだが、オレの武勇値想定したよりもかなり上がっていないか……?
65、いや、70くらいはあるか……?
……調子に乗りすぎか? たまたまバルドとオレの相性がよすぎるだけで、実数値はやはり60前半くらい? ああ、でも、オレはあのトモエの一撃を受け止められたわけだし……、
「お、おお……?」
見物人たちは歓声を上げたものか、それとも、目を逸らしたものか決めあぐねているようでみな微妙な反応だ。
まあ、本人の望みとはいえぶっ飛ばされてるのは仮にも皇族だ。勝者を讃えるのは帝国の文化とはいえ、不敬にはならないかと逡巡するのは当然だ。
オレとしてはどうでもいい。この程度で褒められても仕方ないしな。
だが、トモエのようにすっかり興味を失われるのもそれそれはそれでなんか嫌だ。オレの伴侶を自称しているんだからこれくらい代わってくれないか……?
いや、無理か。バルドが一撃で壁にめり込んで終わりだ。
「さ、さすがは義兄上……! 僕の新技がまるで通じないなんて……!」
一方、バルドは倒れたままそんなことを言っている。口惜しさもあるが、それ以上にオレを素直に賞賛している。
こういう素直さというか、めげなさというかは見習うべきかもしれない。それにあれだ、立ち直りの速さもなかなかのものだ。
まあ、だからなんだといえばそれまでの話だが、それでも立ち上がらないよりはマシだ。
…………原作では第二皇子にこんな長所があるとは描写されていなかったな。
意外な発見、いや、この世界がオレの知る『帝国物語』そのものではない以上、それが当たり前か。
「義兄上……? どうされました? も、もしや、僕の一撃が実は届いていたとか……!?」
「いえ、何が新技だったのかと考えてました。無駄に大ぶりするのを技とは呼びませんので。それより、その呼び方はやめてください。無駄な誤解を招きます」
目を輝かせているバルドにそう返して、大盾を降ろす。
つい、考え込んでしまった。普段はこういう姿を人に、特にジークリンデには見せないように気を付けていたんだが、今回ばかりはついついやってしまった。
「――むぅ」
そのせいでジークリンデに心配をかけてしまった。
あの哀しそうな、こちらを慮る黄金の瞳。心の内が手に取るようにわかる。間違いなく『ああ、シグヴァルト卿。わたしのせいで疲れているのね……』と思っている。
完全なる勘違いだ。オレが疲れているのはオレのせいだ。
オレの献身はすべてジークリンデのためだが、彼女のためになりたいのはあくまでオレの忠誠ゆえのこと。であれば、気苦労も疲労もオレが望んで背負っているもの。それでオレが死んだとしてもジークリンデにはなんの責もない。
……という具合に説明したとしてもジークリンデは納得してくれない。そういう人だ。どうにも優しすぎるというか、相手のことを慮りすぎる。それこそ、自分のことはおざなりだ。
臣下としてはお諫めせねばなるまい。ジークリンデはもっと自由に、自分の欲を出してもいい。例えば、弟の奇行を諫めるとかで。
「……シグヴァルト卿」
そうして訓練を終えて第二皇子を追い返してからジークリンデのもとに戻ると、案の定、彼女は心底心配そうにオレの顔を見つめてくる。
すごい罪悪感。居ても立っても居られないが、オレの従者としての未熟さに由来するものだからだれも責められない。
「………………情勢は落ち着いています」
つまり、これは「しばらくは状況も変わらないでしょうし、休みをとっても構いません。いえ、とりなさい」という意味だ。
相変わらず言葉が足りないどこではない口下手っぷりだが、オレはそういうところもジークリンデの誠実さの表れだと思っている。
ようは、自分の言葉の重さをよくよく理解しているのだ。
皇族である以上は発する言葉一つ一つが誰かの命を奪うことも、また国を動かすこともある。そのことを重々承知しているジークリンデは決して軽々には口を開かない。それゆえ、言葉足らずにもなる。
「ジークリンデさま。お心遣い、このキリアン痛み入ります。ですが、まだまだ我ら第一皇統派は発展途上。休んでいる暇はありません。それに疲れてなどいません。元気いっぱいです」
「……そうは見えませんが」
こちらを探るジークリンデ。美しい流線型の眉の根元がかすかに動く。その裏ではオレへの心配と罪悪感がないまぜになっていた。
……申し訳なさで胃がひっくり返りそうだ。オレが武士なら即座に腹を切っている。介錯は不要だ、一時間たっぷり苦しむに値する。
けれど、まだオレの仕事は残っている。ここで死ぬわけにもいかないし、当然、休むのもまだ先の話だ。
それに休みが必要なのは、オレじゃなくてジークリンデだ。
そうだ、今週末は彼女が休めるようにスケジュールを組もう。ひさしぶりにジークリンデも妹に会いたいだろうしな。
「――まじ?」
しかし、中庭の人ごみの中に、オレはありえないものを見た。
メイドだ。
いや、メイドと言うだけならばこの兵舎にもいるが、スラリとした立ち姿は見るものが見れば彼女が何ものであるかを理解するだろう。
銀色の髪に、褐色の肌。布面積の広いロングスカートのメイド服を着ていてもグラマラスさを何一つ隠せていない、この色気ムンムンの美人メイドをオレは知っている。
名前を『リーヴァ』。我がシグヴァルト家に仕えるメイドにして、諜報員だ。
「あ、キリアン様。そこにいらっしゃいましたか……!」
そんなリーヴァがオレを見つけて満面の笑みを浮かべた。
リーヴァは使用人内で最もオレへの愛と忠誠心の重い女、そんな彼女が帝都にいた。
……凄く、嫌な予感がする。




