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悪役貴族に転生した戦略ゲーオタクは推しのヤンデレ悪役令嬢を支えるようです  作者: ビッグベアー
第一章 悪役令嬢が(ヤン)デレるまで

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第17話 時には笑える時もある

 オレが今夜の夕食会場に選んだのはジークリンデの住むミズガド離宮の近くにある『片目の鴉亭』という酒場だった。


 立地こそ離宮近傍という高級志向だが、傭兵や平民を相手にする大衆酒場として繁盛している場所でもある。

 貴族相手の店のような偉ぶった感じのない木造建築で美味い飯と安い酒、そして下品な客が売りだった。


 そこら辺を気に入ってオレはこの店を日ごろから贔屓にしている。食事が美味なうえ、こういう酒場には離宮や城に籠っているだけでは手に入れようのない情報が集まってくるから一挙両得だ。

 まあ、その情報も九割は使い道のないガセネタやゴシップなのだが、一割でも価値のある情報が混じっているなら通うだけの価値はある。


 もっとも、今日は美味い飯目当ての来店だ。店主自慢のビーフシチューパイにありつけるとありがたい。


「……あんたか。女連れとは珍しいな」


 無数のランプに照らされた店に入ると、すぐに店主がオレに気付く。一応マントとフードで身分を隠しているのに一瞬で見破る辺りはさすがだ。


 店名の『片目の鴉』のように店主は隻眼で顎ひげを蓄えた屈強な中年男性だ。なんでも元は傭兵として外征軍にも従軍してたらしい。引退して久しい今でも武力80は固いとオレは見ている。


「ああ。上の席は空いているか?」


「おう。注文はいつものでいいのか?」


 オレは頷いてから、まだ戸惑っているフレインを連れて二階席へと上がる。

 フレインにもフードを被せているがオレと同様身なりがいいので一階席だと悪目立ちしてしまう。


 それに対して二階席は常連客専用の席で、客層も一階よりは多少はマシだ。一応プライバシーも保護されているから、会話内容が漏れる心配もしなくていい。


「こちらへ」


 フレインを案内したのは窓際の席。オレに促されるまま彼女は席に着いた。


 そこまで来たところではたと気付いた。

 くすんだ窓から差し込む月明かり。室内のろうそくのほのかな明るさ。二つのコントラストがロマンチックな雰囲気を醸し出していた。


 ……ほかの席にすりゃよかった。近くに誰も座っていないからここにしたんだが、これじゃフレインを口説いているみたいだ。

 さりとて、今さら席を変えるのも変だ。仕方ない、オレがそういう勘違いされかねない態度を取らなきゃ済む話だ。


「す、素敵な雰囲気のお店ですね。で、でも、意外です、貴族の方がこんな場所に通われてるなんて……」


「貴族と言ってもいろいろですよ。オレの場合は辺境出身ですし、なにより、大した身分でもありませんから」


 このように謙遜はしたが、シグヴァルト家のは『伯爵』。上から三番目ではあるし、帝国黎明期からの直臣ではあるので歴史と伝統だけはある。

 それこそ、原作の『キリアン・シグヴァルト』であればこういう酒場に顔を出すことはまずありえないだろう。


「あと、先ほどのように砕けていただいて構いませんよ。食事時に肩ひじ張っていては味もわからないでしょう?」


「え、うん、そうだね、その、シグヴァルトさんがいいって言ってくれるなら……」


 シグヴァルトさん、ね。普通はファーストネームで呼ぶか、卿を付けるんだが、そこら辺はわざわざ指摘するのも無粋だな。


「でも、だったら、シグヴァルトさんも普通に話してほしい、かな。アタシだけだとなんだか、遠慮しちゃうし」


 こっちの考えを知ってか知らずか、フレインはそんなことを控えめに要望してくる。

 くらっとくるような上目遣い。やはり、魔性のものか。


「……わかった。では、そのように」


 あまり主義ではないが今回は合わせる。

 そも貴族社会において対等な友人なんてものは存在しえない。よくて互いの命を懸けた腹の探り合い、悪くて醜いマウントの取り合いだ。そういう社会の外側にいたフレインが瞬く間に消耗するのも頷ける。


「それで、連日の公務はどうなんだ? 疲れるだろう?」


「う、うん、すごい疲れる……あと、肩がこる。聖句は全然覚えられないし、間違えるとにらまれるし……全然楽しくない……」


 ジャブのつもりだったんだが、堰を切ったように不満を漏らしはじめる。

 それこそ政治的には全く褒められたことではないんだが、わずか一週間程度でためこんだものだ。


 原作でもそうだがフレインという女性は元来活動的な性格と趣向をしている。そうでもなければ聖女としての重圧に追い詰められた時に、『やりたいようにやる。邪魔する奴はぶっ飛ばす』なんて開き直ることはできないだろう。


 そんな彼女が形式と儀礼だけが役目の聖女に選ばれたというのはやはり原作者の意図以上の運命めいたものを感じる。完全に対極にあるからこそ化学反応が起きて台風の目となるのというのは、まさしく主人公のあり方だ。


 ……正直なところ、そんな主人公としてのフレインに憧れがないと言えばウソになる。

 オレの忠誠はあくまでジークリンデにありそれが揺らぐことは絶対にありえないが、こうしてフレインと話ができていることにはかなり感慨があった。


「だいたい、帝都の人ってみんな変だよ……! 褒めてるかと思ったらけなしてくるし、けなしてるかと思ったら別に悪意はないし……! それに、なんであんなに気軽に口説いてくるの!? 聖女様って神聖なものなんじゃないの!?」


 もっともな言い分である。特に最後の下りに関しては下手人に大いに心当たりがあるので、ぐうの音も出ない。どこの第二皇子殿下だろうなぁ……、


 それにしてもなかなかのヒートアップっぷりだ。素面しらふでここまで盛り上がれるやつはそうはいない。よほど帝都での日々はストレスフルらしい。


帝都ここで本音と建て前を一致させるのは水中で深呼吸したいと思うようなものだよ」


「絶対に無理ってこと……? でも、そんな風に生きてて楽しいの……?」


 これまた突き刺すような一言。この一言だけで宮廷貴族の大半は苦虫を噛み潰したような顔をするだろうな。

 オレ個人としてはフレインの物言いは好きだ。彼女と同じような物言いをする辺境の貴族は武人肌で野蛮だと蔑まれるが、陰湿な都すずめどもよりは億倍もマシだ。特にジークリンデの影口を叩くようなやつらは全員まとめて吊るし首にすべきだ。


「楽しいとか楽しくないとか、そんなことを考えるような余裕はないんだよ。みんな生き残るのに必死でね。でもまあ、一部そういうのが好きなもの好きもいるけど」

 

「……あんまりわかんない」


 それでいいと内心頷いていると料理が運ばれてくる。

 二人分のビーフシチューパイ。ふっくらとしたパイ生地と漂う湯気が食欲を誘った。


 ……あとは上等な蜂蜜酒ミードの瓶。頼んだ覚えはないぞ、と店主の顔を見ると意味ありげに親指を立ててくる。どうやらこれは店の奢りということらしい。

 …………え、オレ、女を口説いてると思われてる?

 

「…………ともかく食べてくれ。今日はオレの奢りだ」


「う、うん! おいしそう……」


 よだれを垂らしそうな勢いでパイに釘付けなフレイン。お預けするのもかわいそうなのでオレが率先スプーンでパイ生地の天井を破る。すると、ビーフシチューの濃厚な香りが鼻をついて意識が飛びかけた。


 まずは一口。やはり美味だ。特に草原イモはホクホク具合と味のシミ具合のバランスが完璧だ。

 ちなみに、草原イモというのは、まあジャガイモだ。食感や味、用途もジャガイモそのものなのだが、一応この世界のオリジナルの植物でもある。


「おいしい! おイモ!」


 同じ感想だったのか、目の前の少女も語彙を失っている。

 サプライズが成功した気分だ。戦や陰謀で相手の不意を突くのも好きだが、こういうのも悪くない。


 そのあとは本当にうまいものを食っているとき特有の無言が続いた。腹も減っていたしな、まさしく黙々とというやつだ。


 気になるのはそれと同じくらいの速度で蜂蜜酒の方もがぶ飲みしていることだ。

 いくらアルコール度数は低いとはいえこのペースで飲むのは、やばくないか? 原作ではフレインの酒の強さについて言及されていなかったと思うが……、


「おかわり!」


「お、おう」


 空のグラスを突き出されて本能的に酒を注いでしまう。従者の悲しきサガだ。

 そんなオレの失態もあって、フレインの顔に段々と赤みが刺してくる。酔ってるな、これは……、


「ありがとうございまふ……シグヴァルトさんは優しいんですね……ところで、ここ暑くないです?」


 実際、もうだいぶふにゃふにゃになっている。

 って、おもむろにドレスの胸元を開けるんじゃない! 谷間が見えるぞ、レディがはしたない! やっぱり原作よりでかいし、何だこの原作改変!


「聖女殿、流石に目に毒だ。しまってくれ」


 フレインの性格上あとで照れ隠しでぶん殴られかねないのでそう注意する。

 だが、相手は酔っ払い。オレの忠告なんて右から左だ。フレインはムフーっと息を吐くと、オレの顔を見据えてこう続けた。


「フレインって呼んでくらさい。ふーれいーん」


「そこまで気やすくはできないよ」


「むぅー、だめ。せっかく帝都でできた最初の友達なんらから、名前で呼んでほしい」


 友達……? オレが、主人公フレインの……?


 正直なところ、嬉しいのか、困惑しているのか自分でもわからない。

 光栄ではある。聖女フレインは尊敬できる好人物。彼女が原作で成すこと、これからこの世界で成すであろうこと、その全てが未来に資することだ。


 でも、自分の行いが棘となって心に刺さる。後悔もないし、ジークリンデのためなら何度でも同じことをするが、こうも素直に慕われると罪悪感を覚えずにはいられなかった。


「では、フレイン殿と。これ以上は勘弁してくれ」


「……むぅー。でも、これで友達だね。やった」


 小さくガッツポーズをするフレイン。オレの何が彼女の琴線に触れたのか全くわからない。

 どうせ攻略するなら原作のイケメン軍団の誰かにしとけ、そう思いつつも嬉しくないといえば嘘になる。


「だって、帝都に来てからみーんな、あたしを利用しようとするんだよ!? ひどくない!?」


「……まあ、そうだね。聖女はそういうものだし」


「聖女ってもっとこう、神聖で、ふわっとしてて、優しいものだと思ってたのに!」


 言いたいことはわからなくもない。

 聖女は本来、宗教的な象徴だ。それを政治的に利用しようとするのは貴族の都合でしかない。


 もっとも、政治と宗教を完全に切り離すのはカレーライスをカレーとライスに分けて食べようとするようなもんだ。同じ皿に乗っている以上、どれだけ努力しても混ざり合うのは避けられない。


「アタシだってチヤホヤされるだけで済むなんて思ってなかっよ!? でも、どうしてみんなあんなに中途半端なの!? 下心を隠すなら隠す、丸出しなら丸出しではっきりしてほしい!」


「……そういうものか」


 なるほど。優れた直感を持つフレインの視点からは帝都の貴族はそんな風に見えているのか。

 彼らとて馬鹿じゃない。聖女に取り入る以上はある程度の体裁は整えただろう。


 だが、フレインにして見ればその体裁こそが気持ち悪いのだろう。

 気持ちはわからなくもない。身分の高いものほど言質を取られないような言い回しを好むが、そんな保身をするくらいならジークリンデを見習うべきだ。彼女は自分の言葉の重さを知るが故に半端なことはしない。


「その点、まだ第二皇子殿下ははっきりしてました。まあ、いきなり求婚なんて意味わかんないし、ああいう軽い人は好きじゃないけど」


 そんなことを言いながらフレインはほろほろになった肉片の最後の一つを幸せそうにほおばる。


 ……まあ、第二皇子のことはおいておくとして、こんな愛されているハムスターみたいな顔ができるんなら大丈夫か。原作でも健啖家けんたんかだったしな、この子。 


 ……さて、そろそろこっちも言うべきことを言わないとな。


「その第二皇子殿下だが、もう君に付き纏うことはないだろう」


「え? そうなの? 確かにしばらく会ってませんけど……」


「オレのせいだ。第二皇子殿下はうちの派閥の令嬢の婚約者でね。君の追っかけをされてそれを放り出されるわけにはいかなかった。だから、強引な手で引き離させてもらった」


「……そうだったんですか」


 冷や水を浴びせられたようにフレインの酔いが急速に冷めていく。

 それもそうだ。友人だと思っていた人物が突然自分にとって不利益なことをやったと告白してきたのだから、戸惑い、怒って当然だ。


「君が後ろ盾を無くしたのはオレのせいだ。恨んでくれていい」


 はっきりとそう告げる。嘘やごまかしは一切なし。半ば衝動的にそうした。


 頭の中では打算的な己が「そんなことをしてもなんの利益もない」と喚いている。実際、フレインの直感は嘘を暴くが、それが適用されるのは口出した言葉や行動に対してのみ。オレが黙っていればそれでやり過ごせるし、好感度を稼いでいれば原作主人公を味方に引き込める。それこそジークリンデのためにはそうするべきだった。


 だが、それよりも大きく響く声がある。


 ジークリンデの声だ。「誰が私に背くとも、私は私に背かない」、そう言っている。

 原作のあるルートにおいて彼女が口にした言葉だ。その場面でのジークリンデは味方の裏切りによって敵方に捕らえられ、帝位継承権を捨てるという宣言に署名を強要された。


 そんな状況で彼女は信念を貫き、署名を拒んだ。そうすれば処刑されてしまうと知りながら、自分自身の夢と信念に誠実であることを選んだのだ。


 オレは、ジークリンデのようにはなれない。必要とあれば、ジークリンデのためなら、誠実さも名誉も投げ捨てる。その覚悟がある。


 でも、ジークリンデであればきっとフレインに真実を告げただろう。己の信念と相手に対して誠実であるために。

 であればオレもそうしたい。今は戦の最中でもない。であれば、このくらいの贅沢は許されてもいいはすだ。


「……わかりました」


 フレインはそれっきり何も言わなかった。彼女の顔に浮かぶのは戸惑いばかりだ。

 当然の反応だな。さっきまで嘘だったような雰囲気の悪さだが、悔いはない。


 そのまま淡々と時間が流れて、食事が終わる。

 しらけさせたのはオレだ。責任をもってフレインを彼女の住居がある区画まで送り届けた。


 ……これで原作主人公との縁故は切れる。失態ではあるが、もとから計画外のこと。その分、オレが粉骨砕身、ジークリンデを支えればいいだけの話だ。


「――シグヴァルトさん」


 しかし、別れ際、フレインに呼び止められる。

 彼女のことだ。こっちの内心など見抜いているだろう。なにを言われるやらそう思いながら振り返った。


「その、なにか困ったら、シグヴァルトさんに会いに行ってもいいですか……?」


「……話、聞いてたよな?」


 困惑したオレの確認に、「ちゃんと聞いてます」とフレイン。

 であれば余計にわからない。もしかしてぶん殴ってやるから覚悟しとけとかそういう意味か?


「正直、第二皇子殿下がアタシの後ろ盾になる予定だったとか、それをシグヴァルトさんが止めたとかはよく分かってません。実感もないです」


「あー、君が困ってるのはオレのせいってことだ」


「それはわかってます。でも、たぶん、第二皇子殿下がどうしてくれてもそれはそれで困ってたんじゃないかと思います」


 ……まあ、うん、それはそうだな。

 原作でも第二皇子ルートに関してはイケメンが聖女を助けるって言うよりも第二皇子バルドというダメンズをフレインがどうにか育成するってストーリーだったし。


 でも、それとこれは別の話だ。


「一つわかってるのは、シグヴァルトさんが悪いと思ってて、それを正直に言ってくれたってことです」


「う、うむ」


「アタシ、正直な人は好きです。特に帝都にはそんな人いないですし。でも、いちいち負い目を感じられてたら、友達にはなれません」


 これまた道理だ。

 友人とは対等なもの。どちらかがどちらかに、あるいは互いに相手に遠慮していては友人として健全とは言い難い。


 ……なんとなく前世での友人たちを思い出す。遠慮のなさという意味では彼らは素晴らしい友人だった。


「なので、お詫び代わりに困ってたら助けてください。それで、貸し借りなしで友達です」


「……なるほど」


 ようやくフレインが言わんとすることに得心がいく。

 そうか、お詫びか。悪いと思ってるなら言葉だけでなく行動で示せとそういうわけか。


 これは、フレインに助けられたな。貸ひとつどころか、貸二つ。騎士としては借りは必ず返さなきゃいけないが、やることがわかりやすくて心もスッキリだ。


「承知した。オレの名誉に誓って君が困った時は手を貸そう」


「はい。よろしくです、シグヴァルトさん」


 オレが頷くと、フレインが満面の笑みを浮かべる。

 可憐な、花の咲くような笑顔。ジークリンデとも、トモエとも違うその魅力に、一瞬、自分が何者であるかを忘れて見入ってしまった。


 ……本当、原作通りの魔性の女っぷりだ。

 ジークリンデへの忠誠心に溢れるオレじゃなければ落ちていた……! まあ、オレには忠誠心があるから平気だ。全然動揺などない、本当に……!


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