私の先輩
文化祭の影響からか校内では、喧騒が絶え間なく続いていた。
彼ら、彼女らの熱が支配する中。
私は部室にた、その喧騒に他人行儀に耳を傾ける。目の前の先輩は、何時ものように、パソコンに夢中で、手持ち草の私はカメラを向ける事しか野暮用が無い。
私は、自身のスマホを向け、先輩の仕事の様子を撮影した。
フラッシュの設定を切り忘れたようで、一瞬の光に渋顔を見せた先輩は不機嫌そうに言う。
「……後輩君、肖像権の侵害だぜ?昔なら打ち首だ」
先輩の表情に活があるのかは知らないが、そう言うと治先輩は仕事の続きを始めた。
どうやら私は犯罪者らしい。
母の探偵事務所で眠っていた数十年前の書籍に目を通しながら、私は私の罪について少し考えてみた。肖像権の侵害というのは、多分、生涯において私が犯し続ける罪の名前だろう。
人の了承を得たとして、その人間を写し、その人間を表現する。
人がどのような人間であれ、私の作り出した虚像はその人間ではない。
限りなく似た、限りない誰かに過ぎない。
「いえ、天城先輩からの要望なんです。先輩がサボらないように監視と報告をしろと。なのでこうして先輩が真面目に一生懸命である証明をしようと頑張りました」
茜色の栞を振りながら答える。
天城先輩はあの後。私の友人である漣の代わりにキャストを務める事となった。何もかもをそつなくこなす事が出来る彼女は、演劇の才能においてもその能力を生かし切り、その舞台は多くの生徒が待ち望む結果となると目の前の先輩も息巻いている。
そして彼は、完成が近い劇場のパンフレットづくりに奔走しているようだ。
「褒めてください、先輩」
「ハイハイ。__それが、君の機嫌がいい理由かな?」
私は、終ぞ日陰から出る事が叶わなかった小説に栞を挟む。
埃の匂いがかすかに香り、目の前の先輩の目を見る。
「機嫌がいい?」
「悪いのか?」
「__そうですね。いいと言えばいいのでしょう」
頬を付いて先輩を見る。
「何かあったのか?ここ最近」
「強いて上げるとしたら、友達が出来ました」
友達という言葉に大仰な態度を示した先輩に、私は苦笑いで答えた。
得たものだけであればいいが、失った誰かもいる。そんな反応に応えられるほど私の心臓は大きくない。小さく、波打つ心臓は相応の大きさなのだ。
「先輩。少し付き合ってくれませんか?」
私は、笑いながら答える。
私は、煙草の匂いが好きだ。
煙草を吹かす事はしないが、煙草の匂いを沁みつけることを日課としている。
その趣味は、偉大なる父君から受け継いだ嗜好だった。カメラと共に受け継いだ私の趣味嗜好は、父君の嗜好品から借り入れる形で満喫する。
ばれないように、一本ずつ借り入れながら私は煙を嗜む。
古くは祖父の代から受け継いでいる習慣だった。祖父は写真の後に煙草を吸う。紫色の煙が空に昇る姿に、自分の魂が雲になっていく様を見ているようだと彼は語っていた。
「いろいろあった__か」
地平線彼方まで染める蒼が、流れていくように続いた。
海辺の町へと続く電車が、目的地へと扉を開けた。
「__いろいろね」
「__そうですね」
ため息交じりの、息を吐く。
「いろいろありました。本当に」
こじんまりとした駅を出て、私達は目的地へと脚を進めた。
ワイシャツ姿の先輩は、遠目に見える目的地に対して苦言を呈しながらもその距離を縮める努力を怠らない。二度目の私にとっては苦を知る程度で、日差しが少ない今頃であれば苦にならない。沈む太陽を背に、私は伝汗を払う。
「先輩は、友達作りに苦労をしたことはありますか?」
「__どうかな。知人はいるけど。友人かどうかはあやしい」
父君の匂いがこびりついている。
そんな言い訳も、古く錆びていく。
「私もです。だから、友人と呼ぶには__。今まで、少し。__抵抗がありました」
目的地の館は、先日訪れたように整えられた庭先であった。
規制線の一切も見られずに、
「__煙草は体に悪いぞ?」
「先輩、そんなのを機にする人じゃないでしょ?」
「受動喫煙って知っているか?」
「僕は、受動的な呼吸はしませんよ」
呼吸はすべて私の意思に基づいている。
私が生きる理由も、後悔も、懺悔も。その上で成り立っているこの心臓も。すべて私の意思による構成物だ。私は、私の意思で成り立つ。
この場所に来た理由も、それだった。
其処は古くから図書館として使用され、今では廃墟として使われなくなった建物。漣という小さな町にある築五十年を超える趣ある建物。
ここで私は友人を失い、私は、その理由を探した。
この場所に先輩を呼んだのは、とある質問をするためだった。
先輩は、この場所が何処であるのかを理解もしていないだろう。
この場所に意味がある事なども知らない筈だ。
その意味は、私だけが持ち合わせている。
何せ先輩は、井の中が好きな蛙なのだから。
「ねえ、先輩。とある作者は、紫立ちたる雲と表現される様に、煙も紫煙と表記されますよね」
「それは春の景色の事で、夏の意味では」
「夏も春も雲は変わりませんよ」
煙草の煙は、魂を吐き出しているのだとしたら?
煙が含まれたあの空は、人の魂で満ちている筈だ。
晴れ渡る晴天に死者は居ないが、あの入道雲には死体で埋め尽くされている。
「先輩。煙草は体に悪いと言います。体を侵し、貪ります。だから悪い。煙草は寿命を縮める。昔は煙草を有した治療もあったようですが。大抵の場合、タバコは命を削ります」
「__そうだな」
「なら」
私は彼女の自殺を思い出す。
溢れ出た血しぶきと、苦悶の表情と。
その上で彼女は答えた。
__本当に、そうか?
「私の之も、彼女の其れも。自殺に変わりない筈だ」
あの時彼女は何処にはを突き立てた?
腹を切ったのだろうか?いや違う、彼女は灰の隙間を狙うように突き刺していた。人は簡単には死なない。然し彼女は数分の後に息絶えた筈だ。
呼吸器を傷つけられた彼女が、最後の際で言葉を話せるのか?
ならば、私の記憶にあるあの言葉は?
何が、どうして?
私は彼女の遺言を知った?
私は、彼女を理解していたのではないか?
「私はね、先輩。先輩の前で自殺をしているんです。それがゆっくりとした物なのか、瞬間的なモノなのか。変わるとしたらそれだけだ」
彼女の自殺の原因は知らない。
だが、彼女は私に傷を付けたかった。
それは断罪などではなく、警告なのでは?
彼女は、私の自殺を知っていたのではないか_?
私の自殺を止めたかったのではないだろうか?
彼女は、他人の自分への殺意を理解していたのではないか?
「__だから、彼女は死んだんだ。私が、死にたい事を分かっていたから」
廃墟ガールズは、廃墟を彷徨う亡霊ではなく。
廃墟ガールズは、自殺志願者の集まりだった。
自殺を止める為の場所であった。
彼女は、私の自殺を止める為に自殺をした。
私は、少なくともそう思いたかった。
「ねえ、先輩?」
私は、私の疑問を答える。
「私は、”天城先輩”よりも死んでいますか?」
限りなく心臓は動き続け。
カメラを構え、先輩を写す私は私の生を肯定する。
それでも私は、その言葉を問いかけ。
目の前の先輩は、言葉が出ない。
冗談ですと、私が笑うまでその沈黙は続くだろう。
__私が、思うに。
私と彼女以上に、天城霧は自殺志願者である。
魂の残量が吐き出されているのなら。
私は常に、死に続けている筈だ。




