浅井の続き
切られた傷は、焼いて塞げばいい
「正確には、私の従兄妹に当たります」
そう、彼女は口にした。
彼女がどのように友人が死んだのかを詳しく知る私だが、それが目の前の少女の関係者だとは知らなかった。いや、人間関係を知らない私が知らないのは当たり前だけど。
目の前の彼女は、少し悲しそうに目を伏せる。
それは、友人を失った彼女に向けてか。
_いや。
その、焼死体となった従兄妹も含まれるだろう。
関係ない訳がなく、私は先程の発言が軽率に当たると知った。
彼女はその遺体を見たのか、見なかったのかは知らないが。その状況を知る事はあっただろう。気づかいの欠如を反省し、私は発言に謝罪を行う。
「大丈夫です。もう過ぎた事ですから。
__6年は、立ちましたから。あの子は。誰にも愛想がよくて礼儀を忘れなくて。自分に自信を持てなかったけど。
__尊敬できる人物でした」
「__もしかして。貴方と漣は、その時から演劇を?」
「ええ。私と漣。そして、あの子。先輩が所属していた演劇で、昔からお世話になっていました」
私は、一人の名称を思い出す。
演劇部の中で著名であり、激情の名称で親しまれている知り合いを。
それは、目の前の彼女と同じ知り合いだ。
「森治先輩ですか?__確か」
「”アクアリウム”という劇団です」
アクアリウムは、3年前に解散された劇団だ。
近辺の住民たちから構成されたその劇団は、民間の趣味の範囲とは言いながらも有名どころの俳優を週数ながら生み出している。森先輩は、その頃から頭角を見せた。
そして、その後。我が校の演劇部を取り仕切り、名を上げた事でも知られる事となる。
「__そういえば、文化祭で新しく演劇を始めると聞いています。__それは漣の参加すると聞き及んでいました。」
「ええ。治先輩の友人の方が脚本をしてくださるみたいでした」
「それに、漣も参加をすると」
あの時、彼女は笑っていた。
それが偽物であるとは到底思えない。感情を隠したり偽ったりすることが苦手な少女が、私を気遣い表情を変えるとは思えない。
「__」
何かを、含んだような表情だ。
「実は、__彼女は練習中にキャストを棄権したんです」
その言葉は、私の眉を動かすには十分すぎる話だった。
演劇部の中で、彼女はキャストとして採用され活動を行っていると聞いている。我が校の演劇部はそれなりの規模を誇り、文化部の中でも頭角を現している部活だ。全部員20名以上を誇り、その中でもキャストはそれなりの実力者が務めると聞いている。
激情を中心として、彼らはアマチュア以上の存在である。
「__本番まで、あと数週間ですよね?」
「ええ。治先輩は、彼女をキャストに含めたいとおっしゃぅていて、周りの方も認めていましたが。__ですが彼女は、”実力が足りない”と言って」
「あなたの目から、彼女は実力者でしたか?」
「キャストを務められる実力は、あったと思います。__」
__彼女は、自信過剰な人間ではない。
つまり__。
「それは、周りの先輩を差し置いてもその実力があると?」
「__それは」
「彼女は、才能が無い自分自身に殺意があったのでは?」
私は、彼女の目を見る。
周りの喧騒も、どんよりとした雲も。風景全てに意識を向けず。ただ、彼女の黒い瞳を覗いた。
目の前の友人はどうなのだろうか?
演劇部の活動を注視している訳ではないが、1年生でキャストに抜擢された彼女はその実力を持っているのか?
「__貴方は、そう考えているようですね」
彼女は、正しい姿勢を維持しながら嘆息を吐いた。
「一度、彼女に羨ましいと言われたことがあります。
私は趣味の範疇を超えていない。__それに比べ、彼女は違うと思いました。彼女は、憧れの範疇を超えている様に見えました。彼女は、激情を超えたいと思っていたのです」
「__そうですか」
激情。
治先輩を超える役者を目指していた。
「__それでも、私は彼女がそんな理由で死んだとは思えない。__そんな気持ちもあります」
夢を挫折したとは、推理小説に在りそうな展開だけど。彼女の自殺理由に届くとは正直思えない。自殺を見た人間が、夢破れる程度で精神に影響があるのか?そもそも、彼女は年月を過ぎていない。この中途半端な時期で自殺を行う理由としては弱すぎる。
家庭の事情も重なった?
そんな話は聞いていない。そして、親友である彼女は、理由として一番に挙げたのはこの程度の理由だ。
__私といた理由はなぜか?
彼女は私に何を伝えたかった?
私に残そうとした物がそんなモノであるはずがない。
「そうですね。__私も、そう思います」
その程度の理由で、人は死なない。
絶望というのは、ずっと先に存在する。
__思い返す。
彼女のあの表情は、本当に絶望だったか?
彼女は手元のアイスコーヒーに口を付ける。
そして、その眼を合わせる。
「だから、今日はお願いしに来ました。何時か、貴方が彼女の意思に思い至ったら、私にも教えてほしいのです」
「__私は彼女を忘れるかもしれませんよ?」
「貴方は薄情な人間ではない。それに、その傷を忘れる事も無い」
傷。
残る程の裂傷は、火傷の跡は。塞ぐ事も出来ず存在する。
これは、お願いに過ぎない。
「__そうですね。この傷を忘れる事は無さそうです」
それが彼女が居た証となるのなら、この傷を塞ぐ必要もなさそうだ。
「__それと」
「はい?」
「私は、貴方の友達になれるでしょうか?」
少し驚いた私は、それを誤魔化すようにコーヒーを口にした。
苦みが口に含まれ、思考と感情が状況をまとめる。
その言葉の意味を含め、私は結論を付ける。
私は友達が少ないので、少しばかり悩み。
「__ぼくは既にそうだと思っていますよ?」
私は、自分の意思で答える。
代り映えの無い街の路地で、私は趣味を続けた。
新しい友人を写した写真は、被写体の造形や佇まいが良質なのも相まって、満足のいく思い出となったはずだ。私はその日彼女を知り、友人を得た。
この1枚にも意味が持てるはずだと、私は刻む。
思い出の中に有る彼女は、常にほほえみを携えている。
凄惨な記憶を塗り潰す程、その群青は胸を支配する。
茜色の私は、忘れないように思い出すのだ。
カメラは思い出を刻む道具であり、私の思い出は廃れない。
あの日の思いも、今の気持ちも。確かにあった感情を抱きながら。
__私は、今日も生きるのである。




