浅井の終焉
多くの被写体を写し、私はシャッターを押した。
その度に多くの人を知り、多くの人の”死”を知った。私が撮る人間は半数が死者であり、半数が今も生きている。
私の友人。漣もその一人だった。
私は、人を知る手段としてもカメラを利用していた。言葉を多用することに長けていない私は、それを補うように観察を得意とした。
人が美しく見える背景と同様に。その日との表情。所作。そして動機。それ等は全て、その人を形作る欠片として存在している。
その全てに意味がある。
__私は、友人の死の理由を知らない。
だが、私は彼女の傷を知っている。
__かならず自殺をしない人間ではない事を。
私の姉は探偵だった。
私はソレを受け継がず、未だに何物にも成れずにいる。
妹である私は、探すことを義務としない。
だが、しかし。この一歩を踏み入れるのに。
踏み入れない理由も、ない筈なのだから。
だから、私は。彼女の為に探偵になろうと思ったのだ。
駅前の三階建て。
小さなビルに併設された喫茶店で、待ち人を待つ。
浅井夏樹
私の友人である漣の古くからの友人であり、彼女と同じ演劇部に所属している一年生だ。
その演技力は、激情と呼ばれた治先輩が認める程の逸材だと言われている。浅井家は、漣方面で権益を伸ばし村の発展に尽力した名家の一つであり、又、この土地においても様々な融資を行っている商人の家系だ。彼女は直系。いわゆる、お嬢様。
成績優秀ながら、私のような平民に対してもその柔和な笑顔を絶やす事は無い。
「すみません、お待たせしましたか?」
時計は、約束の時間の三十分前を指している。
凛とした彼女はそう答えながら椅子の側へと立つ。
私の許可を待っているのか、名家のお嬢様の立ち振る舞い方という訳か。私は気さくな笑顔を携えて、椅子へ腰かけるように誘導した。
今の私は写真家であり、探偵である。
私の先輩に対する”迷惑”というのは、この話であった。
一日だけ、私は今探偵としてこの場所にいる。
「いえ、私もつい先ほど来たばかりです」
そう言って、私は注文を勧める。
あまり足を踏み入れたわけではないが、香り高いコーヒーの恥は癖になりそうだと、そんな世間話を踏み入れながら、私は本題を彼女に勧めた。
「では、アイスコーヒーを」
そう注文する彼女。
私は手元にあるアイスコーヒーを撫でながら、彼女の現状について深く反芻する。
浅井さんは、演劇部で活動中のクラスメイトである。
幼い頃から演劇に明け暮れていた漣を深く知る人物であり、親友であった。私以上に絆が深い関係である事に間違いはなく、彼女の常用しているバックにはおそろいのキーホルダーが下げられていたのを思い出す。
「それで、相談事の事ですが」
「はい、__漣さんもご存じかと思いますが_」
数日前、私は彼女の親友であったという浅井さんと知り合った。
友人として同じく招かれた際に、丁寧なあいさつと共に彼女の話で花を咲かせた私達は、こうして顔を合わせる機会を増やしている最中だった。
彼女は、私が探偵事務所を構えている娘である事を知ると、驚きと謙遜を交えながら降り言った話を持ち掛ける。
以前から、私と彼女が共通した趣味を持ち合わせている事は知っており、仲の良い友人というのも相まって。
彼女はその言葉を口にした。
「漣が、自殺をした理由を探してもらいたいんです」
私の友人。屋内漣の自殺理由である。
「自殺理由__ですか」
「副部長様から聞きました。最近、貴方と親しくしていると。だから、私は貴方に心当たりがあると思うのです」
「__残念ですが、僕は貴方よりも詳しいという程ではありません」
私は、その答えにたどり着いていない。
「彼女とは趣味があった友人です。廃墟ガールズなんて大層な名前で活動していた友達に過ぎません。趣味は理由にならない。そして、趣味を共有していたとして、彼女を知っている訳ではない。__ですから、僕は特別な事を聞いたことはありません」
言葉を選ぶように、私はそう繋げた。
「__そうですか」
「__僕の趣味は、写真です」
ガラス越しに広がるどんよりたくもを目の端に捉え、私は自重を含めて話を始めた。
私は彼女を深くは知らない。数年来の友人でも、親友でもない。私が思っている程、彼女は私に興味が無いのかもしれない。
「ええ、漣市でも有名です。あの、貴方が撮られた一枚の青空の写真は私も敬愛しています」
「恥ずかしい限りです。__その上で、私は人物画を特に好みます。
私は、私の親友を撮った事があります。その時、思ったんです。彼女には”傷”がある。彼女に聞いたところ、それは私と同じ傷でした」
「__それは?」
私と同じ、彼女の傷。
自然死でも病気でもなく、自分を殺した人間の成れの果て。
「貴方は、死体を見た事がありますか?」
「数年前、祖父が死んだ際ですが」
「__僕と彼女もです。然し、私達が見た死体は__。
彼女は、焼死体になった友人の死体を。僕は、姉さんの死体を見ました。
__おそらくですが、彼女が死んだ理由はそれにつながるのではないか。僕はそう考えています」
「何故?」
「静寂の死が与えるのは静寂な虚無感ですが、突然の死が与えるのは台風の目でした。拭き溢れた感情があり、それでも心はどこかに置かれている。その上で、フラッシュバックが続きます。その光景を、記憶から消す事は出来ない」
その上で、無気力な自分を思い出し。前に進もうと決めるには時間は過ぎていく。人生を無駄にした思いもあった。何故、悩みを聞いてやれなかった。自殺をする予兆があったのではないか?周りの人間は、その死の重さを理解していないのではないか?
そんな思いが積もり、自分の価値がなくなっていくように感じる。
「僕は、彼女がその死を焼きつけさせるために死んだのだと思っています。写真家である僕に、カメラのフィルムの様に。その光景を、忘れない様に……だけど。何故、そうしようと思ったのかが理解できない」
彼女が私に思い出させた光景は、正にそれだ。
「彼女が死ぬ理由があるのか、貴方は、どう思いますか?」
私は、浅井さんの表情を確かめる。
真剣な表情で聞いていた彼女は、その言葉を理解するように考え。手を額に付ける。
其処に麩の感情は見られない。不快感という感じでもない。
少しばかり思考した後、彼女は口を開いた。
「彼女が失った友人というのは、私の妹です」




