この街の話
探偵の真実は、現実を含む偽物だ
君にすべてを話そうと思う。
この街の仕組みを、私達探偵の話を。
私は、今から勝手な事を行う。これは私にとって、この街にとっての禁忌だ。私がたとえこの身を滅ぼしても、君の助けとなるのなら。
私は探偵として、君の先輩として。これを行うのに躊躇は無い。
これを見た上で、君がどうするかは分からないが。出来れば私の意思を続けてほしいと思う。
この街を、天城霧を救ってくれ。”激情の探偵”
衝動的な自殺は、決意に勝る事は無いのだから。
何時もの場所で待っている。
追記
天城霧が自殺するのは一年後だ。
私は、君の楔になりたかったよ。
喫茶店を過ぎると、そのくたびれた二階建ての建物が見える。
住宅地の中に存在するその建物は、相変わらずツタが支配していた。
懐かしい、古く寂れた階段を上がる。
扉を開けると、忙しそうに探偵は居た。
事務所の中は記憶以上に整理がなされていなかった。雑誌の束と書類の束が床にまで広がっている。応接質としての一面は保てているのだが、如何せん小汚さは拭えない。
整理整頓がままならない事を俺は知っていたはずだ。いや、知っていて期待していたのか。この一年で探偵が変っていない事に、何処か安堵を覚える。
「……ああ?_後輩君」
探偵。太宰奈々(なな)は、こちらを見る。
事務所に備えられた一対のデスクで、目にクマを貯め書類の束に頭を寝かしつけていたらしい。その横には、冷めたコーヒーがある。この間にも、仕事を続けていたのだろう。
体を起こそうとして動けそうにない探偵は、その行動を諦めて机に臥した。夏の序盤から、探偵野仕事と部活動の両立はつらいモノがあったのだろう。
「__私には、こう言った仕事は似合わないらしいな」
探偵は苦笑いを浮かべる。
「整理整頓を他人に押し付けていたからな。どうだ?優秀な助手が必要か?」
「君は、優秀過ぎて私が助手になってしまうよ」
俺は荷物をテーブルにおいて、探偵の元へと足を運んだ。
机の書類はどれも現行で進んでいる案件の様で、その多さに脱帽すると共に無理を続けている探偵の異様な細さに驚く。褐色が悪い顔は、あまり食事を摂っていないようにも見えた。
「お帰り、私の後輩。久しぶりに会えてよかった」
「アンタの後輩であるのは否めんが……。まあ、死んでなくって良かったよ。先輩」
久し振りの探偵は、その場で意識を手放した。
久し振りの職場で、俺はため息交じりに探偵を運ぶ。
彼女の腕には、数か所の切り傷があった。
冷蔵庫の中身をぶち込み、調味料の少なさをカバーする為にカレーとする。二日程なら探偵が餓死しない程度の量だ。
この先輩はあまり買い出しという物をしないので、冷蔵庫の中身も悲惨な事になっているとは思ったが、どうやらそうでもないらしい。小奇麗にタッパで分けられた冷蔵庫の中身は、第三者の介入がある事が想像に難くない。
三つほど年の離れた妹がいたと思い出し、確か料理を趣味にしていた事も思い出す。その妹は写真家の才能を受け継いでおり、我が校に向けて勉学の日々を続けているようだ。
前と同じように近所からいただいたらしいコメを研ぎ、炊飯ジャーに叩き込む。
そういった時間を過ぎると、先輩は目を覚ましたようだ。
「__私、寝てた?」
確認するかのように、小さい声音で彼女は言った。
「カレーを作る暇があるくらいにはな」
「ああ。そうか、そうだったか」
先輩は上半身を起こそうとするが、どうやらうまく動かせない様で諦めた。何処まで夢中に仕事に励んでいたのか知らないが、その損耗具合は普通ではないだろう。親御さんに連絡を取りたいところだが、機種が変った彼女のスマートフォンを弄る事も出来ず、彼女の親御さんの連絡先は分からない。彼女の母は探偵であるが、この街のあちらこちらで事件を絶賛解決中の様らしい。
「なあ、先輩」
「なあ、後輩」
言葉が被った。
極まりが悪い様に、俺は促した。何故彼女が呼び出したのか。俺には見当がついていた。然しその可能性を話すには、彼女の意思を聞いてからでも遅くはない。
「__私は、君といたい」
俺はその言葉を聞いていた。
聞いたいた上で、何も言う事が無い。
「私が探偵で、君が相変わらず身の回りの世話をして。怠惰に事件を潰していたい。__私の願いは、たったそれだけなんだ」
たったではない。
贅沢過ぎて、過剰だ。
「君は、私が嫌いか?」
「__俺は」
俺は、口を開く。
「天城霧が友人出会った事。そのために努力をして、自殺を止めたかった。…あんたの元を故意に離れたのは事実だ。__俺は、あんたを信じていなかった訳じゃない。それに、あんたの背負っている何かを理解できなきゃ、隣にはいれない」
俺は、探偵の後輩である。
しかし、探偵である気は無い。俺が望んだ事はまさしく彼女の言う通りだ。この関係を続けたかった。この関係でありたかった。昔の関係を続けたかった。
だが、知らなくていい事にはならない。
その上で、知った上で隣に居なければならない。
無知である事は罪なのだから。
「だから少し、自分の取り巻く環境とやらを調べていた。そんな期間だ」
「__只今って言葉は、やっぱり正しかったんだな」
「で?君は何処まで調べ終えたのかな?後輩君」
探偵は、天井を見上げながらそれを聞いてきた。
カレーをかき混ぜながら、俺は推論を固める。
この街の、普通とは何か。
百年前の奇病とは何か。
感情の欠損が含まれる事、それによる自殺が関係しているのは明確だ。
感染症であるならば、人々の間で広まり村を隔離するためにそのような処置をとるのがほとんどだろう。この町は主要道と都市部を繋ぐ中間地点だ。
その災害のような奇病が感染症であるのなら、広まる可能性の高い隣町が処置を行わない理由がない。当時の医療技術がどの程度であれ、感染症ならその記述が無いのはおかしい。
感染症たる記述が一切ないのはおかしい。
しかしてそのような文献は存在せず、隣町は付き合いを続けてはいるが、犠牲者はこの街に留まる。それはつまり、それは感染症の類ではない。
あくまでこの街の事象であり、この街の惨事だという事だ。
では本当に奇病なのか?
いや、病が呪いと表記されるように、この奇病も間違った解釈の上での其れであるなら?
自殺する死体。
それに関連するかのような火事。
彼らはこれを、病と表記したのではないか?
病を呪いと表記したように。
この事象を、病と表記した。
「__感情による自殺が、百年前の悲劇ではなかった。感情の欠如による依存も関係が無い。一番の問題は、それを引き金として起こる災害の方だった」
それは確かに、今も現在進行で起きている事件である。
それを止める為に、探偵が存在しているのなら?
「二年前、八月の初夏にとある一軒家数片が火の海となった。
辺り一帯を巻き込んで被害は十数人の死傷者を計上するほどになった。その同時刻、とある場所で一人の焼死体が発見された。
今時珍しく暖炉の中で焼け焦げた遺体は、その家の家主だという事が分かった。つい先日から性格の改変が見られ、近所付き合いでもトラブルがあったらしい」
その焼死体は、自身の意思で暖炉へ身を投げた。
これは自殺である。自分で身を焼かれ、それが死につながる事を知っているのだから。
だが、その方法だけが自殺ではない。
人が生きる事を選べるように、人は死ぬことも選べるはずだ。
自分の意思でどう死ぬのかを選べるはずだ。然し、この街での自殺体はその殆どが焼死を選ぶ。窒息でも、刺殺でも、落下死でもなく。”焼死”だ。
其れは選んだ結末が、それに結論づけるのか?
煮込まれたカレーの味を確認し、推論を確認する。
死には選択肢がある。だが、わざわざ苦しい死に方を何故選ぶ?
衝動的な死であるとしても、計画性のある死だとしても。生きる事を手放すのだから、最後位は苦しまずに死にたいと願う人間が一人でもいるはずだ。
だが、しかし。自殺衝動にかられた人々は焼死を選ぶ。
それは、その特性に付随するからではないか?
「この街に限らず、自殺は珍しいだろう。だが、この街では目に見えている自殺が多い。その全てが”焼死”だからだ」
嫌な事があるのは人間の必然だ。
生きる事を手放す人間が、この世に存在しない訳が無い。
但し、感情の欠如が見られ、その上で自殺願望がある。
そう言った人間が、状況として同じ区何人も存在している。
これは正常ではない。
少なくとも、常識的な範囲では。
少なくとも、常識的な事象ではない。
「火はどの死に方以上に目立つ。その方法が確実に周囲へ被害を及ぼす可能性が高いから。それは決して他人事の話ではなくなる。
二十年を遡って調べた内、十三件の自殺。それに関連したかのように、同時刻、別の場所から広がった火災により多くの死傷者が出た。累計数百人に及ぶ死体だ。__この惨状はあまりにひどいが」
だが、もし。
「もし、これが。探偵が活動している上で”この程度”に収まっているとしたら?」
探偵は、ソファーから動こうとしない。
体を起こそうともしない。
俺は推論を重ねるばかりで、お玉を動かすばかりだ。
「一人が死ぬだけで、数人、数十人が死傷する火事が起きる。
この街だけの特性だとして、この性質は。果たしてこれだけなのか?
探偵である貴方は、彼女を大量破壊兵器と呼んだ。なら、これ以上の災害が起きるのではないか?
100年前の再来になる可能性を秘めていたとして、どの可能性が適切か?」
大量破壊兵器の名称を使い、これを表現するのなら規模が足りない。
少なくとも、百年前は半数以上の死人が出た。その上でそれは
「__失う感情が多ければ多い程。その威力が高まるとしたら?
感情が無いという彼女の、連鎖的な火災の津波は、何処まで続くのか?」
数万単位の命を、焼き尽くす波が来るとしたら?
彼女は、天城霧をどうにかしなければならない理由がある。
「__俺は、あんたが優秀な探偵たとは知らなかった」
彼女が言う楔とは何か。
彼女は、俺の友人をどうするのか。
その答えが浮かぶが、その可能性は排除する。
目の前の探偵は、誰も見捨てないだろう。
だから、この場合は。
「どんな手品を使ったのかは知らないが、この一年一連の焼死による自殺は無く、火災による死人は出ていない。この街の特殊な環境下での死体が無い。__で。
そんなアンタが。探偵として完ぺきな仕事をこなしているアンタが、どんな用事で俺を呼んだ?」
天城霧は、感情を欠損しており自殺願望を持っている。
それが一年以上続いて、彼女は今でも天城霧を続けている。
感情を持たず、記憶だけで天城霧を続けている。
そんな事をできる人間は居ない。
だが、目の前の探偵もその一人だという可能性は?
なぜ、俺が呼ばれた?なぜ、託すような文面を書いた?
巻き込まないつもりの彼女が、何故”意識”を変えた?
”この現象は、焼死体で無ければ発現しない。”
俺は、一つの可能性にたどり着いていた。
「……探偵は、自殺しようとしている」
この現象における町人を、”自殺体”と明記するのなら。
焼死以外の方法で以て。
結論を出すとするのなら。
太宰奈々は、”自殺体”である。
太宰奈々は、焼死以外の方法では”人が死なない”と考えている。
その為の証人に、俺を選んだのだ。
その上で、彼女は証明する気である。
彼女自身の、死を以て。




