71 御前会議
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グリトラ帝国
大陸の東端に位置し、国土の大きさは大陸で最大を誇る。
大陸制覇を国是として、常に国土の拡大を狙い周辺国家への侵攻を続ける軍事国家である。
大陸東部を支配下に置く為に戦い続けていたが、最後まで抵抗を続けたサルマン王国が降伏し併呑されたのが2年前。
その後は滅ぼした王家の残党狩りや反抗勢力狩りと国内の反乱分子の芽を摘むのと同時に、国力の回復に努めていた。
だが、いずれは『大陸制覇』の旗を掲げ、西進してくる事は分かっていた。
そしてその最初の標的となるのがどの国であるかも分かっていた。
問題はそれが、いつなのかという事だけだった。
そして、その日はやって来た
その日、ジグタル連合王国の国王ルイスに謁見したグリトラ帝国の使者はその席で、実質は宣戦布告と言える内容の書状を読み上げた。
その内容は
『グリトラ帝国の大陸統一は、魔族の脅威から人類を守る為のものであり、これを妨げるものは人類の未来を脅かす愚かな行為である。ジグタル連合王国は速やかにグリトラ帝国に恭順し盟邦の席に並ぶ事が人類の繁栄の為である』
といったものであった。
一方的な通告に憤慨するジグタルの大臣や官吏に対し、グリトラの使者は
『10日以内に恭順の意が示されない場合、貴国への侵攻を開始する』
と宣言した。
謁見の間を後にしたルイスは、今後の方針を決める為に重臣達への召集をかけると、自らは王宮内の一室へと向かった。
その部屋のドアの前に立つと、内心の苦々しい想いを押し殺しノックをする。
コンコン!
「どうぞ」
部屋の中から聞こえた返事にドアを開く。
「…陛下」
「小僧、状況は理解しているな?」
部屋の主、ヒロの表情から彼が事態を理解している事を読み取った。
「今後についての会議がある。それに貴様も参加して貰う」
有無を言わさぬ迫力でルイスは言い放った。
「…分かりました」
ルイスはヒロの返事を聞くと黙って踵を返し歩き出した。
ルイスは廊下を歩きながら独り言ちるように、背後にいるであろうヒロに話しかける。
「私個人の考えはグリトラへの恭順は反対だ。連中は『恭順するのであれば統治権を貸し与える』と言っているが、それは結局『グリトラの意向の元で統治する権利』でしかない」
多少の裁量権は有ってもグリトラの属国に変わりは無く、王家が残るか滅ぶか程度の差しかない。
「連中の言う『人類の未来の為に大陸統一』には一理ある。いずれ来るであろう魔族の脅威の為に人類の力を集結させる必要はある。だが連中の言は方便だ。本気で人類の未来を考えてなどいない」
突然ルイスは立ち止まり、振り返ると眼前のヒロを強い視線で射抜く。
「貴様に対して思うところは多々ある。正直に言えば気に喰わん。だがソレはソレ、コレはコレだ。本来であればエリザベスと共に国外に逃がすべきなのだろうが、使えるもの利用できるものは全て使う。貴様の力も素性もな」
ルイスの目には強い光がある。
ジグタル連合王国とグリトラ帝国、その国力、兵力を比べれば絶望的としか思えない状況だが『活路は有る』と信じている目だ。
そんなルイスの目を正面から見返しヒロが言葉を返す。
「どのみちジグタルで食い止めなければ…。協力は惜しみません」
「予め言っておくが、無茶をさせる。危険な目にもあわせる。本来であれば他国の者で、まだ学生の身の若い貴様に重大な責を負わせるのは不本意だ。だが、そんな事を言っている余裕は無い。
済まぬが宜しく頼む」
そう言うとルイスは深々と頭を下げた。
「…陛下。私で力になれる事であれば何なりと」
ヒロの言葉に顔を上げたルイスは
「もう1つ言っておくことが有る。今回の一件で貴様には借りを作ることになる。大きな大きな借りだ。だが、ソレはソレ、コレはコレだ!」
ヒロの両肩をガッシリ掴み先程と同じセリフを口にした。
「は?」
「この借りを笠に着て、エリザベスに手を出すようならタダでは済まさんからな!良いな!」
これこそが最重要だと言わんばかりの剣幕だ。
「結局そこ!?」
国の存亡に際してもブレない男の姿に、ヒロは畏敬の念さえ感じていた。
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(俺の席はここで良いのか?)
ルイスの隣に席を用意された俺を室内の多くの者が怪訝そうに見ている。
ルイスの逆隣にはゲルディオが座っている。
室内にいるのはジグタルの重臣や軍の高官達ばかりだ。
室内の席には幾つもの空席がある。
急な召集にまだ集まりきっていないのだろう。
しかし、いつまでも待つわけにはいかない。
主だった者が集まったことを確認したのか、ルイスが会議の開催を告げる。
「グリトラへの降伏はしない」
居並ぶ重臣達の前でルイスは開口一番に明言した。
「グリトラの目的が大陸の統一である以上は、その傘下に入ろうとも必ず戦火には巻き込まれる。グリトラに降る事で得られるものは無い」
ルイスは声を荒げるでもなく、静かに断言する。
「しかし陛下、グリトラの総兵力は200万とも250万とも言われます。我が国の兵力は掻き集めても30万。勝ち目が有るとは思えません」
そう、最大の問題点はジグタルがグリトラに勝てそうも無い事だ。
大陸の東部のほぼ全域を自国と属国で支配するグリトラ。
国力の差だけを考えれば、この戦争がいかに無謀なものかは言うまでも無い。
しかし、そんな意見を真っ向から否定す者も居る。
「馬鹿を言うな。グリトラが侵攻して来る事は何十年も前から分かっていた事だ。それを撃退する為のガラティオン要塞だろうが」
多くの勲章を付けた軍服を着た男が声を張り上げる。
ジグタルの先々代の国王の時代、グリトラ帝国はまだジグタルと国境を接する事もなく、大陸東部の一国家でしかなかった。
しかし、先々代国王は急激に国土を拡大していくグリトラに脅威を感じ王国東部にガラティオン砦の建設を始めた。
以来、数十年の時間を掛け作り上げられた砦は、その巨大さ、堅牢さから砦ではなく要塞と呼ばれるものとなった。
そして、その予想は見事に的中しガラティオン要塞は対グリトラ帝国の頼みの綱となった。
「将軍の仰る通りだ。10万、いや20万の軍勢でもガラティオン要塞を落とす事は出来ん。北は大森林。南は大峡谷。そして、その間にはガラティオン要塞。我が国の東の防衛線は鉄壁だ。抜かれる事は無い」
先に発言した者、将軍を擁護するように別の軍服の男も声を上げる。
「将軍の言う通り、グリトラの侵攻は以前より予想されていた。故にガラティオン要塞には十分な備えをさせており、軍も十分に準備を整えさせてある。それに…」
将軍達の意見を支持したルイスは、言葉を途中で切ると俺の方へと視線を向けた。
「隣国からの支援も有る。紹介が遅れたが、彼はロギナス王国グリフ侯爵家のヒロ・ラウンド・グリフ殿だ」
ルイスの紹介に軽く会釈をする。
室内の至る所から「ロギナス?」「グリフ侯爵と言うとあの…」と言った囁きが聞こえる。
「知らぬ者もいるかもしれぬので言っておくが、彼はロギナス王国国王ベリル陛下の孫でもある」
ルイスが更なる紹介をする。
このタイミングで他国の王家に連なる貴族が国防に関する重大な会議に参席している。その意味を深読みしたのか、1人が質問をする。
「では陛下、ロギナス王国との間に支援の確約が?」
「まだ明文化された条約が結べたわけではないがな。どのみち周辺の国々にとって、我が国がグリトラに占領されれば『明日は我が身』だ。支援を惜しんで亡国の危機に晒される愚は犯さんだろう」
ルイスは支援の『約束がある』とは言わない。
そもそも今の言い方では、確約がないどころか、話し合ってすらいなくても嘘ではない。
安心させる為の方便かもしれない。
だが後半の言葉は本心なのだろう。
グリトラが大陸中央部、西部に侵攻する為にはジグタルを通らなければならない。
何故なら、ジグタルの北には人の侵入を拒む広大な『大森林』が在る。
通り抜けられないのならば迂回するしかない。
その南北の迂回ルートの南ルートがジグタルで、北ルートでは一年の四分の一は雪に閉ざされる。
雪に閉ざされれば侵攻の手は止まる。グリトラとしては避けたいルートだろう。
一方でジグタルの南には、切り立った岩山の山脈と断崖絶壁の峡谷が大陸の南端まで続く『大峡谷』が在る。
大森林のように人の侵入を拒むわけではないが、数十人の商隊ならともかく、数千、数万の軍隊が通るには不向きな土地である。
この大峡谷の南北の迂回ルートの北ルートがジグタルであり、南ルートは海路となる。
元々内陸の国家であるグリトラには大規模な海軍が無く、海路による侵攻は事実上不可能である。
つまり、グリトラの大陸中央部への侵攻ルートは『大森林の迂回南ルート』『大峡谷の迂回北ルート』、即ちジグタルを通るルートだ。
大陸中央部の国々にとっては『ジグタルが抜かれなければ良い』という事になる。
更に言えばジグタルには、対グリトラの為に建築したガラティオン要塞がある。
『大森林ーガラティオン要塞ー大峡谷』の防衛ラインがグリトラ撃退の大本命だ。
逆に言えば、これが抜かれた場合ジグタルにグリトラを撃退できる可能性は極めて低くなる。
それは、大陸中央部に戦火が広がる可能性が極めて高くなるという意味だ。
支援を惜しめば自分の首を絞める結果につながりかねない。
周辺の国からの支援は十分に考えられる。
会議は王であるルイスを始め軍の高官達が唱える抗戦論を覆す事が出来ず、反戦派が押し切られる形で決着をみた。
軍部にガラティオン要塞の戦闘準備と国軍の出動準備を指示すると共に貴族への参戦要求等が決められた。
その他にも周辺の国々への支援の要請等の対応の為に多くの者達が慌しく会議室を後にした。
そして、俺は今現在ルイスに連れられ彼の執務室に併設された小さな応接室に居る。
テーブルの上には地図と駒が置かれている。
以前から対策を練っていた節がある。コレで何度も協議を重ねたのだろうか?
今室内に居るのは俺、ルイス、ゲルディオ、将軍と呼ばれていた男と初老の男性の5人だ。
「皆、とりあえずは御苦労」
ルイスは室内の面々を見渡すと話を切り出した。
「予定通りの流れを作る事は出来た、後は……。将軍、国軍の準備は?」
「先遣隊は明日中に、本隊も5日以内には出発出来ます」
「では10日以内にガラティオン要塞に入れるな?」
「問題ないかと思います」
グリトラの示した猶予は10日。それまでに準備をしなければならない。
「リオリス、貴族の軍の方は?」
「準備に数日は掛る事を考えると中西部の貴族は間に合わないでしょう。東部の貴族であれば間に合うでしょうが…」
「グリトラに国を売る気だった連中だ。当てには出来んだろうな」
初老の男、リオリスの言葉にルイスが苦々しく答える。
先に起きた王位継承問題による内戦。先王の庶子を担ぎ上げた連中はグリトラへの恭順も考えていた、という情報も有ったそうだ。
そしてその多くは東部に領地を持っている貴族だったようだ。
「やはり、難しいか?ゲルディオ」
ルイスの問いかけに皆の目がゲルディオに集まる。
「無理だな。グリトラは50万近い軍を起こすだろう。確かにガラティオン要塞に10万の守備軍を置けば20万の軍でも落とすのは難しいが、軍を2つに分けられればそれまでだ。30万の軍が王都に向かって進軍してくるだろう。それを撃退するだけの余力は無い」
ジグタルの国軍は、かつては総数50万とも言われていたが、先の内戦でその数を大きく減らしている。
今では動員できる国軍は25万程度だろう。
「ならばどうする?他国の援軍頼みか?」
将軍が鋭い眼光でゲルディオを睨む。
「軍略の王道は、多勢で無勢を潰す事だ。相手が多勢で、こちらが無勢である以上王道的な軍略で勝ち目は無い。ならば奇策を打つしかない」
テーブルの上の地図に駒を配置していく。
ガラティオン要塞で向かい合う白と黒の駒。
そして、黒の駒の後方、敵の本陣に見立てた駒を置く。
「別働隊による本陣の奇襲だ」
大きく迂回した白い駒が敵本陣を弾き飛ばす。
「今回のグリトラの軍勢は捨て駒だ」
「捨て駒?50万の軍が?」
ゲルディオの言葉に将軍が眉をひそめる。
「連中は今回の軍でジグタルの兵力を削り取るつもりだろう。50万の大半は属国や傘下の国の兵だ。グリトラ本国にしてみれば消耗してもさほど痛くはない。今回はジグタルを落とす事より、戦力を潰す事が狙いだろう」
本命は次の第二陣。今回は相手を消耗させる事が狙いか。
「だが、逆に言えば今回の軍には『グリトラの為に』といった決意や覚悟は無いという事だ。頭を潰せれば戦意は無くなる」
「奇襲で本陣を叩ければ、連中は撤退するという事か?」
「十分に考えられる」
最小限の労力で敵を退かせる作戦ではあるが、問題点も有る。
「だが、どうやって奇襲を仕掛ける?連中は大軍だ。当然周囲の警戒網も広い、それを迂回するとなると…」
将軍の懸念は当然だ。50万の軍の本陣、相応の数が居る筈だ。当然奇襲部隊も100や200という訳にはいかない。それなりの規模の部隊が必要だ。それを見つからないように敵の背後に回すのは至難の業だ。
「連中の予想の外を行く」
「予想の外?」
ゲルディオの言葉の真意が分からない。
「今回のジグタルへの侵攻は、ある前提条件からきている。それが『大森林と大峡谷は抜けられない』というものだ」
だからこそ、その間にあるジグタルへ侵攻してきてる訳だ。
「馬鹿な!それが出来ないからこそのガラティオン要塞だ」
ゲルディオの言葉に将軍が異を唱える。
「出来る。いや、やるのだ。これが出来ねば、我が国は滅ぶ」
ルイスが強い決意のこもった言葉を放つと共に鋭い視線をを一人一人に向ける。
その視線が最後に俺へと向けられる。
「小僧、貴様にはゲルディオと共に大峡谷のドワーフの元に行ってもらう」
「は?」
「大峡谷の地下には、ドワーフの坑道が在る。それを使用出来るようドワーフ達の説得を頼む」
おいおい、そいつはちょっと無茶振りが過ぎないか?




