72 波乱の始まり
*9/16 誤字修正
「では、これを宜しくお願いします」
2通の手紙を、これからロギナスへと向かう特使へ手渡す。
「確かに、御預かり致しました。必ず御渡し致します」
特使は恭しく手紙を受け取るとその場を後にする。
「不便なんだか、便利なんだか分かんねーよな」
立ち去る特使の背中を見ながら嘆息する。
地球に居た頃に、誰かに連絡を取ろうと思って不便に思った事など無かった。
特に携帯電話が普及してからは、ほぼ即時連絡が取れるようになった。
だが、この世界の通信手段は基本手紙だ。しかも、不確かだ。
流石に王侯貴族の手紙が紛失する事は滅多に無いが、一般レベルでは出した手紙が紛失する事は珍しくない。
まず、確実に届く保証が無く、紛失しても文句は言えない。
「文句が有るなら自分で届けろ」
そう言われてお終いだ。届けば御の字といった風潮だ。
更には驚くほど時間がかかる。
歩いて数日の距離にある町の親類への手紙が届くまでに数十日かかる事も有る。
日本人の感覚からすると、信じられないほどの不便さだ。
しかし、今の手紙は半刻後には届くだろう。
ロギナスとジグタルは国境を接していない。その間にはミスラが在る。
ここグライロックからロギナス王都ロギナルクまでは早馬で駆けても10日近くかかる。
それがほんの僅かな時間で届くのだ、便利と言わず何と言う。
「そういう所はやっぱりファンタジーだよな魔法の在る世界は」
そう魔法だ。地球の最速移動手段を超える移動方法『転移術』だ。
主に使われている転移術は『対になっている転移陣上の空間を入れ替える』というものだ。
使用される魔力量や術の難易度は、転移させる物の量には関係なく、転移陣の大きさとその距離で決まる。
ただし、人など生物を転移させると3割弱の確率で意識障害等の悪影響が出る。それを防ぐ為の術が別途必要になり、人数に比例して消費される魔力量が増える。よって大人数の転移には多数の魔法士が必要となり現実的には難しいとされている。
そして、この転移術には国際的に、とある暗黙のルールが在る。
それが『他国への転移は行わない』というものである。
これを許してしまえば、他国の軍勢が突然首都に現れる。という事が起こってしまう。
「それは止めよう」と大陸中の国が暗黙のルールとして守っている。
暗黙のルールの為、破ったところで罰則が有る訳ではないが、破れば大陸中の国から報復攻撃を受ける事となるだろう。『撃ったら、撃たれる』それが抑止力となっている。
では、あの特使はどうやってジグタルからロギナスに転移するのか?
そこにもまた、暗黙の抜け道が在る。
それが『他国から自国に転移するならOK』というものだ。
「他国に転移するのではない、自国に転移するのだ」という屁理屈を多くの国が黙認した。
他国に在る大使館等の外交使節団の公館から職員が自国に帰るのに転移術を使う事は容認されている。
今回のような緊急事態に際しては、大使館に説明に行き、大使館の職員が本国へ報告に戻るのに同行させて貰う。という形で転移する。
既にグリトラの宣戦布告についての第一報は各国大使館に連絡済の為、ジグトラからの特使を本国に連れて行くための準備は出来ているだろう。
先程渡した2通の手紙は、片方は国王陛下に、もう一方は王都の情報局に居る父に宛てた物だ。
内容はどちらの手紙もほぼ同じで、今の状況を説明したものだ。
勿論、ジグタルからの特使が詳しく説明するだろうし、そもそもがジグタルが陥落した場合にその後どうなるかなど俺が説明するまでも無く分かっているだろうが、情報は少しでも多い方が良いだろう。
父への手紙には「このままジグタルに残り、出来る事をやってみる」と付け足しておいた。
父や祖父であれば、俺が自らの意思で協力する事を選んだのだと知れば「危険だから安全なところに逃げろ」とは言わないだろし、この事でジグタルやルイスに何かしらの責任を取らせようとも思わない筈だ。
「小僧。明日の昼前には出発するぞ。準備を怠るなよ」
特使を見送っていると、背後から声を掛けられた。
振り返った先に居たのはゲルディオだった。
ゲルディオ・エルディック。
国王ルイスが腹心中の腹心と全幅の信頼を置く右腕的存在。
貴族というわけでもなく、いつの頃からかルイスの傍らに居たのだという。
その役職は『国王特別補佐官』という聞いただけでは何の職なのか分からないものなのだが、要は『王の仕事を全般的に補佐する』のが役割なのだそうだ。
内政や外交、更には軍事にまで強い発言力を持ち(実際は何の命令権も持っていないが、ルイスがその助言や案を採用することが多いので、そう思われている)国政全般に影響力を持つ男だ。
エリザベス曰く「圧倒的に不利だった王位継承の争いに勝てたのはゲルディオ殿の存在が大きい」との事だ。
先の内戦では、相手に様々な情報を流し仲違いをさせたり、戦功を焦る相手に敢えて弱点を晒し攻めさせ罠に嵌めたりと、相手の心理を的確に操る事で奇跡的とも言える勝利へと導いたらしい。
様々な情報を集め、それを的確に分析し、相手の心理を操る為の情報操作を行う。情報戦、心理戦を得意とする凄腕の戦略家だ。
ちなみに、妹を心配する兄の頼みで、その周囲に居る人物の情報も集めたらしく、俺の事は、生まれからフェルディール学院での成績。それどころか、本来なら外部に漏れ無い筈の冒険者ギルドの内部文書まで把握しているらしい。その内部文書から俺の所持スキルの予想までしていた様だ。
ギルドの情報管理の甘さを嘆くべきか? それとも、ゲルディオの情報収集力の高さを褒めるべきか?
取り合えず、フェルディールに帰ったら、あの酔いどれ支部長に情報漏洩の件で文句を言ってやろう。
マリアベルが居なくなってから目に見えてダラけているしな。
「大峡谷までは4日ほどの行程になる。水や食料はこちらで用意するが、持って行きたい物が有るなら自分で用意しておけ」
グラハム支部長に何と文句を言ってやろうか考えていると、ゲルディオが更に声を掛けてきた。
大峡谷に向けては、護衛を含め5人での行動だそうだ。
ガラティオン要塞に向けて出発する先遣隊に紛れて出発する。
グリトラにこちらの思惑を読まれるわけにはいかない為、周囲に監視者や追跡者が居ないかを確認しながらの移動になる。
広範囲を詳細に確認できる【索敵】を使える事が俺を同行者に選んだ理由なのだろう。
「移動は強行軍になる。今日の内に十分に休んでおけ」
ゲルディオは連絡事項を伝えに来ただけらしく、それだけ言うと踵を返し戻って行った。
「準備しとけと言われてもな」
俺の準備は既に終わっている。
元々、実家に帰る為に必要な物、愛用の装備品等は腰の収納袋(に見せかけたアイテムボックス)に入れてある。
「まぁ、俺もやれる事をやっておくか」
別の手紙を書くために、部屋に戻る事にした。
「そう言えば、どうして大峡谷ですの?」
「ん?何がだ?」
部屋に戻り、手紙を書き終えた頃、エリザベスが訪ねて来た。
どうやら、俺が大峡谷に行く事をどこからか聞きつけて来たようだ。
「ヒロ様はエルフ族の恩人なのでしょう?」
「あぁ、迷いの森の魔獣の件か? まぁ、確かに貸しが有ると言えば、そうだな」
確かにあの一件で、エルフから何か恩賞を貰ったわけではない。俺の中では貸しになっている。
「エルフは体裁や体面を気にする種族らしいですから、恩人の頼みとあれば無碍には断らないでしょう? 何故に大峡谷にしたのですか?」
「その辺は俺もゲルディオ殿に聞いたんだけど『大森林を抜けてグレイトアークに辿り着けるのか?』て言われたよ」
交渉の席に着けるのならばエルフを説得する方が可能性は高いが、交渉の席に着くまでの難易度も考慮に入れれば、ドワーフの大峡谷の方が可能性は高いのだそうだ。
「しかし、大丈夫なのでしょうか? これまでにも何度か交渉の席には着いたのですが、良い結果は得られなかったのですし」
「らしいな。『人間同士の争いに興味は無い』とかで決裂しているみたいだな」
「それだけではありませんわ。『通行料を払えば通してやっても良い』とかで1人金貨50枚を要求された様ですわ」
「50枚!?」
金貨が50枚も有れば一般的な家族が楽に1年を過ごせる。
今回の作戦では5千人を奇襲部隊として送ろうと考えている。
1人当たり金貨50枚を払うとしたら、金貨25万枚が必要になる。
とても払える額じゃない。
「まぁ、無理だと思っているのなら、やらないだろ」
ゲルディオはダメ元でバクチを打つタイプじゃない。何かしらの勝算が有るのだろう。
「どのみち、出来る事、出来そうな事をやっていくしかないからな」
「…そうですわね。私も出来る事をやらなければいけませんわね」
なにやら決意した感のエリザベスは部屋を後にした。
その翌日に俺はエリザベスが何を決意したのかを知ることとなる。
翌朝、集合場所へと向かった俺を待っていたのは、旅支度をしたエリザベスとナタリアだった。
「私達も大峡谷へ参りますわ」
「は? 何て?」
「ですから、大峡谷のドワーフとの交渉に私達も参加する。と言っているのです」
え~と?え??
「いやいや、まずいだろ。そもそも、あの妹馬鹿が許可しないだろ?」
別に戦場に行くという訳ではないが、全く危険が無いという訳でもない。
ルイスも「エリザベスは国外に逃がす」と言っていた気がする。
「大丈夫ですわ。兄上は説得済みですから」
そう言って振り返るエリザベスの視線の先には、またも苦虫を噛み潰したようなルイスが居た。
「実際の交渉はゲルディオ殿が行うにしても、使節団を率いてきたのが王族か家臣かでは相手の対応も違ってくると思いますの」
「あ~、まぁ確かにそれは有るな。交渉の場に王族が出て来れば、こちらの真剣さも相手に伝わるしな」
ただ、ドワーフにそういう感覚が有るのか? という問題は残るけどな。
そんな会話をしているとルイスとゲルディオが近づいてきた。
「エリザベス、やはりお前が行く必要は無い。今回の事はゲルディオに任せれば良い。お前は国外に避難するべきだ」
近づいてきたルイスは開口一番にエリザベスに国外避難を促した。
「その話しは昨日もした筈です。私は逃げません。そもそも、勝つつもりであれば避難する必要など無いでしょう?兄上は負けると思っているのですか?」
「負けるつもりなど無い。だが万が一という事が有る。万が一に備え、手を打っておくのが為政者の役目だ。王室の血を絶やさぬ事も王族の勤めだ」
「でしたら、兄上がお逃げになれば宜しいでしょう?」
「王が民を見捨ててどうする!」
「私も同じですわ!兵を危険に晒しているのに自分だけが逃げるなど、出来ませんわ!」
2人は譲り合う事無く、段々と声も大きくなっていく。
どちらの言い分も分からないでもない。
「もう、その辺にしておけ」
2人を止めたのはゲルディオだった。
「時間の無駄だ。転移陣を使えば王女を逃がすのは敵が王都に迫ってからでも十分だ。今結論を出す必要も無い。それより今はグリトラを撃退する為に最善を尽くすべきだ。王女の提案の通り、今回の交渉の場に王族が居るのは有難い事だ」
「……」
「その通りですわ」
ゲルディオの言葉にルイスは押し黙り、エリザベスは我が意を得たりと満足気だ。
「…だが、エリザベスが危険を冒す必要があるのか?」
「ルイス。俺との約束を覚えているか?『どんな犠牲を払ってもこの国を守る』そう誓ったのを忘れたのか? 妹は例外だ。などとは言わせんぞ」
「覚えている。忘れた事など無い。だが、払わんで良い犠牲を払う気は無い」
「その通りだ。無駄な犠牲を払わない為に、今はドワーフとの交渉は成功させなければならない。可能性が少しでも上げる為にあらゆる手を尽くすべきだ。違うか?」
「いや、…その通りだ」
ゲルディオの言葉にルイスも冷静さを取り戻していく。
「エリザベスが危険を冒してまで行くのだ必ず成功させろ」
「当然だ。その為に俺が行くのだ」
ルイスとゲルディオは互いの胸を叩く。
「小僧。今回の安全は貴様によるところが大きい。頼んだぞ」
物を頼む態度じゃないな。
まぁ、俺自身の安全の為でもあるし手は抜かないけどな。
俺達の出発に先んじて、ガラティオン要塞に出発する先遣隊の出征式典が開かれている。
グライロック中の目がそちらに向いているうちに出発しようという事だ。
メンバーは俺、エリザベス、ナタリア、ゲルディオの他に護衛の為の衛士が2名とローブを着た魔法士が1名の7人だ。
「どうだ?不審な奴はいるか?」
「人が多過ぎてどれが不審かなんか分かんないよ」
「そうか。では、どうする?」
「今映っている全員をマーキングする。マーキングした奴が付いて来るなら、そいつが監視者だろうな」
多くの住人が出征式典を見に行っている。勿論見に行っていない者も多い。
そもそも初対面の相手を鑑定するスキルじゃない。
「ただ、俺の【索敵】を過信するなよ?セルジュの例も有る」
「セルジュ様がどうしたの?」
俺の言葉にナタリアが首を傾げる。
俺は初日のことを話し、セルジュが【索敵】に映らないことを説明した。
もしかしたら、他にも同じ様な相手が居るかもしれない。
「そう言えば最近セルジュ様を見かけませんが?あの方が居れば存外楽に勝てるのでは?」
「3日ほど前にグライロックを出たそうだ」
「なんか『ヌシを釣りに行ってくる♪』とか言ってたな」
「つり?」
「あぁ、マイブームらしい」
「奴の事は良い。元々あてに出来る人物ではない」
自由な奴だ。今頃どこで釣り糸を垂らしているやら。
「そろそろ行くぞ」
「ええ、参りましょう」
ゲルディオの号令で皆が動き出す。
俺も再度【索敵】を発動し周囲の状況を再確認する。
「あれ?」
2つの反応が近づいてきている。
その現象自体は大した問題じゃない。
問題は、その2つの反応に固有名称が出ている事、つまり知り合いだという事。
表示されているのは、よく知る名前だ。
[アリシア・レイアス]
[メリオラ・エレオス]
出発直後から、いや正確には出発する前からか、波乱の香りがプンプンしているのは気のせいだろうか?
このタイミングで2人が現れる。
ご都合主義万歳。
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




