70 休暇の終わり
ジグタル連合王国の首都グライロック。
その中心にある王城、その一室に2人の男が居る。
1人、ジグタル連合王国国王ルイスは眉間にしわを寄せ苛立たし気に、もう1人、特別補佐官ゲルディオは無言で机上に置かれた地図と配置された駒を動かしている。
「気に入らんな!」
ルイスは苛立ちを隠す事無く声を荒げる。
「小僧1人捕まえるのに何時まで掛る?」
一向に『捕縛』の報告が上がってこない事が気に入らないらしい。
「何時まででも掛るだろうさ、奴を上回るだけの手が打てなければな」
ゲルディオが机上の地図から目を離す事無く言い放つ。
「既に庭園に追い詰めたのだろ?隙間なく囲んで包囲を狭めていけば良いだろ?」
「そんな簡単な相手では無い。庭園に入ってからは完全に姿を見失っている。視認の妨げになる障害物の多い場所は探査系のスキル持ちを相手にするには分が悪い、それを考えた上だろう」
ゲルディオは相手を甘く見てはいない。事前に得ている情報と、ここまでの逃げ方から冷静に相手の能力を推し量っていた。
「ならどうする?」
「暫くは『見』だ。下手に手を出せば裏を取られる。だが…」
「夜になれば奴の思う壺か。なら早々に斥候部隊を出すか?」
「そうだな。探索スキル持ちの部隊を出すべきだな」
「ふむ。……よし。テイラーを呼べ!」
ルイスの指示に入り口で控えていた従者が動き出す。
再び静寂が支配し始めた部屋にゲルディオの呟きが漏れる。
「ルイス、遊んでいられるのも、コレが最後だぞ」
「分かっている」
ゲルディオの呟きに静かに頷いたルイスは
「使えるものは何でも使わせてもらう」
決意を込めて呟いた。
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「ここまでのあらすじ。
エリザベスに連れられたやって来たジグタル連合王国のグライロック。
なんやかんやで、シスコンの国王に追われています」
ここまでのことを思い返してみると、訳が分からんな。
「ハァ~。これは日没まで隠れてた方が良いか?」
周囲の状況を確認し、溜息をつきながら身を潜める。
相変わらず包囲網に隙は無い。
だが、日が暮れ暗くなれば視認が困難になり脱出する機会も来るだろう。
今は下手に動かずに隠れて日没を待つのが良さそうだ。
「只今、日没サスペンデット待ちです。てか」
いや『サスペンデット(延期)』は困るか。
「ん?こっちに向かって来ているのか?」
これまで追跡部隊は林の中を回りながら捜索していた。
だが、新しく出てきた部隊が一直線にこちらを目指して来ている。
「居場所がバレたか?」
探査系のスキル持ちが出て来れば時間の問題だったがのだが、馬鹿兄貴の個人的な我が侭の為に貴重なスキル持ちまで動員しないだろうと高を括っていたのが裏目に出たか。
「とりあえず、逃げよう」
場所を移動して、それでも一直線に向かってくるようなら、スキル持ち部隊で確定だ。
スキル持ちが相手なら隠れていても無駄だ。
俺を追いかけるように追跡者も移動してくる。
スキル持ちの部隊で確定だ。
これからは隠れても無駄だ。
「もう、面倒だから捕まろうかな?」
流石にあのシスコンも本気では無い筈だ。
無い…筈だ……よな?
考えれば考えるほど不安になる。
そんな事を考えている内に、目の前が開ける。
「湖?いや池か」
目の前に有るのは大きな水溜り、見渡せば小船をつないだ船着場も有る。
池の周囲を歩きながら観察する。
「ろくに隠れられる所が無いな」
隠れても無駄だという事は分かってはいるが、ついつい隠れられる場所を探してしまう。
「追われているのかい?」
突然近距離から声を掛けられた。
「な!?」
声のした方向に目を向けると、釣竿を握り糸を垂らした少年(?)が居た。
「いつから……いや、最初からか?」
「うん。兄ちゃんが、あの辺から出てきてキョロキョロしながら歩いて来る前から居るよ」
俺が出てきた辺りを指差し、俺の移動経路を追いかけながら俺の足元を指差す。
「で?追われてるの?」
「ん、あぁ」
「さっきから衛兵さんがウロウロして邪魔なんだよね。おかげでボウズだよ」
傍らのバケツの中には水しか入っていない。
「そこの茂みにでも隠れていなよ。オイラが誤魔化しておくからさ」
「いや、でも…」
「悩んでる時間は無いんじゃない?」
確かにもう近くまで追っ手は来ている。
言われるままに茂みに身を隠す。
間も無くして、追っ手と思われる話し声が聞こえた。
「反応はこの辺りだ。茂み、木の上、見逃すなよ」
「ああ」
「分かってるよ」
3人の追っ手がすぐ近くまで来ている。
「何か用かい?」
「ぬぉ!?」
どうやら連中も声を掛けられるまで気が付かなかった様だ。
「何だ?お前?」
「こいつが例の侵入者か?」
連中は少年を取り囲む。
「いや、待て」
1人が仲間に制止の声を掛ける。
「もしかして、セルジュ様ですか?」
「うん。その通り。セルジュ様であるぞ」
少年、セルジュの言葉に周囲の空気が変わる。
「失礼致しました!私は王国軍諜報部のテイラー・ルシルドと申します。只今王宮に侵入した曲者の捜索中です」
「ふーん、そうなの?大変だね」
「セルジュ様はこちらで何を?」
「見ての通り、釣りの真最中なんであんまり騒がしくして欲しくないんだけどね」
釣竿を指し肩をすくめてみせるセルジュ。
「申し訳御座いません。池の周囲には近づかぬように指示しておきますのでご容赦下さい」
そんなセルジュにテイラーと名乗った諜報部員は恐縮した様に頭を下げている。
「それでセルジュ様、怪しい人物を見かけませんでしたか?」
「部外者のオイラには、誰も彼も怪しいよ。何人も見かけているけど、どれがそれなのかな?」
「そ、そうですね。失礼致しました。侵入者は単独で行動していますのでご留意下さい」
そんな会話を交わした後3人はその場を立ち去っていく。
「おい、探さなくていいのか?」
「お前達以外の反応は1人分だ。セルジュ様以外は居ない」
「じゃあ、侵入者はどこだ?」
「それをこれから探すんだろ」
そう、今この場所には俺以外に4人が居る。
しかし【索敵】の反応は3つしかない。
セルジュの反応が無い。
「何でアイツは【索敵】が反応しない?」
識別できずに[UNKNOWN]と表示される事は有る。しかし、何の反応も無いという事は無かった。
「何者なんだ?」
国軍の軍人が頭を下げる相手。
【索敵】に反応が出ない相手。
考えれば考えるほど不思議な奴だ。
「もう良いんじゃない?」
目線を水面から動かす事無くセルジュが声を掛けてくる。
確かに3人は既に目視できない距離まで離れている。
「ああ、助かったよ」
俺は茂みから出てセルジュの隣に立つ。
「なぁ、ちょっと聞いてもいいか?」
「ん?何?」
セルジュは相変わらず水面の浮きから目を離す様子が無い。
「お前、王侯貴族か?」
「うんにゃ、違うよ。なんでそう思うのさ」
「いや、兵士が様付きで呼んでたからな」
「あぁ。ここの王様にはちょっと貸しが有ってね。王家の賓客扱いなんだ」
そうか?『主のお客様なんで下手に出る』て感じでは無かったけどな。
もっと当人自身が恐れられてる感じがしたけど?
「あと、俺は探査系のスキル持ちなんだけど、お前の反応が出ないんだよ。何でだ?」
聞いても答えてはくれないかもしれないが、好奇心が抑えきれずに聞いてみる。
「ん?あぁ、気配を殺してるからね」
「は?」
返ってきたのは、特に特別な事でも無い。そんな感じの回答だった。
「いやいや、それくらいで誤魔化せるもんじゃないぞ?」
「オイラを甘く見てもらったら困るな。兄ちゃんも声を掛けられるまでオイラの存在に気付かなかったろ?見えていても認識できない。そういうレベルの穏身術なのさ」
ふむ。【索敵】すら誤魔化せる術やスキルか。
納得した訳でもないが、俺の知らないスキルなどいくらでも在るか。
「なんで気配消してたんだ?」
「なかなか釣れないから、人の気配に敏感なのかなーと思って」
能力の無駄遣いが尋常じゃないな。
「そもそも本気で釣る気か?」
「勿論。夕飯の一品に加える気満々だよ」
「でも、たぶん釣れないぜ」
「な!?」
俺の言葉に驚いたように振り返る。
「なんで?まさか、この池魚居ない?」
「いや、100匹以上居るよ」
【索敵】の対象に魚を加えると池には多数の反応が有る。
「じゃあ、なんで?」
「場所が悪い。そんな浅瀬で釣り糸垂らしても魚は来ないだろ」
セルジュが釣り糸を垂らしているのは、ふくらはぎまで水に浸かるか?という程度の浅瀬だ。
「そうなの?」
「そりゃそうだろ。浅過ぎて針が底に着いてるぞ。釣り糸を垂らして釣るなら船に乗るか、せめて桟橋からじゃなきゃ釣れないんじゃないか?」
「おぉ!兄ちゃん天才なんじゃないか?」
驚きに目を見開いていたセルジュは、いそいそと道具を片付け始める。
「ほら、桟橋に行くよ。急いで」
道具を脇に抱えたセルジュが俺の手を掴み歩き出す。
「ちょ、ちょと待て、俺も行くのか?」
「当たり前でしょ。兄ちゃんが来ないで誰がオイラに釣りを教えるんだよ?」
「教えるの?俺が?」
有無を言わせぬ勢いで俺を引張って行く。
「兄ちゃんはオイラのおかげで助かったと思うんだ。恩に着せる気は無いけど、恩返ししてくれても罰は当たらないと思うんだよね」
遠回しというより、かなり直接的に恩返しを要求された。
結果、桟橋の先端に2人並んで座り釣り糸を垂らす事となった。
「なんで兄ちゃんは追われてたのさ?本当に王宮に忍び込んだわけじゃないだろ?」
「王女様にご招待されたんだが、王様が『妹の部屋に入った男は死刑だ』とか言い出してな」
「あぁ、エリザベス王女だっけ?妹への溺愛ぶりは尋常じゃないからね。お、5匹目だ」
現在の釣果は3対5で俺は負けている。
しかもどの魚も食べられるのかは微妙だ。
ルイスのシスコンぶりはセルジュも知っているようだ。
口ぶりからエリザベスとの面識は無いようなので、噂や人伝に聞いただけなのだろうが、異常なまでの溺愛ぶりが分かる様だ。
全くあの馬鹿兄貴はどうにかならないものか。
「大丈夫だよ。あの王様もちゃんと公私の切り分けはするから」
「いや、そうか…?」
そんな風には見えなかったが。
「妹が大好きなのは間違いないだろうけど、個人的な感情で周りを危険に晒す程馬鹿じゃないよ」
「個人的な感情から危険に晒されている当人を前にそれを言うか?」
「本気じゃないよ。きっと『妹に手を出したらタダじゃおかないぞ』て脅してるだけさ」
手を出す気は無いから脅すのも止めて欲しいよ。
「ちゃんと兄ちゃんの事も調べてたよ」
「え?なに、どういう事?」
「ちょっと前に『ロギナスと外交問題にならない様にこの小僧を消せないか?』て相談してたよ」
「……なにそれ?脅しじゃ無いじゃん。実力行使に出る気満々じゃん」
本気で身の危険を感じるよ。
「いやいや、ロギナス王の孫に危害を加えるのはまずいと分かってるから『脅すだけ』じゃないかなーて事」
「貴族に生まれた事を、こんなにありがたく思ったのは初めてだよ」
微妙に安心しきれないが、素直に脅されて神妙にしてれば大丈夫か?
一抹の不安は有るものの、なんとなく馬鹿らしくなってきた。
俺はセルジュと並んで世間話をしながら釣りを楽しむことにした。
「ちょっとバカンスぽいな」と思ったのは内緒だ。
バケツいっぱいの魚を抱えご満悦なセルジュに連れられ王宮に戻ったのは日没間際の夕方だった。
詰め寄ってくる衛兵を笑顔で制し「うむ、ご苦労」とその脇をすり抜けるセルジュの姿に「コイツは大物だな」と思わざるを得ない。
王宮に戻った俺達を苦虫を噛み潰したようなルイスと、どこか勝ち誇ったようなエリザベスが出迎えた。
「兄上。約束お忘れなきように」
「…分かっている」
ルイスが歩み寄ってくる。
近づいて来るにつれ、噛み潰している苦虫の数が増えていく様だ。
「王様、これ夕飯にヨロシク」
「む、ああ。伝えておきます」
流石はセルジュだ。空気を読む事無く飄々と魚をバケツごと王様に渡すとは。
「…小僧、貴様も…ゆっくりしていけ」
ルイスは断腸の思いで言葉を搾り出しているようだ。
更に一歩近づくと、俺に顔を寄せボソっと呟いた。
「エリザベスに手を出す気なら、相応の覚悟をしろよ」
アレ?殺る気満々じゃね?
言う事を言うと、そのまま踵を返し奥へと歩いていった。
バケツ片手に。
入れ替わるようにやって来たエリザベスは笑顔だった。
「何があったんだ?」
あの馬鹿兄貴があまりにアッサリし過ぎじゃないか?
「賭けをしましたの。ヒロ様を捕まえる事が出来るのならそのままロギナスに送り返す。出来なければ王宮への滞在を賓客として認める。見事に私の勝ちですの」
グッ!とサムズアップしてみせるエリザベス。
グッ!じゃね。結局他人任せじゃないか。
まぁ、助かった…のか?
余計に恨みを買っただけのような気もするが…気のせいだよね?
その日、俺の前に出された夕飯は、見事な魚料理のみだった。
あれ、嫌がらせ?
はしゃぐセルジュの横でこちらを見ながらニヤニヤ笑うルイスと目が合う。
その目が「嫌ならサッサと帰れ」と言っている。
クソ、微妙な嫌がらせを。
今後も続くであろう嫌がらせを思うと頭が痛い。
△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △
グライロックで迎える4度目の朝。
本来であれば小鳥の声を聞きながら迎える清々しい筈の朝。
俺を起こしたのは騒がしい靴音だった。
「クソ、また新しい嫌がらせか?」
ルイスの嫌がらせはエスカレートする事無く、微妙なラインを保たれていた。
昨晩は夏だと言うのに真冬用の寝具が用意してあった。
「今日はなんだ?『王宮内での戦闘の訓練』か?」
昨年ロギナスでクーデターを経験しているから無駄な訓練とは思わんが。
騒音を無視して二度寝を決め込んだ俺に事態の説明をしに来たのは
「ヒロ、大変!」
ナタリアだった。
「宣戦布告!」
「は?」
「グリトラがジグタルに宣戦布告をしたの!」
この日、俺の休暇は突然終わりを告げた。
久しぶりの投稿です。
言い訳は活動報告にて。




