65 武芸大会 前編
『さぁ、1回戦Bブロックの第2試合にまいりましょう。
対戦するのはこの2人です!』
アナウンスに従い入場すると、まだ1回戦だというのに空席を探すのが困難なほどに詰め掛けた観客から歓声が上がる。
『向かって左からの入場は、学外予選を勝ち抜いて本戦出場を勝ち取りました、ガルディア王国出身の冒険者『ボルカン・マーティー』選手です』
ボルカン・マーティーは、まさしく『山の様な大男』と表現するのが相応しい男だった。
分厚い胸板は俺の目線の高さにあり、その二の腕は子供の胴回りほどは有りそうだ。
その手にはその巨体に相応しい巨大な金棒が握られている。
『そして、向かって右から入場しましたのが、学内代表の1人『ヒロ・グリフ』選手です。ヒロ選手は、学院地下迷宮の走破パーティの一員です。学院迷宮の走破者、果たしてその実力の程は?』
アナウンサーが観客を煽るように盛り上げていく。
今年も始まったフェルディール学院の学院祭。
去年と同じ様に「クジで落選した」として武芸大会への参加はしないつもりでいたのだが「学院地下迷宮を走破している実力者を運で落選させるのは勿体無い」という事で抽選なしで学内予選への参加権を用意されていた。
本当なら『実力の証明は十分』という事で学内予選免除でも良いらしいのだが、他の生徒を納得させる為にも予選への参加からとなっている。
実際に『抽選免除』された7人は全員が予選を突破している。
勿論俺も予選を突破し本戦への出場を決めた。
「運が悪く抽選で落選した」という事ならともかく「予選で負けました」となれば、休暇での実家への帰省が地獄と化す事になる。
その上、この本戦でもそう簡単に負けることは許されない。
何故かと言えば・・・。
『この一戦の見所はどこになると思われるますか?』
実況を任される商業科の女子生徒アリス・シークロイがゲストの解説者に意見を求める。
『そうじゃの、一見すれば体が大きく力も強そうなボルカン選手が優勢と思うかもしれんが、体の大きさ、力の強さだけで決まらないのが武芸の世界。外見だけでは判断出来んな」
『そうですか『柔能く剛を制す』という言葉もありますし、見た目では判断できませんか』
アリスが、ゲスト解説者の言葉を受けて自らの言葉も付け足す。
『その通り。それと『剛能く柔を断つ』ともいう言葉もある、必ずしも剛の者が負けるという事ではない。それに、ボルカン選手が見た目に反して技巧派かもしれんし、ヒロ選手が見た目からは想像出来ん剛の者かもしれん。互いの実力が不明な以上、結果は見てのお楽しみ。と言うしかないじゃろう』
『なるほど、エルスリード様ほどの方でも初見で実力を見抜き結果を読み切るのは不可能ですか』
アリスの挑発とも取れる物言いに、ゲスト解説者の『剣皇』エルスリードが眉をひそめ反論する。
『馬鹿を言うでない。実力も結果も読めておる。ただ、言ってしまったら観客が楽しめんだろうと配慮したまでじゃ』
『それは失礼致しました。ちなみに私にだけは教えていただいても宜しいですか?』
『良かろう。耳を貸せ』
そう言うとエリスリードは、自らの予想をアリスに耳打ちした。
『なるほど。エリスリード様はそう予想されるわけですね。それでは予想通りの結果となるのか、はたまた『剣皇』の予想すら超えた結末となるのか試合を楽しみにしましょう』
この武芸大会でそう簡単に負けられない訳、それは祖父エリスリードが解説者として呼ばれている事だ。
下手に手を抜いて負けようものなら、体を休める為の休暇が地獄の特訓に変更される事は間違いない。
『そろそろ時間のようです。御二人とも準備はよろしいでしょうか?』
アリスが闘技場内で向かい合う俺達に声を掛けた。
何が「よろしいでしょうか?」だ。こっちは完全にお前等待ちだったよ。
「だとよ。準備は良いか?こんなヒョロいニィちゃん相手じゃあ俺の方は準備も何も必要無いけどな」
ボルカンが金棒を振り回しながらニヤけた顔で言ってくる。
そんな負けフラグをわざわざ立てなくても良いだろうに。
「まぁ俺も準備は良いけど、それより聞きたいんだが、アンタこの大会に参加して良いのか?」
「あ?何がだ?」
「だってこの大会の参加資格『二十歳以下』だろ?」
アンタはどう見ても30~40歳のオッサンだろ。
「俺は18だ!」
「え?二十歳を過ぎてから18年?」
「生まれてから!生まれてから18年!正確には17年と8ヶ月!」
「え?いや、だって?え??」
いやそんな馬鹿な。俺と1歳違わないだと?何の冗談だ?
俺はその言葉が信じられず、大会の運営本部に視線を送った。
苦々しくも頷く運営委員の姿に、運営委員も何度も年齢を確認したのだと理解した。
「あーそうだよ! 俺は老け顔だよ。ダチと並んでも親子にしか見えねーよ!」
どうやら地雷を踏んだようだ。何か嫌な思い出でも有るのだろうか?若干涙目にも見える。
「だ、大丈夫だ。人は外観より中身が大事だからな」
「うるせーよ!ブッ殺すぞ!」
火に油を注いだようだ。
「とっとと始めろ審判!」
真っ赤な顔で金棒を振り回す大男に促され、審判役の教員が試合開始の合図を出す。
「りょ、両者構えて。始め!」
こうしてフェルディール武芸大会第1回戦Bブロック第2試合の火蓋は切られた。
それとほぼ同時に、ボルカンの金棒が切って落とされた。
「な!?」
突然持ち手部分から先が無くなった金棒にボルカンの目が丸くなる。
開始の合図と同時に放った『飛閃』が金棒を根元から切断した。
昨年の武芸大会でユリアーナがヴァルヘイム相手にしたのと同じだ。
「悪い、あんまり時間かけてられないんだ」
俺の視線に気付いたのか審判が慌てて勝敗を告げる。
「勝負あり! 勝者ヒロ」
あまりに呆気ない終わりに観客から歓声も上がらない。
『か、解説をお願いします。エルスリード様』
『うむ、剣に集めた魔力を薄く硬く刃の如くに研ぎ澄ました物を飛ばし、金棒を切断したのだ』
『そ、その様な事が可能なのでしょうか?』
『今、その目で見たであろう?』
『それはそうですが・・・』
実況のアリスが、寒々しい会場の雰囲気をどうにか変えようと、解説のエリスリードと繰り広げる会話を聞き流しながら控え室へと戻る。
俺のここ最近の関心事項は『武芸大会をどう切り抜けるか?』に集約している。
下手な相手に負ければ、地獄の特訓が待っている。
勝ち続ければ注目を浴びるし、優勝しようものなら、歴代優勝者の横に名前が残り、近隣の国々にも名が知れ渡る。
静かで平穏な日々を望む俺としては、名が知れ渡るのはあまり嬉しく無い状況だ。
「どうしたもんかな?去年のレティシア・ルイーズくらいの相手が出場してないかな?」
あのクラスの相手なら手を抜くまでもなく全力でも負ける(武技のみなら)かもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、前方から1人の男が近づいてきた。
「お見事でした。素晴らしい技の冴えですね」
その男は爽やかな笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「ありがとうございます。貴方も参加者ですか?」
学院内で見た事の無い男だ。
「これは、申し送れました。ライエル・ネスファーと申します。グリトラより参りました」
「ヒロ・グリフです。招待選手の方でしたか」
「はい、非才の身で過ぎたる栄誉に恐縮していたところです。その上でヒロ殿の試合を拝見して自信を失くしていた所です」
肩を落として見せるが、まぁこれは謙遜だろうな。この男は全身から余裕といった気配が溢れている。
「ヒロ殿は『剣皇』エルスリード様の孫と聞きましたが?」
「ええ、出来の悪い孫ですが」
「またまた、ご冗談を。私は逆のブロックですので、対戦するとしたら決勝ですね。まぁ、ヒロ殿と違って私が勝ち上がれるかは甚だ疑問ですが、もしもの時はお手柔らかにお願いします」
そう言うと手を差し出してくる。
俺も手を差し出し握手を交わすとライエルは踵を返し歩き出した。
俺も控え室に向かい歩き出すと、背後から再び声を掛けられた。
「そう言えば、去年の優勝者はユリアーナ・グリフという方らしいですが?」
「ええ、姉です」
「そうですか、やはり血筋ですね。ご姉弟揃って優秀だ。やはり去年の大会に参加するべきでしたかね」
「姉は剣を握らせたら俺以上ですよ?」
「それは怖い。ではまた後ほど」
そう言うと今度こそライエルは歩き去った。
俺はその背中から何か暗く冷たい気配を感じ暫く目を離すことが出来なかった。
「あーあ、去年の大会に出るべきだったかなー」
ヒロと別れ試合場へと向かうライエルの顔には、ヒロと話しているときの爽やかな物とは違う、酷薄で冷たい笑みが張り付いていた。
彼は冷たい笑みを更に深め、舌なめずりをしながら大会参加者の顔を思い浮かべていた。
「やっぱり泣かすのは女のほうが良いよなー」
ライエルがこの大会に暗い影を落とす事になる事をこの段階ではまだ誰も知らない。
前・中・後の3話構成の予定です。
ボルカン君は単なる噛ませ犬(にすらなっていませんが)
今後もリベンジにくる予定も有りません。
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




