34 運命の出会い
街道を進む1台の馬車。
取り立てて豪華でもなく、大きくもない普通の馬車だが、それを引くのは見事な白馬だ。
飾り気のない質素な内装だが、体が沈みこむ程の柔らかい座席と荒れた道でも揺れる事の無い室内は、この馬車が最高級である証拠か。
その室内にいる1人の女性は満面の笑みを浮かべながら。
「もうすぐよ。もうすぐだからね♪」
歌うように呟きながら窓の外を眺めていた。
同じ室内に、そんな彼女の姿を見守る女性がいた。
「良かった。良かったですね。お嬢様」
最近までの鬱ぎ込んだ主からは、想像出来ない程にはしゃぐ姿に目の端に涙が浮かぶ。
そんな2人を乗せた馬車は街道を快調に進んでいく。
到着は明日の昼前の予定だ。
△ △ △ △ △ △ △ △
フェルディール学院武芸科『ヴァルヘイム・グランディオ』。
彼はどんな人物か?
そう聞けば、10人中6人は『戦闘狂』と答えるだろう。
実際、彼は退屈よりは危険を選ぶだろう。
彼にとってスリルあるギリギリの戦いは娯楽なのだろう。
そんな彼にとって日々の鍛錬は、より戦闘を楽しむ為の準備だった。
『自身が強くなる』事より、強くなれば『より強い相手と戦える』。
昨日より強くなっていれば、昨日より楽しい戦いが出来る。
それが、彼の鍛錬の理由だった。
ヴァルヘイムは今日も剣を振っている。
この時間に、この場所で剣を振るうことは既に日課となっている。
「フー」
息を吐き、振るっていた剣を地面に突き立てる。
振れば振った分だけ強くなれると信じている。
剣の師匠は父だった。習えたのは剣の握り方と基本の振り方だけだった。
後は全てが自己流。
振りやすいように振ったら良い。
動きやすいように動いたら良い。
洗練された動きなどいらない。
誰よりも速く剣を振れれば、誰にでも勝てる。
そんな単純明快な理念の下、今日もひたすらに剣を振るう。
今、頭に思い描くのは先日の魔獣との戦いだ。
あれほど高揚したのは初めてかもしれない。
下手にくらえば即死の攻撃を潜り抜け、とてつもなく硬い体表に剣を叩き込む。
何度も何度も繰り返し、死を隣に感じた。
だがその反面に自分の生を実感できた。
不満が有るとすれば、奴を両断出来なかった事。
自分では無理だと理解しトドメを仲間に託した事。
「いつの日か、あの魔獣でも両断できる様になってやる」
それが今の目標だ。出来ないとは微塵も思わない。
今は出来ない。ただ、それだけだ。
出来るようになるまで続ければ良い。
そうすれば辿り着ける、必ずだ。
『諦める事を知らない男』
ヴァルヘイムをよく知る者が彼を表す言葉。
その諦めを知らない男は、今日も己の理想を追いかけ剣を振るう。
そんな彼に声を掛ける者がいた。
「下手くそね。もったいない」
「ん?」
振り返った先にいたには1人の女だ。
一言で言えば美人だな。もうちょっと説明するなら『生意気そうな美人』だ。
「もったいない。折角の剣が泣いてるわ」
「なんだと?コイツが泣いてる?」
やっぱり生意気そうだ。
「そうよ、下手くそな持ち主に振り回されて嘆いているわ」
「随分と分かったような事を言ってくれるじゃないか?」
「そうね、貴方よりは剣について分かってるわよ?」
「へー、じゃあ剣を知らない下手くそな俺に是非とも教えてくれよ」
喧嘩を売られてる様だ。なら買ってやるのが礼儀だろう。
「いいわよ。じゃあー、コレ借りるわよ?」
そう言うと、素振り用の木剣を手に取った。
「良いのか?俺のは真剣だぜ?」
しかもコイツの切れ味は半端じゃないぜ?
「当たらないんだから、木でも鉄でも同じでしょ?」
「そうか、そうだよ、なっ!」
不意打ちで突きをお見舞いした。
つもりだった。
ビシ!
ガシャン!
突きを放ったつもりだったが、気付けば手首に激痛が走り剣を取り落としていた。
「な!?」
「ほら、早く」
早く拾って構えろ。そう言う涼しい顔の女に。
「上等、怪我しても文句は無しだぜ」
一応断りを入れておく。
「あら、嬉しいわ。でも心配しなくていいわ。手加減は得意なの」
はあ?なに言ってんだ?手加減?
つまり、あれか、「怪我させないように気を付けてあげる」て事か?
舐めんな!
トン!
肩に何かが乗る感触にそこに木剣が在る事に気付く。
な?いつの間に?
「ね?寸止めも得意でしょ?」
何でも無い事の様に笑う女に戦慄する。
距離を取ろうと飛び退るが、動きが読まれていたのか肩に木剣を乗せたままピッタリと付いて来る。
フェイントを交え前後左右に動くが木剣は肩に固定されているかの様に微動だにしない。
木剣を払おうと剣を跳ね上げると、木剣はスルリと刃を避け逆に俺の剣を跳ね飛ばす。
ドス!
後方で剣が地面に突き刺さる。信じられない思いで女の顔を見ていると、ニッコリ笑い「早く拾えば?」とその目が言っていた。
化物か?
仰向けに倒れ大の字になり空を見上げる。
「ハア、ハア、ハア、何でだ?何で当たらない?」
そう、何も当たらなかった。
どれだけの時間を費やしたのか?
どれだけの事を試したのか?
結局その女は無傷、どころか息切れさえしていない。
「クソ、何でだ?」
女の動きは速くは無かった、動きは完全に目で追えていた。
なのに気が付けば木剣は俺の体に当たっていた。
「さて、何ででしょう?答えは自分で考えなさい。そしたら多少は強くなるかもね」
そう言うと踵を返し歩き去ろうとした。
「ちょっと待ってくれ。俺は強くなれるか?アンタに勝てるくらいに」
俺の質問に彼女は、驚いた様な、呆れた様な顔で答えた。
「ここまでボロカスにやられて、私より強くなれると思えるの?
本気なら逆に見所有るわよ」
「ああ、諦めなければいつかは辿り着ける」
それが俺の信念だ。
「ふふ、じゃあ辿り着けたと思ったら、また相手をしてあげるわ」
「ああ、約束だからな」
「ええ、貴方がその約束を守れるなら」
そう言って立ち去った彼女の笑顔は俺の心を両断した。
「惚れたぜ」
美人で俺より強い。正に理想だな。
絶対に彼女より強くなって惚れさせる。
俺の目標が変わった。
もう魔獣のことはどうでも良い。
「よし、とりあえずアイツに相談だな」
この学院で数少ない俺より強い奴に相談する事にした。
他人にアドバイスして貰うのは性に合わんが、背に腹は代えられないと言うしな。
コンコンコン
「ヴァルヘイムだ。ちょっと相談があるんだが良いか?」
ドアをノックし声を掛ける。
ガッチャ
「相談?ヴァルが?珍しいな」
「そうなんだよ。珍しいんだよ」
俺達は相談がてらメシを食いに行く事にした。
いつもより激しく運動したので腹ペコだ。
「ヴァルがボロ負けとは恐ろしい人だな」
「だろ?あれは異常だ。初めてお前を見たとき以上の衝撃だったぜ」
そんな話をしながら食事に向かっていると。
「ああ!!」
突然の大声に視線を向ければ。
我が愛しき麗しの、ああ、えー、名前を聞いてなかったな。
ともかく、愛しき彼女がそこに居た。
また会えた。
ドキドキと高鳴る胸の鼓動を聞きながら。
こちらに向かい歩き出した彼女に何か声を掛けようとしたところで。
超高速で彼女が横を通り過ぎた。
「え?」
「ああ!ヒロ、ヒロ、やっと会えた!」
愛しの彼女に、押し倒さんばかりの勢いで抱きつかれた、その男、ヒロに軽く殺意を持ったのは仕方が無い事だと思う。
「貴方少し痩せたんじゃない?毎日ちゃんと3食食べてる?栄養のバランスはちゃんと考えなきゃダメよ?睡眠時間もちゃんと確保してる?変な夜遊びばかりしてちゃダメよ?女遊びなんてもっての外だからね。ああ、でも元気そうで良かった。それだけが心配で心配で」
よし、ヒロは一度殺そう。俺がそんな覚悟を決めたとき。
ただ呆然とされるがままだったヒロが声を発した。
「あの、え?な、なんで姉さんが?」
あ?今なんて言った?
「ちょ、とりあえず落ち着いて下さい。姉上」
あねうえ?姉上?
「姉上?」
ヴァルさんが主役です
というより姉様を出したかったです
超絶ブラコン姉様に色々がんばってもらいます
感想、ご指摘等ありましたら
宜しくお願いします




