返せない石
夕日が出口の外から低く差し込む中、岩陰から石の雨が降ってきた。
拳大の礫が、数十発。ダリウスの膝では走れず、盾の外へ一歩でも出れば、一発で骨が折れる。
「伏せろ!」
バルトの怒号と同時に、大盾が前へ出た。礫が叩きつけられるたびに、ごん、ごん、と鐘のような音が鳴る。
シンは盾の影で、刀を前に構えた。装填は《鏡晶》のままだった。
(石は、膜が通してしまう)
さっき小部屋で試したばかりだった。薄い光の膜は、光と魔力の波にしか効かない。刃を前に出したところで、礫は素通りして肩を打つだけだ。
「《重圧》に戻すには、十秒かかるわよ」
フィオナが言った。盾は、十秒どころか、あと何発持つか分からない。
「戻さない。このまま行く」
シンは盾の縁から、岩陰をのぞいた。投石器を構えた男が五、六人。黒い布で顔を隠し、出口の上の岩場に並んでいる。そこは、森の木々が作る影の中だった。
そして夕日は、シンの背中の側から差している。
(影の中にいる連中は、狙いをつけるために、ずっと明るい出口のほうを見ている)
シンは盾の影から半身を出し、刃を西日に向けて傾けた。膜が夕日を受けて、白く燃える。そのまま角度を二度、三度と変えて、光を岩場へ折った。
白い筋が、男たちの顔を撃った。強すぎる光を正面から浴びれば、しばらくは何も見えない。
「ぐあっ、目が!」
「何も見えねえ!」
あちこちで、投石器が岩の上に落ちる音がした。
投石器の紐が空を切り、礫があらぬ方向へ飛び始める。シンは盾の影から飛び出し、礫の下をくぐるように地面すれすれを走った。静風は使わない。
腰から出し、膝で止めない。父に叩き込まれた足運びだけだった。
目を覆っている男の前へ踏み込み、刀の峰で投石器の紐を断った。返す刃の腹で手首を打つと、男の手から石がこぼれ落ちた。
隣の男が、目をこすりながら石を握り直す。シンはその手首を、上から掌で押さえた。押さえただけで、男の腕がぴくりとも動かなくなった。
「先に撃ったのは、そっちだ」
声は静かだったが、男たちの膝が震え出した。
「退け、退け!」
誰かが叫ぶと、全員が鏡の森の中へ駆け込んでいった。足は速かった。逃げ慣れている。
「追うな」
ダリウスの声が飛んだ。
「鏡の森で追えば、こっちが迷う。向こうの庭だ」
ティナが鼻をひくつかせた。
「脂と煙の匂いがします。森の外れで、野営してると思います。風向きが逆でも残ってたので、間違いないです」
念押しするように、ティナが言い添えた。分からないことは確かめてから言う、という団の決まりを、守っている。
足元に、爪の紋を刺繍した黒布の切れ端が落ちていた。鉄鷲団の紋だった。シンは拾い上げて、強く握った。
バルトが盾の凹みを指で数えている。
「十九発。弁償してもらうからな」
「盾の修理代は、鉄鷲団に回しましょう」
少し笑いがこぼれた。笑えるうちは大丈夫だ、とシンは思った。
***
夜、焚火のそばで、フィオナがシンの肩に湿布を貼った。礫の痕が、紫色に腫れている。
「痛い? 痛いなら、痛いって言いなさい」
「痛い」
「素直でよろしい」
湿布の薬草は、ダリウスが森で摘んだものらしい。鼻にツンとくる匂いがした。
「あなた、突っ込むとき、一回も後ろを見なかったでしょう」
「……見る余裕がなかった」
「次は見て。私たちがついていける速さで走って」
シンは少し黙ってから、頷いた。
「分かった。約束する」
「何回目の約束かしら」
「数えてたのか」
「帳面に付けてるわよ」
フィオナは湿布の端をぴしゃりと叩いた。
「いてっ」
「これは、今日の分の罰」
***
事件が起きたのは、翌朝の地図の売り場だった。
「地図の通りに進んだら、行き止まりだったんです」
青い顔の探索者の青年が、現地で描き写した図を持って戻ってきた。第三層の分岐に、見慣れない矢印がある。金色の線は右へ向かっているのに、壁の矢印は左を指していた。
「これは、俺たちの印じゃない」
そっくりだった。色も形も、向きだけが違う。
フィオナが写しに顔を寄せて、眉をひそめた。
「塗料の艶が、新しいわ。昨日か、今朝に塗ったものよ」
「事故に見せた妨害だ」
バルトの声が低く沈んだ。シンは頷いた。
「誰がやったのかを探すのは後だ。今朝入った人は、名簿で四十人ほどいる。この印を信じて進んでる人を、全員止める」
ティナが耳を立てた。
「私が走ります。昨日から今日に入った人の匂いを、追えます」
「頼む」
言うが早いか、白い尻尾が廊下の角に消えた。
残った四人も、すぐ手分けした。シンは今朝この層へ入った購入者の名簿を引き、フィオナは貼り紙を書き、バルトは赤い字で板を殴り書きした。ダリウスは鍋を火から下ろした。
「食うのは後だ。戻ってきてから食え」
「食う前に倒れるなよ」
「お前がな」
売り場の前で、黒い外套の男が一人、足を止めた。それを、マテオが見ていた。
男はすぐに人混みへ紛れた。
「今の人……」
「どうした、マテオ」
「いえ、気のせいかもしれません」
マテオの目が、揺れていた。
彼はその男の歩き方を、どこかで見たことがあるような気がした。




