八つの往復
野営門の試運転は、日が傾くまでに終えたかった。使えると確かめられなければ、明日から三日分の食料と水を背負って、森の奥へ入ることになる。
フィオナが石の杭を三本、森の入口に打ち込んだ。辺の長さは、シンが縄で測ってそろえた。三角形の中心に淡い光が灯り、空間に縦長の裂け目が開く。向こう側に、第八層の台所の灯りが見えた。
「ここから、一日に八人が往復できる。物資は別枠で三百キロまで。この門が使えなければ、補給なしで森の奥へ入ることになるわ。まず試すわよ」
最初に入ったバルトは、台所の湯気をまとって、十数える間に戻ってきた。
「肉の匂いがした!」
その足元を、白い毛玉がすり抜けた。スノウが勝手に裂け目へ飛び込んで、すぐ戻ってくる。杭の頭の小さな珠が、ひとつ灯った。
「動物も、一名分に数えるのね」
フィオナは感心して書きとめた。
「次、ティナ。出るときは裏口から出てみて」
ティナは台所の戸の向こうへ回り込んだが、すぐ困った顔で裂け目から顔を出した。
「出られません。ここに、戻されます」
「そう。帰り道は、出発した同じ門だけ。別の門からは出られないの。迷って別の出口を探しても、ここに戻されるだけよ」
フィオナは満足げに頷いた。ここまでは、順調だった。
二度目に入ったバルトが、裂け目の途中で止まった。背負った大槌の柄が引っかかっている。縁が小さく震えていた。
「おい、動かねえ!」
「押さないで! 縁が揺れてるの」
シンは三本目の杭にしゃがみ込んだ。土が湿っていて、根元がわずかに傾いている。杭が傾けば、三角形の中心も歪み、裂け目は開ききらない。
「ここだ。地面が柔らかい」
杭の根元に掌を当て、土に重さを落とす。土が締まる低い音がして、杭がまっすぐ立った。裂け目の震えが止まり、バルトがずるりと抜けて、尻もちをついた。念のため三本の杭の根元には、拳大の石を積んで固めた。
「助かった……」
「三本とも、まっすぐでないと開ききらないのね」
フィオナが手帳に書きつけてから、声を落とした。
「もうひとつ、大事なことを言うわ。人数は連続二十四時間で八名分。そして、帰りを片道で使うと、その人の一名分は三十日間、回復しない」
「片道?」
「怪我人を本拠地へ送って、本人は現地に残るとき。戻る権利が、三十日間封じられるの」
ティナが耳を伏せた。
「連続で救助したら、みんなの帰り道が、なくなっちゃいます」
「だから今日は、五人とスノウで六枠。二枠は救助のために空けておく。片道を使うのは、全員が合意したときだけ。誰かが一人で決めるのは、なし」
「俺が怪我したら?」
「バルトは丈夫だから、最後」
「理由がひどい」
「事実よ」
最後の一行に自分が見られた気がして、シンは目を逸らした。
その空気を、ダリウスの木箱が破った。どん、と門の前に置かれた箱に、フィオナが秤を当てる。秤が、ぎしぎしと鳴った。
「香辛料の箱が、四十キロ超過」
「必要なんだ」
「だめ」
「肉が臭くなる」
「だめ」
「頼む、半分だけでも。俺の鍋は、これがなきゃ味が通らん」
結局、香辛料は三分の二に減らされた。日没には、裂け目が細くなって音もなく閉じた。その晩、ダリウスは一日じゅうぶすっとして、夕食の味付けを三割濃くした。バルトは涙を流して喜んだ。
***
森の奥の野営地で、焚火を囲んで団名会議が始まった。
「名前が決まらないなら、せめて旗は赤にしようぜ」
「旗は後!」
「じゃあ名前だ。鉄拳団」
「却下」
「大槌の誓い」
「それ、バルトの武器の名前でしょう」
フィオナが、手帳をめくった。
「私の案は、『古代文字と現地測量による共同開拓機構』」
「長い!」
「正式名称よ!」
「呼べねえ!」
「呼ばなくていいの、書くの!」
ティナが、火を見つめたまま、ぽつりと言った。
「食堂みたいなのはどうでしょう。『ぐつぐつ亭』とか」
「それは、ダリウスの鍋の音だろ」
「あ、ばれた」
ダリウスが笑いを噛み殺した。シンは帳の余白に、全員の案を書き留めた。鉄拳団。大槌の誓い。古代文字と現地測量による共同開拓機構。ぐつぐつ亭。団旗用にと広げた布の上では、スノウが丸くなって眠っている。
「宛名がないと、請求書に困る」
ダリウスがぼやくと、ティナが手を挙げた。
「『毛だらけの旗の団』でどうでしょう」
「このまま、布が旗になるのか」
「毛だらけの旗ね」
「個性的で、いいんじゃないか」
結局、名前は決まらなかった。決めたのは、今日の支払いと、明日の出発の時刻だけだ。
夜が更けて、火が小さくなる。バルトが先に寝息を立て、ティナはスノウと丸まって、ダリウスは鍋を磨きながらうとうとしていた。フィオナは膝を抱えて、火を見ていた。
「ねえ、シン。旗の名前、決まらなくてよかったかも。決まったら、全部が決まっちゃう気がして」
シンは返事をせず、帳の隅に小さな印を五つ並べて描いた。その下の空欄は、まだ空いたままだった。それが、なんとなく嬉しかった。
フィオナはその横で、鞄からギルドの写しを取り出した。明日入る回廊の、古い探索記録だ。最後の頁の余白に、一行だけ、走り書きがある。
『入ったはずの者が、三度、入口に戻される』
「三度、か」
フィオナはその一行を、鉛筆で丸く囲んだ。




