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間久部くんの受難   作者: Undo
間久部麗という少年
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第2話 ある日の風景

「あっ、来た! 間久部麗、そこで止まりなさい!」


翌朝、校門を通過しようとした僕は、よく通る声に呼び止められた。


聞こえなかったことにして進む。


死者の声を無視することに比べれば、生者一人を無視する方が容易い。


「ちょっと、無視しない!」


風紀委員の腕章をつけた女子生徒が、目の前へ回り込んだ。


天使翼(あまつかつばさ)


快活な美人として校内でも有名だが、僕にとっては朝から疲労を増やす存在だった。


彼女は僕が拒絶しても、傷ついた顔を見せない。


正確には、傷つくより先に怒る。


その単純さには、少しだけ救われていた。


「おはようございます。それでは」


「待ちなさいって言ってるでしょ!」


「挨拶は済ませました」


「挨拶をしたら逃げていいなんて、誰が言ったのよ!」


天使さんは手にした記録表を突きつけた。


「今学期に入って、遅刻が七回、欠席が十一回。出席日数、またぎりぎりじゃない」


「足りているのであれば問題ありません」


「あるわよ。あなたが好き勝手すると、ほかの生徒に示しがつかないの」


「では、僕と同じ出席数で学年一位を取った生徒に限り、同様の裁量を認めてはいかがですか」


「そうやって屁理屈ばっかり!」


「屁理屈ではありません。公平な基準を提案しています」


「外国の博士号まで持っている人が、どうして普通に登校できないのよ!」


「博士号と登校時刻に因果関係はありません」


「もう、ほんっとに可愛くない!」


「容姿についての評価でしたら、天使さんは少数派だと思います」

「自分で言う!?」


予鈴が鳴った。

僕にとっての救いの鐘だ。


「まだ続けますか?このままでは遅刻になります」

「風紀委員が生徒を校門で拘束するのはいかがなものかと思います」


「誰のせいよ、誰の!」


天使さんの横を抜け、教室へ向かう。


「今日の放課後、絶対に逃げないでよ!」

背後から聞こえた警告は、ひとまず無視することにした。


ただし、彼女が追ってくる足音がしないことだけは、無意識に確認していた。


教室へ入ると、数人の視線がこちらへ集まった。


僕が珍しいのではない。

久しぶりに僕が登校したことが珍しいのだろう。


「間久部君、これ昨日までのプリント」


前の席の女子生徒が、机の上へ数枚の紙を置いた。


「ありがとうございます」

「ノートもいる? 昨日の数学、結構進んだから」


「教科書を読めば分かりますので、必要ありません」


「あ、うん。そう、だよね」


女子生徒は曖昧に笑い、自分の席へ戻った。


礼は述べた。

必要のないものを断った。

それだけの会話だ。


それでも、僕と話した人間は大抵あのような顔をする。


もう少し柔らかく言えばよかったのかもしれない。

ノートを受け取り、後で礼を返せばよかったのかもしれない。


けれど、好意を受け取れば、次の好意を拒みにくくなる。


人とのつながりは、霊とのつながりほど露骨ではない。

ただ、一度結ばれれば簡単には切れないという点では、よく似ていた。


僕は、その扱い方が分からない。

分からないものには、最初から触れない方がいい。


午前中の授業は、教師が黒板へ書いた数式の誤りを訂正したことを除けば、何事もなく終わった。


昼休み。


人の少ない中庭の端でパンを開けていると、向かいの席へ天使さんが当然のように腰を下ろした。


「またパン一つだけ?」


「僕が何を食べても、風紀には影響しないと思います」


「栄養が偏って倒れられたら困るの。昨日も休んでいたでしょう?」


「僕が倒れることで、天使さんに何か不都合がありますか」


「あるわよ。欠席者への連絡、誰がしていると思ってるの?」


「担任の仕事ではありませんか」

「私よ!」


「それはお気の毒です」

「誰のせいだと思ってるのよ!」


天使さんは自分の弁当から卵焼きを一つ取り、僕のパンの袋へ置いた。


頼んでいない。

受け取る理由もない。

そう言えば済むはずだった。


「結構です」

「いいから食べなさい。顔色、まだ悪いわよ」


昨朝の発熱は下がっていたが、霊に右腕を乗っ取られた疲労までは抜けていない。


もちろん、それを説明するつもりはなかった。


彼女が知ったところで何もできない。

できないことを心配させるのは、無駄でしかない。


そう判断したのに、胸のどこかがわずかに重くなった。


「あと、放課後は旧校舎の掃除ね」

「なるほど。卵焼きは賄賂でしたか」

「違うわよ! それとこれとは別!」


「お断りします」

「拒否権はありません!」


「清掃を懲罰に利用するのは、教育上いかがなものでしょう」

「学校への貢献活動よ。あなたにはそれが足りないの」


抵抗を続ける時間と、掃除を終わらせる時間を比較する。


後者の方が短い。


「分かりました。手短にお願いします」

「最初からそう言えばいいのよ」


天使さんは満足そうに頷いた。


僕はパンと一緒に卵焼きを口へ運ぶ。


味について感想を述べる必要はないと思ったが、向かいから無言の圧力を感じた。


「おいしいです」

「そうでしょう?」


なぜ彼女が誇らしげなのかは分からなかった。


けれど、先ほどまで胸にあった重さは、少しだけ薄れていた。

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