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間久部くんの受難   作者: Undo
祓屋の世界
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15/47

第15話 敗北の後に見るものは

席には三人いた。


 八神だけではない。


 グレイは椅子を一脚増やしてもらったらしく、ゆったりと腰を下ろしていた。手には、琥珀色の酒が入ったグラス。


 サーシャの前には、水が置かれている。


 八神は、舞台を見ていた。


 こちらへ顔を向けない。


 文句も、嫌味もない。


 僕はかえって不安になった。


「戻りました」


「ああ」


 短い返事だった。


 八神の口元を見る。


 笑っていた。


 声は出していない。


 唇の端だけが、わずかに持ち上がっている。


 機嫌が悪いのか、よいのか。


 少なくとも、第一部で主催者に三百億と告げられたときの笑いとは違っていた。


 僕も舞台へ目を向けた。


 そこに、竜がいた。


 最初は、全体を捉えられなかった。


 舞台の上へ、あまりに多くのものが重なっていた。


 黒い外骨格。


 折り畳まれた翼。


 太い脚。


 湾曲した爪。


 長い首の先で、顎がわずかに開いている。


 牙が見えた。


 頭には、あの角が続いていた。


 第一部で見せられたものが、本当に先端にすぎなかったことを、ようやく理解した。


 剥製。


 そう説明されている。


 確かに、動かない。


 息もしない。


 けれど、舞台の中央へ置かれたそれを、ただの物として眺めることができなかった。


 眼が、残っていた。


 照明を受けて、表面が光る。


 その光の位置を確かめながら、僕は無意識に半歩、横へ動いていた。


 何も起きない。


 当然だ。


 それでも、胸の奥に小さな冷たさが残った。


「大きい……」


 天使さんが呟いた。


 今回は、僕も同じ感想だった。


 舞台へ、一人の男が上がってきた。


 赤い髪。


 長い髪が、歩みに合わせて背で揺れる。


 僕は息を止めた。


 エントランスで見かけた人物だった。


 あのときと同じ黒い衣服。


 あのときと同じ、柔らかな微笑み。


 男は竜の傍らへ立った。


 巨大な剥製の前に立てば、普通は人間の小ささが目立つ。


 なのに、不思議と、そうは見えなかった。


「本個体を落札されました、聚楽様でございます!」


 じゅら。


 女性が告げた音を、僕は頭の中で繰り返した。


 男は軽く会釈した。


 大げさに手を振ることも、誇らしげに胸を張ることもない。


 歓声を受け取って、静かに頭を下げる。


 それだけだった。


 赤い髪が肩から落ち、顔を上げると、元の位置へ戻った。


 その視線が客席を巡る。


 こちらまで見たのかどうかは、分からなかった。


 僕は目を逸らせなかった。


 男はスタッフに促され、舞台の奥へ去っていった。


 歓声は、まだ続いていた。



オークションが終了し、席へ戻っても、僕はすぐには座れなかった。


 三人の間に、何かがあった。


 言い争っているわけではない。


 黙り込んでいるわけでもない。


 グレイは時折グラスへ口をつけ、サーシャは舞台と客席を交互に見ている。


 八神は、あの薄い笑みを残したままだった。


 先ほどまで、何を話していたのだろう。


 誰が競り合ったのか。


 いくらまで値が上がったのか。


 尋ねたいことはあった。


 けれど、そのどれも、今ここで口にしてよい話題とは思えなかった。


「八神さん」


 天使さんが言った。


 僕は彼女を見た。


 止めるには遅かった。


「あれ、いくらで売れたんですか?」


 八神が、ようやく舞台から目を離した。


「小さな国の国家予算の半分くらいかな」


 さらりと答えた。


 天使さんが首を傾げる。


「国家予算って……一年分の?」


「そうだな」


「それ、いくらくらい?」


 彼女の視線が僕へ来た。


 僕は答えなかった。


 国による。


 当然、幅がある。


 けれど、今その幅を数字へ直すことに、何の意味があるだろう。


 第一部では、二百を三百へ書き直した。


 今度は、書く場所そのものを変えなくてはならない気がした。


「間久部君?」


「……考えない方が、食事がおいしくいただけます」


「そんなに?」


 僕は頷くにとどめた。


 グレイが、小さく息を漏らした。


 笑ったのかもしれない。


 サーシャは水を一口飲んだ。


 八神は、舞台奥の扉をもう一度見た。


 聚楽が消えた扉だった。


 その横顔を見て、僕は背筋へ冷たいものを感じた。


 負けて悔しがっている顔には見えない。


 では、何を面白がっているのだろう。


 考えていると、八神が立ち上がった。


「さて。食事にしよう」


 あまりに普通の言葉だった。

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