経済格差の本当の意味を知ることができた。テストで100点取れそうだ!
「さぁ、まだ夜10時ですよ。桃源郷の最深部へ向かっていきましょう」
嘘だろ。まだ先に進むのか。そのうち多額の税を払うことになるぞ。すると颯はPDFの穴をついたかのように、自信満々なドヤ顔を俺にキリッと向けて豪語した。
「なに、11時以降は敵モブを無視すれば良いのですよ。隅々までアウトプットしたPDF p.2¹⁰に『午後11時以降の敵モブを討伐を禁じる』とはありますが、『午後11時以降は桃源郷に滞在してはならない』という規則はどこにも書かれていませんでした」
こいつの記憶力の引き出しを5つほど奪っていいか?こいつ、絶対中学高校の定期考査で無双してただろ。特に実技教科。
「じゃあ…行くか……」
深部に進むに反比例して、物音が静まり返っていく。既にアリエットはフカフカな高級ベッドで楽しい夢でも見る準備をしている頃だ。颯は敵を倒さなければ良いとしれっと言葉に出したが、敵に追いかけられながら城下町まで逃げるのは、探索者に非難を赤字で売ること間違いなしだろう。なるべく敵モブとの出会い頭は避けたいところだが、よりにもよって今は夜。猛皇が出没しやすいと言われるこの時間帯に、LV.1が突っ込んでいいわけがない。
「あれは…さっきの蛹虫か?」
俺が指を指した先には、黄緑の蛹に包まれている虫を発見した。体長10cmほどの蛹だ。
「あれはマルメドが羽化する準備をしている姿、ハルラーです。ただその羽化にはおよそ4ヶ月かかり、そこから成虫フィリンルとして生息できるのは僅か2週間と言われています。さぁ、バグが本物である証をもう一度見せてください」
折角準備をしているハルラーをこの拳と脚で台無しにするのは抵抗があったが、証明するために仕方なく履き慣れた靴で蹴りを入れた。蛹は同様にして消え、颯に黒い腕時計のスクリーンが先ほどと同様に投影されたのを見せた。まずハルラーのステータスが表示され、その後に俺のステータスが表示された。
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〔ハルラー〕
・マルメドがフィリンルに羽化するための準備状態。
・羽化する準備で忙しいため、探索者に敵対はしない。
・倒すことで経験値を50得られる。夜になると体長20cmほどの猛皇ハルラー(経験値は300)が必ず出没するが、ただ大きいだけで普段と同様に敵対はしない。
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「これは……まずあなたの経験値システムがダウンしていますね。それから、それを組む回路の一部……おそらく根本的なスイッチ及びその周辺が何らかのミスで作動していないと思われます。魔界機械研究所の研究員らは細部に特にこだわり、根本的な部分は疎かになる程度興味を持たない性格の人々の集合体なので、仮にスイッチが作動していないとなると…修復は難しいかと。至難の業でしょうが」
じゃあ俺は研究所にこっそり忍び込み、システムのスイッチを入れ直さなければならない、ということか。
「彼らの監視力は人一倍強いですから、ライトで照らされて多額の罰金を支払う、ということも想像の範囲内ですよ」
これから先は波乱の道のりを辿ることになると覚悟を少しばかり覚えたとき、蝿の羽の音量が10倍ほど大きくなって帰ってきた。体長10cm。え?猛皇?……イテッ、こいつもヒドナーンのように刺してくるんじゃねーかよ。
「『敵対する』と書かれているのを見ませんでしたか?示されているならその通りになるのが普通ですよ」
呆れたようにアドバイスする颯。
「そんなのどこにも書いて……あった」
PDFにそんなことは載ってないと言いたかったが、敵モブステータスの欄にしっかりと赤字で書かれていた。この猛皇はただ潰すだけでは倒れない。ちょこまかと逃げる小さな黒い物体に、俺の素手攻撃をお見舞いしろと。
「ちょい手伝ってくれんか」
15発の拳と7発の蹴りが全く攻撃となっていない俺を横目に、颯は再び草や実の森林採集を行っていた。
幸運の偶然にも、俺の素振りを引く手がダメージを与えて羽は羽ばたきをやめた。一応だが、本当に一応だが、一件落着だ。
「颯!!これどうすればいい?!」
「颯です!!歯向かうわけにもいきませんしとりあえず逃げましょう!!!」
俺と颯は、3体の猛皇ラドルミアから絶賛逃走中だ。あのデカいマルメドを叩いた20分後にアリエットが就寝し、敵モブを倒してはならない時間帯となったので、戦うわけにはいかない。勿論戦った後は罰金が徴収されるので、貴重な1万円を無駄な税金でアリエットに献上したくないのは颯も同じだろう。しかしそんなところで、美味い炒飯のツケ2がやってきた。
「いってええええぇぇぇ!!!!」
眠気の次は腹痛が俺に襲いかかってきた。食べ物を口にした後に運動するとそうなるのは当たり前だが、今回の痛みは現実とはかけ離れているほど格段に重くなっている。やっとの思いで桃源郷の入り口から城下町へ飛び出したが、猛皇は構わず俺と颯を追いかけ回していた。
「私の道具を足止めをするために使ってください!!」
路地裏に向けて地面を蹴り、速やかに颯のドラム缶や鉄板を適当に並べストッパーにさせ、路地裏を迷路のように駆け巡る。うまく猛皇を巻くことができたそうだが、炒飯を食い、半日眠ったにもかかわらず俺の体力はもう0だ。しかし、流石は颯。腹痛で腹をさする俺に、再び神の手を差し出してきた。
「今日はもう遅いですね。私の家は最近家具を新調したばかりで、客室もあるのです。そこに今日は特別に泊まらせましょう。序でに朝食も準備しておきますから」
いやぁ、ありがたいわ。新品の家具とアリエットが使うようなフカフカベッドを、俺もタダで使うことができるのか。しかも朝食付き。現実でのアンハッピーが魔界でハッピーになって帰ってきたらしい。
「そんな豪華なものをいただいていいのか!?」
俺が食い気味に聞くと、さぞ当たり前かのように言葉を返した。
「『君子に二言なし』と言うでしょう。それと同じですよ。約束はしっかりと守らなくてはならないですから」
今いる場所から10分ほど歩いた一つの住宅街(高級)の中に、彼の家はあった。
「うっそだろ…」
俺は言葉にすることができないほど、高級な街並みを目に焼き付けた。1軒あたり推定5千万円はする。富裕層だけが暮らすことのできる街なのか、元々特待サービスがあったのか。颯は目の前にある最も大きい家の前を右に曲がり、3件隣の扉の鍵を開けた。
「さぁ、中へ。客室は2階です」
中へ案内されると、当初の俺の思い描いていた家の姿がここにあった。1階には軟らかいソファと壁掛けテレビ、そして颯の自室のようだ。キッチンと炊飯器は完備で、何故か木製の椅子にはデカいスライムが鎮座している。
「え…え?あのスライムは……?」
座りながら(?)気持ちよさそうな睡眠時間を堪能している紫のスライム。鼻下から伸ばす ちょび髭は金ピカで、さらに困惑を覚えた。
「あぁ、私のペットです。猛皇スライミドの一種で、どうやら特殊色を纏っているようで」
え?ペット?飼い慣らしているの?飼い犬ならぬ飼いスライミド?しかも特殊色?
「いやいやいやいや、そんな猛皇をペットにできるわけないでしょ」
俺が全力で否定すると、颯はいつものようにしれっと出会いを語った。スライミドは体を伸縮させながら、ウトウトしている。
「私も初めはペットにするなんて微塵も思っていませんでした。でも、スライミドの方から『仲間にしてくれ』としつこい申し出があったので、渋々こうやって仲間にしてやっているのです」
会話が耳に入ったのか、スライミドが目を覚ました。…スライミドに耳なんてあるのか?
「プルル…… 颯、其奴は新しい仲間か?」
スライミドは新しい人間が来たことを感じ、飼い主に質問した。当の飼い主は、ペットをただの説明で起こしてしまって申し訳ないと謝り、スライムの問いに答えた。
「スリート、起こしてしまってすまない。そうです、怜哉と名乗り、魔界はまだ2日目だそうで」
スリートと呼ばれる紫のスライミドは、ジト目で俺を見た後に挨拶代わりの会釈をした。こいつは悪いやつではなさそう……か?
「ほおぅ…… よろしくな……プルルッ」
こちらこそ、と返そうとしたが、その前に一つ。
「え?え?猛皇スライミドって人間の言葉喋れるの?」
無知の俺を置いていくように、颯は俺の困惑した様子をキョトンとした顔で見て、短く答えた。
「そうですが」
それを受け入れる以外の方法は皆無らしい。ただ、依然として仲間にした理由がわからない。
「スリート、とか言ったか。お前はどうして颯の仲間になったんだ?」
俺が尋ねると、スリートは目を閉じて睡眠モードに入ろうとしていたところだった。金色の髭も下に垂らし、完全におやすみモードだ。
「プルッ…どうやら、財産が豊富であったと直感的に悟ったからだ……プルル………では、おやすみ」
「図々しい奴かよ」
就寝の挨拶の返答がこれで申し訳ないが、俺の中の第一印象は『図々しい奴』になった。魔界中の猛皇スライミドが十人十色であることを望む。それが現実かどうかは実際に他の猛皇スライミドに出会わないと判別できないが。
「まあ、そんな呆れずに。次は客室を案内しますよ」
颯は2階へ続く木製の階段の4段目で、後ろを振り向いて手すりを掴んでいた。
「はぁ。雲行きが怪しすぎるんだけどなぁ……」
トン、トンと2つの足音が不規則に聞こえる階段を登る間に、俺のおカネ稼ぎの幸先が不安になってきた。
「プルルッ……」
既に異色のスライムは、椅子の上で深い眠りについていた。
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部屋に案内された俺は、その部屋の美しさに言葉を飲んだ。日光がよく入る大型窓、アリエットの使うようなフカフカそうなベッド、もう一台の大型テレビ、高機能のエアコンと飾り棚が綺麗に並び、部屋も整理整頓されている。少なくとも、俺の1LDKの部屋全ての広さを足したものより面積値が大きい。
「えぇこんな部屋いいんですか?!」
「ああ。この部屋は自由に使っていい。ただ———」
「ひゃっほぉぅぅ!!!」
『自由に使っていい』この台詞を待っていた。俺は思わず、高級ベッドに体を預け飛び込んだ。だけど、颯の表情が何かおかしいような…?
「はぁ……。今伝えるのはやめておきましょう………」
その呟きに、俺は聞く耳を持たなかった。次の日、ものすごーーく後悔する羽目になるとも知らずに。
結局、俺は初心者なのに、魔界2日目から早々LV.43の天然男に連れ回される日々を送ることになった。あとはこの鮭が翌朝生米になってないことを祈るのみだ。
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〔現在の怜哉のステータス〕
・所持金: 10190円(翌朝300円入金予定)
・レベル: 1(EXP: 0)
・装備: なし
・所持品: 鮭(1/2) 、水
・状態異常: 「人間不信 LV.8」
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