EP4:『水素原子&酸素原子 > 俺』であることを証明しなさい。(思判表9点)
次の日の午前7時。トラウマの青い鳥の囀りと東から登るお日さんで目が覚めた俺が、木製の階段を駆け降りてリビングに至ると、高級食材の良い香りがキッチンを通り越して俺の鼻まで届いた。食欲をそそる、いい匂い…だが、また昨日のように料理を魔改造していないか気になって颯の様子を覗いてみた。意外にも、朝はきちんと料理をするようだ。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
2個 ———正確に言えば1個と1客の茶碗に、ホカホカに炊けた白米が丁度よく盛られていた。そして鯖の塩焼きと見知らぬ青菜の和物、豆腐と葱の味噌汁とバランス良い 和の朝食だ。
「おはよ、あのベッドは寝心地が良すぎるよ。一生寝ていたいくらいだ」
「そうしたら一生現実世界に帰れませんね。今日の朝食は朝市で椃さんから朝4時24分に獲られた1700円の鯖を購入してきたので、鯖の塩焼きにしてみました」
颯は青菜の和物を小鉢に盛り付け、テーブルに料理をそれぞれ運んでいく。椃って、昨日俺が鮭を購入した人かも。俺は生臭くなっていない半身鮭の存在を思い出し、それを2階から尾を掴んで持ってきた。
「そういえばこれがあったな。序でに焼き魚にしてくれないか?」
すると今まで快眠していた颯のペットのスライミド、スリートが目を覚まし、俺の持っている生鮭に目をつけた。
「プルルッ……美味そうな鮭だな…」
スリートの呟きは俺には幻聴のようにしか聞こえなかった。身体を前後させながら俺の下に近づいたスリートが、俺の鮭をパクり。そして、酸のように溶かした。あぁ、俺の朝食予定が……
「なかなか美味かったぞ。次も頼む」
「誰があげるか!!」
「まあまあ、怜哉さん。冷めないうちに」
俺はスライムの粘液がついた椅子に座り、白米を貪る。炊かれた白米って、こんなに美味しいものだったんだな…
「すいません、鯖に塩振っていなかったです」
ただ焼いただけの鯖も美味いっちゃ美味いが、颯の鯖には2g、俺のにはなんと6gの塩が振りかけられた。かけすぎだよ。恐る恐る食べてみるが…
「しょっっっっぱっ!?!?! 水、水をくれぇ!!」
俺の突然の大声に驚愕した颯が、飲料水が入ったポットを横から取って凍ったように固まっている。
「え、あっ、すいません。はい、どうぞ」
氷が溶けてポットを俺に渡したが、俺の舌は未だにヒリヒリしている。コップから溢れそうなくらいの水を注ぎ、スリートが危機喚起しているのにも目を向けず、俺は透明な水を一気飲みした。
「(プルッ?!)…一気飲みは税が…!!プルルッ…颯、これは確か税金の対象になったよな?…プルッ」
スリートは皿に並べられた、大根の葉とよくわからない青菜の根っこをモシャモシャと溶かしながら颯に尋ねた。
「はい。PDF p.337に、『一般的な飲料の一気飲みは水素と酸素に無礼極まりないため、所持金から10%の税が減額されます』とありますね」
えっとちょっと待ってくれ。え? は? 水>俺? 俺は原子以下? この世界どんだけ厳しいんだよアリエット。
「プルル……其方、現今この魔界が非常に厳格であると心のうちで嘆いたな……。今ここで証明することも可能なんだぞ………プルッ」
今ここで朝食を摂っている人とスライムの中で、唯一俺だけが人の心を読むことができないそうだ。そして何をどうやって証明するんだよ。
「証明してみてもよろしいでしょうか?原子が貴方より偉大であることを」
味噌汁を一気飲みした颯が、税を免れようとしている俺に顔を近づけて問い詰めた。
「いやちょっと待て。お前も今味噌汁一気飲みしたよな?」
「味噌汁は特例です。少しずつ飲み続けた終いには冷めたものを飲むことになってしまうので、アリエット皇女によって、特例として味噌汁及びスープのみ先月許可されました。まあその申し出を行ったのは私なのですが」
「それはお前がルール作ったのとほぼ同じだろ!」
「まあそうですね。じゃあ証明しますね〜」
颯は自室からノートと羽ペンを取り出して席に付き、俺の目の前に置いた。
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それぞれの貴賓度を数値(0≦n≦100)にして表した場合、
水素…宇宙を作り出した元素で、かつ他にも様々な元素を生成し続けた存在であることから、n=100と言える。:①
酸素…人が生きるために最も不可欠な元素であり、水を生成する元素の一つであることから、n=100と言える。:②
怜哉…大卒なのにも関わらず、コンビニバイトのみで暮らしている只の凡人であることから、n= 2 と言える。:③
水…①・②より、それは偉大な2つの元素を組み合わせた神聖かつ貴重な物質であることから、n=200と言える。:④
①〜④より、貴賓度*の比を最も簡単な整数比で表すと ①:②:③:④=50:50:1:100
よって『水 > 怜哉』及び『水素原子+酸素原子 > 怜哉』であることが証明された。 Q.E.D
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「ほら、簡単に証明できましたね。ついでに『原子 > 怜哉』も証明しておきましたよ。あ、明日には1019円が税金として引かれる予定なので、せいぜい借金しない程度でお金を使用してくださいねー」
こいつ、アリエットよりも鬼畜かもしれない。序でにこのスライムも。一面的に見ると、コンビニの夜勤バイトの方が何千倍も楽とも捉えられる。辛うじてここの宿泊料が取られないことが唯一の情と俺は感じる。もし後出しで請求されたら…そのときはそのときで。そのときの颯の顔は顰められていたのか、薄ら笑いを浮かべていたのかは覚えていない。俺は残った朝食を喉にかき込み、勢いよく椅子を引いて2階に荷物を取りに行った。もう日々を無駄遣いする余裕はない。俺が足音がよく響く階段を登っている最中に、足音に紛れてスライムの驚愕した声が聞こえた気がするが、その内容は知る由もなかった。ふと後ろを見ると、颯が腕を組んで難いことを思案している様子が見えた。とりあえず、早くここを去ってバグを治すための方法を試行錯誤しなければ。
「さて、スリート。いつあの件をお伝えしましょうか」
いつの間にかソファに寝転び、テレビを点けてニュース番組をボーッと見ているスライミドに颯が尋ねると、当の本人は余裕そうな表情を見せてソファにもたれかかっていた。
「怜哉殿が帰る前で良い……プルッ、私は非常に眠気を催しておるのだ…」
スリートが再び深い眠りに着こうと、念力でTVの電源を落とそうとする。が、
『速報です』
「プルルッ?!!」
念力を出すよりも早く、スリートにとって興味深いニュースの見出しが目に飛び込んできた。ソファから飛び降り、もっと間近でテレビを見ようとネバネバの体を張ってテレビにできるだけ近づいた。
『カシムド皇帝は、只今記者会見で[歩数だけPeyPey残高が増加する、経済政策を始める]ことを発表しました———』
颯がスリートの顔を除くと、嬉しみと驚きを隠せない表情がしっかりと目に映っている。この情報を怜哉が聞くと、天井を突き抜けるほどの歓喜に見舞われるのは百も承知だが、一応、颯も歴とした人間だ。このお宝情報を黙っておくのはあまりにも性格が悪すぎる。
『申請する探索者は、明日の日の出までに新規受付でアリエット皇女に申し出よ。また、それ以降の申し出は全て拒む。とのことです』
情報を仕方なく教えるという天使(?)の感情を抱く一方、脳内の電卓の檻から拷問魔と搾取魔がゆっくりと抜け出してきた。このまま機密情報にして期限超過になるのを待ち、税金で頭を抱え蚊のような叫びを上げ、それにスリートの毒舌を喰らわせて様子を見るのも面白い。怜哉が後ろを振り向いたとき、颯はその2つの選択の長短を熟考していた。
俺が2階に着くと、部屋は整然と物が並べられているのにも関わらず、唯一俺が使っていた毛布だけが目立つように ぐちゃぐちゃ になっていた。無料で使わせてくれていることに対する、細やかな恩としてできるだけ毛布を綺麗に直しておく。すっくない荷物をカバンに入れ、再び桃源郷へ行く予定を立てて佐々宅の玄関で颯の見送りを待つ。
「あ、怜哉さん。少し待ってください」
どうやら顔が笑っている。何か有益な情報でも教えてくれるのかと期待をしたが、笑いの正体は俺への制裁のワクワク感だったらしい。
「ちょっと毛布がヨレヨレですねぇ……。クリーニング料金として1500円の支払いをお願いします。それと、宿泊料金として5700円頂戴いたします」
「え?は?無料じゃないんか?!」
「誰が無料と言いましたか。5700円でも安い方ですよ」
小1の算数もできないのか、と言われている気分だ。拒む猶予もなく、俺は7200円を強制的に支払わされた。俺の1万円の70%が今消えた。こいつら(アリエット含む)は、どれだけ金を取れば気が済むのだろうか。いつか絶対幸運を導き出して、颯の財産を軽く越してやる。
「まあ、頑張ってくださいね」
そうだ、こいつも心読めたんだ。俺の淡い期待でも楽しみに待っとけよ。
「…プルッ、まあ貴殿の今の力では無理だろうがな…」
『今の力では』だろ。これから必ず変わる。10億でも簡単に稼いで帰ってくるさ。
………と豪語したはいいものの、何も計画を立てていない現状がここにあった。
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本文中に出てきた造語の注釈:
貴賓度:貴重であるかや、レア度が高いかを数値で表したもの




