EP2:俺の食糧を2%の確率に一度だけ賭けてみる。
開けられている大きく白い扉の中に入ると、豪華でやかましい広間が俺を出迎えていた。ギルドの広間は、商店街が円形に立ち並び、中心には室内大噴水とベンチ、それを囲うように開放的な吹き抜けや高額な治療費を搾取されそうな医務室が設けられ、猛皇くらいの大きさのモンステラやシェフレラなどの観葉植物に覆われている。あとで医務室に行かないとこの痒みで死にそう。昨日のヒドナーンの土産は、くっきりと足首とアキレス腱に移っている。
「アリエットの野郎……よくも不良品をくれたなぁ………」
怒りを込めた拳を丸め、階段を上がる。昨日より枯れてる花が多い気がする室内庭園を抜けると、白髪の女。アリエットだ。俺に気づいた彼女は立ち上がり、不思議そうな目で俺をガン見してきた。
「…お主、昨日登録はしたよな?どうしてここに———」
俺は待ってましたと言わんばかりに、直接愚痴をアリエットに全てぶつけた。
「ちょい俺の時計壊れてんじゃねーか!!!昨日7体も敵倒したのに経験値0っておかし過ぎるだろ!!しかもその中に猛皇もいたぞ!!経験値もらえねーと俺の能力も全部パーになるんだよ!!!いい加減何かしろよ!!あと税金高すぎんだよ!!!俺ら一般市民の住宅の改装にもちょっとは使えよ!!そして炊飯器どこだよ!!俺がもらったパンを生米にしてんじゃねーよ!!!!」
それをずっと聞いていた彼女は、口を開けたまま固まっていた。
「言いたいことはこれで全てだそうじゃな。クイズに正解したら答えを教えてやらなくもない」
俺は即答した。早くクイズを持ってきてくれ。
「あ、言い忘れておったが10秒経つごとに10円単位で徴収してくからな」
なんだその追加ルール。俺に教える気毛頭ないだろ。
「問題、PDF p.1396の上から12行目、左から7行目の文字はなんじゃ?」
わかるかこんなもん。スマホを開き、超速スクロールを使い1396ページまで飛ばそうとすると…うまく合わない。1422ページ、1290ページ、1505ページ……
「20秒経ったから、今から通信速度を低速にするぞ」
20円失うことが確定。
その後1分経過。俺はもう諦め、あ行からわ行まで一つずつ唱えることを決めた。そっちの方が当てずっぽうでも必ず当たる。
「あ」
「違うぞ」
「い」
「違うぞ」
「う」
「違うぞ」
「え」
「違うぞ。まさか当てずっぽうでやって税率増やしたいのか?」
断じてそういうわけではない。ただ、適当に言えば当たるかもしれない。直感的にそう感じただけ。
「ね」
呆れたように息を吐いたアリエットの髪が、足元に向かって項垂れる。こいつ(アリエット)は5回もやり取りを繰り返すと飽きるのか。なるほどメモしとこう。
「誰が平仮名だけと言ったか?漢字や数字もあり得るに決まっているじゃないか。適当に言うのもアリじゃぞ? そしてお主、妾のことを今『こいつ』だと思ったな?」
2つの意味で終わった。日本に通用する字、どんだけあると思ってんだよ。
「ん〜〜 えっと、『罰』!!!」
「運だけは持ち合わせているようじゃな。教えてやろう」
なんで『罰』で合ってんだ。処罰するとか、罰金とか、そんな感じかな。
アリエットが勿体ぶるようにゆぅっくり、ゆぅぅっくり、受付に広がる散らばった言葉を拾い続けている小学生のように、やや高い声で俺に結論を告げた。
「ここからね、12km先にね、魔界機械研究所ってね、ところがね、あってね、そこにね、行ってね、きてね。じゃあね、2分ね、20秒ね、かかったからね、140円ね、引き落としとくね!!」
訂正する。小学生じゃない。ちょっと言葉を覚え、カネに目が眩みそうな幼稚園生だ。アリエットのやつ、最初はお淑やかな雰囲気だったのに裏を開ければこんな揶揄うやつだったのか。通りで高額な税金を課すわけだ。高利貸ししたいなら室町にでも飛んでこい。そしてこいつが老人なのか幼児なのかはっきりさせといてくれ。
「皇女じゃ」
まるで昨日の確認テストを無記入で提出したやつに見せる表情。そうだこいつ心読めたんだ。すっかり忘れてた。
まだ年齢の幅が広いんだっつーの。140円のPeyPeyをドブ川に捨てるより良い情報を得たが、その140円も結局は税金だ。
「あ、それとアリエットさぁん、ちょっと税金どうにかしてくれません?」
あれ?アリエットさん、お怒りのようで?なんか不気味な笑みを顔に浮かべてるんだけど。帰れ、そう暗示している気が…
=====
俺は目が覚めるとギルドの城の目の前にいた。時刻は6時55分。皇女との議論は5分。そのうちの2分半を無駄なクイズで持って行かれた。アリエットが今も生米の粒くらいの大きさの俺を上から見ているかもしれない恐怖に襲われると、しばらくギルドに入ることができなくなった。神聖なる医務室は諦め、鮭の男性がいた市場へ向かう。まだ鮭あるかな。
20分ばかり歩くと、ギルドのざわめきと似た市場の喧騒が耳に入ってきた。例の店は、手前から6番目のプレハブ小屋。朝日と煉瓦タイルの幅の広い道、ところどころに原生している杉や檜の大樹、早朝から盛り上がる平和そうな街。俺がこの世界で楽しめそうなのは、魔界の朝のルーティーンのみかもしれない。灰色の猫が綱を伝って建物の屋上へ登って行った。あの猫のように柔軟に体を動かしたいよ。最早今欲しいのはカネではない。カネを得るための安全薬だ。すると、俺の鼻に水滴が垂れた。魔界の雨はずっと当たっていると夏の手前なのに防寒着が必要になるくらい冷たい。冷水は俺の剣を持つ右手を直撃。やや横殴りになってお土産を直撃。真上から脳天を直撃。古い中学校の冬の水道水くらいの冷たさ。だが、その温度で俺の出身中学の冷たい黒歴史を思い出すわけには行かない…
あまりの冷たさに、市場の人々は商品を放置し民家の中へ逃げ去った。だがしばらくすると一斉に木製の扉が軋みを上げる音がして、鉄製のバケツをほぼ全員が2~3個担いでいる。男性もその中の1人だった。もしかすると、この雨は天啓なのでは?
「お、さっきのにーちゃんじゃないか。アリエットとの議論は突っぱねられただろう?せいぜい長く話せても10分だよ」
まさに自分が体験者、ということを密かにアピールしている。空気の読める男性は、俺の視線の先が鉄バケツであることを察し、すぐに話題を切り替えた。
「あぁ、俺たち市場人が何をしているかって?見りゃわかるだろ、水を貯めるんだ。不思議なことに、この雨には不純物が一切含まれていない。どうだ?議論で疲れたろ。手で掬って一口飲んでみ。美味いぞ?」
言われるがままにすると、冷たいものが喉を癒す。
「美味い…」
この水にはその一言で十分だ。男性は雨に濡れながら「だろ!」と笑いを共にした。
「水にもうるさいあの皇帝と皇女だからな。だがしっかし、この方法と不純物の含有率0%を発見した人って『天才』だな、やっぱ」
同じように水を口に含んだ男性は、すっかり先人に感心している。
「あ、あの〜、そういえば鮭って……」
話の軌道が右に逸れ、男性は雨にさらされ、半分にされた2つの鮭をチラッと見た。
「あんな濡れたやつでいいなら、あれ2つで300円まで減額してやるけど」
濡れてていい。不純物が入っていないなら、買わない手はない。俺にとって百利あって一害なしだ。一害もないかと聞かれるとノーコメントだが、アリエットの無駄なクイズで残高が490円しかない痒いところに長ーい孫の手が伸びてくるのは利であることに違いない。この友好的な男性は神様か?いつかそう聞いてみたいものだ。
「じゃあ買います」
男性はバケツから身を離し、ただ1人小屋に戻って雨に濡れた鮭を両手で抱え、俺にこちらへくるようにサインを出した。朝食を買うのを忘れるくせに、他人の水は必ず忘れずに持ち、通りを横切って小屋の前まで歩いた。すでにバケツの2/3ほどまで水が溜まっているので少し重いが、対岸まで持ち運ぶことができた。
「ありがとう。君は親切な人だな。俺は井土ヶ谷 椃だ。そちらは?」
いきなりの自己紹介タイム。面接という名の易しい悪魔を経験した俺は、全く成長していない。抗議中にアリエットがわざとふざけた幼稚園児口調で言葉を探していた時より、言葉が散らかっていない。俺の言霊は、どこかに綺麗に整理整頓されて隠れているのか?
「あ、っと…… 高梁 怜哉…です。自己紹介が……一番緊張するんです…」
椃は緊張している俺に、白い葉を見せながら笑って同情した。彼も似た経験を得たことがあるか、ただ感慨深いだけかを見分けることはできない。ただアリエットより300倍は親切心があることは明らかで、何も知らない自分が最初にあの悪魔の言うことを全て聞いたことを少しばかり後悔した。
「誰だってそうだ。気にしなくていいぞ。…そうだ、俺はどっかの路地裏で魔術教室っちゅーもんをやってるから、縁があったらそこで会うかもな」
路地裏と大雑把すぎる情報を無料で得ると、俺は300円を払い鮭を獲得した。残金は190円。また昼は敵モブ倒して少しでもカネ稼ぎして、腐らないうちにその鮭を……って、どうやって食えばいいの?
冷たい鬼に打たれながら歩くメリットはどこにもないので、雨が上がるまで近くの軒下でぼんやりと雨宿りをした。雨が上がるとそろそろ出発の頃合いだ。俺は70cmほどのやや小ぶりの鮭の尾を左手で鷲掴みにして昨日の狩場まで向かう。城下町と桃源郷の境目に来ると、嘔吐するレベルの激マズ料理の独特の臭いが俺の鼻を刺激した。
「大変申し訳ございません。残りの98%を引いてしまいました…食糧の代金を賠償いたします」
脇道を除くと、…え?マイナスドライバーにドラム缶、鉄の板の……破片? そして色々な食材(訳あり)が男性の周りに散らかっている。
料理を頼んだらしい女性はお金を受け取って諦めて帰って行った。そのときに俺の肩と女性の肩がぶつかる。咄嗟に謝ろうとしたが、女性は近くの路地にまた入り、見えなくなってしまった。
「そこの君。いい鮭を持っているではありませんか!是非調理させてみてはいかがでしょうか?」
俺の貴重な食糧。でも正直鮭の調理法をまだ生み出していないので、調理してもらったら有難い気もする。さっきのように失敗してもアレなので、半分だけ。まずは半分だけ男性に渡した。
「美味そうになんか色々してください。具材加えていいです。あ、ちゃんと食べれるように」
「承りました。では完成までしばらくお待ちください。ぎゃんばってきまーす」
なんだよ、『ぎゃんばってきまーす』って。アリエットと同様、男性の態度が豹変し、奇声をあげて発狂しながら魔術で炎と水を生み出した。ついでに海藻も。それワカメ? それに加えて、「ファイヤー!!」や「サンダー!!」、「フリーザー!!」って叫んでんだけど。なんか関係あるんかな。
変な木のみや野菜をぶち込み煮込む。鮭は木っ端微塵になり、ドラム缶の中でサラダ油が悲鳴をあげている。男性が「生米あるか?」と聞いてきたので、ただ硬いだけの白い粒を大量に使ってもらった。20分ほど経つと、女性の時とは大違いでいい匂いが住宅街に充満した。この匂いはあのアリエットでさえ惚れてしまうだろう。男性が作り出した賜物は、『鮭と木の実の油マシマシ餡掛け炒飯』という、地味に美味そうな炒飯。鮭の赤さととろっとした餡が俺の食欲をそそる。醤油木の実は青っぽくて怪しさ満点だが、多分食えるんだろう。すると料理人らしき男性が申し訳なさそうに手を合わせた。
「すまない。私はこれで体力をほぼほぼ消耗してしまった。今作った炒飯、半分貰っていいか?」
俺の150円の鮭(半分)を、美味い具合に調理してくれた人だ。その男性が食ってはならない理由はない。
「ありがとう。私は2%の確率でどんなもんでもうまく調理できる魔術、『ロンダート』を習得している、『料理人兼魔術使い』佐々 颯(仮)です。見事、その2%を引き当てることに成功したようで…。あとタメ口でいいですよ」
なんで体育用語が料理と関係あるんだよ。そして仮の姿ってどういう意味だよ。……それにしても…ムシャムシャ……この炒飯美味ぇな。変な色の木の実が味を出している。
食べ終えたところで、代金を払わなければならないことを思い出した。ほとんど有り金がないので、代金が激安であることをただ祈るのみ。
「ご馳走さん。颯、代金はいくら払———」
「颯です。代金なんてとんでもない。無料ですよ。魔術が成功する2%の確率を3%、4%、最終的に100%にできるように修行しているんです。PDF p.1444に敵モブに当たらなければ強制忘却とありますが、どうやらこれは例外だそうです」
名前の読みには厳しいが、おカネのやり取りには甘い。さっきテストしたが、PDFのどこに何があるか全て忘れたぞ。なんで覚えてるんだよ。
俺は採れたての冷水をコップ一杯飲み干して城下町へ出ようとしたが、颯の「待った!」がかかり(実際はもっと丁寧に「待ってください!」だったが)、足を止めたまま変な姿勢で後ろを振り向く。
「炒飯の礼をしたいとお考えでしょう。では、私をパーティーに加えてくれますぇ……ふわぁぁ……zzz」
眠気につられて俺にも小睡魔が襲いかかってきた。まださっき起きたばっかりなのに、俺の2日目がこんな睡眠だけの1日になってしまう予感を覚え、必死に抗い続けたが無駄だった。瞼が自然と閉じてしまった。




