EP1:もっとも ひつよう ないのは まかいの ぜい と なまごめポリポリ だ。
翌朝6時。城の近くにある小綺麗な灯台の鐘が、俺の脳をフルスイングするかのように音を立てた。
「さて、ちゃんと700円振り込まれているんだろうな?」
夢の中で、経験の剣によってLVがガンガン上がっていく様子を見た。ちょっとこれは実現可能な正夢なんじゃないか? 若干の希望を抱き、PeyPeyアプリを開く。貯金は常に現実を見せてくる。逆を捉えれば、大量の金額がPeyPeyに振り込まれていたとしたら、それは現実だ。
「…おいおいこの世界、1年生の 10までのかず からリトライした方がいいんじゃないか?」
現実を突きつける画面には、『630円』の文字。
あれ?俺が昨日倒した敵って、ラドルミア1体とヒドナーン5体と猛皇ヒドナーン1体だよな…?それなら、7×1×100で700円になるはず。馬鹿な俺でもこれくらいはできる。
あと70円どこいった…?まさか勝手に使われたりしてないよな?それだったら現実世界で裁判しようかな?
百聞は一見にしかず…か。遂に対処法をPDFで開いた。わざわざここで意地を張る必要はなかったと、あとで後悔した。今まで見て見ぬ振りをしてきたPDFだが、1日で読ませる気はないようで。何ページあるんだよ。とツッコみそうになったが、すぐわかるじゃないか。左上のページ数を表す数値を見た。
「8/2401」
………は?どんだけあんの?読む気失せるよこれ。薄い携帯電話に眠るAI———Siriを起動して、どれだけかかるか計算してもらう。
『1ページを600文字と仮定した場合、およそ8日と4時間です』
実際は箇条書きで色々書かれているので7日程度だとは思うが、あのね、無理。
ただ適当なページを開くと、思わず呆れ笑いをしてしまいそうな規約がいくつか。
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p.21 ・探索者は魔界の安全維持、貴族の生活を充実させるため、その日稼いだ金額の10%を『魔界維持税』として納めなければならない。収集された税は、新たな敵モブ製造費及びカシムド皇帝、アリエット皇女のアフターヌーンティー購入金額費等に充てられる。
p.227 ・スライムに武器や衣服を溶かされた際、運営側は一切の責任を負わない。むしろ、スライムの栄養になったとして『給餌手数料』が徴収される場合がある。給餌手数料はスライム及びその他の敵モブの食費となり、猛皇敵モブが出現する確率が僅かに高まる。
p.9³ ・水、ガス、電気、Wi-Fi及びモバイルデータは自由に使用して構わないが、月末に纏めてPeyPeyから徴収される。但し金額が不足している場合、所持金と経験値、LV、持ち物を全て失う。水、ガス、電気の価格は常に変動しているため、物価が高い際は注意が必要である。
p.2¹⁰ ・貴族が就寝する午後11時~午前5時の敵モブ討伐は禁止。違反が発覚した場合、アリエット皇女から4時間の説教を受け、所持金の3/4を徴収され、魔界維持税が1回の討伐につき5%増える。但し、探索中に死亡した際も税率は維持される。現在魔界維持税が最も高額である探索者は、竹山敏三 62歳。その税率は95%である。
p.38² ・魔術を習得するのは自由だが、敵モブに命中したかどうかに関わらず、1回 LV×魔術の威力×10 円を月末にまとめて支払わなければならない。また、5回連続で敵モブに魔術攻撃が命中しなかった場合、強制的にその魔術攻撃を忘れることになる。
p.1750 ・カシムド皇帝は中等学生の頃、水曜日の5限目の道徳の授業時に大抵決まって腹を壊し、学年担当に怪しまれたことがあった。そのため、皇帝に道徳教科書の読み物資料に構成が酷似していると言われている小説、ライトノベル、国語の教科書、聖書等を贈与した場合、4~12週間の外出禁止令を下す。また、
p.45² ・アリエット皇女は存じる通り新規受付係を務めているが、ここ最近は参加者の減少に伴い、アリエット皇女のメンタル維持に努める運動を開始したため、1ヶ月に1度以上、ギルド周辺の募金箱に1200円以上を入金しなければならない。違反した場合、強制的にPeyPeyから3600円が引き落とされる。
p.100(6³÷9) ・カシムド皇帝及びアリエット皇女は、朝食は米派であるため、探索者はできるだけ朝食を米飯にするよう義務付けること。自ら朝パン派と名乗り、探索者を裏切るような行為はもっともだが、密かに朝食にパン類を摂取することもあってはならない。違反しようとしたと運営が判断した場合、所持しているパン類、小麦、米粉、その他パン作成に必要な物質を、全て精米済みの白米に置換する。ちなみに、皇帝・皇女は最高級の炊飯器で毎朝コシヒカリを炊飯している。
p.49² ・探索者自身がそれぞれ持つ能力は、アリエット皇女が一生懸命考えて作成し、それぞれ自身に付与したものである。1ヶ月に1回以上使用しない場合、その月のPeyPey貯金が元々の1/5から1/10に減額される。但しバグ等で発動しなかった場合、不使用判定とし、運営は一切の責任を負わない。
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なんでところどころ指数が混じっているわけ?もしかしてPDF、昨日俺がお前を読まなかったことに不貞腐れている?俺が最初に目をつけたのは、下から2番目だった。計算すると2400らしい。ほぼ一番後ろ。えっと、俺の貴重な朝食のパンはどこへ行ったのかな?代わりに1合ほどのコメ粒が直で置いてあるんだけど。
「……これ齧れってこと? アリエットの野郎、ガリガリ……俺ら探索者をどんなやつと思って……ポリポリ………生活しておるんじゃ……ガジガジ…」
怒りを込めながらコメを一粒噛み潰していたら、声がアリエットの口調になってしまった。ふやかしてもないただのコメを一粒一粒食うには、顎の骨が折れそうだ。なんだよ、ホワイト企業と文句を掲げているブラック企業じゃねぇかよ。コンビニバイトの方が安定して確実におカネ稼ぎできそうだわ。
灰色のジャケットを着て、黒い靴を履く。昨日行ったばかりのギルドへ向かおうと城下町に出ると、すでに朝市が開き食糧の競りと思われるものが始まっていた。いや、オークションの方が正しいか。市場をちょっと見る程度で歩いていると、あちらこちらから「1000Pey!!」「1300Pey!!」「1301Pey!!」とうるさい数字の連呼がどうしても耳に入る。今日は食糧さえもまだ確保できていない。昨日は偶然行商人が親切心でパンをくれたからこそ助かったが、今回はどうしようもない。頑張って100円ずつ稼ぎ、アフターヌーンティー税を取られ、食糧を買い続けなければならない。市場でせっせと働く商売人のうちの1人の筋肉質な男性——— 黒縁メガネをつけた、工事現場で働いてそうな若い男性が俺に売買の申し出を出した。
「そこのにーちゃん!!さっきそこの砂浜沖で、こんだけのでっけぇ鮭を5匹くらい捕まえてきてな。今なら500PeyPeyでいいから、1匹の半分持っていかんか!?」
男性は俺にジェスチャーで体長が1m以上もあるような鮭をイメージさせた。魚?今俺はそれより重大な問題を抱えている。そう、その魚を買うPeyPeyだ。
「生憎、俺は先約があるんだ。少しばかり議論しなければいけないことがあってな」
まるでマグロを冷凍保存する冷凍庫くらいの言葉から、市場の男性は「今じゃない」という趣旨を網ごと揚げた。
「そ、そうか。また時間あったら来いよ!今度は他の魚もにーちゃんを待ってると思うからな!」
ああいう性格の男性は嫌いではない。あんな冷たい態度をとってしまったが、あとでまた行こう。
城下町の市場を抜けようとしたとき、煉瓦の建物の壁についていた放送スピーカーから声が発された。
『6時22分。探索者No.3941 田中 優貴 Game Over。『ヒルストローヴ』において、猛皇ヤベライタによって重傷を負ったことが原因と見られる』
この声は多分アリエットさんだ。ヒルストローヴ、猛皇ヤベライタ。初心者探索者にとっては多分無縁の場所なので俺には関係ない。やってみないとわからないが、多分俺は『桃源郷』から先に進めない。ギルドへ向かって歩き続けようとすると、さっきの男性の、驚愕して顎が外れてしまうような声が市場の喧騒を掻っ払った。
「ええええぇぇぇぇ!?!?!? あの優貴様がぁぁぁぁ??!!」
知り合い?崇拝神?行動が大きい市場人に興味を持ってしまったので、彼に最初から尋ねる。
「お、さっきのにーちゃん!鮭まだ余ってるぞ!」
今鮭が欲しいわけではない。さっきの驚愕の叫び声が嘘だったように、気持ちの切り替えが早い。
「今Game Overになった田中さんって有名なんですか?」
男性は吹き出しに『?』をShift + ・(中点)で入力したらしいが、すぐにそれをBack Spaceで消して Shift + 1を入力し『!』に変えた。
「あぁ、あの優貴様のことか。持ち前の能力で多額の金を稼ぎ、戦闘もなかなか強いから彼女は『富貴さん』とみんなから慕われているんだ。LVも85とか、それくらいだったはず。にーちゃん、知らないのか?」
そんな真の勝ち組がいるなんて。普通に尊敬する。俺がラドルミアの群れに混ざっていても気づかなさそうだ。LV.85なら、昨日の時点で6万円近く稼げていた。税を引かれたとしても、5万3千円くらい。日給5万円なら、月収150万円。月収150万円なら、年収1800万円。平凡なサラリーマンならその1/4か1/5しか稼げないので、それだけレベルが上がればなぁ…
ん………?意外とこれやっぱハードモードだよな?募金なんて必要ないだろ…
LV.85でやられ、騒ぎになっていたということは、LV.100などほぼ無理じゃないか。
真っ黒企業。お先真っ暗。景色は天使でも社会情勢が悪魔。まさか魔界と言われてるのは社会情勢が原因なのか?
そのことを含め抗議しなければ。俺は武器の個人営業店の隣を駆け抜け、最大の繁華街に紛れていった。
市場では、誰もが唖然とするような叫びをあげた男性——— 井土ヶ谷 椃が、怜哉のことをその後も気にかけていた。マグロを希望する客にカツオを提供しようとしたり、お支払ってもらうPeyPey金額をミスったり。常連客の中には「井土くん大丈夫かい?」と心配する声も上がったが、その都度「大丈夫です」と返していた。その時の椃の気力は、いつもの何分の一だったのだろう。
「なんか嫌な予感がするんだよなぁ……」
客足が減ってきた頃、彼は腕を組みながら小さいため息をついた。さっきまでの威勢は消し飛んだのか、怜哉が口に出した『議論』で何か好ましくない事態が魔界に及ぶのではないかと、ここでただ1人恐れていた。




