EP2:※実際の魔界はイメージ図と大きく異なる場合があります。
俺は魔界に転送された…んだよな?
俺のイメージでは、なんかこう…敵がうじゃうじゃ湧いてて、溶岩が噴き出してて、火山とかがあって、暗雲が立ち込めて、黒いクッパ城みたいな城がある世界なのだが、そんなものは何一つどこにもない。実際はどうかって?南には実がなる椰子の木が生え、全く荒らされていない砂浜のビーチや波が立つ青い海が音を立て、北には色とりどりの花が咲き、中央に聳える豪華な城はなんか白い。それでもほんの一部分に過ぎないが。
「…転送先間違えた? え、ここハワイ?」
ここは半島の一部なのか?もしくは島なのか?取り敢えず、動かない限りは何も起きない。城の周りに城下町を見つけた。此処から遠くはない。何をするのかをそこで説明してもらおう。俺はスマホとバッグを身につけたのみ。ふらっと城下町に向かった。
城下町に近づくにつれ、喧騒が徐々に大きくなった。なんかマッチョが多いんだけど、気のせいか?入り口に「魔界に転送されたばっかの人はコチラ!」と書かれた看板を見つけた。矢印は完全に白い城を指している。こんな上品な貴族しか出入りしなさそうな建物に、コンビニバイトでPeyPey金欠な俺が入っていいのか。
恐る恐る自動ドアを抜けると、様々な探索者が買い物やトレーニングをしている。まさに、学校と萬屋とチョ●ザップの複合施設のようなものがそこにあった。見窄らしい俺のことを気にかける探索者などいない。いや、いなくていい。巻き込まれたら面倒だから。
階段を上がると、室内庭園があった。赤や翠、碧に輝くそれぞれの花が咲く広間を突き当たりまで真っ直ぐ進むと、お目当ての『新規受付』という部屋があった。俺が軽く声をかけると、白のロングヘアの貴族のような女性が驚いたような顔を上げた。
「もしかして新規入会者か?!」
ガバッと椅子を引き、その女性は立ち上がった。碧い眼差しは希望に満ち溢れていた。俺が希望?んなわけ。
「えっと…誰すか?」
庭園にはまあまあの人がいたが、この受付にはほとんど人が来ていない。利用者が伸び悩んでいるのか?
「お主、ここに来たばかりじゃな?」
透き通った綺麗な声だが、ところどころお爺さん口調が混じっている。そういう人はチート系のアニメでしか見たことがないが、異世界にもいるもんだなぁ…
「俺はさっき転送されたばかりすね」
いきなり大きい声を出したことに恥を覚えたのかは知らないが、女性はスッと冷静になって自己紹介した。
「取り乱してすまなかったな。妾はアリエットじゃ。また、魔皇族の皇女である。以後、お見知り置きを」
魔皇族 ———なんだそれ?
「あぁ、魔皇族は……簡単に申すと『魔族』じゃ。そして、魔王ルキハス様は妾の兄である」
サラッとそんなことを言うなんて、俺やひよっこに対しての警戒心がないのか。そもそも、なんでそんな階級の人物が古びた蔦の生えた小屋に佇むのか。こいつ、嘘ついてんじゃないのか?
「あ、俺は高梁怜哉です」
「怜哉か。お主、腕を見てみろ。そして嘘はついておらんぞ」
アリエットに言われた通りに両腕を見る。その瞬間、左腕に黒いスマートウォッチのようなものが填められているのが見えた。
「これは見ての通り、黒い腕時計だ。お主にはこれから、敵を討伐して金を稼いでもらうぞ。敵を1体倒すごとに、LV×100円。それに経験値も加わるぞ。経験値が一定の値に達すると、LVも上昇する。金はその日中に、PeyPeyに振り込まれるから安心していいぞ。…それに、この世界では、PeyPeyが主要通過じゃ。現金やSuica?と呼ばれるカードは紙や塵と同じぞい」
…いや、ツッコみたいところが山ほどあるんだけど。まず誰がこの腕時計が ”ブラックウォッチ” だと初っ端わかんねん。
まさに俺の心が言葉として表れているように、彼女はクスッと小笑いを浮かべた。
「ふふっ、お主、『誰が最初から黒い腕時計と読むかわかんない』んだろう? それに、今お主が心を読まれているとも思ったんだろう? 妾には『心読』という能力を持つのじゃ。いくらか前に転生されてきた、お主のような”初心者”も、今は能力を1つ、全員持っておるぞ」
だから彼女は俺が『魔皇族』の意味を理解できていないことがすぐにわかったのか。俺はこいつに嘘をついてはならないことを悟った。
…勇者全員が『能力』を持っているのならば、そうしたら俺も『能力』を得られるのか?
「当たり前じゃ。妾の可能な範囲なら、どんな能力も得られるぞ」
…こいつにずっと心を読まれるから、一生喋れない。自分の意志で喋らせて。
「すまんな。いつもの癖で、人の心を永い間読んでしまうのだ」
表情を崩さずに謝ると、改めて望む能力を問い質した。
「俺は…レベルが上がりやすくなる能力が欲しいです」
上手く伝わっているかはわからないが、アリエットは目を閉じ少し考えた後、右目を半目開けて呟くように訊いた。
「それは… 敵を倒した際に多く経験値が得られる能力——— 経験の剣で良いか? どうやらすぐ稼いですぐ帰りたいそうだが、もしかして陰キャなのか?」
名前が少しダサいけど、経験値が稼げるならレベルもすぐ上がり、すぐ帰れるのか。それにしても、余計な一言を…。でもやっぱり、俺は魔界(?)の風景がやっぱり気になってたまらない。
「まあ…そんな感じでいいです。で、このハワイのような風景はな———」
「魔界じゃ」
なんですか、と言い終える前にスパッとアリエットが切り捨てた。ピコンという音がすると、黒い腕時計を投影機として、空中にスクリーンができた。その中に、円形のルーレットが映り出した。5%ほどの赤い印が当たりのようだ。流石にこの運じゃ当たらないでしょ。
「ルーレットを回すぞ」
何のルーレット、と聞く暇もなく、ルーレットが動き始めた。それは徐々に速度を上げ、目が回るほど ぐるんぐるん と回り続けている。赤い印を見失いそうだ。
「止めて良いぞ」
いや、何のルーレットかを教えてほしいんよ。折角心読めるなら答えてくれよ。
しかし 先達はあらまほしきことなり。渋々彼女に従い、適当にスクリーンにタッチしてルーレットを止める。運が良いのか悪いのか、当たりの枠に矢印が収まった。
「当たりだな。ほら、これをやる」
アリエットが俺にくれたのは、説明がPDFに掲載されたQRコードと短剣、そしてカードキーだった。ここまでデジタル化が進んでいるのかよ。
「説明はするのがめんどくさいからPDFに全て書かれておる。くれぐれも確認しておくんじゃな」
俺は昨日今日で浪費した3220円を取り戻すため、短剣を持ち小屋を出た。PDF?そんなの読まん。ノリと勢いで行けるだろ。
そんな俺の軽い意志を読み取ったのか、アリエットが「ダメじゃこりゃ」と言わんばかりにため息をつく。そんな俺に軽い説明だけしてくれただけでも感謝だ。
「金は 倒した数×LV×100 円、翌日の朝にまとめて振り込まれるぞ。一応、倒した際に仮定給与が確定した音が流れるがな。強い敵ほど経験値が溜まりやすいから、どんどんレベルを上げるといいじゃろう。ただ、LV.100になるまで現実世界に帰れないところだけは注意しておくんじゃな。先に奥の林に向かうと良いが、この先が心配じゃ…」
相変わらず、一言余計だ。そうして俺は早速指された場所へ足を運んだ。
「さて、どんな敵がいらっしゃるのかな?」
期待を込めて城下町の喧騒の中を縫うように駆け、木が生い茂る(ところどころ間伐されている)森とは言えない林に身を運んだ。
が、やはりそこに広がっていたのは敵ではなく、小川と花と小鳥が優雅に共存している『桃源郷』だった。獣など、ここには近づかない。
「え、まさかこの小鳥が?」
ピヨッと鳴いて無造作に羽ばたく青い鳥には、体力表示もなければLV表示もない。じゃあ敵ではないのか。
え、魔界って敵がそこら辺にうじゃうじゃ湧いてて、囲まれて死ぬのがテンプレじゃないんか?俺はそのスリルも楽しみにきたんだが。
いや、そういう設定かもしれない。敵かどうかはわからない仕様になっているかもしれない。ということで、新品と思われる短剣で小鳥をプスリと倒した。小鳥が小さい断末魔を上げたと思うと、小さくなって煙のように消えた。
「…?あれ?経験値ないんだけど」
おかしい。100円でも稼げたら、情けないあの音が流れるというのに。その代わり、ブーッブーッと警告音が桃源郷に鳴り響いた。これも馬鹿デカい。今頃城下町で物品の競りをする手も止まったろう。音量を下げる術を探すのを拒むかのように、黒い腕時計から警告文が読み上げられた。
「本日入会したばかりの初心者、高梁怜哉が異世界の天然記念物『アオピロル』を討伐しました!彼は動物愛護団体、AKGに通報されました!」
なーに実名で公開処刑しとんねん。それに『AKG』って何だよ。てかもう通報されてんじゃん。相変わらず運が悪い男だ、俺は。
「開始早々違反するとは、何事じゃ」
重いドスの効いた声は、清らかな声でも相手を震撼させた。白髪の貴族のような女性。なんか見覚えがある。
「あ、俺は… ってアリエットさん?!」
「そうじゃ。何か問題でもあるか?」
平然のように返され、別の意味で驚いた。残り残高も少ない中、何を支払えば良いのだろう。
「お前、今そのアオピロルを倒したようだな。法律はお前に一生付き纏うぞ。動物愛護法違反じゃ。但し、今回は初犯で右も左も分からない状態だったようじゃから罰は軽くするが… そうじゃな。今のお前のPeyPey全額にしよう。どうせ少ないんじゃろ?」
有難いような、そうでないような。PeyPey残高が少ないのは本人が痛いほど目にしていることだが、心を読める相手に察されるのがもっと痛い。
「PeyPey!!!」ついに、俺の有り金が0になった。軽くした罰がこれだったら、次は箱に入れられるかもしれない。法律は現実と変わらないのかよ。
「変わらないぞ」
またもや心を読まれた。もう諦めよ。もうこのやり取りをするのを覚悟の上で、敵を討伐するしかないのか…。
「せいぜい頑張るのじゃな」
初手からもうやだよ。帰りたいよ…
「無駄じゃ」
俺の弱々しい願望は、一太刀で切り捨てられた。ほんと、俺何してんだろ。




