EP1:魔界行って敵モブ倒してカネを稼げるなんて勝ち組じゃぁないですか。
序章のEP1なのに2番目くらいに文の量が多いです。
俺、高梁 怜哉(24歳)は面接員にあっけなく敗北した。要するに、ほぼ不採用。ほぼ全落ち。
中堅の少し上くらいの大学を卒業したはいいものの、問題は就活だ。コミュ障陰キャの俺には面接員という『魔王』があまりにも倒せそうでない。何故か面接員の目を見た瞬間、応答の言葉が幽霊のように消えていくんだ。いったいなぜだ?助けてくれ。
そうして俺は、千葉の四街道で唯一採用されたコンビニバイトをする淡い日々をダラダラ過ごしていた。
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6月のとある夜。俺は3日連続夜勤の最終日の今日、この時季にしては冷房の効きすぎているコンビニでバイトを黙々とこなしている。見知らぬ男性客は売れ残った鮭弁当と缶コーヒーをレジカウンターに置き、スマホを操作してPeyPeyアプリの決済画面を開いた。
「合計で1320円です」
「PeyPeyで」
その冷房ほど冷たい会話は、ボール1往復分で終わった。それが普通だ。ただこの男性客は、やや不満げな様子で店内を見渡している。
「……空調、少し寒いですね」
「あ、はい。申し訳ございません」
今の俺にはバーコードを読み取る、そして謝る以外の動作ができない。
「お弁当は温めますか」
「いえ、大丈夫です」
気まずい。弁当と缶コーヒ、割り箸一膳をレジ袋に詰め、男性客に袋を手渡す。
「ありがとうございましたー」
男性客が開いた自動ドアから外へ出ると、いかにこの部屋がどれだけ寒いかが体でわかる。売り場に誰もいない店の夜。バックヤードにいる店長に空調の温度を下げる趣旨を伝えた。
「店長…やっぱりこの設定温度は寒すぎますって」
「そんなに空調の温度が気に入らないなら、さっさとやりたいことを見つけてここを辞めればいい」
店長の言葉はもっともだ。俺は大学を卒業した後、あてもなく彷徨っていた。度々自分がやりたいことが何かを考え、その会社の面接を受け、不採用通知をもらい、落ち込んでいる間に、就活シーズンは嵐のように過ぎ去ってしまった。だからこうして今、コンビニバイトで頑張って食い繋いでいるのだ。要するに、今、俺はやりたいことが全くない。
しばらく客も来る気配がないので、廃棄商品の片付けをする。消費期限が過ぎ去ったものを商品棚から回収し、店裏の大型ゴミ箱に廃棄する。店内に戻り、バックヤードにある端末を操作して廃棄登録を済ませる。
「高梁。廃棄登録は終わったな?」
別の端末で商品発注をなんとなくで行う店長がバックヤード俺に尋ねた。短く「はい」とだけ返事すると、新たな仕事を課してきた。
「まだ客が来る気配はない。今のうちに床掃除しとけ」
深夜0時のコンビニを訪れる者は今日はいない。掃除用具入れからT字箒と塵取りを取り出すと、ちょうど飲料コーナーの品出しを終えたバイトの朝倉 舞子が、レジが無人であることに気づいた。
「今レジ無人ですよね。じゃあ私がレジ番入っておきます…さっむ」
寒くて肩を震わせているのは気の毒だが、心の中で「有難う」と感謝し、売り場のゴミを箒で掃く都度塵取りに蹴飛ばす。
その時入店チャイムが鳴ると同時に自動ドアが開き、頬の辺りを赤く染めた小太りのおじさんが来店した。———来たな。ビール臭い酔っ払い客が。酔っ払い客はカップ焼きそばを2つ手に取り、朝倉の持つレジカウンターへバンと置いた。その時に朝倉が「うえっ」と溢した表情の正体を、客は知らない。朝倉はさっきの男性客より不満げに顔を顰め、「420円です」とカップ焼きそばを見つめながら小さく言い放った。
「え〜あ〜現金でぇ…ふわあぁぁ…ヒック」
朝倉の前で大きい欠伸と小さいゲップをかいた客は、100円硬貨3枚と10円硬貨2枚を釣り銭受けに放り投げて入れる。忙しいなあの2人。そうぼーっと思いながら惣菜コーナーの周りを掃く。
「あのお客さん、100円足りません」
朝倉の『やりたくない』というのが、目に見えてわかる。多すぎるのはまあなんとかなるが、不足しているのが一番の問題なのだ。
「え〜そんくらい…ヒック…割引いてくれよぉ〜…ヒック」
「お断りします。こちらも商売なので。ちゃんと居酒屋で使う金額とコンビニで使う金額のバランスを考えてください」
今の空調をさらに助長させるように、キッパリと今度は大声で言い放った。しばらくやりとりが続いた後、「しゃーないなぁ」と客の方が折れた。折れるのは当たり前なんだけどなぁ……
俺の夜勤は、いつもこんな感じだ。嬉しいことを探す方が難しい気がする。
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午前4時にバイトを終えた俺は、窓の外の黒いカラスの鳴き声で目が覚めた。6月12日 金曜日 午前11時34分。重い体をベッドから起き上がらせ、速やかに服を着替え、灰色のパーカーを羽織った。
「コンビニで朝飯でも買ってくっか…」
太陽はほぼ南を向いているが、一応まだ朝だ。そう言い聞かせて俺が今から向かうコンビニは、バイト先のコンビニとは違う。バイト先のは駅前の店舗なので、売上が高そうだから応募した。今から向かうのは、静かな住宅街の中にひっそりと佇む店舗なので、人と会うことがほぼない。黒い靴を履き、玄関の鍵を閉める。湿りすぎた紫陽花が花をこれでもかと思うほど咲かせていた。この気候は暑くて蒸し蒸しするので、地味に嫌いだ。このままだとコンビニに着く前に干からびる。でも、奇跡的にいつも気にかけもしなかった青い自販機が置かれているじゃないか。
「久しぶりにエナドリにしよっかな」
なんて楽しいことを考えている間に、俺はそもそも財布を持ってきていないことに気づいた。神様、お願いだから俺に悪戯しないでくれ。頼むから。
「マジか…やらかしたわぁ……」
小走りで家まで戻る。焦って家中を探し回ること15分、ようやく見つけた。青いティッシュ箱の上にポツンとある。そうだ、一昨日コンビニで豚まんを買い、家に帰って財布を放り投げたら偶然ティッシュの上で止まったことを喜んでいたっけ。あぁ、俺って哀れなやつだなぁ…
勝手にそんな自虐をかましても、未だにコンビニに辿り着けていない現状。ティッシュ箱の上の財布が「現実を受け入れろ」と諭している幻聴が聞こえた。そもそも、PeyPey(電子マネー)で払えばいいだけの話じゃん。家戻る必要なかったじゃん。もうやだよ。誰だよ俺をこんな醜い目に遭わせたのは………俺か。いや、面接員か?
俺は3倍ほど重くなった足取りで再びコンビニに向かって歩いた。次こそは失敗するんじゃねぇぞ。心の中に言い聞かせて3秒後、丁度信号が赤になった。俺を横切る道路を走る車は一台もいない。踏切がうっすらと見えてくると、それが丁度鳴り始めた。ぼーっと待っていると青とクリーム色の電車が目の前をかなり遅く通過していった。早くしてくれよ。待ち時間がもどかしいんだよ。
その後何やかんやあって、コンビニの入り口まで来た。いつもの2、3倍の時間がかかった。なんもなければ今頃家に着いていただろうに。まあ愚痴を引き摺っても仕方ないので、おにぎりやらサンドウィッチやら買ってさっさと帰ることを決めた。入店チャイムと共に店に入る。揚げたてのチキンの匂いが漂うが、そちらの方には目を向けない。ふと入り口の左側、雑誌コーナーに目を向ける。ピンクの令和らしいタイトルデザイン。大きく「Million Fassions #15」と書いてある。その雑誌は俺の推しアイドルグループ「Million Heroines」のメンバーのファッション雑誌…のようだ。
「ほーん、こんな雑誌あったんだ」 2200円か…まあまあなお値段だな。それに、#15、ということは既に14巻も出ていたのか。買うか否か迷ったが、折角なので買うことにした。あぁ、無駄な出費だ。
その雑誌を取り、さまざまな商品が並んでいる棚の横を通り過ぎる。スマホを取り出して、PeyPeyのアプリを開く。もちろんチャージ残高は心許ない。ふとレジに立つ店員を見ると、初心者マークに「研修中」のバッジ。ポニーテールの可愛い女の子だ。コンビニで働く人同士としてなんか繋がりがあればなぁ…(欲望)
淡い期待を抱きながら、カウンターに雑誌を置いた。
「お願いしまーす」
店員の女の子はまだほとんど経験がないのか、彼女の機械操作や会話にどこか抜けているところがあったが、それは俺のバイト初日より少なくとも5倍はマシだった。研修期間を終えても俺はたまに戸惑うぞ。世の中不平等だなぁ…
「2600円です!」
元気に金額を宣言する彼女。だが値札には『2200円』とあったはずだが…
「あの…2200円だった気が……」
恐る恐る尋ねてみると、女の子は恥ずかしそうに赤面しながらレジを打ち直していた。まあ可愛いからいいんだけど。
「えっ?た、大変申し訳ございません!!」
ていうか、金額間違えるなんて珍しいミスだな。まあ可愛いからいいんだけど。
「じゃあPeyPeyで」
俺はPeyPeyアプリを開き再度心許ない金額を眺めた。目を逸らしたくなったが、これが現実だ。
「えっ?あっはい!」
彼女の表情は驚きから困惑、動転まで多種多様の表情を見せた。俺がPeyPeyのバーコードを読み取らせると、大音量で
「PeyPey!!!」
という音が店内に響き渡った。恥ずっ。設定を見てみると、音量MAXだった。女の子も苦笑している。ほんと、さっきから付いてない。俺の態度が可愛くないから良くないんだけど。
店を出ると、行きとは大違いだった。閉まっていた踏切が目の前で開いたり、信号もほぼ引っかからずに歩けたり。ようやく運が味方してきてくれたのかな。でもやっぱりなんか忘れてるような気もするんだよなぁ…… なんだっけ?
家に着くと、ポケットから鍵を取り出して玄関のドアを開ける。カレンダーのシフト表を見ると、明日の日付の欄に『夜勤』と書かれている。その後は1日フリーで3連続夜勤だった。
自室に戻り、レジ袋から雑誌を取り出す。1ページ目を開くと、ある広告が目に飛び込んできた。
「LV.100までおカネ稼ぎ放題!魔界転生してみない?詳細はコチラ」
…なんだ?魔界転生?ちゃんと現実帰れるんだよな…?
下のQRコードを読み取ればいいのか?読み取ってみると、ながーいながーい利用規約。全部すっ飛ばして、一番下を見る。
「は?QRコードを切り取って持ち物に貼り付けて渋谷に来い?」
いやぁ、四街道から渋谷って結構遠い気がするが。えっと…?総武本線で品川まで出た後山手線に乗り換えればいい…?わかんね。東京の鉄道にほぼ乗ったことない。大学はモノレールの駅から歩いて10分くらいのところにあったから、同じ千葉でも船橋とか市川とか松戸とか、そういった大都市にはほぼ行ったことがない。
「明日の朝行くかぁ…ん?朝?」
…朝飯買うの忘れてんじゃん。もう朝飯抜きでいいや。
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翌日。朝8時半に起き、最低限の準備をして8時55分に家を出た。朝飯は当然抜きだ。乗る予定の電車は9時15分発の普通電車。家から四街道駅までは15分くらい歩くので、このペースで行けば問題ないだろう。流石に昨日のは偶然だったのか、信号もちょうどいい具合で引っかかった。しばらくすると、バイト先のコンビニ。今のレジ番は……ベテランの山崎さんだな。テキパキと客を捌いている。今日は夜勤だから、その間にちゃっちゃと金稼いで戻ってくるか。
駅前は工事していた。丁度俺が通ろうと思った道が全て封鎖されている。たった数十メートル進むだけなのに、全く進める気配がない。分速0m。
「うっそだろ…… どっか別の道は…?」
雑なフリック入力で別経路を探すのに1分かかった。猛ダッシュで遠廻り。駅前北口に着くまでに1分。後3分で電車が来る。
ようやく「四街道駅」という駅看板が見えた。平日の朝なので、通勤ラッシュで人が多い。
「意外と四街道って栄えてんだなぁ」
俺がそう感じたのはこれが最初だった。駅構内に入り、北口改札にSuicaをかざすと、ピンポーンという音に続き改札が赤くなった。
「チャージシテクダサイ」
最悪。やっぱ何かしら悪いことに出くわすのか俺。………いや待てよ?昨日からこんだけ悪いことが起こってんなら、この後すんごい大奇跡とか起きるんじゃね?例えば魔界で無双するとか。
券売機に足を運ばせ、画面を操作してチャージした。機械音痴だが、これくらいできないとまずい。チャージしている間に、電車のブレーキ音が聞こえる。ヤバい、乗り遅れる。
入場に成功することを前提として、駆けながら改札を通過する。急いで1番ホームに繋がる階段を1段飛ばしで降りるが、ホームに足をつけた瞬間に、普通電車が出発してしまった。予定狂う。まあでも次乗ればいいか… そこは都会の恩恵だ。
暫くすると、東京方面の特急列車が接近するという趣旨の放送が流れた。一刻も早く稼いで戻って来たい俺にとって、特急料金なんて関係ない。特急券は…なんとかなるか。異空間のような雰囲気の、3号車の車内に足を踏み入れると、外国人が多い。駅の放送で「成田なんとか」と言ってたから、成田空港とかから来たのだろうか。
指定席券を持っていないので、ドア窓からぼーっと景色を眺め、車掌の巡回を待つ。素朴な住宅街の風景の中にある、都賀という駅を通過したすぐ後に車掌が巡回に来た。
「成田エクスプレス号は全車指定席ですが、座席指定券はお持ちですか」
そう言えばこれは特急列車だった。車掌は俺を疑うような目は特にしていない。それに今ここで座席指定券を買えば良いものの、もしかしたら何か違反しているかと思うと冷や汗が出てくる。
「あっ、…えっと……、持ってなくて。…あ…っと、車内で買おうかと」
ここ最近、コンビニ店員以外と喋った記憶がない。やっとの思いで言葉を絞り出した。車掌はタブレット端末を暫く操作し、無表情で再び俺に話しかけた。
「車内料金が加算されますので、乗車駅と降車駅をお伺いしてもよろしいでしょうか」
今、PeyPeyの残高が1000円ほど減ることが確定した。払わないという選択肢は、自動的に閉ざされた。
「えっと… 四街道から……品川です」
車掌は俺がスーツケースなどを何も持っていないことに気づいたのだろう。怪しむことなく、タブレット端末で精算画面を開いた。
「特急料金として1020円頂戴いたします。お支払い方法はどうされますか」
「えっと…PeyPeyで」
車掌はベルトホルダーから専用の読み取り機を取り出した。俺がQRコードを見せると、情けない「PeyPey!!!」の音がデッキだけに鳴った。機械から領収書と座席指定券が発行された。車掌がそれを俺に手渡すと、「そうだ」と何かを思い出したように俺に呼びかけた。
「あ、そうそう、お客様。この列車、東京駅で前後の車両が切り離されましてね。今お立ちになられている、前6両、1号車から6号車は大船行きでございます。もし新宿行きの方に乗っておられたら、品川で降り損ねて往生するところでしたよ。偶然とはいえ、大船行きの方を選ばれたのは、運が良かったようで」
確かに、それは危なかった。品川で降り損ねたら、折角立てた予定が何一つ噛み合ってないことになる。さっきまで無表情だった車掌に心の内で礼を唱えると、車掌はそのまま座席が整然と並ぶ指定席へ足を向けていった。
3号車の指定席の室内に入った俺は、座席番号を確かめ、黒と赤の座席に腰をかけた。そのときにポケットに不思議な感触を覚えた。
……さっきチャージしたんだから、これで払えばよかったじゃないか。
払ってしまったものはしょうがない。検索を開き、改めて経路を検索する。
……新宿行きの車両に乗っていれば。乗り換えなしで渋谷まで行けたじゃねぇかよ。
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色々とトラブルはあったが、ようやく乗換案内に従って、渋谷まで来ることができた。たまに通行人にバッグに貼り付けたQRコードを不思議がるように見られたが、そんなの関係ない。俺はこれから金を稼ぎに行くんだ(魔界で)。
「で、この渋谷のどこに入り口があるのか?」
呟いたところで誰一人として反応しない。いや、反応しないのが当然なのだが。
慣れない都会の雑踏の中を掻い潜る。足音が「自分で探せ」と見捨てるように聞こえた。
『井ノ頭通り』や『BUNKAMURA通り』といった通りを歩いてみたが、それっぽいものは何も出てこなかった。俺は残った『ファイヤー通り』と書かれた、ビルが立ち並ぶ道をまっすぐ進んだ。すると、ラーメン屋のビルとどっかの本社ビルの間に何かの気配を感じた。
「奇妙な置き物だなぁ…」
俺が目をつけたのは、古びた文字で『魔界ツアー』と書かれた猫の置き物。全身金ピカで、まるで小判でも食ったんかと思うほどだ。猫の腹にはカメラがあった。それでQRコードを読み取れ、ということなのか?
物は試しだ。バッグを肩から外し、置き物に近づける。QRコードを読み取ったような音と同時に、猫とは思えない機械的な音声で『ニンショウニセイコウシマシタ』と流れた。ふとスマホを見ると、『魔界へ行く!』と赤いボタンが表示されていた。
俺はノリと勢い、そして儲けへの期待を込め、ボタンを押した。
「……んなぁ?」
俺がそんな変な声を出したのは、理由もクソもない。




