↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
承認印を拒んでクビになった迷宮設計士、祖父の廃坑の一部屋でダンジョンマスターになる ~客が勝つほど迷宮が育つので、安全第一で最高の攻略を待っています~  作者: 雅龍(がりゅう)
第二部 三分ごとに回る迷宮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/27

安い材料ほどよく見ろ

間違えたのは、俺だった。


回収した岩材の一部を、第二の通路の床に使った。黒くて軽くて、加工がしやすい。きれいに出た材だったから、予算の節約になると思った。


運び込んだ日の午後、源蔵が岩の前にしゃがんだ。拳で表面を叩き、耳を寄せ、また叩く。いつもなら一度で済む作業が、三度続いた。


「大丈夫か、それ」


「荷重テストは通っています」


「通ったのは何トンだ」


「五トンです」


「この通路を渡るのは」


「最大で十二人と、アインの体重です」


源蔵は返事をしなかった。ハンマーの頭を岩の端に当て、ごつ、と軽く打つ。鈍い音がして、表面に細い線が一本、髪の毛ほどの太さで走った。


「待て」


「その程度の線なら、表面だけです。載せた荷重は」


「載せただけだろう」


源蔵はそれ以上言わなかった。言わないまま、ハンマーを肩に担いで作業場へ戻った。俺は線を見て、見なかったことにして、床板を敷き終えた。


二時間も経たないうちに、通路の一部が崩れた。


遠くで石の割れる音がして、受付小屋から駆け出した。誰もいない通路に、割れた岩が山になっていた。たまたまだ。作業中だったら、あの上に十二人が立っていた。


崩れた岩の上に立って、自分の足元を見た。


「俺のミスです」


「分かってるじゃねえか」


源蔵は怒鳴らなかった。崩れた岩を一つ拾って、俺に渡した。


怒鳴られたほうが、まだ楽だった。手の中の岩は軽く、軽すぎて、持った手が空振りしたようだった。


「安い材料ほど、よく見ろ。安いのには、安い理由がある。軽いのは、中が詰まってねえからだ」


指で割ると、中に細かい空洞が連なっていた。


「荷重テストは、静かに載せる試験だけだっただろう。叩いたり揺らしたりする試験を、なぜしなかった」


「予算を……」


「予算の話は、後だ」


低い声だった。拳を握ったまま、何も言えなかった。図面を引くのは得意で、材料を見るのは下手だと、二年前から自分で知っていたはずだった。


その夜、雫が黙っておにぎりを一つ、図面の隣に置いていった。梅だった。何も言わず、去り際にランプの笠を少し傾けて、手元を明るくしていった。


おにぎりは、塩が少し強かった。


翌朝、源蔵は何も言わず、崩れた通路の跡に試験用の木槌を一本置いていった。柄に『叩け』と彫ってある。


「塩、強かったですか」


雫が空の皿を下げながら、何でもない顔で訊いた。


「……ちょうどよかった」


「嘘です。握る手が、緊張して」


「緊張?」


「創真さんが落ち込んでいると、わたしも、塩の加減を間違えるみたいです」


回収材は、使える部分だけを再加工することにした。通路の床には、もう使わない。再加工した板は、木槌で十回叩き、揺すり台に載せて三十分回した。音は最後まで澄んだままで、髪の毛ほどの線も走らなかった。計算し直すと、増える費用は思ったより少なかった。少ないはずなのに、ひどく悔しかった。


昼に作業場へ戻ると、木槌の柄に、誰かが布を巻いてくれていた。叩きすぎて掌を痛めるな、という意味らしい。誰の仕業かは、聞かなくても分かった。


*


数日後、崩れた岩の山を片付けていたら、妙なものが出てきた。


ひしゃげた鉄の金具だった。太さ三センチ、長さ二十センチほど。表面は黒く焼けていたが、端に細い刻印がある。人間の手で作った規格の、固定具だ。


「なんで、こんなものが」


「岩に挟まってました」


雫が刻印を指でなぞった。


「改造痕があります。元の金具に別の金具を溶接して、締め付けの角度を変えています」


胸の奥で、嫌な予感が小さく鳴った。


源蔵の木槌で、金具を一度だけ叩いてみた。音は濁らず、澄んで返った。叩けば分かる材と、叩いても分からない由来がある。由来のほうは、まだ聞こえてこない。


俺は金具を油紙に包んで、引き出しの奥にしまった。


*


回収装置の損失を測る仕事は、地味だった。


魔力は使えば減る。保存すれば漏れる。放出してもう一度吸い込めば、また少し減る。その損失を知らないと、設備が嘘をつく。


「人形で試します」


雫が運んできたのは、等身大のマネキンだった。倉庫の隅で埃を被っていたものを、源蔵が関節を直して動くようにしてくれた。百回歩かせると、損失のぶれは小さく収まった。


「次は、実参加者です。航さんたちに頼んであります」


航と栞と匡が緊張した顔で並んだ。


「いつも通りに歩けばいいんですか」


「毎回、少し変えてください。右足から出たり、左から出たり」


三人は半日、石室を行き来した。栞は途中で歩幅を変えるのが面白くなり、匡は鈴の鳴らし方まで変えはじめ、航は盾を持ったまま片足跳びを始めて、栞に止められた。


夕方、結果をマネキンの記録と並べた。


「違う」


雫が呟いた。


「人形は毎回同じなのに、人は毎回違います。同じ動きを繰り返しても、同じエネルギーは増えません。でも、違う動きは、新しい応答を作ります」


ノートに書き留めた。


その日の午後、協会の掲示板にニュースが載った。


『銀嶺パーティー、黒神山第五層を初攻略』


天嶺とは別の、A級の班だった。五人組。三日かけて聖堂の床の線を読み解き、反動を利用して、アインの盾へ一撃を入れたらしい。


祝福のメッセージを送った。


『おめでとうございます。次は、もっと工夫してお待ちしています』


返信は、すぐに来た。


『ありがとうございます。あの騎士に礼を返してもらえて、嬉しかったです』


雫が横から覗き込んだ。


「悔しくないんですか」


「悔しいよ」


「でも、祝福するんですね」


「祝わないと、次に来てくれないだろ。……いや、それだけでもないんだが」


「どっちですか」


「両方だ。勝つのも、好きだしな」


「はい。それは知ってます」


雫が、湯呑みを俺の前へ滑らせた。冷めかけた茶が、ちょうどいい温度だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。