安い材料ほどよく見ろ
間違えたのは、俺だった。
回収した岩材の一部を、第二の通路の床に使った。黒くて軽くて、加工がしやすい。きれいに出た材だったから、予算の節約になると思った。
運び込んだ日の午後、源蔵が岩の前にしゃがんだ。拳で表面を叩き、耳を寄せ、また叩く。いつもなら一度で済む作業が、三度続いた。
「大丈夫か、それ」
「荷重テストは通っています」
「通ったのは何トンだ」
「五トンです」
「この通路を渡るのは」
「最大で十二人と、アインの体重です」
源蔵は返事をしなかった。ハンマーの頭を岩の端に当て、ごつ、と軽く打つ。鈍い音がして、表面に細い線が一本、髪の毛ほどの太さで走った。
「待て」
「その程度の線なら、表面だけです。載せた荷重は」
「載せただけだろう」
源蔵はそれ以上言わなかった。言わないまま、ハンマーを肩に担いで作業場へ戻った。俺は線を見て、見なかったことにして、床板を敷き終えた。
二時間も経たないうちに、通路の一部が崩れた。
遠くで石の割れる音がして、受付小屋から駆け出した。誰もいない通路に、割れた岩が山になっていた。たまたまだ。作業中だったら、あの上に十二人が立っていた。
崩れた岩の上に立って、自分の足元を見た。
「俺のミスです」
「分かってるじゃねえか」
源蔵は怒鳴らなかった。崩れた岩を一つ拾って、俺に渡した。
怒鳴られたほうが、まだ楽だった。手の中の岩は軽く、軽すぎて、持った手が空振りしたようだった。
「安い材料ほど、よく見ろ。安いのには、安い理由がある。軽いのは、中が詰まってねえからだ」
指で割ると、中に細かい空洞が連なっていた。
「荷重テストは、静かに載せる試験だけだっただろう。叩いたり揺らしたりする試験を、なぜしなかった」
「予算を……」
「予算の話は、後だ」
低い声だった。拳を握ったまま、何も言えなかった。図面を引くのは得意で、材料を見るのは下手だと、二年前から自分で知っていたはずだった。
その夜、雫が黙っておにぎりを一つ、図面の隣に置いていった。梅だった。何も言わず、去り際にランプの笠を少し傾けて、手元を明るくしていった。
おにぎりは、塩が少し強かった。
翌朝、源蔵は何も言わず、崩れた通路の跡に試験用の木槌を一本置いていった。柄に『叩け』と彫ってある。
「塩、強かったですか」
雫が空の皿を下げながら、何でもない顔で訊いた。
「……ちょうどよかった」
「嘘です。握る手が、緊張して」
「緊張?」
「創真さんが落ち込んでいると、わたしも、塩の加減を間違えるみたいです」
回収材は、使える部分だけを再加工することにした。通路の床には、もう使わない。再加工した板は、木槌で十回叩き、揺すり台に載せて三十分回した。音は最後まで澄んだままで、髪の毛ほどの線も走らなかった。計算し直すと、増える費用は思ったより少なかった。少ないはずなのに、ひどく悔しかった。
昼に作業場へ戻ると、木槌の柄に、誰かが布を巻いてくれていた。叩きすぎて掌を痛めるな、という意味らしい。誰の仕業かは、聞かなくても分かった。
*
数日後、崩れた岩の山を片付けていたら、妙なものが出てきた。
ひしゃげた鉄の金具だった。太さ三センチ、長さ二十センチほど。表面は黒く焼けていたが、端に細い刻印がある。人間の手で作った規格の、固定具だ。
「なんで、こんなものが」
「岩に挟まってました」
雫が刻印を指でなぞった。
「改造痕があります。元の金具に別の金具を溶接して、締め付けの角度を変えています」
胸の奥で、嫌な予感が小さく鳴った。
源蔵の木槌で、金具を一度だけ叩いてみた。音は濁らず、澄んで返った。叩けば分かる材と、叩いても分からない由来がある。由来のほうは、まだ聞こえてこない。
俺は金具を油紙に包んで、引き出しの奥にしまった。
*
回収装置の損失を測る仕事は、地味だった。
魔力は使えば減る。保存すれば漏れる。放出してもう一度吸い込めば、また少し減る。その損失を知らないと、設備が嘘をつく。
「人形で試します」
雫が運んできたのは、等身大のマネキンだった。倉庫の隅で埃を被っていたものを、源蔵が関節を直して動くようにしてくれた。百回歩かせると、損失のぶれは小さく収まった。
「次は、実参加者です。航さんたちに頼んであります」
航と栞と匡が緊張した顔で並んだ。
「いつも通りに歩けばいいんですか」
「毎回、少し変えてください。右足から出たり、左から出たり」
三人は半日、石室を行き来した。栞は途中で歩幅を変えるのが面白くなり、匡は鈴の鳴らし方まで変えはじめ、航は盾を持ったまま片足跳びを始めて、栞に止められた。
夕方、結果をマネキンの記録と並べた。
「違う」
雫が呟いた。
「人形は毎回同じなのに、人は毎回違います。同じ動きを繰り返しても、同じエネルギーは増えません。でも、違う動きは、新しい応答を作ります」
ノートに書き留めた。
その日の午後、協会の掲示板にニュースが載った。
『銀嶺パーティー、黒神山第五層を初攻略』
天嶺とは別の、A級の班だった。五人組。三日かけて聖堂の床の線を読み解き、反動を利用して、アインの盾へ一撃を入れたらしい。
祝福のメッセージを送った。
『おめでとうございます。次は、もっと工夫してお待ちしています』
返信は、すぐに来た。
『ありがとうございます。あの騎士に礼を返してもらえて、嬉しかったです』
雫が横から覗き込んだ。
「悔しくないんですか」
「悔しいよ」
「でも、祝福するんですね」
「祝わないと、次に来てくれないだろ。……いや、それだけでもないんだが」
「どっちですか」
「両方だ。勝つのも、好きだしな」
「はい。それは知ってます」
雫が、湯呑みを俺の前へ滑らせた。冷めかけた茶が、ちょうどいい温度だった。




