一人の騎士と、十二人の陣形
最初に斬りかかったのは、右手の四人だった。
床の円の縁をなぞるように回り込み、左の死角から三方向。その死角は、俺がわざと開けておいた。開けておけば、人は必ずそこへ来る。
四本の刃が、同じ一拍で盾の外側へ届いた。完璧な連携だった。氷室の部下であることを除けば、尊敬していい動きだった。
アインは、半歩だけ後ろへ引いた。
足の裏全体で、石を踏む。ブリキの頃からの癖だ。その半歩で、四本のうち三本が空を斬り、残る一本だけが大盾の縁に当たった。ぎゃり、と鉄が鳴る。
「止めた!」
「まだだ、中央が詰めてる!」
観客席の声に、俺は頷いた。四人の足跡は、図面に打った×印の半歩以内に並んでいる。ここから先が、図面の外になる。
中央の二人が、盾の正面へ踏み込む。右の四人と挟む形だ。盾役の男が全体重を乗せて、アインの大盾を押す。重い。普通なら、その圧で膝が折れる。
だがそこは、床が一・八倍の重さの円だった。
押した側の足が、石に沈んだ。
「く、重——っ」
盾役の男の声が裏返った。自分の体重が、いつもの倍近くになっている。踏ん張るほど足が床に食い込み、動けなくなる。
アインは、押し返さなかった。盾を、すっと引いた。
支えを失った男が、前のめりに崩れる。引いた盾の縁が、横から男の胴当てを軽く叩いた。触れただけだった。男の体が、淡い光に包まれて消えた。帰還座へ送還だ。
「一人」
雫が小さく数えた。
観客席の前の席で、少年が隣に囁いた。
「今の見た? 押されてたのに、引いたら勝った」
「押されてない。わざと引いたんだよ」
「うそ、あれ、わざとなの?」
盾が壊れる戦いを見に来た人たちが、いつのまにか、盾が壊れない理由を探し始めていた。
*
左の三人が、同時に斬り込んだ。
後ろでは魔法使いが詠唱している。氷の槍が三本、天井近くを回ってアインの頭上から落ちた。上と横。避ける場所がない、と普通なら考える。
アインは避けなかった。
大盾を斜めに倒して、氷の槍を一度に受けた。三本とも盾の面で砕け散り、白い欠片が舞った。その陰から、大剣が鞘を離れた。一閃。いや、一閃にしか見えなかった。刃は三人の剣を順番に、撫でるように押さえ、床へ落とした。
からん、からん、からん。
三人の剣が、石の床に並んだ。ほとんど同じ高さの音だった。三人は、自分の手から剣が離れたことに遅れて気づいて、顔を見合わせた。そこで、光に包まれた。
「三人」
雫の声が、少し震えた。
「やりすぎでは、ないですか」
「ルールの範囲だ。武器を落としたら、帰還座の規定で自動送還」
「分かっています。ただ、すごすぎて」
「俺もそう思う」
正直に言った。設計した本人が、一番驚いていた。
足元の床の線が、役目を終えた蛇のように、ゆっくり光を落としていく。あの溝を何日もかけて刻んだ人にも、この一瞬を見せてやりたかった。
桐生の班が、距離を取って立ち止まった。さっきまで笑っていた者たちの口元が、一つ残らず固く閉じている。壁際から、氷室の声が飛んだ。
「何を止まっている! 押せ、押し潰せ!」
誰も振り向かなかった。桐生が、その声を背中で聞き流しながら、床の線を一本ずつ目で辿っているのが見えた。足元を睨む視線だった。この人だけは、まだ負けていない。それが俺には、一番恐かった。
*
盾が割れかけたのは、そのあとだった。
残る八人のうち、桐生が五人を連れて、氷室の命令を待たず動いた。短髪の下で、傷のある片目が冷えている。盾の正面を、彼女が取った。
五人が同時に同じ点を叩いた。
重なった衝撃が、盾の中央、缶の蓋を嵌め込んだ凹みのあたりへ集まる。ばきん、と嫌な音が響いた。亀裂が白く走る。観客席から、短い悲鳴が上がった。
「創真さん」
「見えてる」
自分の声が、思ったより低く出た。
盾の中央の蓋は、祖父の缶の蓋だった。ブリキの頃から、一度も外したことがない。子供の頃の俺が、階段から落とした兵隊の盾だ。アインはあれを、捨てずに嵌めた。
その蓋が、割れかけている。唾が喉に引っかかった。席を立ちかけて、雫の手が、俺の手首を押さえた。立つな、という力だった。立てば、試験が止まる。止めれば、アインの勝負を取り上げる。腰を戻した。
でも、アインは動揺しなかった。
聖堂の床の線は、衝撃を逃がす通り道だ。割れかけた盾を床の線に預けることまで、俺と雫と源蔵で何度も議論して組んだ。アインの足が、その線の上へ半歩ずれる。
五人の攻撃が亀裂に集まり切る直前、アインは大盾を横に滑らせた。割れかけた面を、敵の側から逸らす。受けた衝撃を、盾ごと床へ預ける。反動が走る。白い光が、五人の足元を貫いた。
五人の足が、いっせいに浮いた。
「うわっ——」
悲鳴と一緒に、重力が二倍近い場所へ叩きつけられる。
その真ん中に、ひとり立ったままの人間がいた。桐生だった。
反動の線を、読んだのだ。足を開き、膝を落とし、ほんの数センチだけ位置をずらしていた。そうしたのは、この十二人のなかで彼女だけだった。
アインの兜が、ゆっくり桐生のほうへ向いた。青い目が、正面から彼女を見る。
桐生は剣を構え直し、わずかに口の端を持ち上げた。
「あなたとなら、いい勝負ができそう」
返事はなかった。アインは喋らない。ただ、盾を床にそっと置いた。
置いた、というのが正確だった。割れかけた盾を、これ以上痛めないように。
「創真さん。盾、置きました」
「ああ」
「置いて、大剣だけで」
「一対一だ」
息を呑む音が、観客席の全員から漏れた。
誰かが持っていた水筒が、床に落ちて、乾いた音を立てて転がった。
桐生が、前へ出た。




