公開査定、十二人のA級
砂利を踏む音が、十二人分、ぴたりと揃っていた。
査定の朝、坑道の入口には人垣ができていた。腕章をつけた判定者が三名。中継機材を担いだ放送班が二班。見学席には、傍聴券を握りしめた探索者たちが、肩を寄せ合って並んでいる。俺は受付の窓口に立って、人数を数えるのをやめた。
その中央を、十二人のA級が歩いてきた。
揃いの紺の制服。胸には天嶺の紋章。先頭を歩く男の顔を見て、周囲がざわめいた。氷室恭弥。設計部長にして、A級部隊長。
その一歩後ろに、背筋の伸びた女が付き従っている。三十代半ば。短髪。片眼に古い傷。副隊長の桐生玲だ。
「ずいぶんな人だかりだな」
氷室が口の端を上げた。
「勝つところを、みんなに見せてやる」
誰に向けた言葉でもなかった。観衆に向けた言葉でもなかった。たぶん、自分に向けた言葉だ。
響子が前に出て、読み上げる。
「本査定は、破壊耐性の試験として行います。入場者は十二名。試験の入力は、公示した上限以内。上限を超える入力は、設備の側が遮断します。遮断された入力は、試験者の違反ではなく、設備の保護動作として記録されます。ただし、意図的に上限を超える入力を持ち込んだ場合は、別途、調査を行います」
響子の声は平坦だった。氷室の目が、わずかに動いた。
入口の脇でそれを見ていた俺の袖を、雫が引いた。
「創真さん、あの人たち、何か持ち込んでます」
「どこに」
「左の三番目の人の、背中の荷物です。中で金属が噛み合う音がします。深い響きです。普通の装備の音じゃありません」
「検査は」
「入場時に済んでいます。通りました。検査をすり抜ける構造なんだと思います」
胸の奥が冷えた。氷室は、規則の中で規則を越えるつもりだ。
「でも、入場門の遮断は、何があっても生命防壁を最優先します。だから、大丈夫です。……たぶん」
「たぶんは要らない」
「はい。大丈夫です」
言い直した雫の指が、俺の袖を握ったままになっていた。本人は気づいていなかった。
*
十二人が、第五層の入口に立った。
聖堂の扉が重い音を立てて開く。巨大な空間の奥、玉座の手前に、黒鉄の騎士が立っていた。放送画面のコメントが、一瞬、止まった。床の線は、どれも光っていない。静かに眠っている。
氷室が振り返って、部下に命じた。
「壁の一点に集中しろ。広い面に、同時に叩き込め」
桐生が一歩進み出た。
「部長。公示された反動経路を踏まえ、狭い進路での並列攻撃は避けるべきかと」
「却下だ」
「ですが」
「試験だ。壁の耐久を測るのが目的だ。壁を殴れ」
桐生は唇を噛み、頷いた。
十二人が、壁の前に横一列に並んだ。足元の線の上に、一人ずつ、整然と。俺は観客席の最前列で、その並びを見ていた。思った通りの並びだった。
壁の前は、聖堂でいちばん線が太い。公示にも、そう書いた。読んだ者は避けるはずだ。読まなかったのか、読んで無視したのか。どちらにしても、氷室らしい。
氷室の笑みが深くなる。
「始め」
その声に、十二の刃が、同時に抜かれた。
*
十二の刃が聖堂の壁を叩いた瞬間、観客席の床まで震えた。
斬撃が石を削り、火球が表面を舐め、衝撃波が柱の根元を鳴らして、十二人分の暴力が壁の一点へ流れ込む。粉塵が柱を這い上がり、天井の闇へ消えた。
「入った! 亀裂だ、亀裂が走ったぞ!」
氷室の声が跳ねた。
白い筋が、壁の中ほどから枝分かれして伸びていく。確かに壊れかけて見えた。俺の隣で、雫がタブレットを抱えたまま息を吸う。
「創真さん、床が」
「見えてる」
壁に吸われた衝撃は、消えたわけではなかった。壁の裏で束ねられ、床の線へ回り、行き場を探して走る。十二人が横一列に並んだ足元にだけ、それは真っ直ぐ通じていた。
床の線が、端から端まで白く灯った。
「部長、足元——」
桐生の警告が終わる前に、十二人の足場が沈んだ。そして、跳ね上げた。
鎧を着た男たちが、見えない手に払われたように後ろへ飛んだ。ひとりは柱に背中を打ちつけ、ひとりは受け身も取れず石の床を転がり、盾役の大男は両膝をついたまま三メートル滑って止まった。剣が何本か、からん、と乾いた音で落ちる。
聖堂の中が、いちど静かになった。中継機の赤いランプだけが、律儀に点滅を続けている。誰かが唾を飲む音まで、拾っていそうだった。
「な、なんだ今のは」
「壁が返してきたんだ。殴った分だけ」
呟いた俺の声を、雫が小さく拾って頷いた。
手元の公示の写しを開く。『壁面前方の床線は反動の通り道』。自分で書いた一行が、一字も違わず、十二人を運んでいた。
氷室が立ち上がった。額に汗が浮いて、髪が一筋落ちている。
「許可された範囲だと? ふざけるな、限度があるはずだ。壁は、割れるまで殴れば割れる!」
桐生が膝の砂を払いながら、低い声で言った。
「進言します。線の上に並んで同じ面を殴り続ければ、返りは人数分になります」
「却下だと言った」
「ですが」
「俺に指図するな」
氷室の目が、左から三番目の男に動いた。男の背負った長い荷物が、がちゃりと鳴る。
「出せ」
「部長、あれは試験規定の——」
「出せ!」
荷が解かれ、黒い杭が出てきた。五十センチほどの鈍い金属で、表面に魔石の欠片が埋まっている。見た目は工事用の杭に似ていたが、近づくだけで空気の密度が変わった。観客席の最前列にいても、肌の産毛が立つのが分かる。
雫の顔から血の気が引いた。
「創真さん、あれ、出力の桁が違います。一本で、さっきの十二人分以上」
「持ち込みの申告は、なかったな」
「ありません」
氷室が男の手から杭をひったくり、自分で壁へ突き立てた。部下に任せたら失敗したときの責任が部下に行く。そう考えた顔だった。
杭が壁に刺さった。
聖堂が、低く鳴いた。
壁の亀裂の奥で光が暴れ、杭の魔石が赤く燃え、周りの空気が飴のように歪む。計器の針が跳ね上がった。上限の一・二倍。一・五倍。一・八倍。氷室は笑っていた。割れる、割れるぞ、そう言いたそうな口だった。
その笑いが、途中で止まった。
「独立遮断、作動」
響子の声は平坦だった。
壁の内側から青い光の膜が走り、杭の周りを包んだ。赤い燃えが、見る間に細っていく。魔石が煙を吐き、ぱしん、と軽い音を立てて割れた。膜は杭を壁から切り離し、そのまま床へ落とした。からん。さっきの剣と同じ音だった。
聖堂が、ほんの少し静かになった。
「上限超過入力を検知。設備保護の規定動作として、該当装置を封印します。以後この試験での使用は不可です」
響子が黒い手帳に何かを書きつけた。ペンの音だけが、やけに大きく聞こえた。
氷室は杭の落ちた床を見下ろしたまま、動かなかった。
「割れるはずだった」
声が、ひどく小さかった。隣の部下が、思わず顔を背けた。
「割れませんでした」
観客席から言った。大声を出すつもりはなかったのに、聖堂はよく響く。雫がそう造った。
「上限を超えた入力は、受け止め続けません。切り離して、先に逃がす。公示にそう書いてあります」
氷室の目が俺を捉えた。
昔、会議室で俺の図面を机の端に押しやったときの目とは違った。壁の向こうの何かを見るような目だった。足が一歩、無意識に後ろへ動いたのを、俺は見逃さなかった。
*
試験は続行された。
装置を封印しても、規則内の試験は有効だ。響子が抑揚なく告げると、十二人は立ち上がり、剣を拾い直して壁から距離を取った。
桐生が氷室の前に出た。
「部長、ここからは正面から騎士と戦うことになります。班を分けます。許可を」
「……勝手にしろ」
吐き捨てて、氷室は後ろへ下がった。
桐生が部下に低く指示を飛ばす。三人、二人、四人、三人。賢い、と思った。分散すれば反動の線を避けやすくなるし、床の重力域の縁を使える。副隊長がこの人でなければ、もっと早く片が付いていたかもしれない。
アインは、まだ動いていなかった。
大盾を床に立て、大剣を腰に収め、玉座の前から一歩も出ない。青い目だけが、班を組み直す十二人の動きを順番に追っていた。
雫が、俺の袖を指でつまんだ。
「アインさん、待ってますね」
「ああ。向こうの準備が終わるのを」
「創真さん、いま、笑ってます」
「笑ってない」
「笑ってます。……すみません」
謝りながら、雫は袖を離さなかった。




