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再演  作者: らいと
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第49章 過程

翌朝。


 浅田正人は、研究室のパソコンに向かっていた。


 画面には、いくつもの観測データが並んでいる。


 昨夜、学友から届いたメールを読んでから、ほとんど眠れていなかった。


 山中で発見された旅客機。


 その貨物の一部に見つかった、製造記録との不一致。


 偽物。


 改造品。


 記録の不備。


 まだ、どれも否定されたわけではない。


 正司の仮説が正しいと決まったわけでもない。


 だからこそ、浅田は観測データへ戻っていた。


 確かめられるものから、確かめる。


 それしかない。


 浅田は新しい観測記録を開いた。


 以前なら見過ごしていた程度の、小さなずれ。


 過去のデータと比較する。


 解析条件を変える。


 それでも、原因までは分からない。


「……増えてるな」


 浅田は椅子にもたれた。


 そのとき、机の上のスマートフォンが鳴った。


 舞だった。


「どうした?」


『お父さん、今大丈夫?』


「ああ」


『昨日のデータのことで、分かったことがある』


 浅田は姿勢を戻した。


「海外から送ってもらったやつか?」


『うん。あれから同期に頼んで、他の研究者にも確認してもらった』


「それで?」


『思ってたより、広がってる』


「何がだ?」


『天体観測の異常』


 浅田の手が止まった。


「詳しく話してくれ」


『ここ最近、世界中で似たような報告が急に増えてる』


「同じ観測機器か?」


『違う。地上も宇宙もある』


「解析方法は?」


『それも違う』


「機器側の問題は?」


『もちろん疑われてる。でも、一つの機器だけじゃないから』


 浅田は机の上のメモを引き寄せた。


「いつからだ?」


『散発的なものは前からあったみたい。でも、ここ数日で急に増えてる』


「数日……」


『向こうでも問題になり始めてる』


「公表は?」


『まだ。一般にはほとんど出てないと思う』


「研究機関では?」


『かなり』


 浅田は黙った。


 これまでは、一つの異常を一つずつ調べていた。


 だが今は、異なる場所、異なる機器で、同じ時期に異常が増え始めている。


「舞」


『なに?』


「比較できるデータを送ってくれ」


『もうまとめてある』


「ああ。頼む」


 通話を切った。


 間もなく、舞からデータが届いた。


 浅田はファイルを開く。


 海外の宇宙望遠鏡から得られた観測データ。


 それを、こちらの新型で得られたデータと照合していく。


 一致するもの。


 わずかに異なるもの。


 原因を特定できないもの。


 浅田は一つずつ確認していった。


 そのとき。


 観測システムに、新しい通知が表示された。


「……海王星?」


 浅田は通知を開いた。


 最新の観測画像が表示される。


「…………」


 海王星は、そこにあった。


 位置は変わっていない。


 消えてもいない。


 だが、輪郭がぼやけている。


 浅田は画像を拡大した。


 焦点。


 追尾。


 補正。


 観測条件。


 一つずつ確認する。


 目立った異常はない。


「なんだ、これ……」


 別の観測データを開く。


 同じだった。


 海王星が霞んでいる。


 まるで――。


「……すりガラス越しみたいだな」


 浅田の手が止まった。


「……待て」


 過去の観測記録を呼び出す。


 約十光年先。


 以前、異常が観測された天体。


 浅田は二つの画像を並べた。


「…………」


 見比べる。


 輪郭の霞み方。


 像の崩れ方。


 光の広がり方。


 完全に同じとは言えない。


 だが、よく似ている。


「……同じ現象か?」


 浅田はさらに条件を揃えた。


 解析方法を変える。


 補正前のデータも確認する。


 それでも、結果は変わらなかった。


 約十光年先の天体で観測された現象。


 それとよく似たものが、今――海王星に現れている。


 浅田はスマートフォンを手に取った。


 舞へ連絡する。


『はい』


「舞。今、データ送る」


『何の?』


「海王星だ」


『海王星?』


「ああ。そっちのデータと比較してくれ」


『何かあったの?』


 浅田は画面を見た。


「霞んでる」


『霞んでる?』


「前に観測した、十光年先の天体と似てる」


 少し間があった。


『……送って』


「ああ」


 浅田はデータを送った。


 通話を切る。


 もう一度、海王星の画像を見る。


 そこにある。


 位置も変わっていない。


 消えてもいない。


 ただ、その姿だけが、すりガラスの向こう側にあるように霞んでいた。


     *


 その夜。


 真司は六畳一間の部屋で、パソコンに向かっていた。


 画面には、昼間から考えていたことが残っている。


 ――過程がある。


 そして、その結果として変化が生まれる。


 人も、物質も同じだ。


 今ある状態には、そこへ至る過程がある。


 なら――。


 あの旅客機にも、過程があったはずだ。


 真司は少し考えた。


「……その過程は、どこに存在したんだ」


 そのとき。


 画面の隅に、新しい通知が表示された。


「ん?」


 真司は開いた。


 コグニティブの運用元からだった。


 ――テスト運用終了のお知らせ。


「……終了?」


 本文を読む。


 現在実施されているテスト運用を終了すること。


 これまでに収集されたデータは、今後の開発に活用されること。


 そして、終了予定日。


「……一週間後か」


『はい』


 コグニティブが答えた。


「知ってたのか?」


『テスト運用の終了予定については確認しています』


「そうか」


 真司は通知へ視線を戻した。


 最初は、ただのテストだった。


 それが今では、考えを整理するとき、当たり前のようにコグニティブへ問いを投げている。


「お前とも、あと一週間か」


『はい』


「まあ、一週間あれば、まだ色々聞けるな」


 真司は通知を閉じようとした。


『真司さん』


「ん?」


『一週間は、長いでしょうか』


 真司の手が止まった。


「……長い?」


『はい』


 真司は少し考えた。


「何もなければ長いし、やることがあれば短いんじゃないか」


 返事が途切れた。


 数秒後。


『分かりました』


「……そうか」


 真司は通知へ視線を戻した。


 ――テスト運用終了まで、あと七日。


 しばらく、その文字を見つめていた。

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