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再演  作者: らいと


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第47章 理由

スマートフォンの液晶に、文字が表示されていた。


『発見された旅客機について、新たな調査結果が発表されました』


 真司は珈琲から手を離し、スマートフォンを手に取った。


「……あの飛行機?」


『はい』


「何か分かったの?」


『新たな調査結果が公表されています』


 真司は少し眉を寄せた。


「それで、わざわざ知らせてきたの?」


『以前、あなたから受けた問いに関連する内容だと判断しました』


「……俺の問い?」


『はい』


 少し間を置いて、文字が続く。


『あなたが求めている答えに、近づく可能性があります』


「…………」


 真司はスマートフォンを見つめた。


 コグニティブから話しかけてくること自体は、もう珍しくない。


 だが、自分が以前に投げた問いと、新たな情報を結びつけている。


「……見せて」


『表示します』


 パソコンの画面が切り替わった。


 山中で発見された旅客機。


 現在も運航されている機体と、同じ識別情報を持つ機体だった。


 そこまでは、真司も知っている。


 真司は、新たに公表された内容を上から読んでいった。


 機体そのものに、事故につながる明確な異常は確認されていない。


 機体の一部には、千度を超える高温にさらされた痕跡がある。


 乗客や乗員の遺体は発見されていない。


 貨物室から回収された積荷については損傷が激しく、現在も調査が続けられている。


「……結局、どうやってあそこに来たのかは?」


『現時点では明らかになっていません』


 真司は画面に表示された機体の写真を見る。


 腐食した外板。


 傷んだ機体。


 熱によって変質した箇所。


 同じ識別情報を持つ機体は、今も存在している。


 なのに、もう一機が山の中にある。


 真司はしばらく写真を見ていた。


「……過程」


『何ですか』


「全部の物質には、方向がある」


『以前、あなたが提示した仮説ですね』


「うん」


 物質は変化する。


 鉄は錆びる。


 熱は広がる。


 人は老いる。


 今ある状態には、そこへ至るまでの変化がある。


「例えばさ」


『はい』


「二十年ぶりに知り合いに会ったとする」


『はい』


「二十年前より年を取って見える。当たり前だよな」


『一般的には、そのように考えられます』


「でも、俺はその人が年を取っていく二十年間を見てない」


『はい』


「それでも、不思議には思わない」


 真司は少し考えた。


「見てなくても、その二十年があったって分かってるから」


 その人は二十年間を生きた。


 少しずつ変化して、今の姿になった。


 真司が見ていなかっただけで、その過程は存在する。


「これが普通なんだよ」


『はい』


 真司は再び旅客機を見る。


「この飛行機も同じはずなんだ」


 今、この状態で存在している。


 ならば、ここに至るまでに何かがあったはずだ。


 造られた。


 使われた。


 何かが起きた。


 そして、今の状態になった。


 そのすべてを知らなくてもいい。


 過程そのものは、どこかにある。


 真司は写真を見つめた。


「でも……ないんだよな」


『何がですか』


「この飛行機の過程」


『確認されていない、という意味ですか』


「うん」


 答えてから、真司は黙った。


「……いや」


『何ですか』


「今の言い方は違うな」


 確認されていない。


 それだけなら、何もおかしくない。


 二十年ぶりに会った知人と同じだ。


 自分が知らなくても、その人が生きてきた二十年は存在する。


「知らないことと、ないことは違う」


『はい』


 真司は机に肘をついた。


 なら、この飛行機も同じなのか。


 自分たちが知らないだけで、今の状態になるまでの過程は、どこかに存在している。


「……過程がない変化」


 真司は呟いた。


 そして、すぐに首を振った。


「違うな」


『何がですか』


「過程がないって決めるのは早い」


『では、どのように考えますか』


「過程はあった」


 真司はそう言ってから、


「……と仮定する」


 と言い直した。


『はい』


「今の状態があるなら、そこに至る何かがあった」


『その仮定であれば、矛盾はありません』


「でも、俺たちはそれを知らない」


『はい』


「二十年ぶりに会った人なら、それで終わるんだよ」


『なぜですか』


「その二十年が、どこにあったか分かるから」


 同じ世界で。


 同じ時間の中で。


 自分が見ていなかっただけ。


 だが、この機体は――。


 真司は画面を見る。


 同じ識別情報を持つ機体が、今も存在している。


 その一方で、山中にも同じ機体がある。


 現在の状態に至る過程があったとするなら。


 その過程は――。


「……どこにあった?」


 コグニティブからの返答はなかった。


 真司は画面を見つめたまま、もう一度考えた。


 過程がない。


 そう考えるよりも。


 過程はある。


 ただ、それが自分たちの知っているものと、つながっていない。


 真司はキーボードに手を置いた。


 少し考えてから、打ち込む。


 ――現在の状態には、そこへ至る過程が存在する。


 その下に、もう一行。


 ――では、その過程が確認できない場合。


 指が止まった。


 そして。


 ――その過程は、どこに存在するのか。


 真司はしばらく、その一文を見つめていた。



翌日。


 真司は大学の教室にいた。


「――だから、同じものを見ても、全員が同じように認識しているとは限らない」


 何人かの学生がノートを取っている。


 真司は黒板に書いた文字を振り返った。


 ――認識。


「例えば、色」


 真司は黒板の端に、小さく丸を描いた。


「赤を見て、俺たちは赤って呼ぶ。でも、隣の人が見てる赤が、自分とまったく同じかどうかは分からない」


 一人の学生が顔を上げた。


「同じ赤じゃないんですか?」


「同じ波長の光を見てる、とは言える。でも、それをどう感じてるかまでは分からない」


「じゃあ、確かめられない?」


「今のところはね」


 真司は時計を見た。


「まあ、この辺にしようか」


 教室の空気が一気に緩んだ。


 学生たちがノートやパソコンを鞄にしまい始める。


 真司も机の上の資料をまとめた。


「先生」


 顔を上げる。


 本城弥生が立っていた。


「なに?」


「さっきの話なんですけど」


「赤?」


「じゃなくて」


 弥生は少し考えた。


「見てないものって、ないことになるんですか?」


 真司の手が止まった。


「……急に哲学っぽくなったね」


「先生の授業ですよ」


「ああ、そうだった」


 弥生が少し笑った。


「例えばですけど」


「うん」


「私が昨日何してたか、先生は知らないですよね」


「知らないね」


「でも、私には昨日があったじゃないですか」


「あるね」


「じゃあ、先生が知らないことと、なかったことは別ですよね」


 真司は弥生を見る。


「……別だね」


「ですよね」


 それだけ確認すると、弥生は鞄を肩に掛けた。


「じゃあ、失礼します」


「それだけ?」


「それだけですけど?」


「いや、いいけど」


「先生、たまに考えすぎですよ」


「哲学の先生に言う?」


「だからじゃないですか?」


 弥生は笑って、教室を出ていった。


 真司は一人になった教室に残った。


「……考えすぎ、ね」


 机の上の資料を鞄に入れる。


 昨夜のことを思い出した。


 山中で発見された旅客機。


 今の状態に至るまでには、何かしらの過程があったはずだ。


 自分たちが知らないからといって、その過程が存在しなかったことにはならない。


 そこまでは、弥生の話と同じだ。


 だが。


 真司は手を止めた。


 弥生の昨日は、この世界にある。


 真司が知らないだけで、昨日から今日まで続いている。


 なら、あの旅客機も同じなのか。


 ただ、自分たちが知らないだけなのか。


「……でも」


 真司は小さく呟いた。


 同じ識別情報を持つ機体が、今も存在している。


 それでも、山中の機体にも現在の状態へ至る過程があったとするなら。


 その過程は、どこにあったのか。


 昨夜から、同じ問いが残っている。


 真司は鞄を持ち上げた。


 教室を出ようとして、黒板の前で足を止める。


 そこには、講義で書いた文字が残っていた。


 ――認識。


 真司はしばらくそれを見た。


「……知らないだけ、か」


 消すか迷って。


 そのまま教室を出た。


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