第45章 一致
さらに二週間が過ぎた。
浅田正人は、研究室のパソコンに届いたメールを開いていた。
航空当局からだった。
二週間前、正人は雷光現象の観測データを送っている。
二度の航空機消失。
それぞれが最後に確認された時刻と場所の近くで、雷光現象が発生していた。
偶然なのか。
それとも、何らかの関連があるのか。
正人が求めたのは、航空機の航跡記録との照合だった。
添付された資料を開く。
一件目。
航空機が最後に確認された時刻と位置。
雷光現象が観測された時刻と推定位置。
「……近いな」
続いて、二件目。
正人の目が止まった。
こちらも近い。
二機とも、最後に確認された時刻と位置が、雷光現象の発生と近接していた。
だが、分かったのはそこまでだった。
雷光現象と航空機消失との因果関係は不明。
正人は椅子にもたれた。
一件なら、偶然かもしれない。
二件でも、その可能性は残る。
それでも、無関係だと切り離すことはできなくなった。
正人はもう一度、二件の資料を見比べた。
研究室の扉が開く。
「お父さん」
舞だった。
「返事、来た?」
「ああ」
舞が隣まで来る。
「どうだった?」
「二件とも近い」
「やっぱり……」
「まだ、やっぱりじゃない」
舞が正人を見る。
「時間と場所が近い。それが確認できただけだ」
「……うん」
「雷光が原因だと決まったわけじゃない」
正人は画面へ目を戻した。
「だが、調べる理由にはなる」
舞も二つの資料を見つめた。
*
その日の夜。
舞のスマートフォンが鳴った。
真司からだった。
『できたよ』
舞はすぐに返した。
『論文?』
『うん』
『ほんとに?』
『一応』
舞は思わず笑った。
『一応なんだ』
『読む?』
『読む』
送信してから、もう一つ続けた。
『最初に、でしょ?』
少しして返事が来た。
『約束したからね』
『じゃあ、明日行っていい?』
『いいよ』
*
翌日。
舞は真司のアパートを訪れた。
扉が開く。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
部屋へ入る。
六畳一間。
壁際に積まれた本。
机の上にはノートパソコンと、冷めた珈琲。
灰皿には吸い殻が溜まっていた。
舞はそれを見て、少し笑った。
「ほんとに、ずっとここにいたんだ」
「講義には行ってたよ」
「それ以外」
「ほとんどここ」
「一か月くらい?」
「気づいたらね」
真司はノートパソコンを開いた。
ファイルを表示する。
「これ」
「完成?」
「一応」
「まだ言うんだ」
「読んだら、また直したくなるかもしれないから」
真司は椅子を舞に譲った。
「読んでみて」
舞は座る。
「ここで?」
「最初に読ませるって約束したから」
舞は真司を見る。
「覚えてたんだ」
「それくらいはね」
舞は少し笑って、画面へ目を向けた。
*
意識。
進化。
方向性。
真司が以前から考えてきたことが、文章になっていた。
進化の結果として意識が複雑化したのではなく、意識の複雑化が進化をもたらしたのではないか。
そこから、人間の進化へと続いていく。
身体を変化させ、環境に適応してきた生命。
そして人間は、考え、道具を作ることで、自らが活動できる場所を広げてきた。
海。
空。
宇宙。
舞は、水族館で真司と話したことを思い出した。
さらに読み進める。
やがて、内容は人間の認識へ移っていった。
人間は、外界そのものを見ているわけではない。
感覚器官から得た情報を脳が処理し、それを世界として認識している。
そして――。
舞の指が止まった。
――人間が認識できるものだけが、存在するもののすべてなのだろうか。
「……書いたんだ」
「何を?」
「この前、話したこと」
「ああ」
「ちょっと変わってるけど」
「そのまま書いたら、舞さんの論文になるからね」
「それは困る」
舞は笑い、先へ進んだ。
人間が認識できないものが存在する可能性。
認識する手段がなければ、その存在を確認することはできない。
だからといって、存在しないとは限らない。
そして。
舞の手が止まった。
――並行する世界が存在すると仮定する。
「……真司さん」
「うん」
「ここまで考えてたの?」
「とりあえず、最後まで読んでみて」
舞は画面へ戻った。
消えた掲示板の書き込み。
八年という皆既日食のずれ。
人にだけ見えた月と、日食。
雷光現象。
二度の航空機消失。
別々に起きた現象。
同じ原因だという証拠はない。
それでも――。
――並行する世界が存在すると仮定した場合、これまで個別に発生していると考えていた複数の現象を、単一の仮説のもとで説明できる可能性がある。
舞はしばらく画面を見つめた。
「……多いね」
「何が?」
「説明できること」
「うん」
真司も画面を見る。
「俺も書いてて思った」
「真司さんは、並行世界があると思ってるの?」
「分からない」
「でも、論文には書いたんでしょ?」
「仮説としてね」
真司は少し間を置いた。
「あると仮定すると、説明できることが多い」
「じゃあ、やっぱり――」
「でも」
真司が続ける。
「説明できる仮説と、正しい仮説は違うから」
舞は黙った。
「仮説なんだから、違ったら変えればいい」
「……うん」
舞は再び読み進めた。
やがて、雷光現象と航空機消失について書かれた部分で手が止まった。
昨日、父と見た資料が頭に浮かぶ。
二件とも近い。
正人はそう言っていた。
舞は最後まで読み終えた。
しばらく、そのまま画面を見ていた。
「どう?」
真司が聞いた。
「……ちょっと待って」
「そんなに駄目?」
「違う」
舞は振り返った。
「真司さん」
「ん?」
「これ、お父さんにも読んでもらっていい?」
「浅田先生に?」
「うん」
真司が少し不思議そうな顔をする。
「昨日、航空局から返事が来たの」
「航空局?」
「お父さん、雷光現象のデータを送ってたの。消えた二機の航跡と照らしてもらってた」
真司の表情が変わった。
「それで?」
「二件とも近かった」
「……二件とも?」
「うん」
舞は論文の画面へ目を戻した。
「もちろん、それだけで雷光が原因とは言えないって、お父さんも言ってた」
「そうだろうね」
「でも――」
舞は少し考えた。
「お父さんにも、これを読んでもらった方がいい気がする」
真司は黙って、自分の論文を見る。
「……分かった」
「送っていい?」
「うん」
舞は頷いた。
もう一度、画面へ目を落とす。
そこには、真司が一か月かけてたどり着いた仮説が残っていた。
――並行する世界が存在すると仮定する。




