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再演  作者: らいと
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第40章 進展

その日の夜。


 舞は、自宅のリビングにいた。


 父は、まだ帰っていない。


 雷光現象について調べることがある。


 夕方に、遅くなると連絡が入っていた。


 舞はソファーに座り、スマートフォンを手に取った。


 昼間、真司から見せてもらった掲示板の書き込みが気になっていた。


 ――こちらでは、皆既日蝕は発生していません。


 ――次回は、約八年後に予定されています。


「……八年後、か」


 舞は、コグニティブを開いた。


「ねえ、ちょっと聞いていい?」


『はい』


「この前、皆既日蝕あったでしょ」


『はい』


「もし、同じ場所なのに、皆既日蝕が起きる時期が違ったら、どういうことが考えられる?」


『条件をもう少し詳しく教えてください』


「こっちでは、この前起きた。でも、別のところでは次が八年後」


『「別のところ」とは、異なる地域ですか』


「ううん。同じ場所」


 少し間があった。


『同一地点であれば、前提となる天体の位置関係が異なっている可能性があります』


「天体の位置?」


『太陽、地球、月の相対的な位置です』


「でも、同じ地球だったら?」


『通常の天体運動を前提とした場合、条件が一致しません』


「……だよね」


 舞は画面を見つめた。


「実は、掲示板にそういう返事があったの」


『どのような内容ですか』


 舞は、真司から聞いたことを話した。


 以前、掲示板で誰かとやり取りしていたこと。


 その相手の書き込みだけが消えたこと。


 運営側にも、書き込まれた記録そのものが残っていなかったこと。


 そのあと、真司が書き込んだ。


 ――もしかすると、僕たちは別々の世界にいるのかもしれません。


 そして、皆既日蝕のあと。


 ――あなたの世界での日蝕は、普通でしたか?


 そこへ、返事が来た。


 ――こちらでは、皆既日蝕は発生していません。


 ――次回は、約八年後に予定されています。


「どう思う?」


 少し間があった。


『現時点では、その書き込みが事実であることを確認できません』


「まあ、そうだよね」


『ただし』


「ただし?」


『書き込みの内容が事実であると仮定した場合、同一の天体条件では説明できません』


 舞は少し考えた。


「……別の世界だったら?」


 今度は、先ほどより少し長い間があった。


『その仮定であれば、矛盾しません』


「……そっか」


 舞はスマートフォンを置いた。


 父は、まだ帰ってこない。


 少しして、また画面を見る。


「ねえ」


『はい』


「もし本当に別の世界があるなら……そこにいる人も、私たちと同じように考えたりしてるのかな」


『その世界に人間が存在するのであれば、その可能性はあります』


「そうだよね」


 舞は少しだけ笑った。


「変なこと聞いた」


『いいえ』


 舞は画面を閉じた。


 リビングが静かになる。


 コグニティブとの会話は、そのまま履歴に残っていた。


     *


 翌日の晩。


 真司は、浅田家を訪れていた。


「どうぞ」


 舞に案内され、応接間へ入る。


 正人は、一人掛けのソファーに腰を下ろしていた。


 向かいのローテーブルには、ノートパソコンといくつかの資料が置かれている。


「すみません。こんな時間に」


「呼んだのはこっちだ。座ってくれ」


「失礼します」


 真司は向かいのソファーに座った。


 舞も、その隣に腰を下ろす。


 正人は真司を見る。


「掲示板の話、舞から聞いた」


「はい」


「見せてもらえるか」


 真司はスマートフォンを取り出した。


 書き込みは、まだ残っている。


 正人に差し出す。


 ――こちらでは、皆既日蝕は発生していません。


 ――次回は、約八年後に予定されています。


 正人はしばらく画面を見ていた。


「……八年後か」


「はい」


「こっちの日蝕は、予定されていたものだ。間違いない」


 真司が頷く。


「僕も確認しました」


 正人は、もう一度返信を見る。


「ただ、これが本当かどうかは確認できない」


「はい」


「相手も分からないんだろ?」


「前にやり取りした人か聞いてみました。でも、まだ返事はありません」


「書き込みは?」


「今のところ残ってます」


「保存しておけ」


「分かりました」


 正人はスマートフォンを返した。


 舞が聞く。


「お父さんの方は?」


「ああ」


 正人はノートパソコンを開いた。


「昨日まで確認に時間がかかったが、ある程度は揃った」


 画面を二人へ向ける。


「一昨日、旅客機が一機消えた」


 真司が正人を見る。


「……消えた?」


「飛行中に通信が途絶えた。その直後、レーダーからも消えてる。今のところ、機体は見つかってない」


「事故じゃないの?」


 舞が聞いた。


「その可能性もある」


 正人は画面を切り替えた。


「ただ、同じ時間帯に、この空域で雷光現象が確認されてる」


 地図の上に、二つの地点が表示される。


 航空機が最後に確認された位置。


 雷光現象が観測された地点。


 ほとんど重なっている。


「それって……」


 真司が言いかける。


「まだ結びつけるな」


 正人が止めた。


「近い時間、近い場所で起きた。それだけだ」


 正人は、もう一つの記録を開いた。


「ただ――」


 以前の航空機消失。


 そのときの雷光現象。


 こちらも、時刻と位置が近い。


「これで二度目だ」


 舞が画面を見つめる。


「二回とも?」


「ああ」


 真司は二つの記録を見比べた。


「偶然にしては……」


「まだ偶然じゃないとは言えない」


 正人は淡々と答えた。


「相変わらず慎重ですね」


「研究者だからな」


 舞が小さく笑った。


 正人は次のデータを開いた。


「気になるのは、それだけじゃない」


 雷光現象の観測記録。


 発生頻度が並んでいる。


 数年に一度。


 年に一度。


 数か月に一度。


 そして現在。


 世界のどこかで、月に一度か二度。


「増えてますね」


「ああ」


 正人は別の記録を表示した。


「こっちもだ」


 数百度。


 五百度。


 千度。


 そして――


 ――一五〇〇度超。


 舞が画面を見る。


「これ、温度?」


「衛星が捉えた熱源から推定された値だ」


「一五〇〇度……?」


「ああ」


「そんな温度なら、何か燃えたりしないの?」


「普通ならな」


 正人は別の資料を開いた。


「でも、何も残ってない」


「何も?」


「焼け跡もない。残留熱もない。現象が消えれば、熱も消える」


 真司が画面を見る。


「衛星には残ってるんですよね?」


「複数の衛星が捉えてる。だから、単純な観測ミスとも考えにくい」


 舞は並んだ数値を見た。


「最初は数百度だったんだよね?」


「ああ」


「それが、五百、千、一五〇〇……」


 正人は答えなかった。


 舞が父を見る。


「……どこまで上がるの?」


 正人は少し黙った。


「分からない」


 短く答える。


「上限があるのかもな」


 真司は、テーブルの上のスマートフォンへ目を向けた。


 ――次回は、約八年後に予定されています。


 目の前のノートパソコンには、二度目の航空機消失。


 雷光現象。


 一五〇〇度を超える熱源。


 どれも、それだけなら別の出来事だった。


 だが、真司には一つ気になっていることがあった。


「浅田さん」


「何だ?」


「父さんの仮説なんですけど」


 正人が真司を見る。


「平行世界線が、本当に同じ世界に重なって存在してるとしたら――」


 真司はノートパソコンへ目を向けた。


「こういうことも、起きるんでしょうか」


 正人はすぐには答えなかった。


 やがて、ソファーに深く腰を沈める。


「……分からない」


「ですよね」


「ただ」


 正人は画面に並ぶ記録を見る。


「前よりは、考える理由が増えたな」


 真司は小さく頷いた。


 舞は二人の間で、黙って画面を見ていた。

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