第41章 神秘
数日後。
「水族館?」
真司は、舞から渡されたチケットを見た。
「はい」
「急ですね」
「嫌ですか?」
「嫌とは言ってないです」
「じゃあ決まり」
「まだ何も決めてないけど」
舞は気にする様子もなく歩き出した。
真司はチケットを見てから、そのあとを追った。
*
休日の水族館は、人で賑わっていた。
大きな水槽の中を、魚の群れがゆっくりと横切っていく。
「水族館なんて、何年ぶりだろ」
「真司さん、こういうところ来なさそうですもんね」
「どういう意味?」
「休みの日も家で難しいこと考えてそう」
「否定できないな……」
舞が笑った。
「あ、こっち」
舞が指を差す。
――特別企画展 生命の神秘。
真司が看板を見る。
「これが目的?」
「半分くらい」
「残り半分は?」
「水族館です」
「そのままだね」
二人は展示室へ入った。
最初にあったのは、太古の海だった。
生命がまだ単純だった時代。
単細胞生物。
アメーバのような原生生物。
そこから多細胞の生命が現れ、さまざまな形へ枝分かれしていく。
「最初は、こんなだったんですね」
舞が模型を見る。
「そこから何十億年もかけて、今だからね」
「気が遠くなる」
二人は展示を追って歩いた。
海の中で、生命は形を変えていく。
魚類。
陸へ進出した生物。
爬虫類。
哺乳類。
そして、人類。
途中で舞が足を止めた。
「あ、シーラカンス」
薄暗い水槽の中を、大きな魚がゆっくりと泳いでいた。
「生きた化石ってやつですよね」
「そう呼ばれてるね」
「ずっと昔から、この形なんでしょ?」
「完全に同じってわけじゃないよ。シーラカンスも進化はしてる」
「そうなんだ」
舞は水槽に近づいた。
「じゃあ、進化が止まったわけじゃないんですね」
「うん」
真司も隣に立った。
シーラカンスが、二人の前をゆっくりと横切る。
「でも、不思議だな」
「何が?」
「海に残った生き物もいれば、陸に上がった生き物もいる」
「そうですね」
「そこから、空を飛ぶようになった生き物もいる」
「鳥とか?」
「うん」
真司は水槽を見ながら考えた。
「同じ生命から始まっても、進んだ方向は全然違う」
「また方向性ですか?」
真司が舞を見る。
「……最近、そればっかりだな」
「論文の書きすぎです」
「まだ完成してないから困ってるんだけど」
舞が笑った。
しばらく二人でシーラカンスを眺める。
やがて舞が言った。
「でも、人間って変ですよね」
「何が?」
「海でも暮らせないし、空も飛べない」
「確かに」
「魚にも鳥にも負けてる」
「その比較だと、人間かなり弱いな」
「宇宙なんて、もっと無理だし」
真司は少し笑った。
「でも、全部行ったよ」
「え?」
「海には潜水艦で行った」
「ああ」
「空には飛行機」
「宇宙には宇宙船」
「そう」
舞が少し考える。
「……全部、道具ですね」
真司の表情が変わった。
「そうなんだよな」
「何か思いつきました?」
「いや……」
真司は、水槽の中のシーラカンスを見る。
「魚は、海で生きられる身体になった」
「うん」
「鳥は、空を飛べる身体になった」
「うん」
「でも人間は、自分の身体を海や空に合わせなかった」
舞が真司を見る。
「道具を作った」
「そう」
真司は少し黙った。
「身体を変える代わりに、環境の方に合わせる方法を考えた」
「頭を使ったってこと?」
「……たぶん」
真司は考える。
海。
空。
そして宇宙。
人間の身体だけなら、そのどれにも適応できない。
それでも、人間は進んだ。
「……意識か」
「え?」
舞が聞き返す。
「人間が進化させたのは、身体だけじゃなかったんだなって」
「意識?」
「うん」
真司は水槽を見つめた。
「意識が複雑になったから、道具を作った。身体そのものを変えなくても、行ける場所が増えた」
舞もシーラカンスを見る。
「じゃあ、真司さんがずっと言ってたことと同じですね」
「何が?」
「意識が複雑になったから、進化したんじゃないかって」
真司は少し驚いて舞を見る。
「……よく覚えてるね」
「真司さん、何回も言うから」
「そんなに言ってた?」
「結構」
舞が笑った。
真司も小さく笑う。
そのあと、もう一度水槽を見る。
長い時間を生き残ってきたシーラカンスが、ゆっくりと水の中を進んでいる。
「海には魚がいた」
「うん」
「空には鳥がいた」
「うん」
「人間は、そのあとから道具を使ってそこへ行った」
舞が頷く。
「宇宙にも」
「そう」
真司は少し黙った。
生命は、環境に合わせて姿を変えてきた。
人間は、意識によって身体の限界を越えてきた。
なら。
「……意識って、この先どうなるんだろうな」
舞が真司を見る。
「この先?」
「うん」
真司自身、答えは持っていなかった。
水槽の向こうを、シーラカンスが静かに泳いでいく。
長い進化の先にいる人間が、
その先を考えていた。




