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再演  作者: らいと
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29章 月下

モニターには、いくつもの数字が並んでいた。


 コグニティブのテスト運用が始まってから、蓄積されるデータは日に日に増えている。


「今回、かなり質がいいですね」


 若いプログラマーが画面を見ながら言った。


「大学関係が多いからな」


 隣にいたエンジニアが答える。


 今回のテストには、大学や研究機関の関係者も多く参加していた。


 専門分野についての質問。


 研究資料。


 検索。


 メール。


 ネット上でのやり取り。


 利用者によって使い方は大きく違う。


「哲学もありますね」


「珍しいな」


「意識と進化について、かなりやり取りしてます」


「そういうのはいいな」


「何がです?」


「答えが決まってない」


 プログラマーが画面を見る。


「確かに」


「正解のある質問ばっかりじゃ、学習も偏る」


 エンジニアは別の画面を開いた。


 取得された情報が、自動的に分類されている。


 研究。


 会話。


 検索。


 閲覧。


 入力。


 その中に、見慣れない項目があった。


「……これ何だ?」


「どれです?」


「これ」


 プログラマーが身を乗り出した。


 しばらく画面を確認する。


「一時データですね」


「一時?」


「表示されたあと、参照できなくなった情報みたいです」


「キャッシュか?」


「たぶん」


 エンジニアは詳細を開いた。


 取得時刻。


 参照元。


 分類。


 特に異常を示すものはない。


「残す必要あるか?」


「学習側が必要と判断したんじゃないですか」


「自分で?」


「自律学習ですから」


「……まあ、そうか」


 エンジニアは画面を閉じた。


「そのままでいい」


「はい」


 二人は別の項目へ移った。


 モニターの数字は、その後も増え続けていた。


     *


 翌朝。


 舞はテレビをつけたまま、珈琲を飲んでいた。


『続いて、昨夜各地で目撃された、月蝕のような現象についてです』


 舞はカップを置いた。


 画面に、夜空が映し出される。


 視聴者から投稿された映像だった。


 月の端から影が広がり、異常な速さで欠けていく。


 昨夜、舞が見たものと同じだった。


『昨夜、月蝕が起こる予定はありませんでした。しかし、同じような目撃情報や映像が複数寄せられています』


 別の映像に切り替わった。


 住宅街。


 山間部。


 撮影された場所は違う。


 それでも、月は同じように急速に欠けていく。


「……私だけじゃなかったんだ」


 舞はテレビを見つめた。


 昨夜、帰宅してすぐ父に動画を見せた。


 急速に欠け、消えた月。


 そして、その直後。


 別の位置には、いつもの月が何事もなかったように浮かんでいた。


 父は今朝早くから出かけている。


 昨夜の記録を確認するため、観測施設へ向かった。


『専門家によると、昨夜この時間帯に月蝕が起こる条件ではなく、現時点で原因は分かっていません』


 再び、視聴者から寄せられた映像が流れる。


 どれもスマートフォンで撮影されたものだった。


 月が欠けていく様子は分かる。


 だが、それ以上のことまでは分からない。


 舞はノートパソコンを開いた。


 昨夜の時刻を確認する。


 その時間に夜だった地域。


 月が見える位置にあった場所。


 海外にいた頃に知り合った研究者たちを思い浮かべる。


 その中から何人かを選び、メールを開いた。


 昨夜の時刻。


 現象が見えた方角。


 もし同じ時間帯に月、あるいはその周辺を観測していたなら、画像や観測データが残っていないか。


 残っているなら、できれば加工前のデータを見せてほしい。


 舞はそこまで書いて、一度読み返した。


 最後に一文を加える。


 ――そちらでも、何か変わったものを見ませんでしたか?


 送信する。


 舞はパソコンから目を上げた。


 テレビでは、昨夜の月がもう一度流れていた。


     *


 正人は、観測施設のモニターを見つめていた。


「もう少し戻してくれ」


「この辺ですか?」


「ああ」


 昨夜の全天観測カメラの記録が巻き戻される。


 正人は舞から聞いた時刻を確認した。


「ここで止めて」


 映像が止まる。


 星の位置。


 雲。


 空の明るさ。


 そして、月。


「こっちは問題ないな」


「はい。位置も計算値と合っています」


 本来の月は、あるべき場所にある。


 正人は画面を見たまま言った。


「少し進めてくれ」


 映像が動き出す。


 しばらくして、画面の端に光が現れた。


「止めて」


 正人が身を乗り出す。


「今のところ、戻せるか?」


 数秒戻る。


 何もない夜空。


 再生。


 そこに、円形の光が現れる。


「……何だ、これ」


 職員が呟いた。


「拡大してくれ」


「全天カメラなので、細部までは出ませんよ」


「構わない」


 画像が拡大される。


 輪郭はぼやけている。


 だが、円形をしている。


 職員が画面と観測データを見比べた。


「月……ですか?」


 正人は別の位置を指した。


「月なら、そこにある」


 職員の視線が動く。


 本来の月は、予測された位置に変わらず浮かんでいた。


「……同じ時間ですよね?」


「ああ」


 正人は時刻を確認した。


 舞が撮影した時間とも一致する。


「続けて」


 映像が再生される。


 もう一つの円形の光。


 その端が暗くなった。


 影は見る間に広がっていく。


「月蝕……?」


「その位置で起きるはずがない」


 影が全体を覆う。


 やがて、見えなくなった。


 あとには、何もない夜空が残る。


 正人はしばらく黙っていた。


「ほかの観測記録も調べたい」


「別の施設ですか?」


「ああ。それと――」


 正人は、円形の光が現れた位置を指した。


「昨夜、この方向を観測していた望遠鏡がないか探してくれ」


「望遠鏡?」


「全天カメラじゃ、細かいところまで分からない」


「何を見るんです?」


 正人は停止した映像を見つめた。


「月なら――」


 一拍置く。


「月面がある」

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